魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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高評価ありがとうございます。
投稿が遅れてすみませんでした。


第193話 萬屋にて

 薄々感じてはいたけれど、いざ通りに入ってみると凄い。

 

『日用品から家電製品まで何でもお安く提供します!』

『只今開店記念セール中です! 是非お立ち寄りください!』

『貴方に最高の感動体験を与えます。ネロン星系一周ツアーはぜひ我が社で! 今ならお得なキャンペーンを開催中です!』

『明日の天気は晴れ。温暖な気候が続きます』

『現在ランチサービス中です!』

『次カラオケいこうよ!』

『いいよ~』

『すみませーん、このクレープください!』

 

 至る所で呼び込みの声や通行人の会話が飛び交い、老若男女問わず色んな人々でごった返し、現実ならすし詰め状態で身動きが取れなくなっていそうだ。

 

(……圧巻だな。世界にはこんなに大きな街があったのか)

 空から見下ろすのと、実際にその場に行くのとでは感じ方がまるで違う。タイムトラベルが無ければ決して交わる事のない時代と場所、私にとってここはまさしくフロンティアだ。

 

「本当よく賑わっているわねぇ」

「幻想郷にはこんなに沢山人いないしね」

「この辺りのお店はあたしが良く利用している順に並んでいるんです」

「そうなんだ」

「う~ん、色々有り過ぎてどこに入ろうか迷うな」

 

 ここまで私の確認した限りでは、ブティック、ディスカウントストア、コスメショップ、喫茶店、大衆食堂、スイーツショップ、百貨店、旅行会社が並んでいて、なんとなくアンナの趣味趣向が伺える。

 

「というかさ、私大変な事に気づいちゃったんだけど」

「なんだにとり?」

「お金だよお金。今のままだとせっかく街に来たのに楽しめないじゃん」

「あぁ……確かに」

 

 それはいつどこの時代においても必ず付きまとってくる大きな問題。

 思い返せば幻想郷からここに来るまでの道のりもかなり苦労させられた。折角の旅行なのにあまり野暮な話はしたくないけど、きちんと向き合う必要があるだろう。

 

「おいおい、財布でも忘れたのか?」

「違うよマリサ。ほら、ここってかなり大昔でしかも地球じゃない街じゃん? だから幻想郷のお金は使えないと思うんだよね」

 

 300X年でも大きな誤解を受けたし、と辛うじて聞きとれるくらいの声で呟くにとり。「言われてみればそうだな」マリサは納得したように頷いた。

 

「外の世界には、両替所っていう別の貨幣と交換してくれる場所があるって聞いた事あるわよ?」

「多分この時代に実在しない国で流通している貨幣は無理なんじゃないかな」

「にとりさんの仰る通りですね。アプト星では宇宙条約を締結している国家の貨幣でなければ使用できません」

 

 貨幣とは商品の価値の尺度を計ったり、それと交換する手段として用いられるもので、国家の信用がなければ役割を果たさない。この街では私達の所持するお金は単なる紙切れに過ぎないのだ。

 

「う~んこれは盲点だったな。冷や水を浴びた気分だ」

「わざわざタンス預金を崩して来たのに」

「こうなったらアルバイトでもするか?」

「この星で皆さんは〝居ない人″扱いなので難しいですね」

「やっぱり駄目か」

「落ち込まないでください。元々あたしが誘ったんですから、あたしが皆さんの滞在費と交際費を全額負担しますよ」

「本当か!? ラッキー!」

「いやいや、流石にそこまで至れり尽くせりなのは居心地が悪いっていうか」

「妹紅さんやにとりさん、そしてマリーには多大なご迷惑をおかけしたみたいですし、せめてこれくらいさせてください」

 

 それからも奢る奢らないの話し合いで平行線を辿っていると、霊夢がうんざりとした様子で口を開く。

 

「ねえアンナ。この街に古物商は居ないの?」

「古物商ですか? 心当たりはありますけど」

「この手のお店なら物品の買い取りもやってるでしょ? そこで持ち物を換金すればいいじゃない。それでも足りなければアンナのお言葉に甘えれば良いわ」

「マリーの気が済むのならそれで構いませんけど……」

「分かった」

 

 特にケチを付ける部分はないし、歴史に影響することはないだろう。私はすんなりと頷いた。

 

「素直に好意に甘えておけばいいのにな」

「まあまあ、こっちの魔理沙の言い分も分かるよ。それにこの星の古物商店って興味惹かれない?」

「まあそうだな」

「それでは目の前にお店を持ってきますね」

 

