「アンナ!?」
「あ、や、やだごめんなさい。急に抱き着いたりしちゃって」
我に返ったのか、私から離れたアンナは「実はつい一昨日こっちに帰って来たばかりだったので、まさかこんなに早く再会できるなんて思ってもみなかったんです」とはにかんでいた。
私の主観的な時間で約1か月ぶりに再会したアンナは、肩口で切りそろえられた真紅の髪を斜めに分けるようにヘアピンで止め、透明な星型のイヤリングに、薄い桃色を基調にしたリボンと花柄の膝丈ワンピース、白のレースアップサンダルに赤いマニキュアを身に着けていて、とても女の子らしい恰好をしていた。この星に四季があるのかは分からないけど、夏らしくて涼しそうだ。
以前に会った時はアクセサリーの類は一切身に着けておらず、灰色の衿付きのシャツにカーゴパンツと作業服のような地味な恰好だったので、人は服装一つでここまで印象が変わるのかと改めて思い知らされる。
「いつ頃いらしてたんですか~? 全然気が付きませんでした」
「到着したのは30分くらい前でな、後ろの奴に乗って来たんだ」
「え? あっ!」
ここで初めて私の後ろに漂う宇宙飛行機に気づいた様子。
「わあっ、妹紅さんやにとりさん以外にもお友達を連れて来てくださったんですね! ……あら? あれは魔理沙さん? えっ、双子だったんですか?」
「まあここに来るまでに色々と有ってな。それよりも聞きたいことがあるんだけど」
「? なんでしょう」
「あの宇宙飛行機を着陸させる方法を教えてくれないか」
ストレートに訊ねるとアンナの顔が一瞬こわばった。
「……停める方法ですか? あたしがプレゼントしたメモリースティックに、指定した土地に自動で案内してくれるプログラムが入力されていた筈ですけど……」
「それはタイム――」
「!」
「ムゴッ」
言いかけた所でアンナに反応する間もなく口を塞がれ、すぐに引き剥がす。
「いきなり何するんだ!」
「その先は言わなくてもいいです。何となく察しが付きました」
「!!」
先程までニコニコしていたアンナが急に能面のような表情に変貌し、私はたじろいでしまう。
「一瞬待ってください」
そうしてる間にも彼女はポケットから桃色の長方形の機械を取り出し、カメラのレンズによく似た箇所から光を私に向ける。
一見すると何も変わっていないようだが、街の雑踏が急に聞こえなくなり、咲夜の世界のように不気味なまでに静かになった。
「……はい。これで大丈夫ですよ」
「一体何なんだ……」
「先程は驚かせちゃってごめんなさい。壁に耳あり障子に目あり、誰が聞き耳立てているか分かりませんからね、遮音バリアを展開しました」
「遮音フィールド?」
「あたしを中心に半径50㎝以外へ音が届かなくなってます。今魔理沙さんが付けてる通信機も不通になっていますよ」
試しに後ろを振り返ってみると、コックピットでは霊夢とマリサが私を指差しながら何かを話しており、開け放たれたハッチからにとりが身を乗り出しながら此方に手を振っていた。
私は手を振り返し、問題ないとジェスチャーを送ると、にとりは首を傾げながらも戻って行った。
「魔理沙さん、もしかしてメモリースティック無しでここに来ませんでしたか?」
「……分かるのか?」
「あれを使えば必ず連絡が来るはずですし、許可を受けてない宇宙船はこの星全体に適用されている反重力フィールドを抜けられないようになっているんです」
「そんな大掛かりなカラクリがあるのか」
「はい。宇宙船の墜落や人の転落を防止する安全装置だったのですが、今では密航を防ぐために使われるのが殆どなんですよ」
なんというか、異星文明の科学は無茶苦茶だな。
「あの中に身分証と通行証がインプットされているので無理なく通過できたのですけれど……まさかとは思いますが、魔理沙さんの時代に影響が及んでしまいましたか?」
「……」
