魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第208話 (2) 魔理沙の記憶② サイバーポリス(中編)

「ここで捕まるのは避けたい所だけど……逃げるのは難しいだろうな」

 

 ここが異境の地である以上土地勘は相手にあるし、テクノロジー水準的に何となくだけど単純な鬼ごっこでは済まない気がする。

 かといって実力行使に打って出るのは下策だ。

 仮にこの場で彼女をなんとかできたとしても、義憤に駆られた彼女の仲間が血眼になって私を捜しまわるだろうし、もし捕まったらどんなことをされるか分かったものじゃない。

 私としても暴力に訴えるような手段は使いたくないし、他の皆にも迷惑がかかってしまう。だからこれは無し。

 タイムジャンプを駆使すればこの状況を解決できるだろうけど、私の信条としてはこんな所で時間移動はしたくない。

 基本的に時間移動をするタイミングというのは、人の生死に関わる事柄や、歴史の分岐点、確定した事象等、条理を覆さなければ現状を打破できないようなどうしようもない時だと考えている。

 それに比べればまだまだ挽回できる可能性が充分にあるし、無かった事にするにはまだ早い。

 もう一つ見過ごせないのは、フィーネの口から飛び出した『リュンガルト』というワードだ。

 未来の私が体験した歴史を考慮するならば、何故彼女はリュンガルトの名前を出したのか、その真意を見極めなければいけない。

 未来の私が託した真・タイムジャンプを信じてない訳ではないけれど、迂闊に時間移動して再び改変前の歴史へと収束することになれば目も当てられない訳で、慎重にならざるを得ないのだ。

 長々と考えてしまったけれど、結局のところ、まだタイムジャンプを使うタイミングではない、と私は思う。

 

「ならどうするの?」

「とりあえずアンナに相談してみるよ。彼女なら何か対処法を知ってるかもしれないし」

 

 フィーネは完全に私を疑ってかかっているし、私の口から事情を伝えても信じてもらえない可能性がある。第三者の証言が必要だ。

 私はアンナから教えてもらったやり方で彼女に電話を掛けると、幸いなことにすぐに電話が繋がった。

 

『はい、どうしましたか?』

 

 フィーネの訝し気な視線を気にしつつ、私は今置かれている状況をアンナに簡潔に伝える。

 

『――というわけなんだ。どうしたらいい?』

『まあ、大変! 今そちらへ向かいますね!』

 

 通信が切れるとほぼ同時に、私の隣に光の粉ようなものが集まりはじめ、閃光と一緒にアンナがその場に瞬間移動してきた。

 移動したばかりの彼女は街の人々のように半透明に透けていたが、数秒後には元の実体へと戻っていた。

 

「マリー、にとりさん!」

「よく来てくれたな。彼女がそのサイバーポリスなんだ」

 

 そう言いながら指差すと、アンナは驚き、きょとんとしながら呟いた。

 

「ええっ、フィーネ……?」

「アンナ? どうして貴女がここに?」

 

 対するフィーネもまた、アンナを捉えた瞬間困ったような表情になり、先程よりも穏やかな声で答えていた。

 

「知り合いなのか?」

「彼女は同じ大学に通っていた友達なんです。まさかマリー達を捕まえていたのがフィーネだったなんて」

「私は職務を全うしただけよ。それよりもアンナ、この二人とはどういう関係なのかしら?」

「ほら、昨日話した天の川銀河の惑星探査ミッションで出会ったお友達だよ。私が彼女達をこの星に招待したの!」

 

 その言葉にフィーネは私とにとりを一瞥した後、続けてこう言った。

 

「……なるほど。大体の疑問は解けました。アンナ、自分が何をしたのか分かっているのですか? 圏外の異星人を招待するだけならまだしも、監査にかけることもなく独断でCRF(次元変換機能)デバイスを貸与し、あまつさえ匿名特権まで与えるなんて、職権濫用に問われてもおかしくないのですよ?」

「彼女達はリュンガルトの被害者として匿名特権を受ける資格を充分満たしています。それにマリー達は悪い人じゃないわ! 私が保障するもの!」

「それを判断するのは貴女ではなく、監査委員会と司法ですよ。……こんなことになるなんて、残念だわ」

 

 失望を浮かべたフィーネが左手の平に浮かんでいるミニチュアサイズの檻を使おうと、腕をゆっくり降ろしていくが、アンナがその腕を掴んで止めた。

 

「ま、待ってフィーネ! せめて話だけでも聞いて! それからでも遅くないでしょ? ねっ?」

「…………」

 

