魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第22話 咲夜の結末

 201X年6月6日――

 

 

 

 やがて時間移動が終わるのを感じ取り、私は目を開く。

 さっきまでの眩い青空は夜の闇に包まれ、辺りには月と星の明りだけが照らされていて、フクロウやホトトギス等の鳥の鳴き声が森の中から聞こえてきた。

 ここは10年経っても、何の変わりもないただの森のようだ。

 

「……行くか」

 

 私はふわりと浮かび上がり、幻想郷の最果てにある白玉楼を目がけて夜空を飛んでいく。途中で人里上空を通過したが、夜の火がぽつぽつと付くのみで、人通りは皆無だった。

 

(そういえば、親父の葬式以来かれこれ125年は人里へ行ってないな……)

 

 今の201X年という時間から考えれば15年後になる計算で、体感時間と現実時間の差が大きく、時間移動とはなんとも不思議なものだと改めて実感した私であった。

 そんな事を考えながら無言で飛び続ける事およそ20分、私はとうとう白玉楼へと通ずる長い階段へと辿り着く。

 幻想郷は森や林が多く緑豊かな土地が豊富で、野生動物や虫の類も多く、ここもその例に漏れず木々が沢山立ち並んでいるのだが、この辺だけは不思議と生き物の気配がなく、しんと静まり返っている。

 階段の麓に降り立って見上げてみれば、その先の空間に断層が出来て穴がポッカリと空いており、人魂らしき白い幽霊がその中を漂っているのが見える。

 さらに階段の脇に目を向けてみれば、獣道に近い荒れた小道が存在しその奥には小さな林が存在する。

 この先には八雲紫とその式神達の住居があると言われているが……、まあ今はこっちに用はない。

 私は視線を目の前の階段に戻した。

 

(よし、登るか!)

 

 私は意を決して、白玉楼へと続く階段の上を並行になるように飛んで行き、冥界へと通じる穴に飛び込む。

 景色はがらりと変わり、階段の脇に立ち並ぶ深緑の木々は満開の桜となり、雲で覆われたかのように真っ白な空には、大量の人魂が自由に飛び回っていた。

                                   

(やっぱり、いつ来ても不気味なくらい綺麗な場所だよなぁ)

 

 ついでにここに来てから薄ら寒さも感じているのだが、気温が下がって寒いというよりは、この土地特有の陰気な空気が原因なのではないかと思う。

 さて、そんな事を考えつつ階段の上を飛んでいくと、やがて終点、白玉楼の入り口たる門に辿り着き、私はその前に着地する。

 正面にあるのは、立派な瓦屋根のある長屋門。右を見ても左を見てもなまこ壁が続き、その果ては見えない。

 私は早速その門を潜り抜けようとしたところ、奥から足音が聞こえて来たので、立ち止まる。

 やがてその主は姿を現した。

 

「こんな僻地に来る物好きは誰かと思えばあなたですか。久方ぶりですね、霧雨魔理沙」

「妖夢か。久しぶりだな」

 

 やや硬い表情をしている妖夢に、私はいつも通り挨拶をした。

 

「それにしても何だか少し若返っているような――ああ、成程」

「なんだよ?」

 

 首を傾げたがすぐに一人納得した様子で頷いた妖夢に、私は眉根を寄せた。

 

「いえ、咲夜から聞いていた通りなので」

 

 そして妖夢は私に背中を向ける。

 

「彼女からあらかたの話は伺ってます。ついて来てください」

「ああ」

 

 私は妖夢の後に続いて、白玉楼の門を潜り抜けた。

 

 

 

 なまこ壁に囲われた白玉楼は、洋城みたいな外観の紅魔館とは対照的に、伝統的な和風の武家屋敷が威風堂々と建っていた。

 庭には松や桜等の樹木が植えられ、小川には景観に溶け込むように掛けられた銀杏の掘り込みが為された木の橋。随所には石造りの灯篭が飾られ、池には鹿威しや大小様々な庭石が並べられて、隅から隅に至るまでよく手が行き届いており、そこには小さな大自然が広がっていた。

 それは永遠亭の枯山水に負けないくらい美しく、かつて『幻想郷で一度は行ってみたい三大名所』と呼ばれただけの事はある。

 そして庭の中心には、一際存在感を放つ巨大な枯れ木――【西行妖】があり、その周辺にのみ流れる空気が違っているのを、少し離れた場所からでもはっきりと感じる。

 

「咲夜はあそこに見える【西行妖】の下です。それでは、私はこれで」

 

