この回は戦闘描写があります
部屋に入った瞬間、私達を逃さんと言わんばかりに扉が閉まり、深みのあるテノールボイスが部屋中にこだまする。
「招かれざる客よ、よくぞここまでやってきたな」
「『!』」
「あっ、おい!」
にとりは目の色を変え、私の静止を振り切って奥へ駆け出してしまったので、私も慌ててその後を追っていく。
一人で暮らすにはあまりに広く、紅魔館のような洋風で絢爛華麗な内装を横目にようやく彼女に追いついた時、そこにテノールボイスの声の主は存在した。
「ふん、ようやく来たか。待っていたぞ勇者よ」
レッドカーペットが敷かれた壇上の上、スカルの装飾が施された玉座で肘をつき、ふてぶてしく足を組みながら冷徹な目で此方を見下す一人の男性。
「『魔王――!』」
にとりは怒りに満ちた表情でその名を呼び、剣に手を掛けていた。
(あいつが魔王か……!)
長い黒髪を無造作に束ね、その身に紅い龍の紋章が刻まれた漆黒の鎧を纏う魔王は、足の長さから察するに咲夜以上に背が高く、眉目秀麗という四字熟語がぴったり似合う容姿で、病的なまでに白い肌と、頭の角さえなければ人間と殆ど変わらない姿形をしていた。
にとりは聖剣を抜き、未だ堂々と座したままの魔王に剣先を向けてこう言った。
「『貴様の所業で平和だった世界は混迷を極め、大勢の無辜の民が血を流している。王国では寸での所で逃がしたが、最早貴様に逃れられる場所は何処にもない! 覚悟しろ魔王!』」
「!?」
心の中で仰天し、思わず彼女を二度見してしまう私。というのも、彼女とは長い付き合いだけど、普段穏やかな彼女がここまで激昂する所は見たことがないからだ。
(まるで別人だな……!)
口調まですっかり変わってしまって、それだけこのゲームに入れ込んでいるということなのか。感心していると、私の足が自然と一歩前に踏み出し、背中の杖を抜いていた。
「『もう二度とセントル村の悲劇は繰り返させないわ! お父さんお母さん、そして村の皆の為にも、貴方を倒して世界に平和を取り戻す!』」
(あれっ!? 身体が勝手に!)
普段よりも少し声のトーンが高く、僅かに震えながらも決意を感じさせる自分の声は、とても私の発したものとは思えず、か弱い少女を連想させるものだった。
予期せぬ事態に戸惑っていると、優しい表情に戻ったにとりがこっそりと耳打ちしてきた。
「このゲームには台本があってね、さっきの私のセリフも、今の魔理沙のセリフも、この世界で私達が演じるキャラクターのものだよ。ちょっと前にアシスト機能を有効にしてね、役割に応じて自動で身体が動くようにしたんだ」
「……それを先に言ってくれよ。おかしくなったのかと思ったじゃないか」
更に文句を付けようとした時、魔王が急に高笑いを始め、注目が其方に集まる。
「ク、ククッ……フハハハハハハ!」
「『何が可笑しい!』」
怒りを剥き出しにしながら問いかけるにとり――声のトーンが普段より少し低いし、この声の時は勇者を演じているのだろう――に対し、あくまでその余裕綽々な態度を崩さない。
「貴様らは大きな勘違いをしている。我が王国から手を引いたのも全て計算の内よ」
「『なんだと?』」
「ここは我々の領域。人間界では人間共が力を発揮できるように、魔界では我ら魔族が十全の力を発揮できるのだ」
魔王が立ち上がると黒いオーラが溢れ出し、彼を守るように全身に絡みつく。やがてその一部が刃となり、剣の形となった。
にとりの剣が光の剣だとするならば、魔王の剣は闇の剣と形容した方が分かりやすいだろうか。
「我が全力を持って貴様を叩き斬ってやる。さあ来い、勇者よ!」
「『行くぞ魔王!』」
剣を構えたにとりは地を強く蹴り、一瞬で懐に飛びこんだかと思えば、次の瞬間には剣を振り下ろしていた。
「『ハアッ!』」
しかし魔王は涼しい顔でにとりの剣を防ぎ、上段から下段に掛けて急所を狙って立て続けに繰り出される神速の剣も的確に捌いていく。
「どうしたどうした! 貴様の力はその程度か!?」
「『くっ!』」
