「広場に出てきたわね」
中心には幅は広いが紙のように奥行きが薄い塔が天を衝き、地上にはそれをぐるりと囲むような円形交差点があり、八方位から侵入できるようになっていた。
辺りに通行車両や宇宙船の影はなく、形骸化した道路には様々な屋台が出店していて、相も変わらず大勢の人々で溢れかえっている。
「ここは?」
「首都ゴルンの中心地トルセンド広場です。ここから見て北はファブロ山脈、西はマグラス海、東はネロス宇宙港へと通じているんです」
「宇宙港?」
「銀河間を繋ぐ宇宙船の発着場です。プロッチェン銀河内であれば宇宙ネットワークにより瞬時に移動できますが、それを利用しない場合、もしくは宇宙ネットワークの範囲外へ向かう際には宇宙船を利用する必要があるんです」
「ふ~ん」
ひょっとしたらアンナが言っていた『指定した土地に自動で案内してくれるプログラム』とはここを指していたのかもしれない。
「他の方角には何があるんだ?」
「大雑把に説明しますと、街の北側は美術館、劇場、映画館等の文化・芸術関連の施設が多く、西側はマセイト通りのような商業施設が集まっています」
「ふむふむ」
「東側は電気街となってまして、アミューズメント施設等の宇宙ネットワークを利用した施設が多く建ち並んでいます。あたしは街の南側しか弄ってないので、これらは首都ゴルンの元々の都市マップです」
「へぇ~綺麗に分かれているのね」
「電気街は興味あるなぁ。この星の電子機器を触ってみたいよ」
「ねえ、あのおっきな塔はなに?」
霊夢は交差点の中心に建つ天高く伸びる塔を指差した。
「トルセンドというアプト星で一番高い塔です」
「横から見るとかなり薄いね。途中でポキッと折れたりしないのかな」
「というかどのくらいの高さなんだ? 先端が見えないぞ」
「地上高度200㎞、宇宙空間まで伸びています」
「そんなに……!」
私は旧約聖書に登場するバベルの塔を連想した。伝承では神の怒りに触れて言語が分裂したことで塔の建設を断念したらしいが、もし完成していたらこんな感じだったのだろうか。
「この塔は只のシンボルではなく、アプト星にとって重要な役割を担っているんです。空を見上げると白い線が見えるじゃないですか」
「ああ、見えるな」
実はこの星に来てから気になっていた。
「一見すると惑星の輪なんですが、あれは塵や岩の集合体ではなく幾億もの人工衛星で構成されてまして、宇宙航行の邪魔にならないように一つの軌道に纏めているんですよ」
「へぇ~あれって自然にできたものじゃなかったんだ」
「更にアプトの中心核に接続することで地殻変動や気候をコントロールし、宇宙に放出されてしまう惑星のエネルギーを循環して利用できるようにする機構――ダイソン球の役割も果たしています。この街では地震や台風といった自然災害は絶対に起こりませんし、100年先の天気まで予め定められているんです」
「なんと……!」
「この星に神様は必要ないのね」
惑星そのものを支配下におくとはとんでもない科学力だな。この土地に来てから驚きっぱなしだ。
「それと宇宙ネットワークの維持管理も行ってまして――」
アンナが滑らかに話していたその時、何の前触れもなく目の前が暗くなった。
(!?)
私は反射的に眼鏡を外し、刺すような太陽の光に眩しさを感じつつ辺りを見渡す。数多の色に溢れ、活気に満ちていた虚構の街は跡形もなく崩壊していた。
「これは……どういうことだ?」
無意識に飛び出した呟きが波紋のように広がり、やまびこのような余韻を残す。それはまるで虚構の街のみならず、この世界から音が消えてしまったかのように。
「なあアンナ――」
『一体何があったんだ?』そう訊ねかけた所で私は言葉を失った。
というのも、彼女は笑顔を張り付けたままトルセンド塔を紹介する姿勢から微動だにしておらず、霊夢にマリサ、妹紅やにとりさえもトルセンド塔を見上げる姿勢で固まっていたからだ。
「……アンナ? 霊夢? おーい」
それから一人一人に呼びかけても返事はなく、顔の前で手を振っても反応が帰ってこない。瞼が開いたまま人形のようにこゆるぎもしないその様は一種の恐怖感すら覚える。
世界に自分だけが取り残されたような異常事態に私は只々戸惑っていた。
(明らかにこれはおかしいぞ。何がどうなって……待てよ、もしかして)
自分以外の全てが動かないこの光景に既視感を覚えた私は、まさかと思いながらも脳内時計に意識を向ける。するとなんということか、時刻が『B.C.3,899,999,999/08/18 12:45:00』のままカウントがストップしていて、少し待ってみても全く動かない。
(時間が停まってる!? そんな馬鹿な!)
時間操作は咲夜の専売特許だが、ここは幻想郷ではなく約39億年前の1億光年離れた土地だ。咲夜はおろか地球に生命すら誕生していない。
しかしどれだけ否定したくとも、現に時は止まってしまっている。
(なんてこった……。この星にはまだ私の知らない秘密があるとでもいうのか……?)
衝撃を受けつつ思考を巡らせていたその時、背後から微かに足音が聞こえてきた。
「っ! 誰かいるのか!?」
私の問いに答えが返ってくる事は無く、その足音は徐々に大きくなっていく。木を叩くような特徴的な足音からハイヒールを履いた女性だと思うけど、ここは地球じゃないので自信はない。
(……一応備えておくか)
世界の時を止めるなんて大それた事をしでかす輩が友好的とは限らない。時間を止められタイムトラベルを封じられた今、相対するしかないのだ。
心臓が早鐘を打ち、震える右腕を必死に抑えながら気取られないようゆっくり腰の八卦炉に手を伸ばし、振り返りざまに構えて戦闘態勢に入る。
「えっ……?」
呆気に取られるとはまさにこのことか、目の前の人物を捉えた瞬間緊張の糸が切れ、突き出した右手は力なく垂れ下がった。
「ごきげんよう魔理沙」
足音の主――咲夜は街角でばったり友達に出会った時のような笑みを浮かべていた。