それから満足いくまで庭園を散策した私達は、ファブロ通りまで引き返し、今度は奥に建っている古めかしい建物へと足を運ぶ。遠くからでは曖昧にしか分からなかったけど、近づいたことでその全容が見えて来た。
向かって左から順に、金色に光輝くシンメトリーの宮殿、厳つい彫刻や荘厳な装飾が施されたバロック様式に似た宮殿、カラフルな三つの直方体の枠が宙に浮かび、それらが知恵の輪のように引っかけられた謎の建物が並んでいた。アンナ曰くそれぞれ劇場、美術館、図書館に該当する建物らしく、この星の伝統・文化・風習を再現していて地球の文化にも幾つか類似点があるのが非常に興味深い。
マリサの強い希望もあって図書館へ入室する。
西暦300X年の外の世界の図書館は、本棚が空っぽだったとはいえ昔ながらの内観を守っていた。しかしここはどうだ。ただっ広い真っ白な部屋の中心に巨大な天球儀が置かれているのみで、空白に腰かけて本を開く利用者がぽつぽつと居るだけ。良く言えばシンプル、悪く言えば中身のない状態だ。
好奇心からマリサが天球儀を弄ると真っ白で何もない部屋が形を変え、規則正しく配列された本棚が一瞬で出現した。その数は計り知れない。
「ほほ~こんな仕組みになっていたのか」
マリサは本棚から『錬金術の歴史』と題した一冊の本を手に取り、広い所に腰かけて読書をはじめた。空気椅子かと思ったが、よくよく調べてみると膝くらいの高さに柔らかいクッションが置かれているようだ。
「ねえ別の場所に行きましょう? 折角旅行に来たのに読書なんてつまらないわ」
「私はしばらく残る。お前らは気にせず別の所に行っててもいいぜ」
「もう、勝手なんだから」
「それなら一度自由行動にしましょうか。皆さんも本当は行きたい場所、興味あるお店があったんじゃないですか?」
「私は電気街を見に行きたいなあ」
「私もちょっと色々と見て回りたい」
「決まりですね。今の時間が宇宙暦で31時10分なので、宇宙暦の36時――西暦では18時ですね――にマセイト通り側のトルセンド塔前へ集合にしましょう」
「ん、了解」
「それとですね、こんな感じに左側のこめかみに人差し指と中指を当てることで音声通信ができます。もし何かあれば連絡してください」
「オーケー」
「じゃあまた後でな」
そうして妹紅とにとりが図書館を後にし、向こうで我関せずと読書に集中しているマリサを除いて、私、霊夢、咲夜、アンナの四人になった。
図書館を離れた私達は、アンナの薦めもあって行きつけのブティックへと向かうことにした。
店名は『ノースキー』。トルセンド広場からマグラス通りに入ってすぐのジェストビル1階に店を構えており、紅魔館並みに広く、女性客で賑わう店内には夏物中心に洋服が並び、奥にはキュートな下着やアクセサリーも販売されていた。
雰囲気から察するにレディースファッションを扱う店だと思うけど、中世の騎士が着ていそうなヨーロッパ風の鎧や、犬の顔が不気味なまでに忠実に再現された被り物など首を傾げるような商品も陳列されていた。この星ではこれが普通なのだろうか?
「大きな店ねえ」
「これだけ広いと一通り見て回るだけでも日が暮れてしまいそうだわ」
「なあアンナ、この星には季節はあるのか?」
「ありますけど、ゴルンは一年中温暖な気候になるよう調整されているので季節なんてあってないようなものです」
「季節がない?」
「それでも元々の月によって時節が定められているのではなくて?」
「暦の上では夏って事になってます。ですけど種族ごとに寒暖の感じ方が異なりますので、夏を意識したコーディネートじゃなくてもいいんです」
「どうりで街の人は季節感のない恰好をしてるわけだわ」
街では敢えて触れなかったが、少し暑いくらいの気温なのに厚手のコートに身を包む亜人をチラホラと見かけていた。
「あまり深く考えず、心の赴くままに選びましょう」
「それもそうだな」
それから私達は売り場を回りながら洋服を見て行く。
「タイムトラベル前の時間が秋だったし、後で冬物も見てこようかな」
「私のサイズあるかしらね」
「咲夜は背が高いもんなあ」
「棚のスイッチを押せば、子供服から巨人サイズまで好きな大きさに切り替わりますよ」
「これね」
咲夜が棚の中のスイッチを押すと、一瞬映像が乱れた後、吊り下げられていた洋服が一回り大きいサイズに変化した。
「へぇこうなるのね」
咲夜が感心している中、隣ではブラウスを手に取った霊夢が誰にともなく言った。
「この服可愛いわね。試着してみようかしら」
「霊夢、こっちのスカートと組み合わせたらどう?」
「あら良いじゃない! ちょっと着替えてくるわ」
試着室へと駆け出していった霊夢の背中に「眼鏡は絶対に取らないように気をつけてくださいね!」とアンナは呼びかけた。
