人混みの中へと消えて行った妹紅を見送った後、私も霊夢達の元へ戻ろうとしたが、ふとこんなことが頭をよぎった。
(そういえばにとりは何してるんだろう?)
すぐさま仮想世界上に地図を呼び出し、現在位置を確認する。
え~とマセイト通りの金色の光点は私だとして、この通りを南下している白の光点は妹紅だな。雑貨屋『ノースト』に固まっている黒・赤・銀の三つの光点が霊夢とアンナと咲夜で、マリサは……まだ図書館で読書してるのか。
それでもって肝心のにとりは……ふむふむ、メイト電気街のセントビル1階にあるアミューズメントパーク『ウェノン』に居るのか。
(アミューズメントパークって何をする場所なんだ?)
言葉的になんらかの娯楽施設なのは分かるけど、どんな遊びがあるのか想像が付かない。
(ちょっと様子を見てこようかな)
多少の興味が沸いた私はマセイト通りを北に向かい、トルセンド広場を東に抜けてメイト電気街入り口へと到着した。
(ここが電気街か)
パッと見た印象では電気製品を扱う店が非常に多く、ビルの壁、地面に表示されている広告看板もそれに統一されており、この通りを行き交う人々も大人の男性が散見される。
しかし『マイクロチップ』、『生体ナノデバイス』、『ジェノ粒子散布装置』、『内包型万能デバイス』、『フォトンジェネレーター』や『シーロンバーツ』といった奇妙で何を指すのか不明な固有名詞がそこら中に氾濫していて、一人だけ世界に取り残されたような気分になる。分かる人には分かるんだろうけど……。
(そうだ! こんな時の為にアレがあるんじゃないか!)
私は鞄から依姫のタブレット端末を起動し、先程目に入った単語を入力していき、表示された図解付きの説明文に素早く目を通していく。
(ふむふむ……うん?)
相変わらず専門用語が並び理解しがたいが、機械製品や電子製品、更には宇宙船を構成する部品の一つであることはイメージできた。
(なるほどね。ここは完成品から部品まで幅広く扱う店が密集してる区域なんだな)
自分なりに結論付けた所でメイト電気街を歩いていく。ここはネロス宇宙港へ直結している影響か、ビル群の隙間から天を仰げば大小様々な宇宙船が飛び交っており、電気店の数と相まって他の区画に比べると先進的な印象が残る。
(にとりはどこにいるかな?)
目に映る光景と地図を比較しつつメイト通りを少し歩いていくと、目的地であるセントビルへと到着した。
これまでうんざりする程見受けられた広告看板や装飾もまるでなく、見た目は何の変哲もない高層ビルでしかない。本当にここで合ってるのか? と一抹の不安を感じつつ、入り口の自動ガラス扉を通って中に入った。
(なんだこれ?)
ダウンライトでぼんやりと照らされた半月状のエントラスホールにはまるで人がおらず、ペンキで白く塗りたくられた10枚のドアが並んでいて、それぞれ左から順番に番号が割り振られている。壁が黒く塗りつぶされていることも相まって不気味だ。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
右手から聞こえた声に振り向けば、手品師のようなシルクハットとスーツに身を包んだ一人の女性が受付カウンターに座っており、その上部には目を引くような色合いの料金表が貼られていた。
恐らく彼女がこの店の従業員なのだろう。すぐさま私はカウンターに近づき、その女性店員に訊ねた。
「にとりを探しに来たんだけど」
「ご友人様ですか?」
「ああ。私と同年代で、緑の帽子に緑のリュックサックを背負った水色の髪の女の子なんだけど」
「その方でしたら覚えています。10番ルームで『勇者アードスの伝説』を遊戯中ですね」
「なんだそりゃ?」
「今一番流行中のファンタジーアクションロールプレイングゲームでございます」
(空想の世界で役割演技するゲーム……。演劇みたいなもんかな?)
