『第208話(2)魔理沙の記憶② サイバーポリス(後編)』の続編です。
――紀元前38億9999万9999年8月18日午後6時35分(協定世界時)――
トルセンド塔を中心に据えるトルセンド広場は、マセイト繁華街地区のど真ん中に設けられており、そこから四方八方に伸びる道路は空から見下ろすと車輪のハブとスポークのようだ。
広場の外周部にはファッション・雑貨・日用品・飲食等様々な業態の店が展開されていて、地球基準ではもう夜――といっても全然日が沈む気配がないけれど――に差し掛かる時間帯だというのに、人種や種族すら多様な大勢の人々が広場を行き交っており、昼間と変わない賑いを見せていた。
「霊夢達はどこにいるんだ?」
「こっちです!」
人混みを避けるように広場の端を南西の方角へ歩くアンナの後をついていくと、やがて『喫茶スロール』と立体文字で記されたパラペット看板が掲げられた店舗の前で立ち止まった。
「ここです。霊夢さん達はこの喫茶店の中にいますよ!」
「確かにそうみたいだな」
一面ガラス張りのモダンな雰囲気の店内はそれなりに賑わっているようで、入り口付近の窓際に設置された大きめのテーブル席には霊夢、マリサ、妹紅の三人がパフェを食べている姿が見え、霊夢が私達に気づいて手を振ってきたのでこちらも手を振り返す。
アンナの話にあった通り、私とにとり以外の全員が既に集合していた。
「なるほど彼女達が……おや、貴女そっくりの少女がいるようですが、もしや彼女が話にあった貴女のお姉さんですか?」
「ああ。詳しい話は省くが、彼女は私とは別の可能性を辿った〝私″なんだ」
「ふむ、ますます興味深い」
それから自動扉を通って中へ入り、接客にきたカフェエプロンを身に着けた若い女性店員に待ち合わせていることを伝え、霊夢達が待つテーブル席の前へと移動し、ずっと私を目で追っていた霊夢に開口一番に謝った。
「悪い、だいぶ遅くなっちまった」
「待たせてごめんね」
「アンナから事情は聴いているわ。魔理沙も災難だったわね。彼女がサイバーポリスなのかしら」
するとマリサと妹紅も既に半分以上無くなっているパフェを食べる手を止め、こちらを見上げた。
「フィーネです。貴女達が霧雨さんのお連れの方達ですね?」
「ええ、そうよ」
「貴女達にもお伺いしたいことがあります。協力してもらえますか?」
「立ち話もなんだし、ひとまず座ったらどうだ?」
「そうですね」
「んじゃちょっと移動するから待ってくれ」
そして私達は座席に着く。
ちなみに席順は窓側から順ににとり、私、アンナ、フィーネ、向かい側に霊夢、マリサ、妹紅となっている。
「ううん、ちょっと窮屈ね……」
「この人数だしそれは仕方ない。余計な荷物はしまった方がいいぜー?」
「はいはい」
「色々と積もる話はあるでしょうけど、まずは何か注文したらどう?」
「それもそうだな。メニューはどこにあるんだ?」
「これですよ」
「へぇ、どれどれ? あんまり地球と変わらないんだな」
「この星の料理名もちゃんと日本語に翻訳されてますから」
「本当に便利だな。んじゃ私はレモンティーにしようかな」
「私はジャンボチョコクリームパフェとカフェオレにするよ」
「ホットコーヒーにしようかしらね。アンナはどうする?」
「私はキャラメルミルクティーにします」
仮想世界の喫茶店とは便利なもので、メニュー表から料理を選んでオーダーするシステムは幻想郷と変わらないのだが、この星では注文する意思を見せただけでメニュー表がテーブル上に投影され、更にオーダーした瞬間に料理や飲み物が一瞬でテーブルに並ぶ。
せっかちな人には便利なシステムだとは思うが、喫茶店のような業態ではあまり効果がないんじゃないかと思いつつ、湯気が立ち昇るレモンティーを口に含む。
爽やかな酸味と控えめな甘さが深い味わいを出しており、地球で飲む味と全く変わらない。
「う~ん、甘くて美味しい!」
「ふう~」
にとりはジャンボチョコレートクリームパフェに恍惚の表情で舌鼓を打ち、アンナも甘いキャラメルの香りが漂うティーカップを傾け一息ついている頃、フィーネは話を切り出した。