ここで私は真相を話すべきか迷い、すぐには答えられなかった。
彼女に悪気が無かったとはいえ、結果的に自身の行動で一つの星の歴史を閉ざしたことを知れば性格的に罪悪感に苛まれるだろうし、私としても既に解決した問題なのでそのことで引き摺って欲しくない。
それにカンペもなしに300X年の私と全く同じ説明を出来る気はしない。頭では十二分に理解しているのだけれど、言葉として形にするのは難しいのだ。
「この話はアンナにとっては辛い話になる。それでも真実を知りたいか?」
改まった声に彼女は一瞬ビクッとしながらも、ルビーのような瞳で私を見据えながら「はい!」と力強く答えた。
「実はな――」
私はメモリースティックに纏わる魔理沙達の話をかいつまんで説明する。案の定、話が進むにつれみるみるうちにアンナの顔色が悪くなっていき、終いには真っ青になっていた。
「……そんなことがあったんですか。あたしのせいでとんでもない迷惑を掛けてしまったみたいで、本当に申し訳ないです……」
委縮した様子で頭を下げる彼女に「もう解決したことだし、悪いのはアンナじゃなくてリュンガルトなんだからそんな謝らないでくれ」と言ったが、表情は優れない。
「それでも自分が許せないんです。あたしの軽率な行動で一度ならず二度までも魔理沙さんの星が滅ぶ歴史にしてしまったんですから。貴女が軌道修正してくれなければ大犯罪者ですよ……」
アンナの声に元気はなく、罪悪感に苛まれているのかひどく落ち込んでいるようだ。ここはやっぱり元気づけた方がいいか。
「あ~もうクヨクヨするなって! 私達は遊びに来たんだからさ、アンナが笑顔じゃないとこっちもつまらなくなっちゃうぜ」
「でも――」
「当事者の私が良いって言ってるんだからそれでいいじゃん? 遠慮することないぜ」
「…………分かりました! あたし、魔理沙さん達を誠心誠意もてなしますね!」
「よろしく頼むぜ!」
こうして彼女に笑顔が戻った所で、私は改めて本題に入る。
「それでさ、宇宙飛行機はどうすれば着陸できるんだ? メモリースティック無いとやっぱ無理なのか?」
「ええ、そうでしたそうでした。この高層マンションに張られた反重力フィールドを解除すれば屋上に着陸できます。これから遮音フィールドを解除するので、にとりさんに屋上へ移動するように伝えてください」
「分かった」
そういえば私達の会話は外に聞こえてないんだったな。後ろに振り返ると、コックピットに居る霊夢達は私そっちのけで何かの会話で盛り上がっているようだ。
「解除する前に魔理沙さんに幾つかこの星のことについて伝えておきたいことがあります」
「なんだ?」
「今は大丈夫ですが、外では魔理沙さんがタイムトラベラーであることや、密航者であることを極力話さないようにしてください。下手に喋るとあっという間に警察が飛んできますから」
「もちろんそのつもりだ」
「それとこの星は宇宙ネットワークを前提に社会インフラが整備されていますので、これを利用できなくなるのはかなり不便になります。なるべくあたしの方からフォローしますけど、そのことを念頭に置いてください」
「ん、分かった」
と言っても、宇宙ネットワークなんて仮想空間に用があるとは思えないけどな。
「では解除します」
そう言ってアンナがポケットから携帯端末を取り出し画面をタッチすると、世界に音が溢れ出した。
「おーいにとり、聞こえるか?」
『! 聞こえる聞こえる! 急に通信が繋がらなくなったけど、何が有ったのさ?』
私はアンナとの会話を要約して伝えた。
『ふ~む実に興味深い話だね。まあとにかく理由は分かった、すぐに移動するよ』
「頼んだぜ~」
宇宙飛行機はゆっくりと高度を上げ、見えなくなった。
「あたし達も屋上に向かいましょう」
先行するアンナの後を追って、廊下の端にあるエレベーターに乗り51階へと昇っていった。
続きは今月中に