反撃に出た魔王の太刀筋は素人目から見ても鋭いもので、にとりは盾と剣で防いでいく。それでも段々と押されていき、堪らず大きく後ろに飛んで一度距離を取ろうとするが、魔王はすぐに間合いを詰め、着地する瞬間を狙って薙ぎ払う。
「ハアッ!」
「『っ!』」
咄嗟に盾で防ぐが、力を殺しきれなかったのかバランスを崩すにとり。すかさず魔王は剣を振り下ろすも、にとりは床に転がりながら躱し、もう一度距離を取るように跳びながら宣言する。
「『ホーリーレイ!』」
直後、彼女の頭上に幾層もの星が折重なった魔法陣が出現し、幾つもの光の柱がにとりを守るように降り注ぐ。
「ほう、よくぞ防いだな」
魔王は相手を讃えつつ、ステップを踏むように光の柱を掻い潜り、その間に体勢を立て直したにとりは聖剣を掲げながら詠唱を開始する。
黄金色の光が聖剣に集約されていき、剣身が一回り大きくなり、ホーリーレイ魔法の効果時間が消えると同時に、にとりは聖剣を振り下ろしながら宣言した。
「『ホーリースラッシュ!』」
「ダークスラッシュ!」
聖剣から黄金色の光を纏った斬撃が一直線に飛んでいくが、にとりの行動を読んでいたのか、魔王もまたほぼ同じタイミングで闇を纏った斬撃を繰り出し、光と闇がぶつかって相殺しあった。
再度静けさを取り戻した時、両者は剣を構えたまま互いを探るように睨み合っていた。
(へぇ……! にとりの奴やるじゃないか。本物の剣士さながらの剣捌きだな)
心の中で感嘆している間にも、目前では再度激しい剣戟が開始され、剣がぶつかりあうたびに光と闇が散っていく。
「――魔理沙! ぼうっと、見てないでっ、援護してよ!! 『――くっ』」
「――悪い悪い!」
確かに呑気に傍観してる場合じゃない。私はすぐさま魔法コマンドを選び、ズラリと並んだ魔法を素早く吟味していく。
動きが激しく、立ち位置もコロコロと変わる今の状況では、下手に魔法を撃てばにとりを巻き込みかねない。
数秒近く迷った後。
(この状況で使うべき魔法は――これだな!)
コマンドを決定した私はその場で詠唱を始めていき、15秒後、声高々に宣言する。
「ファイアーアロー!」
炎を象徴する魔法陣から炎を纏った弓が出現。振り絞った弓から燃え盛る二本の矢が発射され、生き物のような不自然な軌道を描きながら、魔王の胸を貫いた。
(やったか!?)
しかし魔王のHPゲージは1ミリも変動しておらず、あまつさえこんなことまで言われてしまった。
「ふん、これが炎だというのか?」にとりの剣を弾いて空中に飛び上がった魔王は「本物の炎とはこういうものだ! ヘルフレイム!」
魔王が腕を振りおろした瞬間、虚空から出現した青色の炎が雨のように降り注ぐ。にとりは咄嗟に盾を頭上に構えて魔法を反射して防ぎ、私はフライ魔法で空中を飛びつつ、炎の雨を掻い潜っていく。
「はっ、避けるのは得意だぜ」
この手の攻撃は弾幕ごっこで慣れてるのもあってか、魔法が終了するまでの間一つも被弾せずに躱しきり、メッセージウィンドウには[excellent!]の文字が浮かぶ。
「ほう、全て躱しきるとは人間にしては中々やるではないか。それならば――ふ」
フライブーツで飛び上がっていたにとりが魔王の死角に回り込み、気配を殺して斬りかかったが、魔王は横に半歩ずれることで回避。続けざまに繰り出された中段への斬撃もあっさりと防いでいた。
「『なっ――!?』」
目を見開き驚愕しているにとり。魔王は不遜なふるまいを崩さずにこう言った。
「クククッ、残念だったな。貴様の動きは既に見切っている! ――死ね」
「!」
左腕を伸ばす魔王に何かを察知したのか、即座にその場を離れるにとり。その直後、魔王の左手から一筋の闇の光線が放たれ、射線上にあった一本の石柱が音を立てながら崩れ落ちていった。
「あっ、あぶな~!」
胸を撫で下ろしているにとりに、私は近づいて声を掛ける。
「大丈夫かにとり?」
「今の所無傷で切り抜けているけど、正直な所厳しいね。王国で戦った時よりも魔王の能力が格段に上がってて、相手の攻撃を防ぐだけで精一杯だよ」
「それなら私に良い案がある」