「さて、それでは貴女達の事を聞かせて貰いましょうか」
「何が知りたいの?」
「本来であればあらゆる個人情報を聴取し、サイバーポリスのデータベースと照合するところですが、生きる時間が違う貴女達に行っても無意味でしょう。なので本人確認だけ行います」
「本人確認って何をする気なのよ?」
身構える霊夢に対し、フィーネは苦笑しながら「そんな警戒する必要はありません。簡潔に自己紹介するだけで構いませんから」と答えた。
「それって私もやるのか?」
「はい。貴女の妹さんと河城にとりさんはもう済ませていますので」
「やれやれしょうがないな。私は霧雨魔理沙だ」
「博麗霊夢よ」
「私は藤原妹紅」
「ふむふむ。念のために伺いますが、この時間に来た人はこれで全員ですか?」
「ああ、そうだぜ」
フィーネはマリサ、霊夢、妹紅の順に顔をじっくりと見た後、視線を斜め上に一瞬だけやり、「……はい。これで貴女方の情報も登録されたので、私から言うことはもうありません」とソファーに背中を預け、湯気が立ち昇るコーヒーに手をつける。
そんな彼女に今度は霊夢が質問をぶつけた。
「ちょっとちょっと、あんたは満足したかもしれないけど私からはまだまだ聞きたいことがあるわ。そもそもどうして私達と行動することになったの?」
フィーネはコーヒーを一口飲んでから答えた。
「私は皆さんの護衛兼案内役だと先ほどお伝えしたはずですが」
「答えになってないわ。あんたのような職業の人間が同行するなんてよっぽどのことだと思うけれど、この星ではそれが普通なの?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……」
「何か隠し事があるのならきちんと伝えてほしいわ。……まさか魔理沙を利用するつもりじゃないでしょうね?」
「霊夢さん!」
フィーネは擁護しようとするアンナを手で制し、コーヒーカップをソーサーに静かに置いてから話始めた。
「何か勘違いしているようですが、我々はタイムトラベルを利用する気は微塵もありません。私が護衛についたのは霧雨妹さんが話したリュンガルトによるものです」
「魔理沙が?」
「お前知っていたのか?」
疑問符を浮かべる霊夢とマリサの反応に、「もしかしてこの二人には話していないのですか?」と訊ねて来たので、私はこう答えた。
「もう関係のない話だと思ったからな。霊夢、マリサ、実はさ――」
私は西暦300X年の自分から聞いた話を簡潔に伝えた。
「未来ではそんなことがあったのね……」
「おいおい、それじゃあこの時間に来るのはやめた方が良かったんじゃないか?」
不安げに訊ねる二人に、私は「300X年の私の話ではさ、宇宙ネットワークに旧タイムジャンプ魔法によるタイムトラベルの痕跡が残り、なおかつ私の個人情報が宇宙ネットワークに登録されたのが原因だったからさ、これを避ければ大丈夫な筈なんだよ」と説明すると、フィーネも「リュンガルトは我々が長年追いかけ続けている過激派集団です。万が一にも彼らが霧雨妹さんの存在を知ることになれば、最悪の未来が繰り返されることになるでしょう。宇宙ネットワーク利用者の生命、情報、財産の保護は我々の使命ですし、ましてや貴女方はアンナのご友人です。私が責任を持ってお守りしますよ」と霊夢の目を見ながら答えた。
「そういう理由だったのね。疑ってごめんなさい」
「いえいえ、私も説明不足でしたので気にしないでください。……と、まあそういう訳なので、私のことは気にせずに自由に行動して構いませんよ。ただし、もし犯罪行為をしようとした時にはすぐに逮捕しますが」
「おいおい、さらっと恐いことを言うな」
「私達はこの星の法律を全然知らないんだ。せめて事前に注意してくれ」
「む、それもそうですね」
「うふふ」
フィーネの真面目な話が終わった後、話の流れはコレノアドス国立公園で一時解散した後の過ごし方に移り変わっていった。要約すると以下のようになる。
