今回の話は「第205話 それぞれの時間④ 魔王戦(前編)」の続きとなっています。
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[[深刻なエラーが発生しました。深刻なエラーが発生しました。深刻なエラー]が発生しました。深刻……エラーが……しま……]
八卦炉から極太のレーザー光線が飛び出す代わりに、サイレンのような警告音が全体に鳴り響く。
中空にはメッセージウィンドウの〝枠″が乱れ、文章の一部が壊れたメッセージが表示されており、感情のない機械音声がそれを読み上げていた。
「なんだこれは……?」
状況が掴めずに戸惑っていると、私の身体を襲っていた謎の痺れも綺麗さっぱり消え去っているのに気づき、立ち上がる。
にとりの方に視線をやると、魔王にのしかかられた状態から抜け出し、此方へ近づいて来る彼女の姿を捉えた。
「いや~なんとか命拾いしたけど……魔理沙、一体何をしたのさ?」
「私はただ、にとりを助けようと思ってマスタースパークを撃とうとしたんだ。そうしたらこんなことに」
「う~ん……」
八卦炉を見せながら率直に説明したものの、にとりは腕を組み困ったような表情を浮かべていた。
周囲は依然かしがましいまでに警告音が反響しており、後ろの魔王は空気椅子のように腰を浮かせたまま、剣を振り下ろそうと腕を振りかぶった体勢で固まっていた。
「これはあくまで仮説だけどさ、魔理沙がこのゲームにプログラムされていない現実の魔法を使ったからおかしくなったんじゃないの?」
「そんな事言われてもなぁ……さっきはもう無我夢中だったし。というか、現実世界での能力は使えないんじゃなかったのか?」
「その筈なんだけどね。私がゲームをやり始めた時に試したけど、その時は何も起こらなかったし」
「とりあえずこの状況はどうしたらいいんだ?」
「フロントの人に対処してもらえればいいんだけど、メニュー画面が開けないからどうしようもないよ」
「ゲームから出る方法はないのか?」
「さっきから私の知りうる方法全部を試してるんだけど駄目だね。ログアウト――ゲームから出る為のコマンドはどこにもないし、外に繋がる扉も出現しない」
「なんてこった……!」
まさかゲームの世界に閉じ込められるなんて思ってもみなかった。
「……ところで魔理沙、気づいてる? 私達の恰好が元に戻っているの」
「え? あ!」
言われてみれば確かにそうだ。にとりは剣士風の装いからいつもの水色の上着とスカートに戻ってるし、私自身も杖やローブ、帽子やイヤリング等色々な装飾品が跡形もなく消え去っていた。
こんな大きな変化を見落としていたとは、どうやら私は相当落ち着きを失っているらしい。
「こんなバグが発生するなんて、きっとこれは開発者ですら想定していなかった事態なんじゃないかな」
「まるで現実とゲーム世界の境界線が曖昧になってるような――」
言いかけたその時、耳障りなサイレンがピタリと止み、同じ文章をずっと表示していたメッセージウィンドウに変化が生じた。
[自動修復プログラム起動。只今よりシステムの復旧を開始します。しばらくお待ちください。進捗率0%……]
何を伝えたいのか私にはいまいち分からないが、にとりは小躍りしながらそのメッセージを指差した。
「わぁ、やった! コンピューターが異常を察知してくれたんだ。ひょっとしたら出られるかもしれないよ!」
「本当か!」
それから進捗率のパーセンテージが進むにつれて、消えた装備品が徐々に復元されていき、50%に達した頃には完全に元通りになっていた。
「うんうん、一時はどうなることかと思ったけど、この調子でいけばゲームの続きができそうだね」
「そうだな」
そう安心した矢先の事、進捗率が50%で停止したまま、ピタリとも動かなくなり、こんな画面が表示された。
[自動修復プログラムにエラー発生。player2の行動[「恋符! 「マスタースパーク」]は本プラットフォームでは演算処理不能なエネルギーデータです]
「player2?」
「2人目のプレイヤー、つまり魔理沙のことだね」
[オンラインモードに変更。宇宙ネットワークのデータベースに接続し対処法を検索します]
[検索結果、player2の「恋符! 「マスタースパーク」」に類するデータは存在しません。宇宙法第10条3項に基づき、不明なエネルギーデータのアップロードを開始します]
[完了しました。当該データの解析を宇宙ネットワークアーカイブ機構に要請……受諾。不明なエネルギーデータの解析・参照を行っています]
メッセージウィンドウに次々と出現する横文字だらけの文章は、何かとんでもない事をしているのではないかと私を不安にし、つい心の声が口から漏れてしまう。
