「――咲夜」
タイムトラベル先でその時間に居るはずのない人間に会ってしまった時、私はどんな態度を取ればよいのだろう。
「お前は本当に咲夜なのか?」
そう聞き返してしまうのも、無理のないことだ。
「ええ。私は貴女の良く知っている十六夜咲夜よ」
「いやいやそれはおかしいだろ。ここは紀元前39億+1年のアプト星だし、おまけにその姿は……」
目の前の彼女はいつもの紅魔館のメイド服を着ているが、レミリア譲りの紅い眼も、蝙蝠の羽根も生えておらず在りし日の姿をしていた。
「正確には現在の歴史の十六夜咲夜ではなく、時の回廊にいる私の分身と言えば伝わるかしら」
「ほぉ、驚いたな。この世界に干渉しないんじゃなかったのか?」
「それについては霊夢達にも関係することなの。訳を話す前にまずは時間を戻しましょう」
咲夜が軽やかに指を弾くと、止まっていた世界の時が動き出す――のではなく、霊夢達の時間のみが動き始めた。
「他の銀河と――あら?」
「えっ!?」「ん!?」「なに!?」
「急に前が暗く……」
私と同じように霊夢達は次々と眼鏡を外し、周囲の変貌に困惑の声を挙げ始めた。
「一体なんなのよもう」
「あれっ、町が無くなってる!」
「何が起きたんだ?」
「停電?」
「宇宙ネットワークがダウンするなんて……」
この時マリサが咲夜に気づき、指を差す。
「というかお前咲夜じゃないか! タイムトラベルできたのかよ!」
「え? あ、本当だ」
「まさかこんな場所で会うなんてね」
「しかもまた随分と懐かしい姿ね。200X年以来かしら?」
「おい妹よ、これはどういうことだ?」
「いや私もついさっき会ったばかりでさ、よく分からないんだよ。でも彼女は幻想郷の咲夜じゃなくて、時の回廊の咲夜なのは確かだ」
「幻想郷の咲夜じゃない?」
「あ! ひょっとしてあの時の咲夜でしょ。終わらない1日だった200X年の7月25日、紅魔館の図書館で会ったわよね?」
「正解よ霊夢。貴女の主観で150年も昔の出来事なのによく覚えていたわね」
「あんな衝撃的な事忘れたくても忘れられないわ」
「つまりアレか、私から見た妹のように別の歴史の咲夜って奴なのか?」
「その解釈で正しいわ。私が人として生きた時間はタイムトラベラーの魔理沙が唯一無二の魔理沙だった歴史、貴女達の知る〝私″とは人生の軌跡も結末も異なるのよ」
「魔理沙の……そっか」
「以前妹が話してた、『人である事を貫いた咲夜』なのか。へぇ……」
霊夢とマリサは思う所があるようで、感心した様子で頷いていた。
「ねえ、もしかして仮想世界の街が無くなってるのも咲夜の仕業なの?」
「ええ。世界の時間を止めたまま貴女達だけの時を動かしているから、当然宇宙ネットワークは機能を停止してるわ」
「そうだったんだ……!」
「やけに声が響くなと思ってたけど、そういうことだったんだな」
「時間停止中の世界って不思議な感じだわ。咲夜はいつもこんな体験をしていたのね」
「私も時間を止めてみたいぜ。これならイタズラし放題じゃないか」
「貴女ねえ……」
「すぐに犯人がばれちゃうから意味ないでしょ」
一気に騒がしくなった中、ずっと黙り込んでいたアンナが口を挟んできた。
「ええと、話が進んでいる所すみません。この綺麗な方はひょっとしてマリーが以前話していた時間の女神様なんですか?」
「ああそうだぜ」
「やっぱりそうでしたか! わぁ~、お目にかかれて光栄です!」
「咲夜よ、よろしくね」
「アンナです! こちらこそよろしくお願いします!」
落ち着き払った態度で簡潔に挨拶する咲夜と、丁寧にお辞儀をしながら元気良く挨拶するアンナ。二人の対照的な性格を表しているようだ。
「そんな堅苦しくならなくても良いわ。今の私は単なる人間、この世界で活動するための『分身』だから」
「『分身』――クローンではなく、一つの個から分かれた魂? ……なるほど、とても奇妙で宗教的な概念ですが理解はできました。先程の世界の時間を止めたというのは、咲夜さんの力なんですか?」
「ええ。人間の私は時間を操る程度の能力があってね、時間停止はその能力の内の一つなのよ」
「ははぁ~よく分かりました。皆さんにとっては周知の話を繰り返してしまってすみません」
この短いやり取りでアンナは状況を飲み込めたようだ。彼女は頭の回転が速い人間なのかもしれない。
「それで咲夜、わざわざお前がこの時間のアプト星に現れた理由はなんだ? あれだけ歴史への介入には慎重だったじゃないか」
「確かに私は時間を保護し、貴女のタイムトラベルによる歴史改変を注意深く見守るだけのつもりだった。……けど事情が変わったのよ」
話の雲行きが怪しくなるにつれ、私の背筋に冷たいものが走っていた。
わざわざ彼女が時を止めて現世に降臨するくらいだ。まさかリュンガルトのことで何かあるのか? 300X年の魔理沙と同じ経験をしないように行動したつもりなのに、もっと悪い歴史の流れに傾いてしまったのか? ネガティブな考えばかりが頭をよぎる。
私はそれを振り払うように恐る恐る問いかけた。
「……その事情ってなんだ?」
「実はね……魔理沙達が楽しそうだから遊びに来ちゃった♪」
「は?」
重い空気から一転、異性なら簡単に恋に落とせそうなウインクをする咲夜に私は只々呆然としていた。
「『遊びに来ちゃった♪』って、えっそんな理由?」
「そうよ?」
きょとんとしている彼女に、呆れを通り越して怒りが湧いて来た。
「あのな、こっちは真面目に聞いてるんだ、頼むからちゃんと答えてくれよ」
「……貴女が時の回廊で真・タイムジャンプ魔法を完成させて215X年10月1日午前7時に行った後、私は再び観測へと入ったわ。そこで霊夢達と楽しそうに過ごす貴女を見ていたら、ふと幻想郷の思い出が甦ってね、私もまたあの頃のように過ごせたら――って思ったのよ」
「……そうだったのか」
淀みない言葉の節々から伝わる哀愁は、私の想像力を否が応でも膨らませていく。
時間の神と言えば聞こえはいいが、現実は果てしない時間を管理し続けなければならず、永遠に時間に縛られ続けていることになる。それがどれだけ大変な事なのか筆舌に尽くしがたい。
「この時間には異なる歴史の〝私″もいないし、西暦300X年の魔理沙によって選択を変えた現在の魔理沙が居ることで私が干渉できる因果も生み出されている。今の状況はうってつけなのよ。どうか私の我儘を聞いてもらえないかしら」
「もちろん大歓迎だ。お前には色々と助けられたし、何より私達の関係にそんな遠慮は必要ないだろ?」
「――ありがとう魔理沙。そういってもらえると嬉しいわ」
「ふふ、まさかこんな所で咲夜と合流するなんてね」
「確かにあんな何もない場所に居るのは退屈だもんなあ。気持ちは分かるよ」
「今日だけで彼女の違った一面を見れた気がする」
「帰ったら幻想郷の咲夜に教えてやるかな」
突然の出来事にも関わらず、霊夢達も笑顔で咲夜を歓迎していた。