魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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今回の話は第156話 霊夢とマリサの歴史④~⑤のエピソードを一部引用しています


第234話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想(後編)

――西暦201X年6月6日午後9時――

 

 

 

――幻想郷、冥界・白玉楼――

 

 

 

 時刻は西暦201X年6月6日午後9時、場所は冥界・白玉楼。

 永遠に晴れることのない分厚い雲に覆われた空、鳥のように自由に飛び回る人魂。心を冷やす陰気な風。季節を問わず妖しく咲き誇る無数の桜。

 お世辞にも居心地が良いとは言えない死の土地を訪れた咲夜は、現世(幻想郷)に続く果てしない下り階段を背に、白玉楼の長屋門を見上げていた。

 

「…………」

 

 どことなく硬い表情の彼女を境界の中から観察する紫は、心の中で呟く。

――あの日から約9年2ヶ月。遂にこの時が来たわね。

 

 紫は咲夜が白玉楼を訪れる前、事前に境界の中から見守る旨を伝えている。彼女の約束に対する配慮と、タイムトラベラーの魔理沙を見極める為に。

 

「……」

 

 ふと、咲夜と目が合った。

 境界の中に隠れ潜む紫は視覚・聴覚・気配が完全に消えているのだが、彼女は〝そこ″にいる事を確信しているかのようにじっと見つめている。

 

――何故か彼女にはいつも見つかってしまうのよね。能力が関係しているのかしら?

 

 紫も視線を外さずにいると、やがて長屋門の奥から妖夢が姿を現す。

 彼女は首にタオルをかけ、顔が火照り僅かに息が乱れている。どうやら日課の鍛錬を重ねている最中だったようだ。

 

「こんな夜遅くにどうしたの? ここは貴女とは無縁の場所よ」

 

 怪訝な顔で不思議そうに訊ねる妖夢に、咲夜は彼女を見ながら答える。

 

「今晩ここで会う約束をしている方がいるの。待たせてもらってもいいかしら?」

「そうなの? 構わないわよ」

「ありがと。ついでに訊ねたいのだけれど、私以外に誰か来なかった?」

「お昼過ぎに紫様がお越しになられただけね」

「そう」

 

 咲夜は境界の中に隠れる紫を横目に見た後、妖夢を背に鏡柱に寄りかかり、腕を組んで階段を見下ろした。

 

「……」

 

 彼女の淡泊な態度に妖夢は何か言いたげな様子だったが、踵を返して敷地内に戻っていった。

 

 

 

「……魔理沙、来ないわね」

「そうね」

 

 境界の中から発した紫の言葉に、咲夜は懐中時計に目を落としながら短く返した。

 

「何時に来るか分からないの?」

「〝夜″としか言わなかったわ」

 

 あれから一時間が経過するも、未来の魔理沙は未だに現れず、二人は暇を持て余していた。

 最初こそ正座しながら注視していた紫も、今ではうつ伏せになって肘を付き、鈴奈庵から借りた雑誌を読んでいた。 

 そんな折、白玉楼から足音が聞こえてくる。二人が意識を向けると、白装束の寝巻に着替えた妖夢が近づいてくるのが見えた。

 彼女は咲夜の隣に立ち止まると、顔を見上げながら心配そうに訊ねる。

 

「咲夜、まだ待ち人はいらっしゃらないの? あれからもう一時間も経ってますよ?」

「残念ながらね。迷惑だったかしら」

「いえ! そんなつもりではありませんが……」

 

 妖夢はおじおじとした様子で「もしよろしければ屋敷内で休まれてはいかが? ずっと立ちっぱなしでいるのは大変でしょう?」と提案する。

 

 階下と白玉楼、更に紫が隠れ潜む境界に視線をやり、数秒程逡巡した咲夜は「……ええ。お言葉に甘えさせてもらうわ」と答え、彼女の後に続いて門をくぐっていった。

 

 

 

「日本茶です。どうぞ」

「感謝するわ」

 

