魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

208 / 283
第204話 それぞれの時間③ にとり編(後編)

「それで、このゲームはどんなルールで勝敗を決めるんだ?」

「今設定を変更するからちょっと待ってね」

 

 そう言ってにとりはどこからともなく出現した画面を操作すると、私の視界にも変化が生じ、今まで見えなかったものまで見えるようになった。

 もちろん心霊現象の類ではない。何と表現したらいいか、ゲーム開始時に現れた線枠が隅に表示されるようになったのだ。しかもそこには何かの文章が表示されているようで――。

 

「魔理沙、私の頭上に二つのゲージがあるの見える?」

「ん? ああ」

 

 解読を一旦打ち切り視線を上げると、先程までは無かった緑色と青色の棒線が縦に二つ並んで浮かんでおり、緑はHP7000/7000、青はMP1000/1000とそれぞれ右端に表示されていた。

 

「上の緑のゲージはヒットポイント――略してHPといって、敵、味方問わずあらゆるオブジェクトの体力を数値として視覚化したものだよ」

「ふむふむ」

「それでね、敵のHPを0にすれば私達の勝利になるけど、逆に味方全員のHPが0になると敗北、つまりゲームオーバーになっちゃうんだ」

「なるほど、単純明快なルールだな。ゲームオーバーになるとどうなるんだ?」

「最後に私が安全な場所で宿泊した地点まで、ゲーム内時間と進行状況が遡るんだ。仮にもしここでゲームオーバーになったらアルメディア王国の宿屋まで引き戻されちゃうから、一から魔王城の攻略をし直さないと行けなくなるんだよね」

「……それはまた大変だな」

 

 異変の時もそうだったけど、元凶の元へ辿り着くまでに様々な困難を経験した。きっとこのゲームもその例に漏れないだろう。

 

「ちなみに魔理沙の頭の上にもHPが出てるよ」

「お、本当だ」

 

 見上げてみればにとりと同じように二つのゲージが並び、HP3000/3000、MP1500/1500と表示されていた。

 

「あれ? でもにとりと倍以上差があるな」

「このゲームは職業ごとに伸びやすいパラメーターが違っててね、私のような近接戦闘系の職業は体力と攻撃力が高くなるんだよ」

「パラメーターってなんだ?」

「能力値と言い換えればいいかな。文字通り〝ゲーム内″での個々人の能力を数値化したもののことだよ」

「へぇ、そんな所まで数値に現れるのか」

 

 どういった基準で査定してるのか気になるところだ。

 

「逆に遠距離攻撃が可能な魔法使いは体力と攻撃力が低いけど、代わりにMPと知力、すなわち魔法攻撃力が高いんだよ」

「MP?」

「HPの下にある青いゲージの事さ。マジックポイントを略したもので、魔法を使う為に必要なステータスなんだ。それぞれの魔法ごとに必要なMPが定められていてね、強力な魔法はその分MPを多く消費するのさ」

 

 さらににとりは話を続ける。

 

「HPと違ってMPが0になってもゲームオーバーになることはないけど、代わりに魔法が使えなくなっちゃうんだ。特に魔法使いにとって魔法は生命線だから、MPの残量には特に気を払う必要があるね」

「ふむ……」

 

 現実なら特殊な状況でもない限り、魔法が使えなくなることはないし厄介だな。それに、このゲームで自分はどんな能力になっているのか興味がある。

 

「自分のパラメーターを確認するにはどうしたらいいんだ?」

「メニューを開いてステータスって項目から確認できるようになってるよ。音声認識機能付きだから『ステータスチェック』って口にしても表示される筈」

「どれどれ、『ステータスチェック』」

 

 すると目の前に大きな線枠が浮かび上がり、そこにはにとりの話したパラメーター以外にも色々な項目と数値が以下の通りに表記されていた。

 

[名前:オリーベ=スノーゼル 種族:人間 性別:女 年齢:15 Lv75 HP3000/3000 MP1500/1500 攻撃力164 防御力580 知力970 魔法抵抗力890 素早さ488 運644]

 

(うん? これは私なのか?)

