間違えてすみませんでした
あれから40分が経過し、海を眺めるのもそろそろ飽きてきた頃、玄関の扉が勢いよく開かれ外の蒸し暑い熱気と一緒ににとりと妹紅が帰って来た。
「たっだいまー! は~生き返る~!」
「悪い、ちょっと時間が掛かっちまった」
「おかえり」
彼女達はそれぞれ片手にラージサイズの紙コップを持っていて、半透明のプラスチック蓋にストローが刺さっていた。
「外は暑かったんじゃないか?」
「もう暑くて堪らなかったよ。昼間はあんま出歩くもんじゃないね」
「この季節はまだまだ日が高いからなぁ」
そんな愚痴を吐きつつ二人は席に着いた。
にとりは紙コップをテーブルに置き、背中のリュックから取り出したタオルで顔や身体を軽く拭っているけど、対照的に妹紅は汗一つなく、澄ました顔でドリンクをストローで飲んでいる。
彼女達はそれぞれサイダーとメロンソーダを買ったみたいで、カラカラと中の粒氷がぶつかる音が耳に入る。当初は満タンまで入ってたであろうジュースの量は既に四分の三まで減っていた。
やがて汗を拭い終えて片付けたにとりは、メロンソーダをストローですすりながら妹紅に言った。
「妹紅、さっきはありがとね。あの借りはこの時間の私に請求しておいてちょうだい」
「別に大したことじゃないって。私の奢りでいいよ」
「人里でなんかあったのか?」
私が訊ねると妹紅が答えてくれた。
「ドリンク屋でにとりがジュースを買って会計しようとした時の事なんだけどね、にとりの出したお金が偽金と勘違いされちゃってさ、店員に自警団を呼ばれて大騒ぎになっちゃったんだ」
「偽金?」
「どうやらこの時代では215X年の通貨は古銭になってるみたいでさ、使うには骨董品として鑑定した後に換金しないといけないみたいなんだよ」
「へぇ~」
「店の人からは犯罪者呼ばわりされるわ、往来の人からは奇異の目で見られるわで散々だったなぁ。通りの店で面白そうな物が幾つかあったのに何も買えなかったし」
「そりゃまた災難だったな……誤解を解くの大変だったんじゃないか?」
「あはは、妹紅が話をつけてくれなかったら捕まる所だったよ」
にとりは苦笑しながらメロンソーダをすすっていた。
まさか時間移動先でこんな問題が起きるとは思ってもみなかったな。200X年9月2日に遡った時、弾幕ごっこで霊夢に負けてジュースを買いに行かされたことがあったけど、あの時215X年の500円玉をすんなり使えたのは奇跡だったのかもしれない。
「それにしてもこの時代の自警団は凄いね。妖怪相手でも全然臆しないんだから」
「時間が空いた時に私がみっちり鍛えてるのよ。知能を持たないレベルの妖怪なら簡単に追い払えるわ」
「なるほどね~。道理で妹紅のことを『姐さん姐さん』と慕ってる訳だ」
「恥ずかしいし柄じゃないからやめて欲しいって言ってるんだけどな、あいつら全然聞かなくってさ」
「そうは言うけど、実は案外満更でもないんじゃないの~?」
「いやいや、本当にそんなことないって~」
にとりと妹紅は会話に花を咲かせながらジュースを飲んでいる。
(美味しそうだな……)
喉がゴクリと鳴る。魔法使いは何も飲まなくていい身体なのに、なんだか喉が渇いてきてしまった。
「なあにとり」
「ん?」
「そのジュース一口飲ませてくれないか?」
「えぇ~? さっき一緒に行こうって誘ったのに断ったじゃん」