 咲夜は妖夢のお盆から湯気が立つ湯呑を受け取り、味わうようにゆっくりと喉を潤していく。

 彼女は白玉楼の縁側に座布団を敷き、幽雅な日本庭園と出入口を一望できる恰好の位置に座っている。

 

「素敵な庭ね。いつも貴女が管理しているの?」

 

 立ち去ろうとした妖夢に訊ねると、彼女は足を止め、咲夜の右隣に座る。

 

「はい。私はここ白玉楼の庭師であり、幽々子様の剣術指南役とお世話係も兼ねているわ。幽々子様はあの橋の上から庭を眺めるのが好きなんです」

「へぇ、そうなの」

「もう数百年も前の話になりますが、元々は先代の庭師、私のお師匠様が幽々子様の意向を汲んで設計されたそうなのよ」

「彼女もそうだけど、貴女のお師匠様も中々いいセンスしてるのね」

「……そうね。お師匠様はとても偉大な方だったわ。あの方に追いつくために日夜精進しているけど、庭師として、そして剣士としても半人前の私にはまだまだ背中が遠いわね……」

 

 ぽつぽつと語る妖夢の話を、咲夜は真剣に聞いていた。

 

「あ、あはは、なんだかごめんね。私の話ばかりで」

「気にしなくていいわ。暇つぶしにはなったから」

 

 空笑いを浮かべる妖夢に対し、咲夜はクスリとも笑わずに湯呑を口に付ける。既に半分近く中身が減っていた。

 そんな彼女にバツの悪さを感じたのか、妖夢は話題を変えるように。

 

「と、ところで咲夜は誰を待っているの? 知っての通りここは死者が集う土地。幾ら吸血鬼が強大な生命力を持つとはいえ、一度土に還った者が現世に甦ることはないし、むやみに長居することもお勧めできないわ」

 

 咲夜は妖夢の反対側、紫が隠れる境界に目配せする。

 その意図を汲んだ紫が「妖夢は信頼できるわ。教えてもいいわよ」と彼女の耳元で囁くと、咲夜は妖夢に顔を向けた。

 

「私はここで魔理沙と待ち合わせているのよ。もちろん、彼女は生きているわ」

「マリサ……随分と懐かしい名前だわ。霊夢、アリスと共に行方不明になってからもう9年になるのね」

「いいえ。私が約束した魔理沙は、私達が知るマリサではなくて、140年後に暮らす魔理沙よ」

「140年後? ……もしかして、一昔前に存在が噂されていたタイムトラベラーの魔理沙のこと?」

「ええ。10年前にちょっと色々あってね。でもこんなに待ちぼうけすることになるのなら、別れるときに詳細な時間指定をしておくべきだったわ。失敗ね」

 

 咲夜は長屋門の出入口に視線をやりながら、不機嫌な表情で毒づいた。

 

「まさか噂が本当だったなんて……。ひょっとして霊夢達が行方不明になった時間異変の黒幕という話も……?」

「どうかしらね。私には彼女の仕業とは思えないわ」

「何故そう言えるの? 彼女の性格なら異変を起こしそうな気もするけど……」

「私達が接してきたマリサと、未来の魔理沙は辿った軌跡が違うわ。彼女はね、霊夢の命を助ける為に150年掛けて時間移動魔法を完成させたらしいの」

「150年……! 途方もない時間ね」

「それだけ強い想いを抱く魔理沙が、霊夢を危険に晒すような行動をとるとは考えにくいわ。それは私達が知っているマリサも同じよ」

「確かにそうね。失言だったわ」

「謝らなくていいわよ」

 

 会話が止まり、両者の間に沈黙が訪れる。

 微かに響く川のせせらぎと、鹿威しの澄んだ音が聞こえる世界の中で、彼女らは一心に長屋門を注視していた。

 

「…………それにしても、一向に来る気配がないわね」

「そうね」

 

 咲夜は一言答えて、再び口を閉ざす。

 彼女はお茶を味わいながらぼんやりと庭園を眺め、妖夢は背筋良く長屋門をじっと見つめている。

 