 

「なあにとり。なんか色々なパラメーターが出てきたんだが、まずはこの名前から聞かせてくれ。オリーベ=スノーゼルって誰だ?」

「この世界において魔理沙が役割を演じる魔法使いの少女の名前さ。私と違って元の性別が一致してるから、設定上の変更点は特にないみたいだね」

「へぇそうなのか。どんな背景を持っているんだ?」

「端的に言えば、魔族に故郷を滅ぼされ家族を失った復讐さ」

「中々重い背景を持つんだな……」

「でもこれには続きがあってね、アードスとの旅の末に復讐を果たした彼女は、二度と同じ悲劇を繰り返したくないと誓いを立てて正式な仲間になったんだ」

「なるほど……」

 

 自分とはまるで境遇が違うけれど、私は彼女の動機を自然と受け入れていた。

 

「次は他のパラメーターについて教えてくれないか」

「いいよ! まずはね――」

 

 そう前置きした彼女は、ステータスの意味と仕組みを解説していった。

 

「――ってなわけ」

「へぇ~」

 

 話を聞いた私は素直に感心していた。正直なところ能力の数値化には懐疑的だったけど、よく出来ているなあと認めざるを得ない。

 ついでににとりのステータスも見せて貰い、その能力値は以下の通り。

 

[名前:アードス=アルメディア 種族:人間 性別:女 年齢:19 Lv75 HP7000/7000 MP1000/1000 攻撃力990 防御力700 知力833 魔法抵抗力770 素早さ898 運850] 

 

 彼女の攻撃力と私の知力は同じくらいだったが、ステータスの数値全てが700以上となっており、MAXが1000であることを考えるとかなりの高水準にとどまっている。最も、主人公らしいと言ってしまえばそれまでだけど、

 

「あとね、このステータス画面を下にスライドさせると、今の自分の装備が表示されるよ」

「へぇ、どれどれ?」

 

 言われた通りに自分の画面を動かしてみると、身体の部位ごとに固有名詞と説明文が以下のように表示された。

 

[武器:賢者の杖 魔導協会に認められた上級魔法使いのみが所有できる杖。先端にはルビーが埋め込まれており、それを媒介とすることで魔力を増幅する。効果:装備者の知力50%上昇、魔法抵抗力30%上昇

 

 盾:マジックシールド オリーベ特製のマジックアイテム。通常形態は指輪と変わらないが魔力を注ぎ込むと魔法障壁が展開され、防御力は装備者の魔力量に応じて変動する。効果:装備者の防御力、魔法抵抗力10~90%上昇

 

 頭:魔女の帽子 魔鳥レツイトルベインの羽根をあしらった帽子。高い魔力を保持しており、力なき者がかぶると昏睡する。効果:装備者の魔法抵抗力・MP50%上昇、『即死』攻撃無効

 

 身体:魔女のローブ オリーベの亡き母魔導士フェイルが終生愛用していたローブ。彼女の魔力に加えて様々な魔法効果が施されており、市販品とは比べ物にならない性能となっている。効果:ステータス低下を60%の確率で無効、精神系状態異常無効

 

 腕:魔女の手袋 オリーベの故郷セントル村の雑貨屋で100Gで販売されていた手袋をベースに、実戦向けへと改良した手袋。特産の羊革が使われている。効果:防御力・素早さ30%上昇、滑り止め

 

 足:魔女の靴 アルメディア王国の女性魔法使いの間で爆発的に流行中のブーツ。現在品薄状態で入荷は1ヶ月後。効果:特になし

 

 アクセサリー: 三日月のイヤリング 月の石を三日月型に造形したイヤリング。月の魔力が装備者の魔法を補助する。効果:消費MP50%カット、『幻覚』ステータス無効

 

         賢者の指輪 魔導協会による魔女の試練を乗り越えた者に授けられる指輪。リングの内側に刻まれたルーンが装備者の魔力を助長させる。効果:全魔法の威力50%上昇、パッシブスキル『古代文字翻訳(エンシェントリーディング)』習得

 

         フェイルの指輪 オリーベの亡き父、魔導士アレックスが身に着けていた指輪。リングにはスノーゼル家の家紋が刻まれている。効果:全ステータス25%上昇]

 

(あれっ? 私はこんなもの身に付けた覚えないぞ?)

