――西暦200X年 9月1日午後1時――
「っと」
眩しい光が収まり、次第に自身の視界が鮮明になっていく。
私は今薄暗い第二倉庫の中におり、周囲に置かれている物の配置が幾つか変わっていることから、今回も無事に過去へ跳ぶことが出来たようだ。
倉庫の壁に掛けられた時計を確認すると、時刻はちょうど午後1時を指しており、時間指定に寸分の狂いもなかった。
「さて、行きますか」
私は少しだけ扉を開き、顔だけ出して廊下に誰もいない事を確認した後、倉庫部屋を出る。
そしてなるべく物音を立てないよう、抜き足差し足忍び足で慎重に歩いて行く。
(そういえばこの日って私は何してたんだっけなぁ、多分家にいたと思うんだけど……)
正直150年前に、私が何をしていたかと問われてもはっきりと思い出すことは出来ないが、霊夢の救出という理念の元で、時間移動魔法の研究をしていた事だけは確かだ。
しかし、この時間軸は【霊夢が自殺した】歴史をなかったことにした為、自宅に居ると断言できない。よって、この時代の〝私″がどんな行動を取るか予想がつかない。
……のだが、私はそこまで深刻に捉えておらず、楽観的に考えていた。
(まあ、いざとなったらやり直せばいいかな)
なにせ私には時間移動という最強の切り札があるし、仮に過去の私にばったり出くわしたとしても、いくらでも誤魔化せるだろう。
今迄の言説を全否定するようだが、この世界線の〝霧雨魔理沙″と今の私とでは、これまでに歩んできた人生や経験、さらに人格と思考回路がまるっきり違う為に、〝姿形と環境がよく似た別人″だと言っても過言ではない。
なので余程の事をしなければタイムパラドックスが起こる事もない、と私は踏んでいる。
「さーて、咲夜はどこにいるかな?」
自らの気配を殺しつつ、キョロキョロと周囲を見渡しながら廊下を歩いていくうちに、中庭へと通じる扉が見えてきたので、なんとなしにその扉から外に出る。
この中庭は紅魔館を囲う外壁に覆われ、端から端までは結構な距離があり、十字路の中心に設置されている噴水から、蒸し暑い空気を癒すような涼気を感じた。
その道沿いに作られた花壇には色とりどりの花々が咲き誇り、鼻孔をくすぐるフレッシュな芳香が庭を包み込む。花々には花粉を求めて蝶や鳥が集まり、せっせと交配活動に勤しむ姿があった。
(こうしてじっくりと見てみると、よく管理された綺麗な庭だよなあ)
いつも図書館に用事があって、中庭を碌に見ずに駆け抜けていたので、腰を据えて眺めた事はなかった。
(この庭をあの門番が一人で管理してるって話だからな。本職顔負けだなこりゃ)
白玉楼の庭師に負けない腕前に心の中で関心していたその時、周囲に異変が生じた。
(――!)
サンサンと降り注ぐ太陽の日差しや穏やかに流れる噴水、草花を揺らす微風や花々に止まる蝶も静止し、鳥の囀りや虫の鳴き声といった環境音も急に途絶えてしまい、まるで写真の中に入ってしまったかのようだ。
「これは……!」
小声で呟いた筈の驚嘆すら、拡声器を通した時のように周囲に響き渡り、私は慌てて口を閉じる。
鮮やかな色彩に彩られた世界が変化を止め、全ての生き物が精巧な人形のように停止する世界。この感覚に私はすぐに当たりを付ける。
(これは時間停止か!)
私の研究では、時間移動が出来るようになると、時間の流れに囚われずに観測が出来るという仮説があった。
そして今、時間が停止したこの世界でもその影響を受けず普段通りに活動出来ているので、この説は見事正しかったことになる。
(でも問題は何故このタイミングで時間が止まったか――だな。少し様子を見てみるか)
私はその場に立ち尽くして、息を殺しながらじっと待機する。
やがて、真後ろの開け放たれた扉の向こう側から、コツコツとハイヒールの足音が微かに聞こえ、その音は次第に近づいてくる。
この時間が止まった世界で動ける人物といえば、幻想郷広しといえどただ一人――。
「はあ、また泥棒猫が侵入している。美鈴は一体何をしてるのかしら?」
時間を操るメイドこと、十六夜咲夜のため息が背中越しに聞こえてきた。