「あの時はそうだったんだけどさ、見てたらほしくなっちゃって。本当に一口だけだから頼むよ、な?」
「しょうがないなあ。本当に一口だけだからね?」
手を合わせて頼み込んだ甲斐も有って、にとりは渋々紙コップを差し出した。
「サンキュー」
受け取った私は言葉通り一口分だけストローで吸い込んだ。
「――美味い!」
シロップ固有の甘ったるさと炭酸特有のチリチリとした刺激が口の中に広がり、飲み込むと同時に冷水を浴びた時のような爽快感が喉の中を駆け抜けていく。真夏に飲むキンキンに冷えたジュースはまさに至福の一杯だ。
このまま一気に残りを飲み干したくなったけど一口だけの約束だ。私は後ろ髪を引かれるような思いでにとりに紙コップを返す。受け取ったにとりは再びストローでジュースを飲んでいた。
「んじゃそろそろさっきの話の続きを始めてもいいか?」
「ああ、頼むぜ」
原稿を片付けた300X年の魔理沙に頷き、私は元の席に着く。
「さっきどこまで話したんだっけ」
「魔理沙Ⓒが魔理沙Ⓐの歴史改変に成功して正史に戻って来た所だな」
「そうそう、そうだったね」
「結局正史に戻った魔理沙はⒶになるのか?」
「平穏に幻想郷とアプト星を往復した魔理沙Ⓐ´に、宇宙ネットワークとリュンガルトを巡って東奔西走した魔理沙Ⓐ~魔理沙Ⓒの記録が重なるから【魔理沙Ⓓ】になるな」
「ふ~ん四人目になるんだ」
「古い歴史の魔理沙達に感情が引っ張られた影響で、魔理沙Ⓓは久々の故郷に感涙しちゃってな、そのテンションのまま霊夢に会いに行って引きつった顔をされたのは今も覚えてるよ」
苦笑交じりに話す300X年の魔理沙に私はすかさず質問した。
「ってことはさ、結局お前は魔理沙Ⓓなのか?」
「いいや、私は【魔理沙Ⓔ】だ」
「……んん? アプト星に関する一連の出来事はこれで解決したんじゃないのか?」
そう突っ込むと彼女は渋い顔でこう言った。「問題はそこなんだよ。この歴史改変が話を一際ややこしくしててな、手紙を出した経緯も含めてこれから説明するから聞いてくれ」
「そ、そうか」
(なるほど、ようやくここまで来たか)
非常に長い前置きだったけど、ようやく彼女の心の内を聞けそうだ。
「元の時間である215X年9月30日に帰って来た魔理沙Ⓓは、魔理沙Ⓐ~Ⓒの記録を踏まえ、自分の迂闊な行動に負い目を感じてタイムトラベルを捨てる事を考えた」
「魔理沙が責任を感じる必要はないじゃん。どれもこれも全部リュンガルトが悪いのに」
「それでもな、地球が誕生しない歴史へ自身の手で招いてしまった事実はショックが大きかったんだよ。元が理想的な世界だったからこそ、その落差にな」
『失ってから始めて分かる幸せがあるのよ――』
私は何となく霊夢の話を思い出した。魔理沙Ⓓの心境も想像に難くない。
「……それでどうなるんだ?」
「だけど魔理沙Ⓓはタイムトラベルを捨てなかった。――いや、捨てられなかった」
「捨てられなかった?」
「この件以来未来を信じることができなくなってしまってな、自身の言動に必要以上に慎重になりすぎて、何かする度に逐一未来を確認するようになっちゃったんだ」
「あちゃー……」
「タイムトラベルに依存しちゃったのね」
ちょっと想像がしにくいけど、例えば霊夢の家に遊びに行ったり、または紅魔館で読書をしたり、そんな日常的なことすらも結果を確認しにタイムトラベルしてたってことなのか?