 

 その事をにとりに伝えると、少し驚いた顔でこう言った。

 

「気づいてなかったの? 今の魔理沙の恰好はこんな感じになってるよ」

 

 にとりが盾を此方に向けると、それが光を反射して私の姿を映し出す。

 

「いつの間に……!」

 

 私服こそゲームの外と同じだったけど、その上に紫のローブを身に着け、頭には緑色の大きな羽付きの黒いとんがり帽子を被り、両手には白のオペラグローブをつけ、足には黒のプーレーヌを履いていた。

 両耳には水色に光る三日月型イヤリングをぶら下げ、くるりと反転すると先端に赤色の宝石がくっついた白い杖を背負っていた。手袋を脱ぐと両手の人差し指に一個ずつ指輪が嵌まっており、左手の指輪には派手な装飾が施されていた。

 

「けどこれはこれでいいな」

 

 少し驚いたけれど、にとりが剣士みたいな恰好してるんだし、ここではこれが普通なんだろう。そもそも普段着と大して変わらないし。

 そのように気持ちの整理を付けた所で私は改めて説明文を読んでいく。

 

(ふむふむ……)

 

 どことなくではあるけれど、このゲームの世界観と少女の背景や人格をより深く掴めた気がする。きっとこの少女は世間の流行に敏感で、家族を大切にしていた心優しい人物なんだろう。

 

「――よくわかったぜ。にとりはどんな装備なんだ?」

「私はこんな感じだよ」

 

 にとりが私と同様ステータス画面を下に送ると、これまた以下のように表示された。

 

[武器:エクスカリバー 太古の昔に創造神エリスの手によって造られた神剣。剣から放たれる光は魔の者を追い払うと伝えられており、選ばれし人間のみが扱うことができる。効果:全バッドステータス・状態異常無効、防御力・魔法抵抗力貫通100%、魔族・悪魔系・アンデッド系特効200%、人族ステータス50%上昇

 

 盾:ミラーシールド 太古の昔に創造神エリスが造り出した聖盾。神の力を吹き込まれた盾は悪意ある者の魔法を寄せ付けない。効果:全魔法を100%の確率で反射(味方を除く)

 

 頭:勇者の冠 アルメディア王家に代々伝わる冠。使用者に絶大な魔力を与えると伝えられている。効果:知力・魔法抵抗力・MP100%上昇

 

 身体:戦士の鎧 アルメディア王国の中でも勇敢な戦士にのみ与えられる鎧。効果:防御力40%・運10%上昇

 

    勇気のマント 最前線で戦う勇士が身に着けるマント。仲間を鼓舞する力がある。効果:攻撃力20%上昇(味方全体)

 

 腕:戦士の籠手 アルメディア王国の中でも勇敢な戦士にのみ与えられる籠手。僅かに魔力が籠っている。効果:防御力30%、魔法抵抗力・運5%上昇

 

 足:フライブーツ フライ魔法が組み込まれている稀少なマジックアイテム。履くだけで誰でも素早く空を飛べるようになる。効果:素早さ80%上昇・装備している間のみアクティブスキル『フライ』を使用可能

 

 アクセサリー:珊瑚の耳飾り アルメディア王国の市場で市販されているイヤリング。効果:物理防御力5%上昇

 

        勇者のネックレス アルメディア王国で多大な功績をあげた英雄に送られるネックレス。効果:全ステータス30%上昇]

        

「ほぉ~、なんか色々と壮大な事が書いてあるなぁ」

「ふふん、勇者だからね!」

 

 私の装備品に比べて明らかに付加価値が高いものばかりだし、にとりは相当このゲームをやりこんでいるな。

 

「中でもとっておきのやつがこれさ!」

 

 勝ち誇った表情のにとりは、腰に差した剣の柄に手をかけ、ゆっくりと引き抜いていく。

 鞘の隙間から黄金色の光が溢れ出し、にとりが剣を掲げると、薄暗くおどろおどろしい廊下を太陽のように照らしだしていた。

 

「勇者の武器、聖剣【エクスカリバー】!」

「おおっ!!」

 

 刃渡りが1m近くあるそれは、一般的な剣とは違って〝光″が集まって刃の形を形成しており、眩いばかりの光に私は只々引き込まれていた。

 幻想郷にも名刀・名剣を扱う名うての剣士が幾人か存在しており、私の記憶の限りでは妖夢の楼観剣・白楼剣、天子の緋想の剣、神子の剣、依姫の神降ろしの刀がそれらに該当するが、目の前の剣はこれらに匹敵する程度の強力なオーラを放っている。

 

「浮遊大陸に建つ天空の塔で守護者(ガーディアン)を倒して手に入れたんだよ。いや~あの時は何度も死にかけて大変だったなぁ。レベルを上げる為に雑魚狩りして経験値貯めたり、街に引き返して装備品を新調してさ、攻略するのに5日も掛かっちゃったよ」

「……ん? 5日ってどういうことだ?」

 

