――西暦215X年10月1日午前7時45分――
――幻想郷、魔法の森上空――
時の回廊から飛び出したエクシズは、ピタリと動きを止めて魔法の森上空に滞空する。
「……どうやら時の回廊を出たようだな」
艦橋内の360度スクリーンには、抜けるような青空とタイムホール、緑豊かな山、広大な平原、鬱蒼と茂る魔法の森が映し出されていた。
「ふむ、随分と自然豊かな星だな。生命がいる可能性も高そうだ」
操縦士達が続々と着陸体勢を解除する中、席を立って戦闘指揮所に戻ったレオンは、艦内マイクを手に取る。
『艦内の乗組員に告ぐ。当艦は時の回廊を抜けて別の時空に到着した。各自、現況の把握に務めろ! 与えられた役割をこなせ!」
彼の指示は艦内全体に響き渡り、乗組員達は動き出した。
艦橋7階では操縦士達が席を立って慌ただしく動き回り、計器やモニターが記録した情報を確認。
レオンに現状を報告していく。
「エクシズのコントロールが完全に戻りました! 重力制御装置、オートパイロットシステム共に問題なく作動しています」
「異常の原因は判明したか?」
「只今調査中です」
「結果が出たら報告しろ」
「承知しました」
「艦長! 時の回廊内ではぐれた艦隊との連絡がつきません。通信圏外か、もしくはこの時空に存在しない可能性があります」
「まだ通信が届いていない可能性もある。引き続き受信装置を稼働させておけ」
「艦長、宇宙ネットワークにアクセスできません。この星は圏外です」
「だろうな。地形スキャンは行ったか?」
「宇宙図に記録された全ての星の地形データを参照しましたが、この付近一帯と一致する地形はありませんでした」
「最新データだけではなく、過去のデータも参照したか?」
「もちろんです」
「ふむ……ならば天体観測システムを起動しろ。特徴的な天体があれば現在地を割り出せるかもしれん」
「はい!」
「艦長、環境情報の収集が終わりました。この星の環境はアプト星と99%一致します」
「ご苦労」
更に戦闘指揮所内の通信装置からは、艦内の乗組員からの報告が続々と上がる。
『此方整備班! 船体と船内のチェックが完了しました! 目立った異常は見当たりません!』
『補給班から報告。兵装に問題はありません。ご命令があればいつでも使用できます』
『此方衛生班。今のところ傷病者はいません』
『ご苦労。次の命令があるまで待機だ』
艦内マイクを戻し、レオンは通信を切った。
「ふむ……。エクシズに異常が無いとなると、先程の現象は時の回廊によるものか。さて、どうしたものか……」
レオンが思考を巡らせていた時、周囲の映像を解析していた青年の操縦士から報告が入る。
「艦長! 南の方角に家屋が集まる一帯があります。恐らくこの星の知的生命体が築いたコロニーではないかと思われます」
「拡大しろ!」
青年の操縦士が機器を操作すると、人里の映像がズームアップする。
雄大な山の下、森と竹林と川で囲まれた平地はいくつもの区画に分けられ、土で舗装された道に沿って木造家屋が建ち並ぶ。
道路には大勢の里人達が足を止めてエクシズを見上げており、驚き、困惑、興味、恐怖等様々な表情までくっきりと映しだされていた。
「人型の有機生命体が支配している星のようだな。見た所文明カテゴリー2といったところか。やれやれ、とんでもない辺境の星に飛ばされてしまったようだな」
文明カテゴリーとは、文字通り知的生命体が造り出した文化や社会を数値化したものだ。
紀元前39億年前後の宇宙ネットワーク圏内で専ら使用されており、0~5の6段階で表現する。
カテゴリー0は、紀元前39億年頃の地球のような生命が発生したばかりの星という評価だ。
最高カテゴリーの5は、アプト星のように所属する銀河規模のエネルギーを保有し、恒星間航行を用いて異星人と交流を持つ文明に与えられる。
そしてカテゴリー2は、外宇宙の存在が正しく認識されておらず、農林水産業を主軸にした発展途上の文明という評価だ。
ちなみにこれは余談だが、215X年の外の世界はカテゴリー4――惑星規模のエネルギーを保有し、第三次産業が著しく発展した文明――に分類される。
「現地の人々の注目を浴びていますが、コンタクトをとりますか?」
「電気の存在すら怪しい土人共に会ったところで、我々を理解できるわけがないだろう。放っておけ。それより今は別の観測手段を考えねばなるまい」