 必死に懇願するアンナを見てしばらく考え込んでいたフィーネは、やがて檻を消滅させた。

 

「……ふぅ、貴女がそこまで言うのなら仕方ないわね」

「ありがとうフィーネ!」

「ただし、話を聞いて明らかに違法だと判断した時は、容赦なく連行するわよ?」

「うん。分かってるわ」

 

 アンナは覚悟を決めたように頷いていた。

 

「では一旦外に出ます。貴女達もついてきてください。そこで話を伺いましょうか」

「ああ」

 

 女性店員の痛い視線を感じつつ、私達はフィーネに連れられるように店を後にした。

 

 

 

 

 外は地球基準だと夕方に差し掛かる時間帯ではあるけど、澄み切った青空のてっぺんで太陽が燦燦と輝いており、天を貫く幾多の高層ビル群がメイト通りを影で覆っている。

 視線を降ろすと、宇宙ネットワーク上に築かれた仮想世界のエレクトロニックな街並みが広がっており、高層ビル群の一面に表示されている多種多様の広告は、目が痛くなりそうなまでに圧倒的な情報の洪水だ。

 街行く人々もいまだ多く、通り沿いに店を開く電気店に吸い込まれる人々や、道路の真ん中に瞬間移動したり消えたりする人々が目立つ。

 実体があるのは私達四人だけだろう。仮想世界でなければ人混みの多さでパンクしていてもおかしくない。

 

「この辺りで良いでしょう」

 

 店を出てすぐの道端でフィーネがおもむろに指が弾くと、私達の周囲に薄い白色の結界が出現し、喧騒に包まれた街が一瞬で静まり返った。

 

「何をしたんだ?」

「周囲に遮音遮蔽フィールドを展開しました。外からは私達の姿も見えず、声も漏れないようになってますので、プライバシーは万全です」

 

 アンナがマンションで使った遮音フィールドの強化版みたいなものだろうか。

 

「それでは詳しい事情を聞かせてもらいたいところですが、まずはアンナ、彼女達の宇宙ネットワークゲストIDを提示してください」

「うん」

 

 二度瞬きしたアンナが胸の手前近くにある空間をタッチすると、半透明の枠に囲まれた小さな窓が出現する。

 それには私が真っ二つに壊したアンナのメモリースティックに入っていたデータと同じ情報が記載されていた。

 

「あぁ、やっぱり私の思った通り」

「ふむ……」

 

 自身の予想的中に頷くにとりの横で、フィーネは渡された情報に目を通した後、私に視線を向けた。

 

「貴女が霧雨魔理沙で、其方の貴女が河城にとりですね?」

「ああ」

「そうだよ」 

「ちゃんとゲストとして正式に招待してるから、問題はないですよね?」

「今データベースに接続して確認するわ」

 

 そう言うと、彼女の前に新たな半透明の枠が五つ出現し、それぞれの枠内に表示された文章を読み比べていく。

 どういう仕組みなのかは分からないが、それらの文章は日本語に翻訳されなかったので、私が読み解くことはできない。

 

「確認したわ。確かに発行記録はあるみたいだけど、入国管理記録にはゲストIDが使用された記録が残っていません。これはどういうことですか?」

「ええと、それはその……」

 

 口ごもってしまったアンナは助けを求めるように私をチラチラと見つめている。

 

「うわぁ~痛いところを……」

 

 またもや自身の懸念が当たってしまい、にとりは苦々しげに呟いていた。

 

「まさかアンナ、彼女達は密入国者ではないでしょうね?」 

「それについては深い事情があるんだ。話してもいいか?」

 

 私が一歩前に出て会話に割り込み、フィーネを強く見据えると、彼女の追及は此方に向いた。

 

「……伺いましょう」

「このことは他言無用で頼むぜ?」

「もちろんです」

 

 そう前置きして私はここに至るまでの経緯を語っていく。

 といっても全てを語ると長くなってしまうので、霊夢や幻想郷に纏わる話は殆どせず、アンナと出会うことになるきっかけや、リュンガルトに関する話を重点的に話していく。

 

「――というわけなんだ」

 

 話の途中途中でアンナとにとりからもフォローが入ったこともあり、今まで以上に円滑な説明ができたと手ごたえを感じていたのだが。

 

「…………はぁ」

 

 話を聞き終えた彼女は、落胆したように首を振り、大きく溜息を吐いていた。

 最初は真剣に聞いていた彼女だったが、話が進むにつれてたんだんと疑いの眼差しが強くなっていき、今は不信感をはっきりと顔に出している。

 しかし私にとってはこの反応すら慣れたものなので、落ち込んだりはしない。

 