「魔理沙はこのワンピースなんかどうかしら?」
「え? べ、別に私はいいよ」
「もう、そんな事言わないの。貴女もせっかくだからお洒落を楽しみなさい」
「分かったよ。そのかわり咲夜のコーディネートは私が決めてやるぜ!」
「ふふ、楽しみにしているわ」
試着室の前で待っていると、「それじゃ開けるわよ~」と霊夢の声が届く。間もなくカーテンが開き、着替え終わった霊夢の姿がお目見えした。
トップスは、淡い桜色で花のアクセントがあしらわれたボートネックのフレアスリーブブラウス、ボトムスは白いラインが入ったフレアスカートを履いていて、夏らしく涼し気な格好だった。
「どう?」
「わ~っ! 霊夢さん可愛いですよ!」
「ああ、綺麗だぜ」
「うふふ、良く似合っているわよ」
「あ、ありがとう」
霊夢は気恥ずかしそうに頬を染めつつ試着室を出た。
「さあ次は咲夜の番だぜ。今見繕ってくるから待ってろよ!」
「いってらっしゃい」
私は店内を早足で回りつつじっくりと吟味し、これだと思うものを腕にかけて咲夜の元へと帰る。
「終わったぜ。ほら」
「本当に用意して来たのね。では私も着替えてくるわ」
洋服を咲夜に渡し、彼女も試着室へと入って行った。
「割と時間が掛かってたみたいだけど、一体どんな服を持って来たのよ?」
「それは見てのお楽しみだぜ」
それからカーテンが開き、衣替えした咲夜のお披露目となった。
トップスは白い生地のクルーネックカットソーに、アウターは空色で薄手のロング丈カーディガン、ボトムにはネイビーブルーのティアードスカートを履き、腰からぶら下げた銀の懐中時計がよく目立つ。
普段のメイド服程の華やかさはないが、個人的に咲夜は可愛い系よりも綺麗系の方が似合うと思ったので落ち着いたコーディネートにしたのだ。
「おぉ~シンプルですがクールな印象を受けますね。素敵ですよ咲夜さん!」
「いいじゃない、まさに大人の女性って感じ。服装一つでここまで印象が違うのねぇ」
「うんうん、我ながらいい感じだ」
「まあ魔理沙のセンスも悪くはないわね」
咲夜は少し気取った表情で試着室を後にした。
「次は魔理沙よ」
「待って、どうせなら私も魔理沙のお洋服を選びたいわ」
「私も選びたいです!」
「いいわ。皆一緒に行きましょう」
私を置いて三人で行ってしまい、一人残っても暇だったのでこっそり後をつける。ワンピース売り場の前に立ち止まり、服を選ぶ彼女達からこんな会話が聞こえて来た。
「魔理沙の場合寒色系でも暖色系でもなく、無彩色が似合うと思うのよ」
「確かに活発な印象あるし、こっちのズボンはどうかしら」
「駄目よ、それは味気無さすぎるわ。魔理沙はやっぱりスカートが似合うと思うの」
「それならこれなんてどうかしら?」
「う~んもうちょっと控え目な色がいいんじゃない」
「こちらの服はどうでしょうか?」
(これ以上はやめとくか)
どんな衣装になるかは後の楽しみにとっておこう。私はその場から離れて試着室の前で待つことにした。
あれから15分、だんだん待つのにも飽きて来た頃霊夢達がようやく戻って来た。
「遅いぞ~」
「お待たせお待たせ。はいどうぞ」
霊夢から折り畳まれた洋服を受け取って試着室の中へと入る。出入口以外は壁で囲われた一畳程のスペースには鏡が貼り付けられていた。
眼鏡が外れないように気を付けながら手早く脱いでいき、下着姿になった所で霊夢達が選んだ洋服を広げて確認する。
(ふむ……なるほどなるほど)
コーディネートの意図を掴んだ所で、私は手際よく着替えていき、全体のバランスを軽く整えてから鏡を見た。
トップスは白のフリルネックのブラウス、そしてボトムは黒の生地に花の刺繡がされたジャンパースカート。色調が普段着と同じでいい感じだと思うけど、捻くれた見方をすれば子供っぽい。
はてさて霊夢達はどんな反応を示すだろうか。
「着替え終わったぜ! 開けるぞ~」
心の中で僅かな期待を抱きつつカーテンを開いた。
「どうだ!」
「わぁっ! マリーお人形さんみたい!」
「白黒の魔女から白黒の少女になったわね」
「魔理沙可愛いわ」
「お、おう」
面と向かって褒められると照れ臭いけど悪い気はしない。この服は購入決定だな。
「次は私が咲夜のコーディネートを決めたいわ」
「え、霊夢も? いいけど」
「決まりね」
それから私達はこんなやり取りをしつつ、適当な洋服や下着を見繕っては試着したり体型のラインに合わせながら買い物を楽しみ、最終的には気に入った商品を幾つか購入して店を出た。両手が塞がるくらいの買い物になったけど、
ちなみに今の私達は一番最初に試着した洋服に着替えている。折角選んでもらったのに着なきゃ損だしな。