――なんか硬い雰囲気ね。ふふっ、ちょっとイタズラしちゃおうかしら。

 

 魔が差した紫は妖夢の背後に小さな境界を開くと、そこから右手を伸ばし、彼女のうなじをそっとなぞる。

 

「ひゃああっ!」

「!?」

 

 甲高い声で飛び上がる妖夢に一瞬驚く咲夜。妖夢はすぐさまうなじに手を当てて背後を振り返ったが、既に境界は閉じられており、あるのは木目の廊下と障子ばかり。

 

――うふふ、可愛い反応ね。

 

 紫は境界の中で愉快な笑みをこぼしていた。

 

「急にどうしたの妖夢?」

「い、今! 誰かが私のうなじを触ったのよ!」

「誰かって言われても、この場には私と貴女しかいないじゃないの」

「ま、まさか幽霊……?」

 

 みるみるうちに青ざめていく妖夢。続けて紫は彼女の背後に小さな境界を開き、右手の指先で背中を一回軽く突く。

 

「わあぁぁっ! やっぱり何かいる!!」

 

 閉じる境界。振り返りながら動転する妖夢に、咲夜は呆れながら「幽霊なんてここじゃ珍しくないでしょう。もしかして貴女……怖いの?」と訊ねると。

 

「そ、そんな訳……」目に見えて動揺している妖夢は何かを思い立ったように「はっ! 貴女の仕業でしょ!?」と咲夜を指差した。

「何を言ってるのよ。私はずっと隣でお茶を飲んでいたじゃない」

「貴女の能力なら私の背後に一瞬で回り込んで元の位置に戻ることくらいできるでしょう!? 心臓に悪いイタズラはやめてね?」

「……はぁ」

 

 咲夜はため息を吐きながら紫の隠れる境界を睨む。その視線は『まだ同じ事をするつもりなら暴露するわよ』と訴えているようだった。

 

――確かに、これ以上イタズラしたら妖夢が可哀想ですし、自重することにしましょう。

 

 紫は再び二人の観察に戻る事にした。

 

「ところで妖夢。ここで私と喋っててもいいの? 貴女は貴女で自分の役目があるのではなくて?」

「もう今日の仕事は終わっているので心配には及ばないわ。それとも迷惑だった?」

「いいえ、少し気になっただけよ」

 

 素っ気ない返事をした咲夜は、再び正面を向き、緩やかな川の流れを見つめる。

 

「そうだ。いい事思いついたわ」

「?」

「ちょっと待ってて!」

 

 妖夢は何かを思い立ったように席を離れ、襖を開けて奥へと引っ込む。二分後、襖が再度開き、縁側に戻って来たその両腕には将棋盤と駒台が抱えられていた。

 彼女は腰を屈め、咲夜の隣に将棋盤を降ろす。

 

「咲夜、良かったら一局やらない? ただぼんやりと待つより有益な時間を過ごせると思うわ」

「ふふ、そうね。いいわ、相手になりましょう」

 

 咲夜は僅かに表情を和らげ、将棋盤を挟んで妖夢と面するように正座し、盤上に山盛りに積まれた駒を彼女と一緒に並べていく。

 そして完全に並び終わったところで、「先手は譲るわ」と咲夜が発し、二人の対局が始まった。

 

 

 

――西暦201X年6月6日午後11時58分――

 

 

 

――幻想郷、白玉楼――

 

 

 

「王手。これで詰みよ」

「む、むむぅ……!」

 

 咲夜が指した金将を食い入るように見つめる妖夢は、唇をぎゅっと噛みしめた。

 現在の局面は、自陣の駒で逃げ道が塞がれた玉将の前に金将が指されており、頭金の状態になっている。

 妖夢は盤上をくまなく見ながらしばらくの間唸っていたが、詰みを逃れる手は無く、ガックリと肩を落とす。

 

「ま、負けたわ……」

「ふふ、今回も私の勝ちだからこれで三戦三勝ね」

 

 咲夜は金将で玉将を取り、笑みをこぼした。

 

