魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第213話 (2) 魔理沙の記憶③ 不穏な気配

「やれやれ、一時はどうなるかと思ったぜ。助かったよ妹紅」

「礼は要らないよ魔理沙。私もいきなり殺られてムカついてたところだったし、清々したくらいさ」

 

 妹紅はしてやったりという顔を浮かべ、足元に転がっているリュンガルトの兵士達を跨ぎながらこっちへと歩く。

 事前にサインを取り決めていた訳でもなく、咄嗟の思いつきで実行した一か八かの賭けだったが、彼女は阿吽の呼吸で私の意を汲み取り、期待以上の働きをしてくれた。

 本当に感謝しかない。

 

「被疑者逮捕の協力感謝します。後は私にお任せください」

「ええ、お願いするわね」

 

 レオンを取り押さえたまま会釈するフィーネに頷いた霊夢は、拘束を解いた後先程捨てた針を拾い集めていく。

 時同じくして、アンナは涙を浮かべながら妹紅の元に駆け寄っていき、身を案じる言葉を投げかけた。

 

「妹紅さん! 良かった……生きていたんですね! あの、お怪我は大丈夫ですか?」

「この通りピンピンしてるわよ」

 

 妹紅は得意げな表情で両手を広げ、健康であることをアピールすると、身体をペタペタと触った後「本当に……傷一つないんですね。良かったぁ……」と安堵のため息を吐いていた。

 ちなみに、妹紅のリザレクションは肉体のみならず衣服まで再生するらしい。だから良くも悪くも無鉄砲な戦い方ができるんだろうな。

 

「藤原さん、この度は助かりました。失礼ながら、てっきり亡くなってしまったものだと思い込んでいましたよ」

 

 依然としてレオンを取り押さえたままのフィーネが謝辞を述べると、妹紅は自虐的な笑みを浮かべこう言った。

 

「ふっ、私は死ねない人間だからな。心配いらないよ」

「えっ?」

「死ねない人間……不死身ってことでしょうか?」

「まあそんなところだ。それよりも服を汚して悪かったなアンナ。今綺麗にしてあげるよ」

 

 そう言って青白い炎を右手に纏い、べったりと血痕が付いたアンナのワンピースに触れると、表面が一瞬炎に包まれ、次の瞬間には洗濯後の輝きを取り戻していた。

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

 アンナは自分の身に起きた現象に戸惑いの色を浮かべつつも感謝の言葉を伝え、それを興味深そうに眺めていたフィーネは「ふむ、なんとも不思議な術を使いますね。先程の爆発といい、地球人は皆超常的な能力を持ち合わせているのですか?」と質問をぶつける。

 

「ごく一部例外はあるけど、そういう能力があるのは幻想郷の住人だけで、後はこの星の人間と大して変わらないよ」

「なるほど、そうなんですね」

「ところでこれからどうするつもり?」

 

 針の回収を終えた霊夢が、私達の会話に交じってきた。

 

「もうすっかりお泊り会をする気分じゃないですよね……」

「家の中がこの有様じゃなぁ……」

「私はこれから被疑者をサイバーポリス本部に連行しようと思います。本来なら他部署に応援を要請する所ですが、この男以外にもサイバーポリス内にスパイが潜り込んでいるかもしれませんし、直接護送したいのです」

「マリサの容態も心配だわ。救急病院船が呼べないのなら、直接病院に送り届けるしかないわね」

「操縦なら私に任せてよ!」

「ええ、頼りにしてるわよにとり」

「魔理沙はどう考えているんだ?」

「そうだな……」

 

 リュンガルトの襲撃は凌いだものの、レオンの話が事実ならば、既に組織全体に私の情報が知られていると考えるべきだろう。

 目的の為ならアンナの家を荒らしたり、躊躇なく妹紅を射殺したりと彼らの手口は変わらない訳だし、このままでは改変前と同じ歴史が繰り返されるのは明白だ。

 本当ならサイバーポリスに頼りたかったけれど、フィーネが懸念している通り、リュンガルトのスパイが潜んでいるかもしれない状況で協力を仰ぐのは難しい。

 非常に残念だが今の歴史を無かった事にするしかないだろう。

 

「リュンガルトに私の存在を知られてしまった以上、時間遡航するのは確定なんだが……」

 

