――紀元前38億9999万9999年8月18日午前10時(協定世界時)――
(宇宙暦7800年8月18日午前20時)
「到着だぜ」
タイムジャンプ特有の眩い光の後、私達の前に広がっていたのは、300X年の外の世界で見た時のような光景だった。
この宇宙飛行機を中心として、左右には方眼紙で線を引いたように高層マンションが規則正しく建ち並び、それは数百メートルくらい先の突き当りまで続いていた。――いや、この表現は正しくないな。正確には一直線に続く石造りの道路沿いに高層マンションが建っていて、宇宙飛行機が道路の遥か真上、両脇の高層マンションに挟まれるような形で出現している。
更に詳しく説明するとこの道路は大通りから一本外れた小道であり、コックピットからは見えないが真後ろには出発前に地図で見た八車線の道路と陸橋が存在する。大通りだと目立つだろうと思ってこの道をイメージしたのだけれど、見事にその通りになった。
真下の道路は人が疎らで、此方に気づいた様子は無く往来している。外の世界で見られた自動車や飛行機といった乗り物は一切見当たらない。
続いて高層マンションの隙間から空を覗けば、地球と同じように雲一つない青天が広がっていたが、大きく違うのは一本の白い細線が空を真っ二つに割るようにどこまでも続いている所だ。多分だけどアプト星にかかる輪っかなんだろう。
ちなみに『午前10時』と日中のイメージでタイムジャンプした影響か外は明るく、地球で言う太陽の役割を果たす恒星から光がもたらされているようだが、周囲の高層マンションが影となってその姿は確認できない。
そして肝心のアンナの自宅はすぐ左にある高層マンションの32階にある4号室だが、廊下に扉がずらりと並んでいるせいでどの入り口が彼女の部屋なのかさっぱり分からん。4号室だから、端から4番目だというのは何となく分かるけど……。
「ここがアプト星なの?」
「高い建物ばっかりねぇ。首が痛くなりそうだわ」
「それになんか灰色ばっかで彩りが良くないな。アンナの自宅はどこにあるんだ?」
「この高層マンションの3204号室だな」
妹紅は真左を指さしながらマリサの疑問に答えていた。
「高層マンションってなんだ?」
「人里にアパートあるじゃん? あれをかなりスケールアップさせたような集合住宅だよ」
「へぇ! するとこれ全部に人が住んでるのか!」
「こんな高い建物に住むなんて幻想郷とは大違いねぇ」
「幻想郷だってもっと人口が増えて土地が足りなくなったら同じのが建つかもしれないわね」
ワイワイとそんな話をしている中、ただ一人にとりだけは景色に目もくれず、頭上のモニターに映る良く分からないグラフや計器類と睨めっこしているのに気づく。
「どうしたんだにとり?」
「宇宙飛行機の機能を使ってアプト星の環境情報を集めていた所なんだ」
「環境情報?」
「ここは私達にとって未知の土地だからね。安全かどうかきちんと調べておかないと」
「確かにそうだな。結果は出たのか?」
「具体的な数値で答えると、気温は26度で湿度は50%、風速は北風1m、大気の成分に重力加速度、この星に降り注ぐ太陽エネルギーも地球と誤差レベルの差で、有害な宇宙線や紫外線も地磁気によって保護されている。この星は見事にハビタブルゾーンに入っててさ、1億光年離れた別の銀河にこんな星が有るなんて途轍もない奇跡だよ!」
後半になるにつれにとりは語気を強めていたが、私にはさっぱり分からなかった。
「……つまりどういうことだ?」
「地球と環境が殆ど同じだから、宇宙服無しで活動しても大丈夫ってこと」
「それは凄いな!」
アンナが地球人と似たような容姿だったのも、この星の環境の影響かもしれない。彼女の気持ちにはっきりと共感できた瞬間だった。
私達の話を横で聞いていたマリサが間髪入れずに口を挟む。
「そういうことならさっさと外に出ようぜ! 私が一番乗りだ!」言うや否や止める間もなくコックピットを退室したマリサ。後ろからガチャガチャとこじ開ける音がした後、「にとり~早く鍵を開けてくれー!」と自動扉越しに声が聞こえる。