「もう一局! もう一局お願いよ!」

「えぇー? 流石に集中力が切れてきたわ。休憩させてちょうだい」

「なっ! もしかして勝ち逃げするつもりなの!? そんなの卑怯よ!」

「貴女ねえ……」 

 

 妖夢の負けん気の強さに呆れた様子で懐中時計を確認すると、時刻はちょうど午前0時を回ったところだった。

 

「あら、熱中している間にもう0時過ぎていたなんて」

「もうそんな時間だったのね。なんだかあっという間だった気がするわ」

 

 妖夢はキョロキョロと辺りを見回し、「……結局魔理沙は現れなかったわね」と残念そうに呟く。

 

「はぁ、やれやれ、まさか約束を破るなんてね。私の見立てが間違いだったのかしら。貴女はどう思う?」

「さて、どうでしょう」

「え?」

 

 咲夜が誰もいない庭園に向かって問いかけると、呆気にとられる妖夢の前に境界が開き、紫が登場した。

 

「ゆ、紫様!? いつからいらっしゃっていたんですか!?」

 

 先程までフランクだった妖夢は、一転して口調が変わり改まった態度になった。

 

「こんばんは妖夢。咲夜が白玉楼に来た時から見ていたわよ」

「そんな、遠慮なさらずに声を掛けてくだされば良かったのに。……あっ! もしかして、少し前に私の身体を触ったのは紫様ですか?」

「ええ、そうよ」

「もー酷いじゃないですか! 本当にビックリしたんですからね!」

「うふふ、ごめんなさいね。貴女達の雰囲気が硬かったからイタズラしちゃったのよ」

 

 困り顔の妖夢に、紫は微笑みながら謝った。

 

「ところで紫様は何の御用ですか? 幽々子様は既にお休みになってますが……」

「私も咲夜と同じくタイムトラベラーの魔理沙を待っていたのよ」

「そうでしたか。紫様、あの異変からもう9年になりますが、進展はありましたか?」

「全然駄目ね。時間の境界も2008年4月12日を境に全く現れなくなったし、率直に言ってお手上げよ。だから咲夜の情報を頼りにしていたんだけどね」

「そうだったんですね。状況的には未来の魔理沙が約束を破ったか、あるいはその……咲夜が嘘を吐いていたかの二択になりますが……」

 

 妖夢はきまりが悪そうに視線を逸らし、尻すぼみに言葉を濁したが、咲夜は泰然自若としていた。

 

「まあ疑われても仕方ないわ。証拠は何もないし」

「いえ、恐らく咲夜は真実を言っているのでしょう。未来の魔理沙が姿を見せなかった理由について大体の見当は付くわ」

 

 紫の発言に咲夜と妖夢の注目が集まる。

 

「9年前のあの日、マリサはタイムトラベラーの魔理沙の時間移動を〝歴史の上書き″と表現していたわ。この理論に基づくなら、咲夜が会った時刻の魔理沙よりも更に未来の魔理沙によって、〝魔理沙が昨日に時間移動する″という歴史が書き換えられた――と考えられない?」

「なるほど。そうなると、215X年9月22日に魔理沙と会えるかも怪しくなってくるわね」

「もはや未来の情報は当てにならないわ。それどころか、私達の知らない時間に彼女が来る可能性だってあるでしょう」

 

 紫が下した結論に異を唱える少女はいなかった。

 

「未来は誰にも分からない……ってことですね」

 

 妖夢は幽雅な日本庭園を見ながら、ポツリと呟いた。

 

 

 

 ――西暦2021年2月21日午後1時30分――

 

 

 

 ――紫の心象世界――

 

 

 