 アンナがタブレット端末を操作すると、正面の赤いドレスが飾られたお洒落なブティックは姿形が変化した。

 配置転換された新たな店はパラペット看板に『萬屋ワトーレノ』と書かれ、先進的な外観とは裏腹に、ショーウィンドウには腰から下がすっぽり入る信楽焼に似た壺や、戦国武将が着てそうな白銀の鎧に、どこかの湖畔を描いた風景画が飾られていて、ここだけ時代に取り残されたようなギャップを感じる。

 

「あら和風っぽい?」

「なんか凄く怪しい感じの店だな」

「あたしの友達が営んでいるお店なのでその点は保証しますよ~。ささ、入りましょう」

「仮想世界のお店ってちゃんと中に入れるの?」

「基本的に眼鏡を外さなければ生身のままでも大丈夫ですよ」

「本当にどんな原理なんだ?」

 

 そんな話をしつつ、ガラス扉を開けて中に入る。

 

(ここが萬屋なのか)

 

 第一印象としてはとにかく物が多い。

 日用品や加工品に加え、色付いた実がなる植物の苗から、キュートなブリキ人形をそのまま等身大にしたようなものまでジャンルはバラバラで、他にも一目見ただけでは何に使うのか首を傾げる物が店内のあちこちに並べられており、まるで香霖堂がスケールアップしたような店だ。

 ただ香霖堂と大きく違うのは、商品一つ一つに漫画の吹き出しみたいな〝枠″が浮かんでいて、その中に商品名や値段、製造地、用途、店主による一言メッセージが事細かに表示されている所だ。便利な反面視界を占有されているので鬱陶しい。

 ちなみに私達以外に客はいないようで、店内には心を落ち着かせるBGMが掛かっている。

 

「散らかってるわねぇ」

「でも中は意外と広い?」

「このメッセージウィンドウ邪魔だな」

「目の焦点をずらせば自然と消えますよ」

「あ、本当だ」

「おい見ろよ霊夢。これ叩くと目が光るんだぜ? 面白くないか?」

「あまり叩きすぎると壊れるわよ。ほどほどにしておきなさい」

「こういう場所は自宅にいるみたいで安心感があるね」

 

 招き猫によく似た置物を弄るマリサ、キョロキョロと見回す妹紅、束になった電気コードの感触を確かめるにとり。

 驚いたことに店内の商品は実際に手に取ることができて、それらの触り心地や匂い、質感まで本物と遜色ない。〝枠″がなければ、ここが仮想世界の店だと忘れてしまいそうだ。

 店内を見て回りつつアンナの後をついていくと奥にカウンターがあり、狐耳を生やした着物姿の少女が退屈そうに座っていた。

 

「やっほ~シャロン!」

「アンナ!」シャロンと呼ばれた少女は椅子の上からカウンターを飛び越え、「いらっしゃい! 今日はどうしたの?」と破顔している。どうやら彼女がアンナの言っていた友達らしい。

「昨日天の川銀河の惑星探査ミッションの話をしたでしょ? その時にできたお友達がさっき遊びに来てくれたから、案内してる所だったの」

「へぇ~この人達が!」

 

 狐耳の少女は私達を興味深そうに見た後、「はるばる遠い所からいらっしゃい! 私はシャロン、この萬屋の店長やってます! よろしくねっ!」

 

「霧雨魔理沙だ、よろしくな」

 

 快活な挨拶に負けないくらいの声で、差し出された手を握り笑い返す。それから一通り自己紹介を済ませたところで霊夢が口を開いた。

 

「ねえ、その耳と尻尾って本物なの?」

「本物だよ~。ほら、この通り!」

 

 彼女は耳をピクピクさせた後、次に尻尾をパタパタと動かした。

 狐色の髪に狐色の尻尾、子供っぽさを感じさせるあどけない顔立ち。水玉模様の着物に下駄を履き、幻想郷で良く見かける恰好をしている。

 ちなみに狐の知り合いといえば真っ先に思い浮かぶのは藍だが、九尾の狐である彼女と違って尻尾は一本しかなく、貫禄もないので幻想郷基準では有り触れた感じの妖怪にカテゴライズされるだろう。

 

「シャロンって妖怪?」

「ようかい……? 私達サノメ人は亜人って呼ばれる事が多いかな。ここから5光年離れた所に浮かぶ私の故郷サノメ星には、私のように動物の特徴を持った人が沢山住んでいるよ」

「へぇ~なんか面白いわね」

 

 街で見かける半獣半人はサノメ人だったのか。

 