 問題はどのように歴史を改変するかだ。

 まず前提として、タイムジャンプによる過去改変をすると、その歴史の分岐点となる当事者には改変前の記憶が残る。

 

 ――例を挙げるなら人間だった頃のマリサと死別した記憶を持つ霊夢や、種族としての魔法使いにならずに天寿を全うした記憶を持つマリサ、外の世界の侵攻による幻想郷滅亡の記憶を持つ紫などが当てはまる。輝夜みたいに世界の内側にいながら過去改変を認識できる存在もいるが、女神咲夜の話では彼女の能力に由来するものらしいので例外と考えていいだろう――

 

 この性質が今までは良い方向に働いてくれていたのだが、今回の件では悪い方向に進んでしまっている。

 何故ならリュンガルトは改変前の歴史の記憶を単なる既視感や妄想として切り捨てず、タイムトラベラーの痕跡だと確信して行動した為、過去改変をしても望んだ通りの結果にならなかったからだ。

 ならばどうすればよいのか?

 未来の私は【私以外の人間は一つ前までしか改変前の歴史を記憶できない】という法則に着目して、タイムジャンプ魔法を改良した後【ST粒子による時間移動の痕跡の観測の阻害】という歴史改変を挟むことで、【タイムトラベラーを発見する】因果を崩し、リュンガルトに観測されない歴史へと導いた。

 この点を踏まえて考えると、『本日午後5時53分、アミューズメントパーク『ウェノン』に事情聴取にやってきたフィーネへ私の情報を伝える』という過去を変えるだけでは駄目なのだ。この改変の前にもう一つ別の歴史を経由する必要がある。

 それもただ闇雲に実行するのではなく、リュンガルトが当事者となる形で過去を弄らなければならない。

 

(これは難しいな……)

 

 案ずるより産むが易しとは言うが、こればっかりはきちんと考えて行動しなければ因果の袋小路になりかねない。

 

「なんだよ、歯切れが悪いなあ」

「何か問題でもあるの?」

「過去に干渉するタイミングが問題なんだよ。中途半端なことをすれば未来の私と同じ結果になるから、慎重にならざるを得ないんだ」

「なるほど……」

「もしマリーが歴史を変えたら今のあたし達はどうなるんですか?」

「私の経験上、魔理沙がこの時間から居なくなった瞬間に新しい歴史の自分に再構成されるから、その内容によるとしか言えないな。ちなみに私の時は、宇宙船の中から自宅に瞬間移動していたわ」

「ほぇ~そうなんですねぇ」

 

 妹紅の解説にアンナが感心していると、今まで口を閉ざしていたレオンが沈黙を破る。

 

「ククッ、時間遡航の相談をしているみたいだが、果たしてそう上手くいくかな?」

「なんだと?」

 

 意味深長な言葉に全員の注目が集まる。

 彼は両手首に手錠をかけられ、床に組み伏せられたままなのに、余裕綽々とした態度を崩さない。

 

「我々がタイムトラベラー相手に無策で相対したと思うか? 手駒がこうもあっさり倒された事には驚かされたが、これも想定の範囲内。我々がここにいる時点で既に運命は決まっている。貴様らはもうこの時間から逃げられないのだよ。ハハハハハハッ!」

 

 高笑いをあげたその時、背後のベランダから足音とガラスの割れる音が響き渡る。

 反射的に振り返ると、リュンガルトの兵士がガラスを叩き割ってリビングの中に土足で踏み込む姿があり、その人数は五人。

 

「ちいっ、まだいたのか!」

「総員『霧雨魔理沙』を捕えろ! 他の者は殺しても構わん!」

 

 レオンの指示を受け、リュンガルトの兵士達は一斉にレーザー銃を構え、照準を私とマリサ以外の五人に定める。

 

(ヤバイ!)

 

 危険を感じ反射的に八卦炉を構えて魔法弾を撃とうとしたが、魔力が伝わることなく不発に終わってしまう。

 

(っ!? そんな馬鹿な!)