「全く、落ち着きがないんだから……」
呆れた様子の霊夢、にとりはマイクのスイッチを入れ、機内全体に声を響かせる。
「慌てないで。まずはこの機体を着陸してからじゃないと、地上に落っこちちゃうよ」
「そんなのいつものように飛べば済む話じゃないか」
「ここは幻想郷じゃないんだから、多分魔法は使えないと思うけど……」
「む……」
観念したのかマリサはコックピットに戻り、元の席に着いた。ちなみに私は以前創ったマナカプセルが残っているので、帰れなくなる心配はない。
「え~と着陸できそうな場所はあるかな?」
「そのまま降りたらダメなの?」
「こんなデカいのが道の真ん中にあったら他の人が通れなくなっちゃうでしょ」
「となると、まずは広い空き地を探さないとだな」
「一旦上昇しよう。視点が変わるけど酔わないように気を付けてね」
にとりはその場で宇宙飛行機を傾け、機首を空に向けた所で垂直に上昇していく。そして高層マンションの隙間から飛び出し、町全体が見渡せる高度まで飛んだ所で機体を平行にする。
「おおっ!」
「凄い――」
そこには幻想郷では考えられないような光景が広がっており、全員が息を呑んだ。
澄み切った空から燦燦と降り注ぐ太陽の光の下、大小様々な高層ビル群が木の根のように張り巡らされた道路に沿って所狭しと建ち並び、その数は優に万を超えていた。中でも一番目を引くのは、紙のように薄く、それでいて天を貫く高さの洗練されたデザインの尖塔で、よくよく観察するとこの街の道路全てがこの塔を中心に四方八方に伸びている。
最早街ではなく都市と呼んだ方がしっくりくるだろう。
尖塔の北には薄らと尾根が見える事から山脈があるんだろうけど、魔法で視力を強化してもぼんやりとしか捉えられないくらい遠い場所にある。
尖塔の東に視線をやれば、石で舗装された限りなく広大な空地があって、数えるのも億劫になる程のおびただしい宇宙船が駐機や発着陸を繰り返している他、その上空には何百何千もの宇宙船が東西南北に飛び交っていて、この辺りに比べるとかなり空の密度が高くなっている。
西側にはエメラルドグリーンの海が広がっていて、北西の沿岸部には数十もの船が停泊している巨大な港があった。そこには都市部から伸びた道路が海へと繋がっていて、紫が使うスペルカード《廃線「ぶらり廃駅下車の旅」》の列車によく似た形の乗り物が次々と海中へと飛び込んでいる。傍から見ると自殺行為にしか見えないが、あの先には何があるんだろう。
陸地から遠く離れた洋上には一隻の宇宙船が浮かんでおり、その上にはこの都市をそっくりそのまま小型化した街が造られ、地上の都市から複数の宇宙船が空中都市に向けて飛んでいた。この距離からでも形が分かるくらいだし、近くだともっと大きいんだろうな。
「……想像以上ね。幻想郷とはまるでスケールが違う。異世界に来たみたいだわ」
「はははっ、こりゃあ一日二日で回りきれそうにないな」
霊夢とマリサはただひたすら圧倒されており、妹紅は「このレベルの文明でも宇宙空港や軌道エレベーターがあるんだな」と冷静に呟いていた。
「景色を楽しむのも良いけど、降りられそうな場所を探すのも忘れないでよね」
「はいはい、分かってるわよ」
とはいえご丁寧にも隙間なく建物が建っている為、空き地らしい空き地は中々見当たらない。
それでも全員で辛抱強く探し続けていると、この機体の真下、アンナの家の前の八車線道路を挟んだ二つ先の高層マンションの間に挟まれた空地を発見し、にとりに伝える。
「オッケー。じゃあ高度を下げるね」
にとりが操縦桿を操作すると、機体はゆっくりと下降していき、どんどんと地上に近づいていく。その間にも彼女は細かく機体の位置を調整しながら、空地の真上へと持ってきていた。
幸いにも空地に人影はない。やがて周囲を囲む高層マンションの屋上と同じくらいの高度まで下降したその時、突然宇宙飛行機がピタリと動きを止めた。
「なんだよ、着陸しないのか?」
「え、ちょっと待って。これ……」