 そういえばここに来る前に受付の女性から残り時間10分だと聞いていたけど、体感ではもう既に10分以上は話し込んでいる。なのにゲーム世界が終わる気配は微塵もない。

 剣を鞘に納めたにとりにその事を尋ねると、彼女を驚いた表情でこう言った。

 

「フロントから聞いてなかったの? この世界と現実世界では時間の流れが違うんだ。確か現実の1分がこの世界の1日だったかな」

「えええっ!? そんなことが可能なのか?」

「ウラシマ効果を応用した技術らしいけど、私にも詳しいことはさっぱりだよ」

「半端ないな……! じゃあにとりは何日遊んでるんだ?」

「60分パックを購入したから、今日でちょうど50日目かな」

「そんなに!?」

 

 さらっと言ってのけているが、これは途方もないことだぞ。まさか私が買い物を楽しんでる間にこれだけの時間が経っていたとは……!

 

「だから魔理沙が来てくれて助かったよ。なにせずっとゲーム漬けだったせいで外の事をすっかり忘れてたからさ」

「おいおい、それはシャレにならないぜ」

「アハハ、そうだね」

 

 にとりは笑って誤魔化しているけど、今の発言は間違いなく本心なんだろうなぁと思う私だった。

 

 

 

「だいぶ話が長くなってるけど、もう一つ知っておいて欲しいことがあるんだ」

「なんだよ?」

「敵への攻撃方法さ。こっちだと私や魔理沙が元々持っている能力やスペルカードは使えないんだ。だからね、この世界のルールに沿って相手にダメージを与える必要があるんだよ」

「ほぅ?」

「私の場合は主に〝剣″、魔理沙のケースだと自分の魔法じゃなくて〝この世界の魔法″を使わないと駄目なんだ」

「う~ん……厄介だな」

 

 魔法とは一朝一夕で身に付くものではなく、日々の努力の積み重ねによって洗練されていくものだ。いきなり見ず知らずの魔法を使えと言われても、余程のセンスがなければ成功するのは難しい。

 

「そんな難しく考える必要はないよ。その時々の状況に応じて魔法を選ぶだけで、あとはコンピューターが勝手にやってくれるからさ」

「魔法を選ぶ? というか機械が魔法を使えるのか!?」

「まあ一度見て貰った方が早いかな」

 

 にとりは私の隣へと回り込んだ。

 

「今から目の前の石像に炎の魔法を使うから見ててね」

「おう」

 

 指差した姿勢のままにとりは「【ファイア】」と呟く。

 すると人差し指の先に小さな五芒星の魔方陣が出現し、そこから生まれた炎が人魂のようにふわふわと漂いながら怪物の像に向かっていき、直撃すると共に火の粉となって霧散した。

 

[アードスはファイアを唱えた。

 説明⇒ファイア:最下級炎属性補助魔法。消費MP1。効果:小さな炎を指先から発射する基礎中の基礎魔法であり、世界中のほぼ全ての人間がこの魔法を扱える為、調理・狩猟など人々の日常生活の基盤となっている。戦闘にも使えるが、その威力は雀の涙にも及ばない]

 

「これがこの世界の魔法なんだけど」

「……なるほどな。魔法っていっても私のイメージしていた魔法じゃないんだな」

 

 注意深く観察していたが、にとり本人や魔法陣から魔力の流れは感じず、その痕跡もなかった。現実の火のような熱さも感じなかったし、あたかも本物のように思わせる演出だな。

 

「ところで今の案内文はなんだ? いきなり視界の上に出て来たんだが……」

「これはシステムメッセージって言ってね、誰がどこで何をしたのかをコンピューターが逐一知らせてくれるんだ。『アードス』は私の演じる名前、二行目の文章はとった行動の概要って感じ」

「う~ん、一々表示されると見づらいな」

「慣れれば気にならなくなるよ。それで魔法の確認方法だけど――」

 

 にとりからコマンドの操作方法を教えてもらい、スキル画面を開くと魔法名が一挙に羅列された。

 

「おお、こんなにあるのか……!」

 

 全てを描写すると非常に長くなるので省くが、ざっと見る限りでは攻撃魔法が殆どで、五行属性が一通り揃っており、パチュリー並とまではいかないけど使う魔法に不自由しなくてすみそうだ。

  