「その行為そのものが大規模な歴史改変のトリガーになりそうだけど」
「一種の強迫観念みたいなもんで、頭で分かってはいても止められなかったのさ」
妹紅の疑問に300X年の魔理沙は肩を竦めていた。
きっと魔理沙Ⓓはバタフライエフェクトに酷く怯え、歴史が改悪されることを恐れていたのだろう。歴史はある程度収束するが、どの点がどのように収束するかまでは結果が出るまで分からないのだから。
「古い歴史の自分の記録に悩まされ、タイムトラベルを何度も何度も繰り返すことで、時の流れに沿って生きる人妖達との時間も次第にずれて行く……。近しい友人達にはかなり心配を掛けてしまってな、会うたびにタイムラインを教えて貰っていたんだ」
「おいおい、重症じゃないか」
「客観的な時刻で10日後の215X年10月10日には、未来を確認するだけのタイムトラベルを繰り返した影響で魔理沙Ⓓの主観的時間と二ヶ月のズレが生じていた。このままでは本当に心が病んでしまうと考えた魔理沙Ⓓは、全ての元凶となったリュンガルトに関する出来事、もっと突き詰めてしまえば〝アプト星へ行った事実″そのものを無かった事にしようと決意した」
「そこでタイムトラベルに頼っちゃうのがなんだかなあ……」
「きっと魔理沙Ⓓは辛かった記録を楽しかった記憶で塗り替えようとしたんだろうな」
何ともまあ〝私″らしい動機だ。
「魔理沙Ⓓは過去は紀元前39億年、未来は西暦300X年に掛けて時間移動をしながら〝未来を記した手紙を過去の私へ渡す″という計画を練り上げ、その一番効果的なタイミングが『300X年6月10日午後1時10分、アプト星に出発する前の〝215X年9月30日魔理沙Ⓐ″が永遠亭の前にタイムジャンプしてきた瞬間』だと判断した」
「その手紙ってこれのことだよな?」
その時刻に貰った開封済みの封筒を取り出して机の上に置くと、彼女は肯定した。
「魔理沙Ⓓは自分の記憶通りの未来――霊夢、マリサ、咲夜が生存して幻想郷が存続する世界――の為、その日までタイムジャンプを使わないで実時間で850年を過ごすことを決めたんだけどな、やがてすぐにこの計画は不要になったんだ」
「というと?」
「彼女の異変を見かねて、にとりにマリサ、霊夢、アリス、咲夜、パチュリーといった友人達が何でもかんでも時間移動に絡めないように色々と助けてくれてな、11月になる頃には魔理沙Ⓓの神経質な部分もすっかり治って、気力体力共に充実した毎日を送れるようになったんだ」
「それは良かったなぁ」
持つべきものは友ということわざがあるけど、まさにその通りだと私は思う。
「でも私達がここに居るって事は、まだ話は終わらないんだよね?」
「ああ。契機が訪れたのは、時間が大きく跳んで今から約一か月前の300X年6月1日の朝、自宅で月めくりカレンダーを6月にめくった時のことだった。6月の予定をカレンダーに書き込んでいた時、彼女はふと思い出した。『そういえば今月の10日に850年前の私がやってくる』と。その事を自覚したが最後、忘却の彼方へ消え去っていたリュンガルトに関する悪夢や、当時の自分の苦悩と計画が堰を切ったように蘇ってしまった」
「あらら、せっかく忘れてたのに」
「魔理沙Ⓓは悩んだ末に『過去の私に同じ思いをさせたくない』との思いから計画を実行に移すことを決断し、これと全く同じ文面の手紙をしたためた」
300X年の魔理沙は封筒を指さし、話を続ける。
「そして6月10日の朝に鈴仙の病院を訪ね、午後1時10分に永遠亭の前にタイムトラベルしてくる過去の自分へ手紙を渡すように頼み込んで自宅に帰った。計算ではこの手紙によって魔理沙Ⓐ⇒Ⓑの間に新たな因果を割り込ませ、『最初からアプト星へ行かなかった歴史』にする予定だったんだが、ここで大きな誤算が生じてしまった」
「誤算?」
「215X年9月30日の魔理沙Ⓐは手紙の内容を鵜呑みにしちゃってな、魔理沙Ⓓの元に行くことなく、〝一週間後の魔理沙″の話も無視してアプト星へと行ってしまった。結果として魔理沙Ⓐは魔理沙Ⓔとなり、連鎖的に300X年の魔理沙Ⓓも魔理沙Ⓔに――私へと改変されたのさ」
「……ひょっとして、その成功例が私なのか?」
「その通り」300X年の魔理沙は僅かに顔をほころばせながら頷いた。「私の主観的な記憶では、〝300X年魔理沙Ⓓの手紙を信じる選択をしてアプト星へ向かい、魔理沙Ⓐ~Ⓒと全く同一の経験をして正史に帰って来た″。お前が紀元前39億+1年に映像越しで会話した〝一週間後の魔理沙″は、時間の連続性が続いた正真正銘過去の私だ」