霊夢とアンナは私と別れた後、買い物を終えた妹紅と合流して雑貨屋を見て回ったそうで、この星ならではの珍しい品物や購入した生活雑貨を見せながら楽しそうに語っていて、私のようなアクシデントもなく、平和な時間を過ごしたんだなと感じた。
マリサは図書館で読んだ本の内容について喋っていて、その中でも『失われし魔法』というタイトルの本を興味本位で読んだら、予想外にも自分の使う魔法に通じる部分が多く、新たな魔法の参考になったことを得意げに話していたことが強く印象に残っている。
にとりはたまたま立ち寄ったジャンクショップの店長と仲良くなり、宇宙飛行機の強化に使えそうなパーツを割引サービスしてもらったことや、『勇者アードスの伝説』でラスボスの魔王に至るまでの冒険譚を面白おかしく喋っており、途中参加の私も知らないことばかりだったので、新鮮な気持ちで聞いていた。
それからアンナのことが話題に上がり、彼女はフィーネと出会った時の話や惑星探査員という職業の話、今まで探査してきた惑星の話、別の探査ミッション中に宇宙人に攻撃されて間一髪逃げ出してきた時の話を身振り手振り交えながら語っていて、宇宙に疎い私にとってはいずれも興味深い内容だった。
集合時間が遅くなってしまったこともあり、皆おもいおもいに軽食を頼んで空腹を満たしつつ、時間を忘れて雑談を楽しんでいた頃、話題が途切れたタイミングでふとにとりが訊ねて来た。
「そういえば魔理沙。今は何時なの?」
「え~と」私は脳内時計に意識を向け、「今は私達の時間で午後9時10分、宇宙暦だと42時10分だな」と答える。
「もうそんなに経ってたんだ。ありがと魔理沙」
「時間が経つのは早いなぁ」
「午後9時を過ぎてもまだまだ外は明るいのね」
確かに窓の外から空を見上げてもまだまだ日が高く登ったままで、夜になる気配が微塵もない。……というか、太陽の位置が全く変わってないな。
「アプトは眠らない星とも呼ばれてまして、夜がないんですよ」
「え? 夜がないってどういうこと?」
「かいつまんで言いますと、天然の太陽の影になる地域を常に人工太陽が照らし続けるので、ずっと昼が続くんです」
「だから眠らない星なのね」
「一日中明るかったら夜に――いや、夜がないんだっけ。眠くなった時にぐっすり眠れなさそうな気がするけどなあ」
「宇宙ネットワーク内なら疑似的に夜の環境を作り出すことができますし、もし現実世界で寝たい時も部屋の窓を遮光カーテンで覆えば暗くなりますので問題はないですよ」
「そんなことができるのね」
「ところで魔理沙、この星にはどのくらい滞在するつもりなんだ?」
「あーそういえば考えてなかったな。逆に聞くけどさ、皆はどれくらい滞在したい?」
「明日の予定が――っておもったけど、よくよく考えたら時間旅行って好きな時刻に帰れるから気にする必要がないのよね」
「だったら気の済むまで観光しようぜ!」
弾けるような笑みで宣言するマリサだったが、険しい顔をした妹紅がくぎを刺すようにこう言った。
「私達が良くてもアンナにだって予定があるだろうし、あんまり長時間はいられないんじゃないか?」
「その辺どうなんだ?」
「あたしは太陽系探索ミッションが終わって二週間の休暇を頂いたので、その期間内なら何日でも大丈夫ですよ?」
「ほら、アンナもこう言ってるんだし、問題ないだろ?」
「まあアンナが良いのなら構わないけどさ」
するとアンナが手をパンと叩き、白い歯を見せながら「……そうだ! 皆さん良ければ滞在期間中はあたしの家に泊まって行きませんか?」と提案する。
「いいのか?」
「はい! 歓迎しますよ!」
「それならお言葉に甘えさせてもらおうかしら。時間を意識したらちょっと眠くなって来たわ……」
霊夢は口元を隠しながら小さな欠伸をしており、注意深く観察すると妹紅やにとりも朝より疲労の表情が見える。
「あらら、お疲れみたいですね。それではそろそろ店を出ましょうか」
アンナの声に従うように私達は席を立った。
今月中に後二回の投稿を目指します