「強力な魔法程詠唱時間と消費MPが多くなるから、その辺りの管理にも気を付けてね」

「分かったぜ」

「後はアクティブスキルやバッシブスキルとか本当は色々あるんだけど、これらを説明するのは骨が折れるから実際に体験しながらってことで」

「? あぁ」

「最後に私が今置かれている状況について説明するよ」

「まだなにかあるのか?」

 

 早く肝心のゲームをプレイしたいのだが。

 

「ふふ、魔理沙も一応知っておいた方が、よりこの世界に没入できると思うよ?」

「まぁ、そういうことなら」

「魔理沙、あの窓から外を見てごらんよ」

 

 にとりの指さした先は、先程見上げた紅い満月が照らし出している窓とは反対側にあった。

 

「分かったよ。え~と……」

 

 私は近くを見渡した後、怪物の像に足を掛けて窓のある位置までよじ登ろうとしたが、その行動を見透かしたようににとりはこう言った。

 

「魔理沙、フライ魔法を使って」

「フライ魔法?」

「この世界で空を飛ぶための魔法さ。魔法名を宣言すればその魔法が機能するよ」

「なるほど。【フライ】!』

 

 すると足が雲のように軽くなり、すっと床を離れて膝の高さまで身体が浮かび上がる。更に自分の視界の上部には、枠線で囲まれた以下のようなシステムメッセージが表示された。

 

[オリーベはフライを使用した。

 説明⇒フライ:上級飛行魔法。空を飛ぶことが可能になるが、大気の気流が荒い箇所や強い重力下にある空間では使用できない。効果:1秒飛行するごとにMPを1消費する]

 

「足が離れたら、後はいつもと同じ感覚で飛べばいいよ」

「オッケー」

 

 ふわりと浮かび上がり、なんとなしに窓の外を覗いた先には驚くべき光景が広がっていた。

 

「な、なんだよこれ!?」

 

 この廊下は地上からかなり高く、紅く染まった周囲の野山が一望できるのだが、問題はその不気味な風景ではない。地上を埋め尽くさんばかりに溢れる無数の軍勢が正面衝突しているところだ。

 片や画一された剣や鎧で武装した人間達の集団、片や人とは明らかに容姿が異なる異形の化物達。上空では弾幕ごっこのように数多の魔法弾が飛び交い、私とよく似たような恰好の人間達と、肉体に羽が生えた化物達との空中戦が行われている。この窓ガラスを割ればより生々しい音が聞こえてくることだろう。

 こうして状況を把握してる間にも、次々と人間や化物が倒れていき――幸いな事に血飛沫や肉片が飛んだりするようなグロテスクな光景はなく、不自然な形で隠されていた――もはや合戦、戦争とも呼べる規模の戦闘に私は戦慄していた。

 

「魔王軍とアルメディア王国連合軍との戦闘だよ」

 

 明らかに動揺を隠し切れない私に対し、にとりは複雑な表情を浮かべながら落ち着き払った声で答えた。

 

「……これまで圧倒的な力を持つ魔族の侵略に対し人間側は防戦一方だった。しかし私が聖剣を入手したことでパワーバランスが崩れ、徐々に人間側の勢力が盛り返し始め、遂には王都の奪還に成功したんだ」

「いきなり何を――」

「だけど寸での所で魔王が魔界に逃げてしまってね、『魔王を倒さねば平和は戻らない』と判断したアルメディア王は世界各地の傭兵・冒険者達に呼びかけ、魔界遠征の為の連合軍を結成したんだ」

 

 どうやらにとりはこのゲームのさらに詳細なあらすじを語っているようだ。

 

「その中でも私とオリーベは魔王討伐の為に選ばれた少数精鋭部隊でね、私達が魔王を倒すまでの間、彼らが魔王軍の本隊と戦って時間を稼いでくれているんだ」

「なんと……!」

 

 まさかそんな重要な役目だったなんて、呑気に話している私が馬鹿みたいじゃないか。

 

「『この戦いにはアルメディア王国のほぼ全ての兵力と、国家予算の8割を投じているんだ。もし負ければ人類の未来はない。――私達に失敗は許されないんだ』」

「――ああ!」

 

 そういうことならば私も全力を尽くすのみ。ここがゲームの世界だなんて浮ついた意識は捨てて、自分の役割を果たすだけだ。

 

「それじゃいくよ。準備は良い?」

「いつでもいいぜ!」

 

 にとりが扉に手を掛けると、重苦しい音をたてながら外側に開いていった。




次回でVRゲーム世界の話は終わりになります



最近投稿頻度が遅くなっていてごめんなさい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。