「…………」
手紙を読み進めていた咲夜は次第に険しい表情になっていき、終いには怪訝な顔つきになっていた。
「ねえ、これ本当にお嬢様がお書きになった手紙なの?」
「どんな内容だったんだよ?」
「ひたすら『ごめんなさい』『私が悪かった』『もっと貴女を労わってあげればよかった』『どうか私と一緒に生きてちょうだい』みたいな謝罪文ばかりが続いてるんだけど」
「おぅ~……、そうだったのか」
どうやらレミリアは私の予想以上に重症だったようだ。
「一体未来で何があったのよ? この文面的に私がとっくの昔に死んでる事は分かるけど、それにしたってこれは……」
「別に話しても構わんが、それを聞く覚悟はあるのか?」
少し大袈裟な私の言葉に、咲夜はたじろぐ。
「な、何よ。まさか私は何かお嬢様に顔向けできないようなことをしてしまったの?」
「いや、顔向けできないことというか、実はお前の死に関係あることでな……」
「私の死に関係する事? ……気になるわ、話してちょうだい。覚悟は出来てるわ」
「ああ、分かった」
咲夜の真剣な心意気を汲み取り、私は未来を伝えることにした。
「まず結論から言うとな、お前は今から10年後の201X年6月5日に突然倒れてしまうんだ。その後一度も意識が戻らないまま、翌日の6月6日には死ぬんだよ」
「……意外と早いのね」
突然『お前は死ぬ』と言われても、咲夜はクールな表情を崩さなかった。
「咲夜の急死に紅魔館の連中も悲しんでな、私の元にその一報が届いた時は大変驚いたぜ」
私の体感時間では140年前、現在の時間から見て10年後に起こるであろう出来事を思い起こす。
「……想像してもあまり実感が湧かないわね。死因はなんだったの?」
「死因は能力の使い過ぎによる魂の摩耗らしくてな。それを永琳から聞かされたレミリアは号泣して、『咲夜の事をもっと気遣ってあげればよかった』と口にしてたんだ」
「……なるほど。それがこの手紙に繋がると」
確認を取るような咲夜の言葉に、私はコクリと頷いた。
「そう、そうだったのね……」
話を聞き終えた咲夜は、真剣な表情で考え込んでいた。
「今も時間を止めてるけど、無理してないか?」
「そんなことは全然ないし、私の体はどこにも異常はないけど……。でも無駄に止める必要はないわね」
そう言って懐中時計の竜頭を押すと、時間が再び動き出した。
「……レミリアは魂が抜けてしまったかのように、すっかり元気がなくなってしまってな、見ていてとても痛々しかったよ」
「……私はこんなにも、お嬢様に愛されていたのね……。てっきり、私が逝ったらすぐに忘れ去られるものだとばかり……」
眩しい太陽を見上げながら、咲夜はポツリと呟いていた。
「レミリアは、お前をこき使いすぎた結果早死にしたと思い込んでいるからな。忘れたくても忘れられないだろう」
その悔恨の念は計り知れない。
もしかしたら私が霊夢の異変に気付かなかったあの頃よりも、激しく落ち込んでいたのかもしれない。
「咲夜はこの結末に関して、恨んでいないのか?」
「そう言われてもねえ……、まだ私はピンピンしてるし、その時にならないと答えようがないわ」
「それもそうか」
私は自身のミスを反省し、この案件の本題とも云える質問をする。
「それでお前はどう返事をするんだ? レミリアはお前にもっと長生きしてもらいたいと思ってるらしいが」
咲夜はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「……ごめんなさい。やっぱり私はお嬢様の気持ちに答えることは出来ないわ」
「理由を聞いてもいいか?」
「私はね、人であることに誇りを持っているわ。人として生まれた以上人として死にたい。妖怪達から見たら人の生涯なんてあっという間かもしれないけど、その短い人生を懸命に生きるのが人間らしい生き方だと思うの」
さらに咲夜は語って行く。
「それにね、もし私が寿命を伸ばして数百年生きられるようになったとして、私はその長い人生でお嬢様に忠誠を誓って仕え続ける事が出来るのか? 人間だった頃のように、日々を一生懸命努力しながら生きる事が出来るのか? ……そんな恐怖があるのよ」
「……成程な」
人としての誇り、妖怪としての生の恐怖――まあ咲夜の気持ちは分からないでもない。
私も霊夢を救うという目標を果たしてしまった今、彼女の危惧する通りこれから緩慢に生きていく事になるかもしれない。人生の道標や目的も何もなく一日一日を過ごしていく事は、果たして生きていると言えるのだろうか。
「……魔理沙はさっき、私が倒れるのは10年後の6月5日で、死ぬのが6月6日だと言ってたわよね?」
「ああ。このまま何も対策せずに日常を送ればな」
「なら10年後の6月6日の夜、白玉楼にて貴女を待つわ」
「! それは……!」
咲夜の言葉の意味にピンと来た私は、眼を見開いた。
「私の人生が終わった時に初めて、お嬢様の手紙にきちんとした返事が出来ると思うのよ。だから魔理沙、悪いけど付き合ってもらえるかしら?」
「……別に構わんが、お前は〝本当にそれでいいのか″?」
念を押すように訊ねると、咲夜は私の眼を見ながら「ええ、もちろんよ。私はお嬢様に命を捧げた身。例えどんな結末が待ち受けていようと、最期まで自分の役割を果たすまでよ」と言い切った。
「見上げた忠誠心だな。レミリアが悲しむ理由がよく分かる」
彼女の覚悟に、私は心の底から敬服していた。
「……さて、私はそろそろ仕事に戻るわ。また10年後に会いましょう」
「ああ」
歩き出した咲夜に、一つ言い忘れていた事があり、呼び止める。
「ちょっと待ってくれ」
「なにかしら?」
「私が未来から来たことは皆に内緒にしておいてくれないか? 無論〝この時代の私″にもだ」
「ふふ、そんなの百も承知よ。時間旅行者の鉄則ですものね」
咲夜はいたずらっぽい笑みで答えた。
「分かってくれているんならいいんだ。邪魔したな」
彼女は手を挙げて答え、そのまま紅魔館の中へと入って行った。
「さて、私も移動を始めるかな」
さすがにここだと目立ってしまうので、私は紅魔館を出て、霧の湖を突っ切り、人気が少ない森に移動して、魔法を発動する。
「タイムジャンプ発動――行先は西暦201X年6月6日午後10時!」
例の如く足元に魔法陣が出現し、私はこの時代から跳び立っていった。