にとりは珍しく困惑した様子で、コックピット内の機器をあちこち触っている。何かトラブルでも発生したのだろうか。
「う~ん、おっかしいな~」
「一体どうしたの?」
「いやそれがさ、急に操作を受け付けなくなったんだ。どういう原理か知らないけど、これ以上高度が下がらないんだよね」
「まさか故障か?」
「私もそう思って真っ先に確認したけど異常は無かったし、故障じゃないと思うんだけどなあ」
にとりは操縦桿から手を放していたが、宇宙飛行機は相変わらず宙に固定されたままで、メーターは高度100mで止まっている。
「良く分からないけど、ここに降りられないってことは別の場所を探した方が良さそうね」
「とは言っても他に良い場所あるかな?」
「さっきのでっかい塔の東に見えた、宇宙船が沢山集まってた場所とかどうだ?」
「そうだね、行ってみようか」
マリサの提案の元、にとりは宇宙飛行機を再度上昇させた後、都市の中心部へ向けて滑空していく。
(……そうだ! 確か依姫から貰ったアレが有ったな)
私は霊夢に一言断ってから座席の下のリュックサックを引っ張り出し、タブレット端末を取り出して元の場所に戻す。電源を入れると、マリサが画面を覗き込みながら訊ねた。
「何だそれ?」
「300X年の依姫から貰ったタブレット端末だ。彼女曰く『図解付きで電子機器や装置、社会システムについてのデータが入っている』らしいぜ」
「へーそいつは便利だな。試しにあの塔に使ってみろよ」
「おう」
マリサに限らず、話を聞いていた霊夢や妹紅がタブレット端末に意識を向けている中、私は備え付けのカメラを塔に向け、画面に被写体が映っていることを確認してからディスプレイに表示されたボタンを押す。
こうすることで被写体の正体が図解付きで出て来ると依姫は語っていたのだけれど、実際は正体不明と表示されてしまった。
「おいおい、さっきの事といい大丈夫かよ……」
「もしかしたらこの星では地球製の機械の挙動がおかしくなるのかもな」
「有り得ない――と一概には言い切れないね」
「ちょっと、怖い事言わないでよ」
モヤモヤ感が残るも、にとりは十分で目的地手前まで機体を近づけた。
「もっと高度を上げるか下げるかしないとこれ以上は進めそうないね」
前方はまるで鳥の群れのように宇宙船でごった返していて、衝突しないのが不思議なくらいだ
「この下にあるのはなんなんだ?」
疑問を呈するマリサに誰からも返答はない。ふと手元のカメラを地上に向けてみると、今度はちゃんと図解が現れた。
「え~とこのタブレット端末によると、あれは宇宙空港というもので、旅客・貨物の航空輸送のための施設をもつ公共の飛行場らしいぜ。星間文明の黎明期によくみられる施設とも書いてあるな」
「ふーん、あれはちゃんと分かるのか」
こうして近くから見下ろすと分かるがとにかく敷地が広く、空地の他には建物がぽつぽつとあるだけだった。
「なあ、宇宙船が消えてないか?」
「消える?」
「ほら、地上を良く見てみろよ」
「――あっ、本当だ!」
妹紅の言葉通り、この宇宙空港に着陸していく宇宙船は神隠しにあったかのように忽然と消滅し、かと思ったら別の宇宙船が突如として現れ、弾丸のように宇宙へ飛び出して行く。
「え、これって幻なの?」
「最早何がどうなってるのかさっぱり分からんな」
「まあ後でアンナに訊ねればいいよ。ひとまず降りちゃおうぜにとり」
「了解!」
先程のように再び下降していくものの、高度200mに差し掛かった所でやはり止まってしまった。
「ひょっとしてここも駄目なの?」
「う~ん、もしかしたらこの街全体の空に見えない地面があって、一定以下の高度には物理的に行けないようになってるのかも」
「でもそれだと他の宇宙船が普通に着陸してることに説明が付かなくないか」
「分かんないけど、そうとしか考えられないよ」
「無断で入った宇宙船は着陸できないとか?」
「いずれにしても、折角来たのに降りられなきゃ意味ないわね」
若干いら立ちが募り始めたその時、私は妙案を思いついた。