 たったそれだけを言い残し、妖夢は屋敷へ去って行った。

 

「やれやれ、よりによってあの木の下で待ってるのかよ……。あれには碌な思い出がないんだよなあ」

 

 かつての春雪異変の出来事を思い出し、苦い記憶が甦る。

 

「でもま、仕方がない。行くか」

 

 私は土を踏みしめ、小川のせせらぎを横目に、一歩一歩歩いていく。西行妖の木の下には、目を閉じたまま寄りかかるように佇んでいる咲夜の姿が見えた。

 そして私の接近に気づいた彼女は開口一番にこう言った。

 

「来てくれたのね」

「当たり前だ。約束したからな」

「貴女みたいなずぼらな人が、ちゃんと時間通りに来てくれて安心したわ」

 

 生前と何ら変わりなく、飄々とした態度の咲夜になんとなく安心感を覚えつつ、私はさらに口を開く。

 

「幽霊になった気分はどうだ?」

 

 彼女の体は半透明に透けていて足が無く、いつものメイド服とは違って、頭に天冠を被った純白の着物――俗に言う死装束を身に纏い、誰が見ても死んでいると一目で分かる姿だった。

 

「気分がどうと言われてもねぇ。肉体がなくなった影響なのか知らないけど、とても解放感がある感じ。この姿もまあ、中々悪くないわ」

 

 着物の袖を持ち上げ、幽霊となった自分の姿を見せるような仕草を取る咲夜。

 

「死んだ理由ってのはやっぱりアレか?」

「ええ、貴女の予言通りにね。昨日仕事の途中にパッタリと倒れて、気づけばこんな姿でここに居たわ」

「そうか。結局最後まで自分を貫いたんだな」

 

 哀れむような、悲しむような複雑な気持ちを込めた私の言葉に、咲夜ははっきりと頷いた。

 

「……咲夜はこんな結末を迎えて未練はないのか?」

 

 10年前と同じ質問をもう一度、幽霊になった彼女にぶつけた。

 

「もちろん。こうして命の灯が燃え尽きた最後の瞬間までお嬢様に仕える事が出来たのだから、感謝こそすれ、未練何てこれっぽっちもないわ」

 

 私の質問に咲夜はきっぱりと答え、満足そうなその目に嘘偽りはなかった。

 彼女は心の底から自分の人生を誇りに思っているのだろう。

 そんな彼女の生き様に敬意を表しつつ「……お前がそう言ってくれるのなら、きっと未来のレミリアも報われるだろう。しっかりと伝えておくぜ」と答えると、咲夜は途端に難しい表情になった。

 

「……その事なんだけどね魔理沙。先に一つ謝っておくわ」

「……なんだよ?」

「10年前、貴女が来たあの日からずうっと考えていたんだけどね、やっぱりお嬢様を苦しませることはできなかったわ。今後のことを考えると、どうしても我慢できなかったの」

 

 その妙に歯切れの悪い物言いに、私は眉を潜める。

 

「つまり何が言いたいんだ?」

「貴女が未来のお嬢様から預かって来た手紙……、それの返事を一昨日お嬢様に伝えたの」

「!」

「お嬢様は私の言葉を吞み込めていないようだったけれど、それでも私は生きてる間に伝えることができて満足だわ。きっとこれで、お嬢様の苦しみも少しは癒されると願いたい所ね」

「……何て、伝えたんだ?」

「『私はお嬢様に仕えることが出来て幸せでした。ですからもう、私の事で苦しまないで未来を生きてください』とね」

 

 咲夜の眼には涙が薄らと浮かんでいたが、彼女の口は止まらない。

 

「未来を変えるような事をしてごめんなさいね。でも、私のワガママでお嬢様の誘いを断って人間であることを貫いた手前、それだけは譲れなかったの……」

「別に構わないさ。お前には話していなかったが、私は私で重大な目的があってそれを当の昔に果たした。その事実がきちんと残ってさえいればいい。咲夜が気に病む必要はない」

 

 私にとって多少未来が変遷しようと、〝霊夢の自殺を未然に防いだ″という事実が確定されていれば、あとのことはどうでも良い。私は全知全能の神様でもないし、そこまでの責任を負うつもりはないし。

 

「……薄々感じていたけれど、やっぱり貴女ってこの時間の〝霧雨魔理沙″の未来の姿ではないのね。言ってみれば、〝幻想郷″とよく似た並行世界の霧雨魔理沙かしら?」

「今の話でそこまで分かるのかよ?」

 

 咲夜の本質を突くような発言に驚き思わず聞き返すと、彼女は勝ち誇るかのようにこう言った。

 