「……これは何をやっているんだ?」
「うーん、宇宙ネットワークで魔理沙の魔法を研究しているみたいだねぇ」
「それはまずいんじゃないか?」
そんな話をしている間にも、事態はどんどんと進行している。
[宇宙ネットワークアーカイブ機構より通達。『「恋符! 「マスタースパーク」」の解析に難航中。断片的な情報から、当該データは1万年前に失われたロストテクノロジー〝『
「えっ! ロストテクノロジーって、なんかとんでもない情報を見ちゃってない!?」
「ロストテクノロジーってなんだ?」
「直訳すると【失われた技術】だよ。過去には存在したけど、何らかの理由で現在では再現できない技術のことをそう呼ぶんだ」
「なるほど。それは興味深いな」
地球における人間と妖怪の歴史のように、この星にも昔は妖怪のような存在がいたのだろうか。もしかしたら幻想郷に匹敵する場所も……。
[宇宙ネットワークアーカイブ機構より再度通達。『「恋符! 「マスタースパーク」」の解析に成功。只今より〝『
[ダウンロード完了。当該データのインストール及び〝『
[player2が〝『
それを受けて辺りを見渡せば、にとりの少し後ろにいる魔王の腰の下と、私の真後ろの罅が入った柱に人型の立体的な白い点線が表示されており、それぞれ床に倒れるポーズと、足を伸ばしたまま背中を預けるように床に座るポーズとなっていた。
「これってつまり、ゲームが中断される前と同じ状況に戻れということか」
「うわ~折角ピンチを脱したと思ったのにまた絶体絶命の状況に戻るのは嫌だなぁ。再開したら絶対に殺されちゃうよ。なんとかならないかなあ」
にとりは一度キョロキョロとした後、遠くの床に魔王に蹴とばされた聖剣を発見して駆けて行く。それから柄を掴み持ち上げようとするものの、まるで床に張り付いたかのようにびくともしなかった。
「駄目かぁ。剣さえあれば何とかなると思ったけど、ズルはできないんだなぁ。とほほ……」
にとりは落胆しながら手を離していた。
「こうなったら魔理沙のマスタースパークに賭けるしかないね。ド派手に一発頼むよ?」
「おう、任せとけ!」
そして彼女は空気椅子状態の魔王の腰の下に潜り込み、仰向けになりながら両手をダラリと伸ばす点線表示に合わせた姿勢をとる。
私もまた点線表示をなぞるように柱を背に座り込む。
[player1、player2、共に所定の位置についたことが確認されました。それではゲームを再開致します]
はてさて、私の切り札はどれだけ魔王にダメージを与えられるのか。ゲームの中の世界という前提条件があっても、結果いかんでは魔法使いとしての矜持に関わってくるだろう。
時間が再度動き出した瞬間、期待と不安を胸に私は宣言する。
「恋符「マスタースパーク」!」
今度はちゃんと成功し、右手の八卦炉から極太のレーザー光線が一直線に発射される。
「何っ!? うおおおぉぉぉぉぉ!!」
上手く不意を突くことができたようで、にとりへ剣を振り下ろそうとしていた魔王の脇腹に直撃。勢いが減衰することなく、軌道上にあった壁も貫通していった。
「おの……れ……この……我が…………」
魔王がそのまま倒れ伏して動かなくなった所で、ファンファーレが鳴り渡り、以下の画面が表示された。
[Congratulations! Game Clear!]
「やったね魔理沙! 魔王を倒したよ!」
「あ、あぁ」
「やっぱりゲーム内の魔法よりも、本物の魔法使いが使う魔法の方が凄いんだね! 流石だよ!」
起き上がったにとりは笑顔を浮かべ、興奮気味に私を讃えていたが、当の私は嬉しさや達成感よりも驚きの方が勝っていた。
(まさか本当に一発で倒せるとはな……!)
この魔法は魔法使いを志した時からずっと腕を磨き続けてきた魔法なので、かなりの自信があった。
しかし相手は魔界に君臨する魔族の王で、これまでの戦いでも私達を圧倒して来た強者だし、たとえ綺麗に決まったとしても苦戦するだろうと思っていた。
だが実際に魔王のHPは0になり、にとりの後ろでうつ伏せに倒れている。
人間と魔族の最終決戦がこんなあっさりとした幕切れで良かったのだろうか。
「勇者様ー! オリーベ様~! ご無事ですか~?」
「こっちも粗方片付きましたよー!」
入り口の扉の奥から聞こえてくる男女入り交じった人々の声。その足音はだんだんと近づいてきている。
「どうやら下の戦いにも決着が付いたみたいだね。それじゃあいこっか。きっと素晴らしいエンディングが見れるよ」
差し伸ばされたにとりの手を取り、私達は魔王の部屋を後にした。
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次回投稿日は9月13日の予定です。