嬉しいです。
「私、宇宙人ってもっと動物っぽい姿を想像してたけど、案外私達と変わらないのね」
「霊夢さんの仰るような宇宙人は居ますけど、この星で生まれ育った人達は大体私と同じ肌の色や構造をしているんです」
「その口ぶりだと、アンナ以外にも宇宙人がいるのか?」
「そうですね。この星はプロッチェン銀河の中心にあるので、他の惑星から人や物が集まって来るんですよ」
「へぇ~」
身支度を終えたアンナを迎えた私達は、エレベーターで地上に降り立ち、機械仕掛けの扉を通ってエントランスホールを出た。
空から見てもそうだったけど、この街は均一された無機質なデザインの高層建築がずらっと建ち並んでいて、地上からだと特に空を抑え込まれているような嫌な威圧を感じる。
「ところで、最初はどこに連れてってくれるんだ?」
「そうですね。この辺りは住宅街なので、まずはこの街――首都ゴルンの繁華街を案内しようと思います」
「首都ってことは、ここが一番栄えている場所なんだね」
「人が多そうだわ」
「実際この首都だけで3000万人住んでますから、アプトでも屈指の人口密度なんですよ」
「なんとも途方もない数字ね。いまいち実感が湧かないわ」
「そこには何があるんだ?」
「ふふ、それはついてからのお楽しみということで!」
そしてアンナが車道に向けてリモコンを操作すると、先端がカモノハシのくちばしみたいなデザインをした細長い金属の塊が出現する。それは300X年の外の世界で見たタイヤのない車に非常にそっくりだった。
「何これ?」
「原動機の力で地上をとても速く走ることができる自動車という乗り物です。これに乗って10分ほど進めば入り口に到着しますので、どうぞ乗ってください」
「あ~これ車なのね」
「外の世界のそれとは全然印象が違うな」
「誰から乗ろうか?」
「私が行くわ」
先人切って乗り込んでいく霊夢とマリサに続き、私も背中を屈めるようにして乗り込んでいき、最後にアンナが扉を閉めた。
中は見た目以上に広く、まだまだ人が乗れそうな空きスペースがある。
「それでは出発しますね」
最前列の運転席らしき場所に座ったアンナの一声で、車は静かに発進した。
現在八車線ある道路の一番左端、歩道に近い車線を走るこの車は、宇宙飛行機から見えたあの塔に向かっており、窓の外は目で追える程度のスピードで高層ビルばかりの景色が流れていく。
「いや~楽ちん楽ちん。たまには誰かに運転してもらうのもいいね」
「乗り物があると便利だよなあ。私も一台欲しいわ」
「というか、てっきりワープでパッと一瞬で目的地に飛べるのかと思ってたわ」
「移動時間を楽しむのも旅行の醍醐味ですよ霊夢さん」
「まあそれもそうね」
「それにしても昼間なのにガラガラなんだな。こんだけ道幅が広いのならもっと交通量が多いもんだと思ってたけど」
窓から外を眺めるマリサの言う通り、歩道や走行車線、対向車線も含め、人も車もまるで見当たらず貸し切り状態になっている。アンナの話通り3000万人もいるのなら、誰かとすれ違ってもいい所なんだけどな。
「今の時代車なんて古い乗り物を利用する人は殆どいませんからねぇ。皆宇宙ネットワークに接続して自由に移動してますし、現実世界を歩く人は皆無と言っていいでしょう」
「さっきも謎だったんだけど、宇宙ネットワークってなんなんだ?」
「一言で言うと生活に欠かすことの出来ないサービスのことです。単なる仮想世界ではなく、衣食住の全てがこのシステムに依存しているんですよ」
「??」
「すぐに意味が分かりますよ」
それからしばらくドライブを続けていき、三色のランプが点灯する広い五差路に差し掛かった所で路肩に駐車した。
「到着しました! ささ、皆さん降りてください」
アンナに促されて順番に歩道へ降りていき、車内に誰も居なくなった所で、跡形もなく消えてしまった。