「私の能力をお忘れ? そのくらい理解できて当然だわ」

「……なるほどな」

 

 時間を操る程度の能力――まだまだ謎が多いな。

 

「それにもう一つの証拠としては、今の霧雨魔理沙は24歳。貴女と違って背も伸びたし、スタイルも良くなってね、大人びた女性に成長してるわよ?」

「マジか!」

 

 少女の姿で成長が止まった私からしてみれば、〝大人になった私″に興味がないこともないが、それを見てしまったらアイデンティティーが崩れてしまいそうなので、やっぱりやめておく事にする。

 

「霧雨魔理沙はこれからどうするのかしらね? もう結婚して子供がいてもおかしくない年頃なのに、いつまで魔法使いとしてやっていくのかしら?」

「そんなの私に聞かれても困る。そう言う咲夜はどうだったんだよ?」

 

 過去形なのは、彼女がもう亡くなってしまっているからだ。

 

「私はお嬢様に命を捧げた身だから結婚とか興味ないし、そも吸血鬼の館で働いてるから人里では私まで化物みたいな扱いされて、出会い自体がなかったのよねぇ」

「やれやれ、酷い話だな」

 

 思わずそんな言葉が漏れてしまった。

 こんないい女性を放っておくなんて、里の男性は見る目がなさすぎる。

 

「……そろそろ時間のようね」

「え?」

 

 何を――と問いかける前に、咲夜の半透明な体がさらに薄く消えつつあるの気づいた。

 幽霊が現世に留まる理由は、一般的にはこの世に未練があるからだと言われている。ならば咲夜にとって、私との約束が現世に縛り付けていた未練だったのだろうか。

 

「咲夜――いや」

 

 彼女は例え未来のレミリアに懇願されても、意思を曲げなかったような強い意志の持ち主だ。何を言っても無駄だろう。

 なので私は、別れの言葉を告げることにした。

 

「咲夜、お前と知り合えてよかった。咲夜との出会いが私の人生に大きな花を咲かせてくれた。かけがえのないものを沢山貰った。――今までありがとう」

「……そういうセリフはね、私じゃなくて意中の男性に言うべきよ?」笑顔とも泣き顔ともとれる曖昧な表情を浮かべる咲夜。

「はは、悪いな。私の時は咲夜が急に倒れちまって、お別れの言葉も告げられないまま逝っちまったから、つい感傷的になっちゃってさ」

「そう」

 

 その間にも咲夜の体はどんどんと消えていき、私の涙腺からは冷たい液体が流れていた。

 

「――さよなら、咲夜」

「魔理沙……! ふふ、もし生まれ変われたなら、その時にまた会いましょう」

 

 咲夜は笑って見せ、間もなく風に舞って消えていった。

 

「……咲夜」

 

 消えていった空を見上げ、すぐ目の前で成仏した咲夜の名前を呟いた。

 

「……彼女は無事に輪廻転生の輪に乗ったわ。地獄の最高裁判長の判決を受けた後、また新たな生命として生まれ変わるでしょう」

 

 余韻に浸っていた私を引き戻すような声に、涙をぬぐいながらその主の方へと振り返った。

 

「……幽々子か」

 

 そこには優雅に佇む西行寺幽々子と、彼女の傍らに無言のまま控える妖夢の姿があった。

 

「ここに流れ着く魂は数知れず。けれどそれら全てに千差万別の人生や十人十色の人間ドラマがあって、何年経っても飽きないわ」

「……いい趣味してんな。お前」

「お褒めに与り光栄だわ」

 

 私の皮肉などものともせず、幽々子はニコリと微笑んだ。

 

「用も済んだし、私は帰る。邪魔したな」

「あら、もう帰ってしまうの? 折角来たのだから、もっとゆっくりしていけばいいのに」

「ここは生者にとって、お世辞にも居心地が良いとは言えないからな」

 

 人間味がない――いや、生気のない美しさの白玉楼は異質すぎた。

 

「慣れてしまえばここは理想郷なのだけれどね。残念だわ」

「私はまだここのお世話になるつもりはないぜ」

 

 そうして立ち去ろうとする私の背中に、幽々子は言葉を投げかけた。

 

「さすれば一つ忠告を。あなたの持つ力は輪廻の輪、運命ですら捻じ曲げてしまう強力なもの。その力の重みを認識し、くれぐれも多用しないことね。閻魔様に目を付けられても知らないわよ?」

「……ご忠告どうも」

 

 それだけを言い残し、私は白玉楼を後にした。

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