「サノメ星ってどんな星なんだ?」

「そうねぇ。この星をサイバーテクノロジーだとするなら、サノメ星はバイオテクノロジーが発展してる感じかな。アプト星は地上に街があるけど、サノメ星の首都ヴェロスは宇宙まで伸びた世界樹と呼ばれる木の中にあるのよ」

「まるで想像が付かないな」

 

 北欧神話に登場する単語へ翻訳機能が働くとは中々興味深い。

 

「実際見たら驚くと思うよ~。機会があればぜひ行ってみてね! 他には何か聞きたいことはある? 遠慮なく言って!」

「実はこっちに遊びに来たのはいいんだけど、手持ちが無くてな、私達の持ち物を買い取ってくれないか?」

「貴女達の持ち物ってもしかして地球産!?」

「ああ」

「おっけーおっけー。大歓迎! 知らない星の物なんて面白そうだし、アンナのお友達なら色を付けちゃうよっ」

「それは助かるぜ」

「ちょっと待ってね~。私もすぐにそっち行くから」

 

 そう言うと目の前のシャロンは一瞬消え、再び同じ場所に現れる。

 

「何をしたんだ?」

「皆さんは生身で仮想世界内の私の店へ入って来たみたいだから、私も生身の体になったの。その方がCRF(次元変換装置)を介さないで良くなるからスムーズに済むからね」

「なるほど」

 

 確かに半透明だった彼女の姿は今でははっきりと映っていて、本当に目の前に居るのだと確信させる。

 そしてシャロンは再びカウンター内へと戻り、「売りたい物があればどんどん見せてね。なんでも買い取るよ!」と微笑んでいた。

  

「えっと、なんか売れそうなものあったかな」

「私、必要最低限の身の回りの物しか持ってきてないわ」

「自宅に戻れば要らない物は沢山あるんだが……」

「ねえアンナ。宇宙飛行機の荷物だけを取り出すにはどうすればいいの?」

「それはですね――」

 

 私を含めた全員が思い思いに自分の鞄を整理していき、まず最初にカウンターに向かったのはマリサだった。

 

「このキノコなんかどうだ? 昨日採って来たばかりで新鮮だぜ」

「あんたそんなもの持って来たの?」

「おやつに食べようと思ってたんだが、家に帰れば沢山あるしな。鑑定してくれ」

 

 シャロンはゴム手袋を嵌めて緑色の茸を受け取り、虫眼鏡を使って隅々まで観察していく。てっきりコンピューターかなんかで機械的にやるのかと思ってたけど、意外と原始的。

 

「ほうほう、これはこれは……すごいなぁ。ちゃんと生きた証が残っているなんて、命の息吹を感じるわ」

 

 感嘆の息を漏らす彼女は電卓を叩き、「この茸はこちらの値段で買い取るよ」と見せた。

 私の見間違えでなければ0が4個並んでいて、かなりのお値打ち品に思えてくるが。

 

「この額ってどうなんだ? 物価が分からん」

「そうですね。目安として1日1万レルあればこの星で満足に暮らせるので、充分だと思いますよ」

「1万!? ならかなり凄いじゃん。売るぜ!」

「ありがとー」

 

 マリサは0が4個並んだ紙幣を3枚受け取り、「この星なら大金持ちになれそうだな」とほくそ笑んでいた。

 

「じゃあ次は私ね。はいこれ」

 

 霊夢がカウンターに提示した黒いかんざしは、先端に桜の花が飾られ、控えめながらもアクセントのあるデザインとなっている。

 

「わぁ可愛い! これ何?」

「かんざしって言って、髪を結ったりとめるときに使うのよ」

 

 霊夢は目の前で実演して見せ、後ろ手で器用にお団子ヘアにする。

 

「おお~!」

「中々似合ってるぜ」

「ふふ、ありがと魔理沙」かんざしを外して元の髪型に戻した霊夢はシャロンと向き直り「あまり使う機会が無くてね、少しでも糧になるといいのだけれど」

「状態も良いし個人的にかなり気に入ったから、この価格で買っちゃおうかな」

「ええ、それで良いわ。ありがと」

 

 充分な活動資金を得た霊夢が満足のゆく取引を終えた所で、私に順番が回って来た。

 

「私はこいつを頼む」

 

 リュックサックから取り出したのはズバリ予備の着替えだ。

 というのも必要最低限の荷物しか持ってきてないのでこれしか選択肢がなかった。流石に貰い物を売り払う訳にはいかないし、同じデザインの衣装が家に何着もあるしな。

 

「古着だね。触らせてもらうよ?」

「ああ」

 

 またもや虫眼鏡を使って隅々まで調べていく彼女。服をひっくり返し、赤色の光を当てながら袖の下までチェックを欠かさない。そこに会話や妥協は一切なく、職人としての拘りを感じる。

