「ありがとうございましたー!」
食事を終えた私達は、店員の礼儀正しい挨拶を背に受けながら店を出た。
新鮮であることを売りにしているだけあって、このお店のメニューの殆どが生ものばかりで、レノソース(色は黄色かったけど、味は醤油に限りなく近かった)で食べる刺身の盛り合わせは絶品だった。多少値は張ったけど、その分の価値はあったと断言できる。
「いや~美味しかったなあ」
「こんな異国の土地でお刺身が食べられるとは思わなかったわ」
「また食べに来たいね」
「お気に召したようで良かったです」
満足した様子の霊夢達を見て、アンナも喜んでいるようだ。
「で、次はどうするんだ?」
「そうですね、次は街の北側にあるファブロ通りを案内したいと思います」
「ええ、分かったわ」
「それとつい失念していましたが、皆さんの眼鏡には地図が内蔵されているんです。今その機能を解放しますね」
するとアンナは左手を宙に伸ばし、指揮者のように何かの文字をなぞりだしていく。やがてダラリと左腕の力を落とすと、視界の右側にマセイトの航空写真が浮かびあがった。
それは視線を変えても常に一定の距離を保つように移動していて、試しに右眼を閉じれば地図は消えていた。
「うわっ、こんな風に出るのか」
「今皆さんの右目から視野にマセイトの地図を重ねて表示しています。こちらはブレイン・マシン・インタフェースを応用しているので、皆さんが頭の中で念じた通りに地図が動きますし、気になる土地・建物に意識を向けることで、それらの情報が表示されるようになっています」
「へぇ、それは便利だな」
「そして地図上に光るカラフルな点は私達の現在位置を示していて、それぞれ眼鏡の色に対応しています」
トルセンド広場から見てちょうど西のマグナス通りの中間辺りに七つの点がある。
「分かっていた事だけど本当にお店が多いな。菓子店に絞っても100店以上もあるぜ」
「この辺りは海産品のお店が多いのね。もっと西に行くと海があって……えっ、マグラス海底都市直通の潜水艇乗り場なんてあるの?」
「海底都市とはまた興味を惹く響きだね」
「人魚とか住んでるのかしら?」
「咲夜って意外とロマンチストなのね」
「お宝とか眠ってそうだぜ」
「アハハ、残念ですがただの観光都市なのでそういった類のものはありませんよ」
「ちぇっ、夢がないな」
「へぇ、マセイトの北側には図書館があるのか」
「地理感覚はつかめたけど、これってずっと表示されるの?」
「地図を閉じたい時は眼鏡の右ジョイント部分を軽くつまんでください。開くときも同じです」
「あ、消えたわ」
霊夢に習って私も触ってみると元の町並みに戻り、少しホッとした。地図は全然良いんだけど視界を塞がれるのはストレスを感じる。
それから私達はトルセンド広場へ引き返した後時計回りに歩いていき、広場の北側、マセイト通りの反対側へとやってきた。
「この先がファブロ通りです」
「……え?」
アンナを除いた一同が皆唖然としながら立ち止まった。
何故ならファブロ通りへと至る道路の入り口の高層ビルとビルの間に結界のようなものが張られ、その結界もすりガラスのように曇っていて中の様子が全く伺えないからだ。
広場を行き交う人々も結界などまるで最初から存在しないかのように振舞っていて、その事がますますこの異様な光景を際立たせている。
「ちょっと待って、何よあれ?」
「ただの行き止まりで、道なんてどこにもないじゃん」
「でも地図上ではこの先にファブロ通りがあるらしいよ?」
「地図が間違ってるんじゃないのか?」
「違いますよ。あのバリアは景色の境界と呼ばれてまして、簡潔に説明するとここから先の世界が大きく変化する目印のようなものです。普通に通り抜けられますし、特に害はありません」
「へぇ、中々面白そうじゃないか」
アンナの説明にマリサは目の色を変え、不敵な笑みを浮かべた。
「随分と楽しそうね?」
「当たり前だ。魔法使いってのは好奇心の塊なんだぜ!」咲夜にそう答えたマリサは「私が一番乗りだ!」と叫びながら駆け出して行った。
「マリサ!?」
「……一人で行っちゃったよ」
「ふふ、元気が有り余ってますね。あたし達も行きましょうか」
「だな」
マリサに感化された訳じゃないが、まだ見ぬ世界に多少の好奇心を抱きつつ景色の境界を抜けていった。
時間が足りなかったので5月8日に後編を投稿します