「――!?」
刹那の瞬間にフラッシュバックした出来事に、私は足を止め、今一度周囲を見渡した。
魔王城は完全に崩れて瓦礫の山になっているし、私とにとりの他に人の気配もない。
(今のは一体……)
私の感覚的には、魔王に追い詰められてマスタースパークを撃とうと八卦炉を構えた瞬間まで突然時間が巻き戻り、そこから今に至るまで一瞬で追体験したような感覚で、夢や妄想だと一蹴するにはあまりにもリアルだった。
(う~ん、この記憶は何を意味するんだ?)
『大きな歴史の分岐点で過去の自分に影響を及ぼした場合、魔理沙の記憶も先の妹紅の例のように再構築されるわよ』
真っ先に思い浮かんだのは、かつて時の回廊で語られた咲夜の言葉だった。
この話をされた時は、私の主観的時間において、にとりと妹紅と一緒に未来の幻想郷の存続を目指して、過去へ未来へ東奔西走していた頃だった。
それから紆余曲折を経て幻想郷が存続する歴史になった時、私達とタイムトラベルを共にした記憶と、平和な幻想郷で安穏と過ごした二つの記憶を持つ妹紅になっていた。
私の身に降りかかっている現象は、この時の妹紅と非常によく似ているが、大きな違いが一点だけある。それは歴史改変の結果だ。
というのも――
「難しい顔してどうしたのさ魔理沙?」
思索に耽る私を呼び戻す声。気づけばにとりが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
そういえば記憶の中ではにとりと一緒に魔王と戦っていた。彼女は何も思い起こさなかったのだろうか。
(一応確かめてみるか)
「なあにとり。お前が魔王に組み伏せられた後、どうやって倒したんだっけ」
「えぇっ、忘れたの? 魔理沙のマスタースパークがムーンフォールになって、落ちて来た月が魔王に当たって、その後瀕死になった魔王に私がトドメを刺したんでしょ?」
「……やっぱりそうだよな。実はな――」
私は先程甦った記憶の内容と、自身の考えをにとりに話していった。
「――というわけなんだよ」
「うーん、あいにく私にはそんな記憶がないけど、魔理沙が嘘を吐くとは思えないし本当のことなんだろうね」
「にとりはこの事についてどう思う?」
「そうだねぇ……。魔理沙の話だと、魔王を倒してゲームクリアという結果は同じだけど、魔王を倒す手段が違っていたんだよね?」
「ああ」
「私の時もそうだったけどさ、大きな歴史の分岐点でもない限り再構築は行われないんでしょ? それなのに結果が同じってことはおかしくない?」
「私も同じ事を考えていたんだ」
先程挙げた例になぞらえるなら、300X年の妹紅は未来の幻想郷の存続によって、私の手で行った直近の歴史改変では、霊夢・アリス・パチュリー・咲夜・にとりがマリサの魔法使い化によって記憶の再構築が起こっていた。
しかし今回に至ってはその〝結果″が不明瞭だ。世界が興隆したわけでも、誰かが復活したわけでもなく、マスタースパークの有無によって魔王にトドメを刺す方法が異なっただけに過ぎない。
現実の世界ならまだしも、ここは架空の世界だ。ここでの出来事が現実の歴史にまで影響が及ぶなんて考えにくい。
そんな私の意見をにとりに伝えると、考える素振りを見せながらこう言った。
「結果が同じだとすると、その過程に何か大きな意味があるのかな?」
「過程か。怪しいのはシステム? のエラーで、ゲームが中断されたことぐらいだが……」
「このゲームのコンピューターは宇宙ネットワークに接続して、エラーを修復したらしいね」
西暦300X年の私は、宇宙ネットワークの危険性――正確には宇宙ネットワークを通じてリュンガルトにタイムトラベルの痕跡を発見される事を恐れていたが、これらと何か関連性があるのだろうか。
「そういえばあの時、私の〝『
「いやいや、それならもっと前のコレノアドス国立公園で空を飛んだ時に起きてもおかしくないでしょ」
「それもそうか」
「……」
「……」
私達の間に少しの沈黙が流れたが、にとりは思い出したように口を開く。
「よくよく考えてみたら、マスタースパークがムーンフォールになったのもおかしい気がする」
「なんでだ?」
「だってさ、魔理沙の見た過去の記憶では宇宙ネットワークアーカイブ機構だっけ? そこで解析して〝『
「そう……なるのか?」
「どれだけCPUやAIが進化した所で、コンピューターは元々インプットされてない行動は取れないからね。私達だって知識に無いことを実践できないでしょ?」
「……確かに」
釣り竿があっても、正しい使い方を知らなければ魚を釣る事ができない。
にとりはそういう事を言いたいのだろう。
「事前に私達の行動を予測して、〝『
「ううむ……」
確かに、300X年で顔を突き合わせた魔理沙は機械に詳しかった。まだ私に明かしていない秘密があるというのか……?
「こうなったら自分で調べるしかなさそうだな。ひとまずゲームはやめて外に出ようぜ」
「ええっ! 後はエンディングを楽しむだけなのにそれは勿体なくない?」
「そんな呑気に遊んでいる場合じゃないだろ。過去改変が起きてるかもしれないんだぞ」
「むう……仕方ないか。今ログアウト処理を始めるね」
にとりが空中に出現した画面を操作すると、私達の前に扉が出現する。それは私がこのゲームに入った時の扉と全く同じデザインだった。
「あの扉からゲームの外に出れるよ」
「よし、じゃあ行こう」
「はいはい」
私は気が乗らなさそうなにとりを連れだって、扉を通っていった。
――side out――
霧雨魔理沙と河城にとりがゲームの外に脱出した頃。
首都ゴルンの何処かにある人気のない路地裏では、宇宙ネットワークとは位相が異なる電子空間が展開されており、見えない壁となって周囲と同化していた。
その電子空間の中では、一人の少女が高層ビルの壁に背を預け、携帯端末に搭載された9インチの画面を眺めている。
サイボーグ化やブレイン・マシン・インタフェースによる電子生命化が標準的なこの文明において、生身の人間がオーソドックスな機械端末を操る事は極めて珍しい光景だった。
「……」
画面にはVRARPG『勇者アードスの伝説』の中の荒廃した魔界が映っており、彼女は一言も発することなく、真剣に画面に注視し続けている。
今から遡ること10分前、彼女は霧雨魔理沙が『勇者アードスの伝説』に入ったのを見計らって、時間速度が1440分の1――『勇者アードスの伝説』内の時間経過と同等――に設定した電子空間を周囲に構築し、そこから『勇者アードスの伝説』にハッキングすることで、外部からゲーム内の状況を監視し続けていた。
この電子空間は強固なファイアーウォールによって外部からの侵入・検知は困難となっており、サイバーポリスによる監視の目を巧妙に逃れていた。
「……」
それからも彼女が期待を込めて画面を注視し続けていると、荒廃した魔界に変化が生じ、以下のようにシステムメッセージが表示された。
[……時限プログラムの起動開始。〝『
「……!」
メッセージを確認した少女は満足するように頷いた後、電子空間とハッキングの痕跡の消去を行い始める。
やがて全てを終えた少女は、携帯端末をしまいこみ、路地裏を後にする。そしてそのまま雑踏の中に紛れて行った。