「ここは交差点なのか?」
「そうみたいだね?」
「随分と広いのね」
「轢かれたりしないだろうな……」
五本の道路が交わる交差点には縦縞の白線が全体に引かれていて、中央には車両進入禁止との文字が浮かび、歩くポーズをした機械人形がぶら下がっている。アリスの人形と比べると棒人間のように骨格だけしかないので全然可愛いくない。
「こっちですこっちです」
勝手の違いに戸惑いながらも手招きするアンナについていくと、五差路の中で唯一扇形のアーチが掛けられた道路の前に立った。
二車線の道沿いにはデザインが統一された全面ガラス張りの高層ビルがきっちりと並び、一直線に続くこの道の果てには鈍い光沢のある天高く伸びた塔が見える。
「お待たせしました。ここが首都ゴルンの繁華街マセイトの入り口です!」
「えっ?」
「ここが?」
意気揚々と紹介するアンナとは対極的に、私達からは疑問の声が漏れた。
一般的に繁華街と言えば商店や飲食店が立ち並び、商売人や客で大いに賑わっている場所を指すはずだ。ところが目の前の通りには人っ子一人おらず、見渡す限りでは入り口は閉め切られ照明が落とされた建物ばかりで、営業中の店は一件もなかった。それどころか看板や広告すら一つもなく、生活感もまるでない。街の喧騒は生暖かい風の吹き抜ける音と私達の話し声にかき消されていた。
建物の外観は新築のように綺麗で定期的に管理されている形跡があるだけに、なおさらゴーストタウンにしか見えない。一体どういうことなんだ?
「なあ、にとり。翻訳機がおかしくなったりしてないよな?」
「ちゃんと点検したばかりだし故障はないと思うけどねえ。今までアンナとの会話で、受け答えがずれてたり、言葉に違和感とか有った?」
「特に感じなかったな」
「じゃあ壊れてないんじゃない?」
「そうなのか」
にとりとひそひそ話をしている間に、妹紅が疑問を呈した。
「私には人気のない殺風景な通りにしか見えないけど……」
「右に同じく。何もないじゃない」
「冗談にしてはあまり面白くないぜ?」
「ふっふっふ、これにはちゃんと仕掛けがあります」
アンナはどこからともなく半透明に透けた端末を手元に出現させると、右手のみで器用に操作していく。
(今度はなんだ?)
推移を見守っていると、彼女の左手に光の屈折現象が生じたかと思えば、一本の眼鏡が出現した。フレームは黄色く、私が今掛けている長方形のレンズとは違って卵のような形のレンズをしている。
「マリー、これを掛けてみて」
「これって眼鏡だよな? 今掛けてるのは翻訳機能付きの物であって、私は別に目は悪くないぜ?」
「いいからいいから」
「あ、ああ」
ニコニコしながら薦めてくるアンナに押され、私はそれを受け取った。
「皆さんの分も今お出しします」
その言葉通り、全く同じ型の黒、銀、金、水色の眼鏡を順々に出現させ、霊夢達の髪色に対応するように一本ずつ渡して行った。
「う~ん、只の眼鏡にしか見えないけどねぇ」
「何が始まるんだ?」
「うふふ、きっと驚きますよ」
「はぁ」
皆が困惑している中、私は水色の眼鏡を外して受け取った黄色の眼鏡に付け替える。
その瞬間、世界は一変した。
『いらっしゃいいらっしゃい! 本日全品20%セール開催中で~す!』
『ガロトノ星から入荷したばかりのロードサンがお得だよー』
『只今ランチサービス中で~す! ご昼食はぜひ当店で!』
『スイーツ食べ放題実施中でーす! ぜひお越しください!』
『銀河を跨いで大ヒットした映画『愛と恋』絶賛上映中!』
人種も種族すらもバラバラな大勢の人々でごった返す交差点に、そこかしこから聞こえる呼び込みの声、所狭しと軒を連ねる飲食店や商店、ブティックの数々。何の店だか分からないのも含めれば百以上はあるんじゃないか?