「まあ事情は理解しました。百歩譲ってリュンガルトの話は考慮しましょう。貴女の話には我々が掴んでいる非公開情報との共通点も多い。……ですがその理由がタイムトラベラーだからって、なんなんですか。そんなものあるはずがないでしょう。妄想も大概にしなさい」

「いやいや、全部本当のことだってば。なんでそんな頭ごなしに否定するんだよ」

「それなら映像、音声、あるいは紙や石版といった原始的な媒体でも構いません。貴女の存在を客観的に証明できる記録媒体はないのですか?」

「今までの私のタイムトラベルを年表にして纏めた本なら自宅にあるけど」

「その本にはこの星、あるいはこの銀河でタイムトラベルをした記録はありますか?」

「……いいや、書いてないな」

「それでは残念ですが証拠になりませんね。貴女の星の歴史について我々は確かめようがありませんから、仮に正確な情報だとしても我々にはその信憑性を確認する手段がありません」

「むむむ……」

 

 確かに彼女の言葉通りかもしれない。

 歴史は勝者が作る、なんて言葉があるように、複数の視点から見ない限り正しい歴史を知ることは困難な訳で……同じ星ですら大変なのに、遠く離れた時代の星の歴史ともなると、歴史の正しさを実証するのは不可能に近いだろう。

 加えて歴史改変の鍵になるようなモノでもない限り、記録は消えてしまうし、当事者を除いて改変前と改変後の歴史をしっかり認識できるのは私だけだ。

 唯一私のことを証明してくれるのは時の回廊にいる咲夜くらいだけど……、彼女はあくまでも観測者としてのスタンスを崩さないだろうし、助け船は出してくれないだろうなあ。

 

(弱ったな……)

 

 こうなってくると、今まで正体を打ち明けた際に、相手に割とすんなり信じて貰えたのはかなり恵まれてたんだなと思う。

 初対面の人間にタイムトラベルを信じてもらうのが、こんなにハードルが高いことだったなんて思いもしなかった。

 これからどう話したものかと考えていると、聴き手に回っていたアンナが口を開いた。

 

「ねえフィーネ、マリーの話は全て真実よ。昨日私が惑星探査中にピンチになった話をしたでしょ? 今私がここにいるのも彼女のおかげなんだから」

「『宇宙船の異常で地球に墜落して、途方に暮れていた所を現地の人に助けて貰った』……ですか。その助けて貰った人の正体が『約39億年後』の地球から来たタイムトラベラーだと?」

「うん。マリーとの約束があったから秘密にしてたの」

「……ねえアンナ、貴女騙されてない? 貴女って昔から純粋な所があるから、心配なのよ」

「フィーネこそどうして信じてくれないのよ! 貴女こそ昔から頭でっかちなんだから!」

「なっ、その言い草はなんですか! 私は貴女を心配して……!」

「お、おい落ち着けよ二人とも」

 

 ヒートアップしつつあるアンナとフィーネの仲裁に入ると、アンナは「ごめんなさい」と小声で謝り、フィーネは困った顔で再度大きな溜息を吐いた。

 

「……はぁ。このままでは埒があきませんね。それではこうしましょうか」

 

 フィーネは私を見ながらさらに話を続ける。

 

「霧雨さん、貴女があくまでタイムトラベラーだと主張なさるのなら、私の目の前で実際にタイムトラベルしてください。それができれば貴女の主張を全面的に認め、人道保護に基づく特例措置を適用できるよう上に掛け合ってみましょう」

「その特例措置ってのはなんだ?」

「この星には母星で深刻な人権侵害を受けている異星人を受け入れる制度があるのですが、審査に時間を要します。ですが避難の為の緊急性を認められれば、アンナの職権濫用や貴女達の密入国も事後承諾として不問にされるでしょう」

「……つまり大手を振って出歩けるってことか?」

「その認識で合ってます。ただしもし実証できないようであれば、アンナは職権濫用、貴女方両名を密入国及び情報改竄の容疑で逮捕します」

「逮捕って、いくらなんでもそれは酷くない?」

「私だって本当は親友を逮捕したくありませんよ。ですが明確な証拠が揃ってしまった以上、庇うことはできません。司法の場に向かう前にチャンスを与える事が、私にできる最大限の譲歩だとご理解ください」

 

 その言葉は、毅然とした態度を取り続けていた彼女が初めて胸の内を開けたような、そんな印象を受けるものだった。


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