「にとり、一番最初にタイムジャンプしてきた場所に戻ってくれ。私に良い考えがある」
七分後、にとりはアンナの高層マンション隣の小道、高度120mに宇宙飛行機を停めた。
「それで何をするつもりなのさ?」
「こうなったらアンナに直接地上に降りる方法を聞けばいい。にとり、ハッチを開けてくれないか。羽の部分を渡って廊下に飛び移る」
「そんなの危険だよ。落ちたらどうするのさ」
「大丈夫大丈夫、いざとなったらタイムジャンプで逃げるから」
「ならいいけど……」
にとりが中央のボタンを押すと、後ろでガシャンとロックが外れる音がした。
「ちょっと待ってて、渡したい物があるから」
コックピットを後にしたかと思えば、すぐに戻って来た。
「はいこれ!」
にとりが差し出して来たのは、フレームが水色の眼鏡と、小さなスピーカーが付いた水色と黄色のカプセルだった。
「なんだこれ?」
「この眼鏡と水色のイヤホンが万能翻訳機でね、見聞きした異言語を装着者の縁が強い言語に変換してくれるんだ」
「ほうほう、こっちはなんだ?」
「通信機だよ。魔理沙が見聞きした情報がこの機体にも流れるようになるんだ」
「なるほどな。どうやって使えばいい?」
「目と耳にそれぞれ着ければオッケーさ」
「サンキュー」
私は眼鏡を掛け、二つのカプセルをそれぞれ両耳に嵌めた。眼鏡にはレンズがはめ込まれているけど、視界は全く変化しないので伊達眼鏡みたいだ。
『どう? 聞こえてる?』
「バッチリだ」
マイク越しに呼びかけるにとりに私はサムズアップした。耳に多少の違和感は残るけれど、耳栓のように外部の音が完全に遮断される訳ではなく普通に聞き取れている。
「それじゃ行ってくるぜ」
「気を付けてね魔理沙」
「落ちるなよ~」
コックピットを出てハッチの前に移動した私は、マナカプセルを飲んだ後意を決して扉を開く。生暖かい風が頬に触れ、髪が静かに靡いた。
(これがアプト星の空気……)
幻想郷に比べると決して澄んでいるとは言えないが、息苦しくなる程ではなく、特段鼻を突くような匂いもない。鳥や虫の鳴き声は一切せず、扇風機のようなゴウゴウとした音が都市全体に響いている。
私は入り口ギリギリに立ってから壁を伝って主翼の根元に移動し、そこから先端に向かって歩いていきギリギリの位置で立ち止まった。ふむ、見た感じ隙間は60㎝~80㎝て所かな。
『飛び越えられそう?』
『余裕余裕。まあ見てなって』
私は五歩後ろに下がり、一度深呼吸をしてから駆け出していき、ギリギリの位置で地面を強く蹴る。
「よっと!」
宙に浮いた体は山なりの軌道を描くように隙間と鋼鉄の手すりを乗り越え、綺麗に廊下に着地した。
『ナイス着地!』
『はは、サンキュー』
後ろに振り返れば、霊夢とマリサと妹紅がコックピットから此方を見つめ、私を指差しながら何かを喋っていた。
(――さて、問題はアンナの部屋だな)
乱れた息を整えつつ私は歩き出す。
32階の廊下には6枚の扉と窓が並んでいて、数の法則が地球と同じならば左端から四番目か二番目の筈。表札でもあればいいんだけど、扉に貼られたプレートに書かれた文字は象形文字のようで、全く持って意味不明だった。
しかし今の私には翻訳機があるので恐れることはない。左端から四番目の扉の前に立ちじっと文字を見つめていくと、粘土のようにぐにゃぐにゃと形を変えて日本語に変化した。
(こんな風に翻訳されるのか)
プレートには『3204アンナ』と記されていて、ここが彼女の自宅で間違いないようだ。私は扉の一歩前まで移動してノックする。
「おーいアンナ、いるかー?」
「は~い。今でまーす!」
ドタドタとした足音が徐々に近づいていき、不躾な効果音と一緒に扉が開いて目が合った。
「よう、遊びに来たぜ」
「えっ、ええっ!? 魔理沙さん!?」
面白いくらいに驚愕していたアンナは。
「嬉しい! 本当に来てくれたんですね……!」
目尻に涙を浮かべながら私の胸に飛び込んで来た。
東方でSFは需要あるか分かりませんが完結まで書いていきます。
次回投稿日は2月21日です