私は更に女性店員に質問をぶつける。
「……そもそもここは何ができるんだ?」
「当店は複合型アミューズメント施設となってまして、お客様の幅広いニーズに応える為に様々な娯楽を用意しています」
女性店員は立ち上がり、反対側にある扉に向かって腕を差し伸べた。
「あちらに見えます①~⑥番の扉は『テニス』、『サッカー』といった球技を楽しむ為の多機能型競技施設へ繋がっております」
「へぇ」
前者は知識として持っているくらいだけど、後者は以前人里で子供達が遊んでいるのを見たことがある。元の言語だと恐らく違う固有名詞だろうに、アンナの眼鏡はちゃんと通訳してくれるんだな。
「そして⑦~⑩番は『アクション』、『ロールプレイング』、『レース』、『格闘』、『マッシブリーマルチプレイヤーオンラインロールプレイング』等、様々なジャンルを取り揃えたコンピューターゲーム場へと繋がっております」
「そのジャンルってのが良く分からないんだよな。それぞれ何が違うんだ?」
そう伝えると、女性店員は懇切丁寧にジャンル事のゲーム性について説明してくれた。
「――となります」
「あ~なるほどね」
外の世界でこういった遊びが流行っている、と紫から聞きかじったことがあるくらいだったのでよく理解できた。成熟した文明の娯楽の種類が豊富なのは、どの時代でも共通なのだろう。
「お客様は公務用の特殊デバイスから匿名でアクセスしていらっしゃるようですね。申し訳ありませんが、宇宙ネットワークに登録されていない方は肉体の仮想化、フルオンライン、対人戦機能を利用する①~⑨番の扉に進めません」
「あぁ、そう」
「にとり様がプレイ中のゲームは最大5人までの協力プレイが可能となっておりまして、2プレイヤーとして途中参加することができます。お客様はどうなさいますか?」
「じゃあそうしようかな」
どんな物語なのか見当もつかないけど、少しくらいなら遊んでも構わないだろう。
「かしこまりました。代金は此方になります」
私は財布を取り出し、レジに表示された金額を支払った。
「それでは少々お待ちください」
受付の女性が席に着き、空中に浮いたタッチパネルをタイピングしていくと、やがて眉間に皺を寄せた状態でタイピングを止める。
「お客様、にとり様のゲームパックプランが残り10分となっておりまして、この時間からの参加ですと一部の機能が利用できず、充分にプレイできない可能性がございます。それでも宜しいですか?」
「全然構わないよ」
「承知しました」
頷いた受付の女性は、続いて右耳のハンズフリーマイクに向かって語り掛ける。
『10番ルームA-120号のにとり様、ご遊戯中に失礼致します。受付にご友人様がいらっしゃっております。其方のお部屋にご案内してもよろしいですか?』
数拍した後『かしこまりました。それでは少々お待ちくださいませ』と言ってマイクを切り、今度は私を見上げた。
「にとり様のご了承が得られましたので只今よりご案内致しますね」
受付カウンターから出た女性店員の後に続き、自動で開いた10番の扉へと続いていく。中は円筒状のエレベーターとなっているようで、手前と背後に両開きの扉が二か所あり、操作盤にはA~Zと1~0までのアルファベットと数字が並んでいた。
一体何階へ行くのだろうと思いながら待っていたが、階層移動することはなく、女性店員が操作盤を『A120』と入力しただけで反対側の扉が開く。
扉の先は突き当りに一枚の扉があるだけの通路となっており、二人の足音だけが反響する。
「本当にこの先にゲームがあるのか?」
「はいそうですよ」
やがて突き当りに到着すると、女性店員が扉を開けて先を譲る仕草をしたが、中は私の目をもってしても先を見通せない真っ暗闇だった。
「何にも見えないんだけど」
「只今此方でゲーム世界の時間を止めております。お客様が入室する事で、ゲーム世界の時間が動き始めます」
「ふ~ん」
「ゲームシステムや操作方法等、ゲーム内のヘルプからいつでも確認できるようになっております。ぜひご覧ください」
「分かったぜ」
私は再び歩を進めて行く。
「それではごゆっくりとお楽しみくださいませ」
女性店員が一礼してから扉を閉めると、一気に部屋の中が明るくなった。眩しさに目を覆い、漸く目が慣れて来た所で辺りを観察する。
(あれ?)
上下左右何処を見渡しても白い空間が永遠に続いており、到底ゲームと呼べる代物ではない。詳しく調べようと足を踏み出した途端、周囲からファンファーレが鳴り響いた。
[『勇者アードスの伝説』の世界へようこそ! まずは貴女の職業を選択してください]
斜め上の空間に線枠に囲まれた案内文が浮かび上がったかと思えば、すぐ下にもう一つ、複数の単語が並べられた巨大な線枠が出現した。
選択肢は全部で10個。左上から順に『勇者』、『騎士』、『魔法使い』、『狩人』、『盗賊』、『ビショップ』、『商人』、『錬金術師』、『ビーストテイマー』、『吟遊詩人』、『村人』の項目が存在し、『勇者』の項目は灰色になり選択できないようになっていた。
魔法使いと錬金術師は別々に分ける必要があるのか? そもそも村人って職業なのか? と心の中でツッコミつつ、腕を伸ばして『魔法使い』の項目を選択する。
[『魔法使い』のデータ参照中……しばらくお待ちください]
出現してから30秒後、再び案内文が切り替わる。
[それではいよいよゲームスタートです!]