 夜のように暗く、海よりも深く、天も地も無い、あらゆる境界が取り払われた世界の中心に紫は浮かぶ。彼女は何も語らず、何も飾らず、深い微睡みに落ちている。

 ここは彼女の意識の奥深く。夢の支配者ですら観測不能の心象世界。ここにいる彼女は紫の精神体であり、現実の肉体は自室の布団で眠りに就いている。

 現在の彼女は冬眠中であり、肉体・精神共に生命活動を必要最小限まで落として英気を養っている。全ては春からの活動に向けて。

 そんな絶対不可侵の領域内に変化が生じる。

 彼女の前に夢と現の境界が開き、藍が出現。文字通りの意味で心の中に土足で踏み入る行為だったが、無意識の防衛機構は異物を拒絶することなく、自らの一部であるかのように受け入れた。

 

「紫様」

 

 藍の静かな囁きは波紋のように広がり、紫の精神はほんの僅かに覚醒する。

 

――どうしたの藍? まだ春ではないのでしょう?

 

 紫の心の声は世界に反響し、藍の鼓膜を震わせる。

 

「お休み中の所申し訳ございません。紫様に至急お耳に入れたいことがございます」

 

――聞きましょう。

 

 従者の深刻な雰囲気を感じ取った紫は、精神の覚醒を更に進行し、半目で彼女を見据えた。

 

「本日2021年2月21日午後1時30分、博麗神社上空に時間の境界が開き、2008年4月5日に行方不明になった博麗霊夢と霧雨マリサが帰還しました!」

 

――なんですって!?

 

 紫の驚喜に連動して世界はざわめき立ち、藍を容赦なく襲うが、彼女は涼しい表情で受け流す。

  

「詳しい話は博麗神社にいる本人の口からお聞きください。彼女達は再び時間の境界に旅立とうとしています」

 

――ありがとう藍、すぐに起きるわ。咲夜にも同じ話を伝えてちょうだい。

 

「かしこまりました」

 

 藍は一礼した後、夢と現の境界を開いて現実に戻る。

 そして紫が覚醒の意思を示すと、暗闇に覆われた世界に光が差し込み、崩壊していった。

 

 

 

 

 目覚めた紫は大急ぎで――能力を用いつつ――身支度を整え、博麗神社に境界を繋げる。

 この年は日本列島が大寒波に襲われたこともあり、降雪地帯では例年よりも雪が深く、幻想郷は一面の銀世界となっている。

 現在も雪はしんしんと降り続いているが、博麗神社だけは雲の下に開いた時間の境界によって一時的に止んでいた。

 丹念に除雪された境内には、消息不明になった日と全く変わらない霊夢とマリサの姿。

 マリサは八卦炉をストーブのように用いて付近の温度を上げており、霊夢は、感涙の涙を流しながら縋り付く美咲を優しく抱きしめていた。

 

「うぅ、霊夢様……! 本当に良かった……心配したんですよ!」

「心配かけてごめんなさい、美咲。立派になったわね」

「霊夢様……! うぅぅっ」

「もう、貴女っていつからそんなに泣き虫になったのよ?」

 

 霊夢は母親のような慈愛に満ちた表情で美咲の頭を撫でていた。妙齢の女性が一回り年下の少女に縋りつく光景はアンバランスな印象を与えるが、こと幻想郷においては珍しくない。

 二人の近くには防寒具を着込んだ咲夜と隠岐奈が集まり、温かい目で見守っている。

 

――ああ、本当に……帰ってきたのね……!

 

 境界から降り立った紫もまた、静かに再会の喜びを噛みしめていると、気配に感づいた隠岐奈と咲夜が声を掛ける。

 

「目覚めたか紫」

「久しぶりですわね」

「ごきげんよう」

 

 紫は挨拶を返した後、隠岐奈に訊ねる。

 

「時間の境界の状態はどうなってるの?」

「今の所安定しているが、万一に備えて隔離の準備は済ませてある」

「ありがとう」

 

 隠岐奈の意図を汲み取り――幻想郷の要たる博麗神社の隔離による世界(幻想郷)への影響――軽くお礼を述べた紫は、渦中の二人に声を掛ける。

 

「霊夢、マリサ」

「あら、紫じゃない」

「なんだ? この時期は寝てるんじゃないのか?」

「貴女達が帰ってきたと聞いて慌てて起きたのよ。早速だけど話を聞かせてもらえないかしら?」

 