「なるほどね~!」
納得すると同時に、彼女が私と初対面だと言った理由が腑に落ちた。紀元前39億+1年で会った一週間後の私はどこにも消えていなかったんだ。
「率直に言うとな、最初は未来の自分を激しく憎んだよ。けど宇宙ネットワークや歴史改変の法則について調べる内に、その怒りも薄れて魔理沙Ⓓの意図を悟ったんだ。今はもう彼女に対する恨みは全く無い。むしろ『過去の私に同じ思いをさせたくない』って気持ちに共感して意思を継ごうと感じたくらいだ」
「……お前も正史に戻って来た後苦しんだのか?」
「あれは確かに苦々しい経験ではあるけど、私は初めっから『成るように成る』と割り切っていたし魔理沙Ⓓのように思い悩むことはなかったな」
彼女はとても清々しい表情で答えていた。
一度は精神的に弱ってしまった魔理沙Ⓓと、健康な魔理沙Ⓔの分水嶺は間違いなく手紙だ。魔理沙Ⓓの目論見は結果的には失敗に終わってしまったけど、彼女のしたことは決して無駄ではなかったと私は思う。
「それから時を経て私が300X年6月10日になった時、魔理沙Ⓓの失敗を顧みて、ただ手紙を渡すだけじゃなくてこの私を疑うように誘導した。……にとりに協力して貰ってな」
「えっ、にとりが?」
驚きつつ彼女を見ると、少し言いにくそうにしながら語りだした。
「魔理沙が来る30分くらい前だったかな? この時間の魔理沙が来てね、『もうすぐ現れる〝215X年9月30日の私″に私は直近の未来を書いた手紙を送った。彼女がメモリースティックに書いてあった日時に跳んだ時必ず私の手紙を見せるから、その時内容について懐疑的な意見をぶつけてくれ』って」
「なんだよ……知っててとぼけてたのか」
「黙っててごめんね。どうしてもと頼まれちゃったからさ」
にとりは手を合わせて謝っているが、彼女の意見が無ければ間違いなく魔理沙Ⓔと同じ運命を辿っていた。「謝らないでくれ。むしろいい仕事をしてくれたよ」率直な気持ちを伝えると、にとりは安堵の表情を浮かべていた。
「他にもな、万が一私が失敗した時に備えて、宇宙飛行機の様々な改良を依姫に注文してより頑丈に造って貰ったんだ。215X年10月の私が乗ってた宇宙飛行機が半壊で済んだのもこのおかげだ」
「影でそんなことやってたのかよ」
というかそもそも半壊で済んだって表現はどうなんだ。
「後はお前の知っての通り。215X年9月30日の〝私″はアプト星へ行かずに私の元へ来て、こうしてネタバラシしているわけだ」
「こんな回りくどいことしなくたって、手紙にきちんと詳細に事情を書けば良かったんじゃないか? 少なくとも魔理沙Ⓓ⇒Ⓔのような失敗は無かっただろ」
「過去改変はコントロールできる範囲で行う必要がある。もし失敗したとしても、過去の魔理沙が自分の経験した歴史と同じ道を辿るようにすることを考えたら、あの内容が精いっぱいだったんだ」
「うーむ……」
分かったような分からないような……。まあ過ぎたことを考えても仕方ない。
「結局お前の目的は、『私がタイムトラベルに振り回されないようにする』ことで、アプト星へ行くことがその因果になるから止めてるんだな?」
「それに加えて霊夢・マリサ・咲夜生存、幻想郷存続の現在の歴史に固定することだ。宇宙ネットワークに接続するアンナのメモリースティックを折ることでお前が魔理沙Ⓐ~Ⓔと同じ経験をする可能性は0%になり、時の回廊で咲夜にタイムトラベルを放棄すると伝えるだけでこの歴史が固定される」
「……これか」
私はポケットから赤色のメモリースティックを取り出す。こんな手のひらサイズに収まる小さな物に地球の――幻想郷の命運が握られているのか。
「お前はどうなる? 過去を否定するってことは、今のお前も消えるんじゃないのか?」
「間違いなくそうなるな。けど私という個が死ぬ訳じゃない、新しい歴史の魔理沙の記録として残るだけだ。――そもそもお前と私が今こうして顔を突き合わせて喋ってる時点で、お前がタイムトラベルした瞬間に私が再構築される歴史は確定している」
「!」
「『私の話を無視してアプト星へ向かい、私と同じ経験をする魔理沙Ⓕ』になるか、『アプト星へ行かず、タイムトラベルを棄てて普通の魔法使いとして生きる魔理沙Ⓖ』になるか。――答えてくれ」
300X年の魔理沙は神妙な顔で此方をじっと見つめ、真剣な空気に合わせ妹紅とにとりは押し黙っていた。
難しい話をここまで読んでくださりありがとうございました。
ここまでの話の中で疑問、質問等がもしありましたら気軽にどうぞ。
ネタバレにならない範囲で必ず返します。