アーチのてっぺんには『マセイト通り』と記され、高層ビルには照明が付き、地上に近い高さの壁には景観を壊さない程度に整理されたユニークな看板が掲げられている。先程までの陰気臭い道路が一転して活気に満ち溢れていた。
「……これは驚いたなあ」
「えええっ? 急に人が沢山出て来ちゃってるよ」
「プロジェクションマッピング……とは違うね。あまりにリアリティが在り過ぎる」
「いつの間にワープしたんだ?」
私に続いて眼鏡を掛けた霊夢達も、激変した状況に驚きと困惑が混じっていた。
「ふふ、驚きましたか?」
「驚いたってもんじゃないよ! どういうカラクリなんだ?」
「マセイト地区は通称『私の街』。宇宙ネットワーク上に創られた街を現実世界のこの区画に反映していまして、他の星からいらっしゃった方はその眼鏡を掛けることで初めて認識できるんです」
「ってことは、私達が見ているのは仮想世界なの?」
「理解が早くて助かります。この場にいる沢山の人々は全て個々の意思を持った生命体――現実で全く同じ肉体を持っている宇宙ネットワークの利用者達なんです」
彼女が説明する間にも通行人は私達に目もくれずに往来を行き交っているが、彼らは蜃気楼のように実体が掴めず、たまに身体が重なりあったり突然姿が消滅したりと奇想天外な動きをしている。
「良く分からないが、この目に映っている光景は幻じゃなくてちゃんと〝居る″んだな?」
「そうですそうです。他の星から来てる人もいますけど、大多数はこの星の住人なんです」
「へぇ~」
「すげーな。ここに居る人みんな宇宙人なのかよ」
「私達も立派な宇宙人だけどね」
見分け方としてはアンナや私達と同じ人種の人がそうなのだろうな。中には犬や猫によく似た耳や尻尾が生えてたり、半分動物みたいな容姿の人もいるようだ。
「そういえば私の街ってどういう意味?」
「言葉通り自分だけの街を形作ることができるんです!」
彼女はタブレット端末を手品のように出現させると、「こちらを見てください」と私達の前に提示する。
画面にはマセイトの地図が表示されており、塔を中心に八本の道が放射状に伸びて、マセイト地区をぐるりと囲む道路に繋がって車輪のように見える。
そして道沿いに並ぶ建物を表す記号にはそれぞれ名前が割り振られているが、殆どがカタカナ文字ばかりで馴染みのない言葉だ。
「今私達がいるのはこの入り口です。あそこに『ローエン』と『ノエント』という名前のお店があるの分かりますか?」
「ああ、見えてるぜ」
彼女の指差す先には看板が掲げられたお店が道を挟んで向かい合っている。外観から察するにどちらもブティックのようだ。
「見ててくださいね」
彼女が端末の画面に触れ、指でなぞるように両店舗の場所を入れ替える。すると何と言う事か、目の前の実店舗も写真のように入れ替わった。
「ええっ!」
「このように、マセイド地区に存在する施設・店舗・建物をユーザーが自分好みに自由に並び替えることができるんです」
「なるほど、だから『私の街』なのね」
「けど仮想世界ってことは結局虚構なんでしょ? 手元に残らないんじゃ意味ないじゃん」
「ここで購入・利用したサービスは次元変換装置――通称CRFにより、現実世界に具現化することも可能ですし、その逆も可能です。なのでにとりさんの仰る指摘は当てはまりません」
「あぁそっか! 凄い便利だなぁ」
「もうこっちに来てから驚いてばかりだわ」
頷くにとりと妹紅に対し、マリサが「ん? どういう意味だ?」と訊ねる。
「例えばマリサさんがブティックでワンピースを買うとします。そのままでは宇宙ネットワーク上に購入したという記録だけが残りますが、
「絵に描いた餅が実際に飛び出してくるようなもんか?」
「そうですそうです。その例えの場合なら本当に食べることができちゃうんです」
「ほ~納得したぜ」
「随分回りくどいと思うかもしれませんが、生体認証や肉体の仮想化といった手段を使わず、外部端末を利用すればマリーが懸念するような事態にならない筈です」
「そうだったのか」
まだ完全に理解しきれている訳じゃないけど、彼女なりに私達のことを考えてくれているようだ。
「ねえ、喋ってばかりいないで早く案内してちょうだい」
「確かにそうですよね! 行きましょうか!」
アンナの先導の元、私達はマセイト通りへ歩き出して行った。