私はにとりに耳打ちしていく。
「……なるほど。もしかしたらいけるかもね」
「だろ? 私が詠唱している間、魔王を引き付けておいてくれないか」
「オッケー!」
話が纏まった所で、私達は高い位置で悠然と佇む魔王に視線を送る。
「話は済んだか? 人間共よ」
魔王は私達が話している間、ちょっかいをかけてくることもなく、腕を組みながらじっと此方を見ているだけだった。
「貴様らの力はその程度か? わざわざ作戦を考える時間を与えてやったんだ。もう少し我を楽しませてみせろ」
完全に舐められていて悔しいが、今にその鼻を明かしてやる。
「にとり、それじゃ手筈通りに頼むぜ」
「うん! ――『はあっ』!」
頷いたにとりは、弾丸のように魔王に向かって斬り込んでいくが、あっさりと受け止められる。
「『はああああっ!』」
「ふん、つまらんな」
にとりは攻撃の手を休めず、連続で斬りかかるが、魔王は冷めた表情で対応していた。
(何とか持ちこたえてくれよにとり)
心の中でエールを送りつつ、私は詠唱を続けていく。
今繰り出そうとしている魔法は、オリーベが習得している魔法の中でも最大級の威力を持つ魔法。きっと突破口になる筈。
「魔理……沙、早……く!」
魔王の攻撃を防ぎつつ、息も絶え絶えに私を呼ぶにとりは非常に苦しそうで、助けになれない私は歯がゆい気持ちでいっぱいになる。
(あと少し……あと少しなんだ!)
そしていよいよその時が訪れる。
「――よし! にとり!」
「!」
にとりが魔王から離れた瞬間、私は宣言した。
「こいつでどうだ! マジックインパクト!」
杖の先端から魔法の衝撃波を送り、魔王の周囲の空間ごと爆破する。激しい轟音と共に石の天井の一部が崩落して瓦礫の山が生まれ、夜空に煌々と浮かぶ紅い月光が差し込んだ。
(手ごたえはあったが……)
床にそっと降り立ち、様子を伺っていると、瓦礫の山が吹き飛ばされ、土煙の中から魔王が現れる。彼の鎧には亀裂が入り、HPゲージも一気に3分の1ほど減っていた。
『おのれっ、許さんぞ小娘がぁ!』
完全に激怒した魔王は、瞬きする間に私の目の前に瞬間移動。恐ろしい速さで魔王の拳が迫る。
(速――避けられな――)
受け身を取る間もなく、魔王の掌打をお腹に諸に食らった私はゴムボールのように吹き飛ばされ、石柱に叩きつけられる。
「――――」
現実なら肺が潰れ、骨が何本か折れててもおかしくない衝撃だったが、怪我や痛みが肉体にフィードバックされることはなく、自身のHP残量が80%程減るだけだった。
私はすぐに立て直そうとしたが、毒キノコを食べた時のように身体が痺れてしまい、柱を背に座り込んだまま指一本動かすことができない。これも魔王のスキルのせいなのか?
そんなことを考えている間にも、魔王はトドメを刺すべく剣を片手に悠然と近づいてきている。
「魔理沙っ! ――『ぐうっ!』」
動揺したのか、救助に駆け付けてきたにとりは、振り返りざまに放たれた魔王の斬撃をまともに喰らってしまった。
よろめきながら地に伏せた彼女の聖剣を遠くへ蹴とばした魔王は、にとりの上にのしかかり、彼女の喉元に剣を当てていた。
「にとり!」
「ククク、勇者よ。随分と呆気ない幕引きだな。これで貴様も終わりだなぁ?」
「『ッ――!』」
愉快そうに笑う魔王に対し、にとりは歯を食いしばり、屈辱的な表情で睨み返していた。
先程の斬撃でにとりのHPは風前の灯火、一発でも攻撃を食らえば即ゲームオーバーになってしまう。
(クソッ、動けっ、動けよ私の身体!)
全身全霊を込めて手足に命令するも、辛うじて指先が動く程度で、全快とは程遠い。
「さらばだ勇者よ。せいぜいあの世で後悔するがいい」
剣を振り下ろそうとする魔王、絶望を浮かべ目を瞑るにとり。私は錆びついた身体を強引に動かし、半ば反射的に八卦炉を手に取って叫んでいた。
「恋符「マスタースパーク」!」
その瞬間、世界が一変した。
続きはお盆期間に投稿できるように努力します
それと次回の参考にしたいのでもしよろしければ戦闘描写についての感想をください