案内文が消滅し、真っ白な世界に色が吹き込まれていく。
(いよいよゲームが始まるんだな)
私はそれなりの期待感を持ちつつ、世界が安定するのを待った。
やがてそれが落ち着いた頃、私は何処かの部屋に立っていた。――いや、正確には廊下と表現した方が正しいかもしれない。
梅雨の日の魔法の森のような陰気さが漂う、長く幅が広い石畳を、壁に備えられた松明がぼんやりと照らすと共に、怪物の像や髑髏といった趣味の悪い彫刻を浮かび上がらせる。鉄格子で閉ざされた採光窓の外を伺えば、陰鬱な曇り空が広がっており、緩やかに流れる雲の隙間からは、血のように赤い満月が私を妖しく照らしていた。
ファンタジーっていうからてっきり快晴の草原みたいなイメージだったのになんだよここは? 旧地獄を彷彿とさせるこの雰囲気、明らかに人間が居るような場所じゃないぞ!
「やあやあ、フロントの人が言ってた友達って魔理沙のことだったんだね」
「お前は……にとりなのか?」
呆気に取られるとはまさにこのことか、その恰好は私の知る彼女とは程遠いものだった。
頭には赤色の宝石が埋め込まれた冠を被り、両耳に珊瑚の耳飾りをぶら下げ、水色の革製の上下服の上から西洋風の鋼鉄の鎧をがっしりと着こんでいる。手には茶色の籠手、足には鳩に似た形の白い羽根がくっ付いたグリープを履き、背中には裏地が黒色で表地が赤色のマントを羽織っていた。
そして左腕には、上半身が充分に隠れるサイズのバックラーを括り付けており、表面が鏡のように磨き上げられていることから、単なる盾ではなくマジックアイテムではないだろうか。あくまで勘だけど。
極めつけは腰に吊るされた青い宝石が埋め込まれた鞘と、黄金色の柄をした一振りの西洋剣。気のせいか只ならぬ力を感じる。
「もちろんだよ! といっても、今の私はただのにとりじゃなくて、『勇者』にとりだけどねっ!」
「勇者?」
「アルメディア王国の騎士団長で、聖剣『エクスカリバー』の使い手『アードス=アルメディア』――それが私さ」
一瞬『お前は何を言ってるんだ』と突っ込みたくなったが、そういえばここはゲームの世界だったなと思い直し。
「……なるほど、そういう役なんだな」
「正解!」
胸を張るにとりはいつになく上機嫌だった。
「それにしても図ったようなタイミングで来たね。今ちょうど魔王に挑もうと思って準備を整えていた所なんだ。折角だし魔理沙も一緒にやらない?」
「ちょっと待ってくれ、魔王とか意味が分からないぞ。ここは一体どこなんだ? というか、そもそもこのゲームってどんなストーリーなんだよ?」
「まずストーリーをざっくり説明するとね、世界征服を目論み、大量の魔族を引き連れて魔界から人間界に侵略にきた魔王を倒す為に、神様に選ばれたアルメディア王国の王子アードスが世界を救う為に立ち向かうってお話」
「本当にざっくりしすぎだろ――って、ん? さっき騎士団長って言ってなかったか?」
「私は女だからね。プレイヤーが男性なら王子様なんだけど、女性の場合は騎士団長になるんだ」
「そこは王女様になるんじゃないのか?」
「王女様は魔族の侵略から臣民達を守る役目があるから、こんな最前線には出てこないんだ」
「あ~なるほどね」
「んでもって、ここは魔界に建つ魔王城。ゲーム的な言い方をすればラストダンジョンなんだ。魔理沙、あれが見えるかい?」
にとりが指さした先には赤色が壁一面に広がっており、それが巨大な扉だと理解するのに少し時間がかかってしまった。
「扉の先は謁見の間になっていてね、そこにはあらゆる魔族を束ねる魔族の長――このゲームのラスボスである魔王が居るんだよ。魔王を倒せば世界に平和が訪れてハッピーエンド。見事ゲームクリアって訳」
「それはまた……」
彼女の指摘通り、幸か不幸か、恐らくゲーム的には一番盛り上がるタイミングで私は来てしまったらしい。
「これも何かの縁だと思うし、どうする?」
「いいぜ。面白そうじゃん」
なんだか美味しいとこ取りみたいになっちゃうけど、にとりが良いのなら遠慮なく参加するとしよう。どんなエンディングなのか気になるし。
次回は後編となります。