現在、タイムホールは魔法の森上空に空いたまま安定状態にある。
時間移動の研究には絶好の機会ではあったが、時の回廊の出来事が強く頭に残っていた為、慎重になっていた。
「そういえば艦長、時の回廊を抜け出す直前に女がどうとか言ってませんでしたか?」レオンが座っていた席の近くの操縦士が、思い出したように言った。
「ああ。回廊の真ん中で自宅のようにくつろぐ銀髪の女を見かけた。彼女は間違いなく超越者だ」
「超越者……では、時間保護仮説が証明されたということですか」
「非常に腹立たしいが、そうなるな」
時間保護仮説とは、紀元前39億年頃の宇宙ネットワーク圏内の星々で最も支持を集めている時間移動理論だ。
要約すると『我々の手の届かない場所に居る〝超越者″、もしくは【神】に等しい存在が全宇宙の時間の流れを制御している』と時間移動を否定する内容となっている。
「だが、時間保護仮説は絶対ではない。霧雨魔理沙というタイムトラベラー。そして我々の身に起きた出来事を踏まえれば、必ず超越者を出し抜く方法がある筈だ」
その時、人里の映像をモニタリングしていた青年操縦士からレオンに報告が入る。
「艦長。コロニーから鳥人族の少女が飛び立ちました。時速80㎞で此方に接近しています」
更に映像を解析していた別の操縦士からは「東の空からも人間の少女が時速10㎞で接近中です。いかがなさいますか?」
「鳥人族の女はともかく、ただの人間が空を飛ぶのか」
「ご命令があれば迎撃しますが」
「いや、手出しは無用だ。それよりも集音装置を使え! もちろん翻訳も忘れるな!」
「了解しました!」
指示を受けた青年操縦士は、座席近くの黒いスイッチを押した。
――西暦215X年10月1日午前8時――
博麗神社からふわりふわりと飛んでいた博麗杏子は、タイムホール近くで静止する。
「こうして見るとすっごい大きいわねぇ。先が見えないしなんだか不気味だわ」
そう呟いた彼女は、慣れた手つきで懐から博麗のお札を取り出し、タイムホールに向かって掲げる。
精神を集中して博麗大結界の状態をチェック、30秒後に右腕を降ろした。
「良かった。とりあえず博麗大結界に異常はないみたいね」
博麗のお札をしまった彼女は、タイムホール真下に滞空するエクシズに視線を向ける。
「あれは何かしら? こんな大きな物が空に浮かぶなんて不思議ね」
その後キョロキョロと辺りを見回した彼女は、困り顔で呟いた。
「う~ん、どうしたらいいんだろ。弾幕ごっこが始まる雰囲気でもないし、八雲紫さんを呼んだ方がいいのかしら」
その時、快活な声が彼女の耳に届く。
「杏子さーん!」
振り返ると、南西の空に首からデジタルカメラを下げた射命丸文が手を振っていた。
博麗杏子よりも一足早く現場に到着していた彼女は、タイムホールとエクシズの周囲を飛び回りつつ、色んなアングルから写真を撮っていた。
「射命丸さん?」
博麗杏子が反応すると、射命丸文は一気に距離を詰め、親し気に話しかける。
「私のことは文と呼び捨てにしていいのに、相変わらず堅苦しいですねぇ」
「私の立場上、あまり妖怪と仲良くできませんって、何度も言ってるでしょ?」
「あややや、つれないですねぇ」
射命丸文は小さく口を尖らせていた。
「ところで、これはなにかしらね?」
「空の大穴については分かりませんが、この巨大な飛行物体については何となく予想が付きますよ」
その言葉に、博麗杏子は彼女の顔を見る。
「恐らく、宇宙船ではないかと思います」
「宇宙船って、宇宙に行く時に使うあの?」
「飛行機やヘリコプターなら翼がありますし、何より船っぽい形をしてますからね。消去法ですよ」
「へぇ~よく知ってるのね」
「新聞記者は情報が命ですから!」
射命丸文は誇っていた。
「空の穴と何か関係があるのかしら?」
「その辺りの事情も含めて、宇宙船に乗ってる人達に取材できればと思い、さっきグルっと一周してきた所なんですけど、どこにも入り口が見当たらないんですよねぇ」
「……ほう」
博麗杏子と射命丸文の会話を盗聴していたレオンは、感心するように呟いた。
「宇宙の概念のみならず、宇宙船の存在すらも認識しているとはな。これなら我々がコミュニケーションをとる価値があるかもしれん。マイクを切り替えてくれ」
「了解です!」
青年の操縦士が音声を切り替え、レオンはマイクを手に取った。