(噓……だろ……!?)
『リュンガルト』世界で一番聞きたくなかったワードに私は動揺を隠せなかった。
(何故だ? 何故リュンガルトが現れた?)
未来の私の情報を元に宇宙ネットワークに観測されないようタイムジャンプ魔法を改良し、更に私達の個人情報が残らないようアンナとフィーネにも協力してもらったことで対策は完璧だった筈。
一体どこで歯車が狂ってしまったのか。
「リュンガルトって、確かマリーが話してた……」
「馬鹿な! どうしてリュンガルトがこの星に!?」
「動くなと言っている! さっさと武器を捨てて両手を上げろ! さもなくばそこに転がってる女と同じ目にあわせるぞ!」
「……今は従うしかなさそうね」
確かに霊夢の言う通り、銃を向けられている状況では迂闊に動けない。
私とにとりとアンナはゆっくりと両腕を上げ、霊夢は右手に握っていた針をその場に落とし、フィーネはホルスターの銃を捨て、渋々と両手を上げた。
屈辱的な状況だが、今はとにかく情報が足りないし我慢の時だ。タイムジャンプするのはその後でも構わない。
それにまだ私が目的だと決まった訳じゃないし、悲観するにはまだ早い。
「制圧完了しました」
私達が指示に従ったのを見て、銃を向けているパワードスーツの男の一人が後方に向けて呼びかけると、「ご苦労」とバリトンボイスの声が廊下から響き、カツカツと音を鳴らしながら新たな人物がリビングに現れた。
「!! どうして貴方がここに!」
その人物は黒髪赤眼の七三分けにスクエア型の眼鏡をかけ、私達と同じ肌の色をし、群青色のスーツと黒の革靴を履いた中肉中背の若い男で、どこにでもいそうな普通の青年に思えたが、フィーネは彼の姿を見た瞬間に驚愕の表情を浮かべていた。
「ククッ、随分と無様な姿だなフィーネ捜査官」
どうやら顔見知りのようで、男は嘲笑しながら襲撃者達の先頭に立った。
「知り合いなのか?」
「彼の名はレオン。サイバーポリスの宇宙ネットワーク捜査主任……私の直属の上司です」
言われてみればフィーネと全く同じ制服を着用している。どこかで見た様な服装だと思ったが、まさかサイバーポリスのものだったとは。
……って、あれ?
「ちょっと待ってくれ。なんでサイバーポリスの人間が向こう側にいるんだよ? リュンガルトとは敵対関係じゃなかったのか?」
口を突いて出た疑問に、フィーネはレオンを睨みつけながら淡々と語っていく。
「……今思い返してみればリュンガルトの捜査に関して不自然な点が多すぎました。目撃情報や活動記録の少なさもさることながら、数少ない情報を頼りにリュンガルトの拠点を検挙に乗り出しても、全てもぬけの殻でしたから。貴方がスパイだったのですね」
「お察しの通りだよフィーネ捜査官。サイバーポリスは外敵に対するセキリュティは厳しいが、内部セキリュティは脆弱だ。一度信用を勝ち取ってしまえば機密情報を盗み出すのは容易い」
(そういうことだったのか。ということは……)
サイバーポリス内部の情報がリュンガルトに筒抜けになっていた。それはつまり。
「……貴様らの目的はなんだ」
「ふん、愚問だな。我々の行動理念は終始一貫時間移動の実現だ。サイバーポリスに潜り込んだのも、民間企業にはない独自の情報網を利用してタイムトラベルに関する情報を収集していたに過ぎない」
「…………」
「そう怖い顔するなフィーネ捜査官。私は君に感謝してるんだ。我々が長年探究し続けていた時間移動を体現した存在を捕まえてくれたのだからね」
「……!」
(……やっぱりそうなるのか。はぁ)
レオンの勝ち誇るような言葉で現実逃避にも近い楽観論はあっさりと砕け、最悪の未来へ繋がる道に入ってしまった事を自覚する。
この星の治安維持組織を味方につければ、仮にリュンガルトに発見されてもなんとかなると考えていたけれど、まさかサイバーポリス内部にまで手が伸びていたなんて。
未来の私が宇宙ネットワークに発見されるなと言っていたのは、ひょっとしてこれが理由だったのか……?
こうなってくるとサイバーポリスを頼っていいものか怪しくなってくる。フィーネの様子を見るに彼女はスパイではなさそうだけど……。
そんな事を心の中で考えていると、レオンは私の方にゆっくりと近づいてきた。
「フィーネ捜査官から報告は受けているよ。この時間が既に修正された歴史だという話にも驚かされたが、我々の大願をまさかこんな小娘が成し遂げていたとはな」
彼は両腕を上げた姿勢のまま固まる私を中心にぐるっと一周回りつつ、全身を嘗め回すような不快な視線を送り、私のすぐ前に立つ。
「どうだねタイムトラベラー。ここは一つ君が知る歴史の事は水に流して、君の知識を我々に提供する気はないかね?」
「……それは私に仲間になれって言ってるのか?」
「そう解釈してくれても構わない。金に糸目はつけないし、望むのならナンバー2の座も用意しよう。もちろんお友達の命は保証するし、金輪際地球には干渉しないと約束しようじゃないか。どうだね、悪くない案だと思うのだが」
「お断りだ。誰がお前らみたいな悪党に教えるか」
私は迷うことなくその案を一蹴した。
時間移動の為なら平気で地球を壊すような奴が素直に約束を守るとも思えないし、そもそも彼らが抱く時間の支配という危険な思想に賛同できるわけがない。
せっかく理想の未来を勝ち取ったのに、これ以上引っ掻き回されて堪るか。
「……ふむ、やはりそう答えますか。此方としてもあまり手荒な手段を取りたくなかったのですが、仕方ないですね」
「はっ、良く言うぜ。ひょっとしてアンナの家を荒らしたのもお前らか?」
「ええ。フィーネ捜査官の報告には上がっていませんでしたが、タイムトラベラーと接点がある関係者ということで徹底的に調べさせてもらいました。ま、徒労に終わりましたがね」
「酷い……!」
拳を握りながら強い怒りに震えるアンナをよそに、レオンはホルスターから拳銃を取り出し、私の額に突きつける。
「魔理沙っ!」
私の身を案じる霊夢の声。
「これが最後通告だ。我々と一緒に来い、タイムトラベラー」
強圧的な声と表情に負けじと、私も睨みつけながら「どれだけ脅されたって私の気持ちは変わらないぜ」と断言し、「妹紅!」と叫ぶ。
瞬間、後ろのパワードスーツの男達の足元で小規模な爆発が起こる。
「ぐわあああっ!」
轟く爆音、部屋中に伝わる熱風に焼き焦げた匂い。完璧な不意打ちが決まり、防御手段を取る間もなく爆発の衝撃で天井や壁に叩きつけられ、うめき声を上げて倒れるパワードスーツの男達。
「なっ!?」
「――!」
更にレオンが爆発に一瞬だけ気を取られたその隙を狙い、右手で拳銃をはたき落とし腹部に蹴りを入れる。
「ぐっ……!」
腹を抑えながらよろめいたところに、霊夢とフィーネがすかさず飛び掛かり、二人がかりであっという間に床に組み伏せる。
「レオン捜査主任。貴方をサイバーポリスへのスパイ容疑で逮捕します」
フィーネはポケットから小さな輪っかを取り出すと、輪っかが形を変えて手錠となり、レオンの手首を縛り付けた。
短くてごめんなさい