 

 驚く間もなく、レーザー光線が霊夢達に向かって放出された。

 

「キャアアアア!」

「うわっ!」

 

 恐怖に慄き、悲鳴を上げながら頭を抱えて蹲るアンナに、慌てふためきながらステルス迷彩で姿を隠すにとり。

 しかし次の瞬間には、五発の銃声と同時に五枚の札と炎の弾幕が私の両側から飛んでいき、再び小規模な爆発が発生。着弾地点にいた兵士達はうめき声をあげながら倒れこんだ。

 彼らのパワードスーツの表面を観察すると、ヘルメットの額位置には銃弾が一発ずつめりこんでおり、腹部には貼付された博麗の札、下半身全体には焼け焦げた跡が残っていた。

 

「ふう、危ない危ない。大丈夫アンナ?」

「あたしはなんとか……。うぅっ、怖かったですよぉぉぉ」

 

 光学迷彩を解除したにとりがアンナを気に掛けると、彼女は抱き着きながら堰を切ったように恐怖の感情を漏らしていた。

 

「ふん、同じ手が二度通用すると思わないことね」

「ありがとうございます。本来なら私の役目なのに、またお二人に助けられてしまいましたね」

「いいっていいって。こういう荒事には慣れてるからさ」

 

 一方で死角から霊夢とフィーネと妹紅の会話が耳に入り、今度は其方へと視線を向ける。

 私の近くに立っていた霊夢はいつの間にか左に数歩離れた位置に移動していて、その両手には淡い霊力が籠った博麗の札を挟んでおり、妹紅は一歩右斜め後ろに下がった場所で自然体のまま両腕に炎を宿し、フィーネはリビングの広い場所に転がった体勢のまま拳銃を向けていた。

 これは推測だが、リュンガルトの兵士達がレーザーを放出する寸前に彼女達は回避行動を取り、その最中に霊夢は洋服に隠していた博麗の札を投擲し、妹紅は炎の弾幕を放ち、フィーネは一度捨てた自分の拳銃に飛びついて掴み、その勢いのまま転がりつつ兵士達に向けて速射したのだろう。霊夢と妹紅の実力は言わずもがな、フィーネの高度な射撃技術にも舌を巻く思いだ。

 私からも感謝の言葉を伝えようと口を開きかけたその時、妹紅が何かに気づいたように声を上げる。

 

「! なあおい、あの男は何処へ行った?」

「え? あっ!」

 

 言われてみれば床に転がされていた筈のレオンはリビングから忽然と姿を消しており、彼がいた場所にはロックが解除された手錠だけが残されていた。

 起き上がったフィーネがゆっくりと歩き出し、拳銃片手に落ちている手錠をつまみ上げると、悔しそうな声色でこう言った。

 

「くっ、やられました。どうやら捕縛プログラムをクラックして宇宙ネットワークに逃げたようです」

「奴を追いかける事はできないのか?」

「残念ながら私のデバイスでは接続障害が解消されていません。アンナはどう?」

 

 話を振られたアンナは少しの間虚空を見つめた後「……あたしも駄目。繋がらない」と首を振り、にとりも「ちなみにこの眼鏡も真っ暗なままだよ」と私達に見せつけた。

 

「私達は宇宙ネットワークに接続できないのに、リュンガルトは接続できるなんて変じゃない?」

「……恐らくこれは偶然ではなく、彼らの妨害工作でしょう。レオンはサイバーポリス内でも高い地位にいましたし、その権限を利用すれば接続規制をかける事は容易です」

「そんなことができるのか。随分と用意周到だな」

「さっきの発言といい、嫌な予感がするわね。まだ何か仕掛けがありそうだわ」

「同感だ。魔理沙、ひとまずこの場はタイムジャンプした方がいいんじゃないか?」

「そうだな」

 

 霊夢の勘はよく当たる。まだ不可解な点が幾つか残っているけど、今は悠長に考えている状況ではなさそうだ。

 私はタイムジャンプを行うべくリビングの中心へと移動する。

 

(とりあえず時の回廊へ行くか。そこでじっくりと今後の事を考えよう)

 

 私はその旨を皆に伝えてから、タイムジャンプの準備に入る。

 

「頼んだわよ魔理沙!」

「頑張ってください!」

「任せとけ!」

 

 霊夢達にサムズアップした後、頭の中で魔法式を練り上げていき、時の回廊に繋がる道を作っていく。

 

「タイムジャンプ発動!」

 

 頭上と足元に展開するは現在時刻を指すローマ数字の文字盤、七層の歯車魔法陣。

 

「行先は時の回廊!」

 

 声高々に宣言すると共に、私の身体は眩い光に包まれこの時空から消えて行く――筈だった。 


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