「わあっ!」
「これは……!」
私の予想を上回る光景に思わず息を漏らした。
空を塞ぐかのように建ち並ぶ高層ビルは影も形もなく、変わりに緑豊かで色とりどりの花が咲き乱れる庭園がどこまでも広がっていて、頬を撫でるような風に乗って花の香りが鼻孔をくすぐった。
鉄の道路は赤煉瓦に変わり、庭園を突っ切るように真っ直ぐ続くその先には、古めかしい建物が幾つか建っているのが見て取れる。
「綺麗な場所ねぇ」
「宇宙飛行機から眺めた時はこんな緑は無かったのに……!」
「ここはマグラス海を南に渡った先のサンドレア大陸にある、コレノアドス国立公園を宇宙ネットワーク上に再現した場所です」
「へぇ、そんなことも出来るのか」
「この星にも自然が多い場所がちゃんとあるのね」
「アプト星は大陸ごとに特色がありまして、この首都ゴルンがあるエンガレミル大陸は人々が経済活動をするための大陸なので自然が少ないんですよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
美観に感心しているとにとりが「ねえ、後ろも凄いことになってるよ!」と指を差したので振り向けば、なだらかな緑の丘が地平線の果てまで繰り返される光景が続いていて、私が立っている煉瓦の道路はおよそ五歩先で不自然に途切れていた。
「あら、街が消えてるわね」
「え、どうなってるの?」
「ワープしたのか?」
「自然豊かな風景とメトロポリスは景観が悪いので消えちゃうんです。けれど瞬間移動した訳ではなくあくまで景色を上書きしているだけなので、この道路を引き返せばトルセンド広場に戻れますよ」
「景色の上書きって……仮想世界は本当に何でもありなんだなぁ」
「お~い!」
と、その時、私達を呼ぶ馴染み深い声が頭上から響く。
「あ、マリサだ」
見上げてみれば竹箒に乗ったマリサが空中に浮かんだままこちらに手を振っている姿があった。
私達にとってはなんてことのないいつもの光景だったが、アンナは仰天した様子でこう呼びかけた。
「ええっ! マ、マリサさんが空を飛んでる? ど、どうなってるんですか!?」
「どうって、探索してたら飛ぶのにちょうど良さそうな箒が落ちてたんでな。それで試してみたら普通に飛べたぜ?」
「そ、そんな簡単に……!」
「そんなことよりここ滅茶苦茶広いぞ! さっき東に行ったら紅魔館より広い花畑があったぜ」
「わぁ素敵ね! マリサ、案内してよ」
「いいぜ。こっちだ」
そう言うとマリサに続いて霊夢もふわりと浮かびあがり、二人はそのまま東の空へと飛んで行った。
「はぁ~凄いですね。まさか机上の空論を現実のものにするなんて。翼も機械の力も使わずに人間が飛ぼうと思っても飛べるものじゃありませんよ」
「幻想郷じゃ大抵の人妖が飛べるからな。晴れた日に空を見上げれば誰かしら飛んでるぜ」
「そうなんですか! なんだか楽しそうですね」
「なんなら私の背中に乗って飛んでみるか?」
何気なく発したこの言葉にアンナは「いいんですか!? ぜひお願いします!」と食いついて来たので、私は彼女に背を向けてしゃがみ込む。
「失礼しますね」と彼女が背中に身体を預けた所で、その細い足を支えるように手を後ろに回す。思っていたよりも軽いな。
ふと隣に目をやれば、咲夜が微笑ましそうに私を見下ろしていたが、最早何も言うまい。
「じゃあ飛ぶぜ? 準備はいいか?」
問いかけると彼女の細い腕が私の両肩から胸元へと伸びて輪を作り、優しく身体を掴んだ。
「は、はいっ! バッチリです!」
「そんな硬くならなくていいぜ、もっとリラックスリラックス」
「はい!」
「行くぜっ!」
立ち上がりながら空を飛ぶ時の感覚に切り替えると、背負う体勢のまま地面から足がゆっくりと離れて行き、それに伴ってにとり、妹紅、咲夜も後からついてくる。
そして5mくらいの高さまで上昇した所で一旦ストップし、アンナを伺うことにした。
「大丈夫か?」
「わ、わ、本当に浮いてる! マリー! 私、飛んでますよ!」
「はは、そうだな」
背中で子供のようにはしゃいでいるアンナに、私は思いがけず苦笑してしまう。仕事柄宇宙を股に掛けている彼女ならこんな体験有り余るほどしてそうなのに。
「クスクス、良かったわねアンナ」
「はい! もう最高ですよ!」
「アンナを見てると初めて空を飛べた時の事を思い出すなあ。最初は全然飛べずに苦労したっけ」
「初めの頃は妖力の扱いに慣れなくてさ、飛べたと思ったら途中で落っこちて怪我したこともあって、空が怖くなったりもしたな」
「妹紅も? アハハ、私も同じ失敗をしてたよ」
「そうして失敗を乗り越えてやっと空を自由に飛び回った時、見るもの全てが新鮮に感じて今までの日常がガラっと変わったな」
「そうそう。それだけ特別なんだよね」
恐らく私が生まれる前の時代の事であろうにとりと妹紅の昔話に感化され、私も初めて空を飛んだ時の事を思い出す。そもそも飛ぼうと思ったきっかけは霊夢だったなぁ。あの頃は――
「思い出話はそれくらいにして、これからどうするのかしら?」
回想に耽りそうになった私を呼び戻す咲夜の声。
「とりあえず霊夢達と合流しようぜ」
「そうね」
アンナへの配慮の為速度を落として東の空へと飛行していった。