 普通に喋ってる時は年相応の少女なのだが、この瞬間だけは大人びて見えた。

 

「……お待たせ。このお値段でいかがでしょう?」

「え、そんなするのか?」

「絹製品は滅多に手に入らないし、何よりも可愛いからねっ!」

 

 マリサの茸程ではなかったが、一日分の活動費を得たので良しとしよう。

 次に妹紅がカウンターの前に立った。

 

「これは……流石に売れないかな」

「わっ、そのカードの束は何?」

「トランプって言ってさ、クラブ、ダイヤ、ハート、スペードの合計4つの模様とジョーカー1枚を加えた計53枚のカードで構成されたゲーム用のカードなんだ」

「どんなゲームがあるの?」

「大富豪、ババ抜き、七並べ、他にも挙げたらきりがないくらいに遊び方は沢山あるんだ。試しに大富豪やってみるか?」

「いいね! 面白そう!」

「このゲームは人が多い程面白いんだ。みんなも付き合ってくれないか?」

「えっ、ここでやるの? まあいいけど」

「しょうがないなぁ。一試合だけなら付き合ってあげるよ」

「地球のゲームってどんなのだろう」

「じゃあ私が親やるぜ」

 

 シャロンの許可を得てカウンターを中心に店内の椅子を集めて座り、ルール説明をしながら一試合行っていく。10分に渡る試合の末に勝利したのはマリサだった。

 

「よっしゃ一番!」

「あ~マリサが先に上がっちゃったか。後一枚だったのに」

「へへっ、これでも駆け引きは強い方なんだぜ」

 

 それからもゲームは進んでいき、私は四位と何とも言えない順位になり、シャロンは最下位だった。

 

「あはは、楽しかった。アナログゲームがここまで面白いなんて思いもしなかったな」

 

 彼女は子供のような笑みを浮かべながら、手元のカードをいじっていた。

 

「私の星では大人も子供も誰でも知っているゲームなんだ」

「やっぱり! この星でもひょっとしたら爆発的に流行るかも。もし売ってくれるのならこの額でどうかな?」

「えっ、こんなに貰っていいのか?」

「良い文化を教えてもらったお礼」

「そういうことなら貰っておくよ」

 

 妹紅は10日分の滞在費に匹敵する額を受け取っていた。

 

「最後は私の番だね」片手にアンナから借りた端末を握るにとりは「食料と水を売ろうかな。魔理沙がいるならもう必要ないし」と、仮想世界内に仕舞われた宇宙飛行機の画面を見せ、ボタンを押した。

 するとカウンターの上にビニールパックに詰められた食材と水が現れ、土嚢のようにどっさりと積まれる。

 

「ふむふむ、これは中々……」

 

 シャロンは虫眼鏡を使い、いつになく時間をかけて鑑定していく。暇を持て余したのかアンナとマリサと妹紅は店内をうろつき、陳列された商品を見ながらあれこれと話していた。

 

「やけに時間が掛かってるわね」

「なんかあるのかな?」

「さあ?」

 

 霊夢と共に固唾を飲んで見守っていると、鑑定を終えたのか電卓を叩き始めた。

  

「この額でどうかな?」

「!」

 

 提示された金額はアンナの話した基準なら3か月は優に暮らせる額で、にとりは目を見開き息を呑んでいる。

 

「……これは驚いたね。一瞬言葉を失ったよ」

「不満?」

「いやいやその逆だよ。本当にこんな値打ちがあるの?」

「宇宙食用に加工されてるとはいえ、遺伝子操作や合成技術無しの純粋な自然食品に、水の名産地で知られるラメッツカ星並の水質の純度100%の水。仮想世界が発展したアプト星ではどちらも高級品なんだよね」

「それにしたってたかが水がこんなにするのか?」

「地球だと割とどこでも手に入るんだけどなぁ」

「ふふ、貴女達の星は美しい自然の宝石箱なのね。気軽にいける距離じゃないのが残念」

 

 それから帯に包まれた札束と交換したにとりは、「こんなに貰っても使い切れないし、皆にあげるよ」と、お金を分配しはじめた。

 

「いいのか?」

「どうせ幻想郷じゃ使えないお金だし」

「気前が良いなにとり。帰ったら飯を奢ってやるよ」

「期待しないで待ってるよマリサ」

 

 そうして充分な活動資金が溜まった所で、私達は店を出る事にした。

 

「今日はありがとなシャロン」

「また来てね~」

 

 手を振る彼女に別れを告げて、大通りへと出て行った。


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