(探し人が向こうからやってきたけど、さてどうしよっかな)
「それに魔理沙はなんでこんな場所にいるのかしらね? こうして見た所本は持っていないみたいだけど……」
彼女は微動だにしないよう努めている私の周りをウロウロとしており、その姿にふと妙案、というか悪戯心に近い着想を得る。
(そういえば、咲夜って時間停止中は何してたんだろうな)
私の知る十六夜咲夜という人間は、主に忠誠を誓い、決して弱みを見せず、常に〝完全で瀟洒″であろうとし続けた少女だ。
そんな彼女にとって、時間が止まった世界は絶対不可侵の領域、格好つけた言い方をするなら〝聖域″と言ってもいい。
もしかしたら何か面白いものが見れるかもしれない、と思い、私は少し様子を見る事にした。
「…………」
咲夜は無言で私をじっと見つめていたが、やがて右手を伸ばして私のとんがり帽子を取り上げた。
彼女はそれを自分の頭に被せると、ポケットから手鏡を取り出し、鏡を見ながら帽子の角度を整え、様になるように調整していた。
(なんだ?)
ウィッチハットにメイド服という、なんともミスマッチな格好に首を傾げる私。
目の前でしばらくじっと鏡の中を覗いてた咲夜だったが、やがて鏡をポケットにしまい。
「マジカルメイド咲夜ちゃん、可憐に参上! ――なーんてね。クスッ」
明後日の方向を向きながら指を指す決めポーズを取っていた咲夜に、私は我を忘れて思わず爆笑してしまう。
「…………ぶ、ぶふっ、アーハハハハハハ!! ま、『マジカルメイド咲夜ちゃん』ってなんだよっ! は、腹が痛いっ……!」
「!?」
咲夜はぎょっとしてすぐに振り返っていたが、私はなおも笑いが止まらない。
「ま、まさか咲夜にそんな趣味があったとはなぁ、アッハハハ。くくっ、意外と可愛い所あるじゃないか。アハハハハハ――」
大笑いしていたその時、顔の横を何かが掠めた。
目の前にいる咲夜に焦点を合わせてみれば、顔を真っ赤にしながら鬼のような形相でナイフを握る姿があった。
「あんな姿を見られてしまった以上、もう生かしてはおけないわ! 死になさい!」
その直後、ナイフを顔面目がけて勢いよく投擲してきた。
「うわっ!」
私は慌てて避けたものの、咲夜は自身のスカートの中に手を突っ込み、太ももに巻かれたベルトに仕込まれたナイフを素早く取り出し、次々と投げてくる。
「な、なんでそんな怒ってるんだよ!? や、やめろって! 当たったらどうするんだよ!」
青ざめた私は逃げ回りながらそう叫ぶも、咲夜は「うるさーい!」と怒鳴って聞く耳を持たず、今度はメイド服の裏側に仕込んでいたナイフを取り出し、それを投げながら私を追いかけてくる。
「ギャアッ、今服を掠めたぞ! ちょ、本当にヤバイって!」
「うるさいうるさーい! 待てこらー!」
「うわあー!!」
そんな命がけの追いかけっこがしばらく続いたが、とうとう咲夜は手持ちのナイフを切らしたようで、踵を返して地面に散らばっているナイフを拾いに行く。
すかさず私は咲夜に向かってタックルを仕掛けて、彼女を地に組み伏せる。
「は、放してよ!」
「今退いたらまたナイフを投げてくるだろうが! 絶対退かないからな!」
咲夜の上に馬乗りになってからしばらく取っ組み合いが続いたが、ジタバタしていた咲夜はやがて大人しくなり、溜息をつく。
「……はぁ。もう追い回したりしないから離れてちょうだい。手首が痛いわ」
「おっと、すまんな」
私はすぐにその場から退くと、咲夜はゆっくりと起き上がって埃を払う。
その後帽子を返してもらい、私はそれを自分の頭に被った。
「あーあ……服が汚れちゃったわ。しかもあんな姿を魔理沙に見られるなんてとんだ失態ね。きちんと時間を止めた筈なのに」
「だ、誰にも言いふらしたりしないから心配すんなって」
「本当に頼むわよ?」
そう言って咲夜が指を弾くと、世界が再び動き始めた。
ギラギラと降り注ぐ夏の日差し、噴水から流れる水の音、微風で騒めく草花に鳥の鳴き声、自然音や喧騒が聞こえて来た。
(ああ、これが日常なんだな。やっぱり無音だと落ち着かないぜ)
そんな感想を抱く私と裏腹に、咲夜はただ驚くばかり。
「え、えぇ……!? そんな、どうなってるのよ?」
次に咲夜は懐から手の平サイズに収まる年季物の懐中時計を取り出して、竜頭(りゅうず)をカチッと押し込む。
確か彼女の懐中時計は【時間を操る程度の能力】のトリガーになっていた筈。
その記憶の通り、世界の時間が再び停止し、辺りは再度静寂に包まれた。
「……ちゃんと時間が止まってる。私の能力がおかしくなってる訳ではないのね」
「ああ、そうだぜ」
咲夜の呟きに私は肯定すると、彼女は顔を此方に向けて問いかける。
「貴女なんで止まった時の中で動けてるのよ? 昨日ここに来た時は、確かに止まっていたじゃない」
(昨日? ……ああ、この時代の〝私″か)
「実はな、私は150年後から来たんだ」
「なんですって?」
彼女は眉間に皺を寄せた。
「信じられないのか?」
「当たり前よ。時間移動がとても難しい事は、この能力を持つ私が一番よく知っていますもの」
「私がこの世界で動けている事が、その証明にはならないか?」
「むむ……」
彼女はしばらく考え込んでいたが、やがて大きく息を吐いた。
「……まあ、いいわ。それで、魔理沙は何をしにこの時間に来たのかしら? 150年後から来たって事は、貴女は魔法使いになったのでしょう?」
「ご明察。この時間に来た理由はな、150年後のレミリアから、お前に手紙を渡してほしいと頼まれたからだ」
「お嬢様から?」
「今日レミリアから、重大な話をされなかったか?」
「……そういえば今朝、お嬢様から『今晩重要な話があるから、後で私の部屋に来なさい』と言われたわね。なんで貴女がそれを知ってるのよ?」
(げっ、まだレミリアが選択を迫る前かよ。跳ぶ時間をミスったな)
心の中で舌打ちするが、私はそれを顔に出さずに会話を続ける。
「未来のレミリアから聞いたからだ」
「なるほどね、未来から来たのであれば、私とお嬢様しか知りえない情報も知っていると」
「……あーそういうことになるな」
偶然ではあるが、咲夜は私が未来人であることを納得してくれたみたいだ。
「そしてこれが、150年後のレミリアから受け取った手紙だ」
私はポケットから封がされた一枚の封筒を咲夜に手渡し、受け取った彼女は慎重にそれを開いた後、真剣な目つきで手紙を読み始めた。