通り沿いの出店で買ったアイスクリームに舌鼓を打ちつつ店を冷かして回っていると、咲夜がとある雑貨屋の前で足を止めた。
「どうした?」
「この店を見て行きたいの。いいかしら」
「別に構わないぜ」
咲夜の後に続き、雑貨屋『ノースト』へと入って行った。
「わぁっ!」
「おぉ」
暖色系で統一された温かみ溢れる内装の店内には、それに合わせるように花や石鹸の香りがするアロマや猫をあしらった小物、花や魚模様のガラスの食器やリボンの付いた帽子、コスメグッズ等品揃えがポップでキュートな物ばかりで、眺めているだけでも癒され自然と心が弾んでいく。
「まさかマグラス通りにこんなお店があったなんて!」
「うふふ、愛らしい物ばかりで目移りしちゃうわ」
「ああ、このクッションも可愛い!」
霊夢とアンナは目を輝かせながらウインドウショッピングに夢中になっている。
(~♪)
かくいう私も可愛い物に囲まれるのはとても楽しくて、自ずと顔が綻んでいく。心の中で鼻歌を口ずさみつつショッピングを楽しんでいると、陶器の食器が並ぶ棚の前で銀のナイフを持ったまま考え込む咲夜の姿が目に留まった。
「よう、何を見てるんだ?」
「ちょうど良かった。魔理沙、貴女にお願いがあるわ」
「?」
「これから紅魔館の皆にお土産を購入しようと思っているのだけれど、私は〝私″が居る時間に行くわけにはいかないのよ」
「読めたぜ。つまり咲夜に代わって私にお土産を届けて欲しいと」
「話が早くて助かるわ」
「全然構わないぜ。さしづめそのナイフは咲夜じゃない咲夜への餞別か?」
「いいえ、お嬢様へのプレゼント候補の一つよ。時間は限られているもの、自分のことを考えている余裕はないわ」
「ははっ、どんな歴史の『十六夜咲夜』もレミリア第一なんだな」
なんとも彼女らしい答えだ。
咲夜は真剣に品定めしていて、何だか会話が続けにくい雰囲気なので退散しようとしたが、それを見計らったかのようなタイミングで彼女はこんな事を言い出した。
「魔理沙、私は貴女に感謝してるわ」
「な、何だよ急に」
「貴女がいなければ今の私はここに居ないわ。
「私はあくまで自分の為に行動しただけだし、むしろ咲夜に色々助けてもらっている私の方が感謝したいくらいだぜ」
時間の仕組みや歴史改変の許可、歴史の分岐点の示唆……私のタイムトラベルは彼女に支えられていると言っても過言ではない。
「さっきから変だぜ? お前らしくもない」
「……かもね」
軽快な店内BGMとは裏腹に一瞬の沈黙が流れ、咲夜の表情に陰りが見える。
『この時間には異なる歴史の〝私″もいないし、西暦300X年の魔理沙によって選択を変えた現在の魔理沙が居ることで私が干渉できる因果も生み出されている。今の状況はうってつけなのよ』
時間が停まった世界で私達の前に現れた咲夜はそう言っていた。今の彼女は時間に束縛されることなく、自由意志を持って活動できる状態にある。そのことが逆に彼女に異変を及ぼしている――なんてのは考え過ぎだろうか。
「ねえ魔理沙」覚悟を決めたような表情で重い口を開いた咲夜。「元の時間に帰ったら本当にタイムトラベルを捨てるつもりなの?」
「……! どういう意味だ?」
「時の回廊の〝私″と分離する前に、私は貴女が辿る未来の軌跡を見たけど、その中にはタイムトラベルを続ける可能性も存在したわ」
「そんなの有り得ないぜ。私は未来の〝私″と約束したんだ」
そうじゃなければ彼女の行動が無駄になってしまう。覚悟を踏みにじるような真似はできない。
「第一私にはもう、これ以上タイムトラベルする理由はないぜ」
「どうかしらね。状況証拠から鑑みると、貴女はまだ気づいてないだけで心の奥底に迷いがあるわ」
「!」
「それが貴女の判断を曇らせる一因になって、新たな歴史改変へと繋がることになるわ」
咲夜は普段と変わらず穏やかに喋っているけれど、私にはその言葉が重くのしかかる。
「……お前がわざわざ忠告してくるなんて、これから何かとんでもないことでも起きるのか?」
「それは答えられないわ」
「なんだよそれ。不安を煽るようなことを言っちゃってさ」
咲夜が合流してきた時の事といい、謎かけのような言葉が多すぎる。むしろ彼女が私の心を惑わしてるんじゃないかとさえ思えてしまう。
「貴女の選択に直接影響を与えない範囲に絞ると、どうしても肝心な部分は伝えられないのよ」
「はいはい、分かってるよ。ちょっと愚痴ってみただけだ」
「ごめんなさいね」
いずれ全てが分かる時が来る。そうしたらまた考えればいいだろう。
「魔理沙、咲夜~。ちょっとこっち来て意見聞かせてくれないー?」
「霊夢が呼んでるみたいね」
「今行くぜ~」
私と咲夜は霊夢の元へと歩き出して行った。
ここまでお読みいただきありがとうございました。