 紫が単刀直入に切り出すと、場の空気を察した美咲は霊夢から一歩離れた。

 

「結果から言うと、この異変はまだ解決していないわ」

「あの後私と霊夢は不思議な場所に迷い込んだんだ。そこは桜、砂漠、紅葉、雪の景色が同時に存在していてな、四季の光景を見下ろすように果てしない一本の道が通っていた」

「多分だけど、私達は時の回廊って場所に迷い込んだんだと思う」

「時の回廊? なんだそれは?」

 

 眉をひそめる隠岐奈の問いに、霊夢は「私も詳しくは知らないんだけど、未来の魔理沙の話では私達の世界とは時間の流れが違う高次元世界で、この宇宙の過去から未来まで繋がっているらしいわ」

 

「なるほど、そんなモノがあるのか」

 

 隠岐奈は納得した様子で、再び聞き手に戻った。

 

「あいつの話じゃ、時の回廊を使えるのは私だけとか言っていたが、実態は――――――――だったからな」

「!!」

「最早まともに機能してるかどうか怪しいもんだぜ」

 

 マリサの言葉に紫と咲夜は衝撃を隠せなかった。

 

「私達は咲夜……」霊夢はちらりと咲夜を見た後「時間の神様の方の咲夜を捜したんだけど、見つからなくってね。代わりに飛ばされていくアリスを見つけたのよ」

「私達はすぐにアリスを捕まえようとしたんだが……時の回廊の中だと思うように動けなくてな。目の前に突然現れた渦のようなモノに吸い込まれて、気づいたらこの時間の博麗神社に辿りついていたって訳さ」

「そうだったのね……」

 

――時の回廊……ね。未来の魔理沙の謎は深まるばかりだわ。

 

「私の体感時間的には5分も経ってないのに、こっちじゃ12年も経過してて驚いたぜ。浦島太郎になった気分だ」

「童話の中では700年経過していたそうよ。たった12年で済んだのは幸運じゃない?」

「ははっ、そうかもな」

 

 紫はマリサと咲夜の会話を聞きつつ、そんなことを考えていた。

 

「それとね紫、一つ気になる事があったのよ」

「どうしたの霊夢?」

「私達がこの時間に弾き出される直前、外来人っぽい恰好の茶髪と金髪の女性を見かけたんだけど、金髪の女性が貴女に似ていたのよ」

「私に?」

「ええ。一瞬あんたと勘違いしちゃったくらい。残念ながら名前は分からなかったんだけど、彼女は茶髪の女性を〝れんこ″と呼んでいたわ」

「れんこ? それって……」

「響きが菫子(すみれこ)に似てると思わない? 紫似の女性に『れんこ』って名前……私にはこれが偶然とは思えないのよ」

「確かに気になるわね。今確認するわ」

「本人に訊くのか?」

「もっと確実な方法があるわ」

 

 紫は横を向き、顔の近くに小さな境界を開いて「藍ー! 宇佐見菫子の調査ファイルを持ってきてー!」と呼びかける。即座に彼女の前に境界が開き、一冊のファイルを持った藍が現れた。

 

「こちらで間違いありませんか?」

「ええ。ありがとう」

 

 受け取った紫は境界の中に消えた藍にお礼を述べた後、ファイルをめくっていき、あるページで止める。

 

「私が調べた限りでは、過去から現在まで宇佐見菫子の親戚縁者、交友関係に『れんこ』って名前の女性はいないわよ」

「そう。やっぱりただの偶然なのかしら」

「お前……それプライバシーの侵害じゃないのか?」

「過去にあれだけの異変を起こしたんですもの。身辺調査は当然ですわ」

 

 呆れるマリサに、紫は境界の中にファイルを仕舞いながら決然と言い放った。

 

「世界には同じ顔が3人いる、なんて言いますし、他人の空似なのかしら」

「あるいは、私達の知らない過去か未来の別の場所から来た方達かもしれませんね」

「いずれにしても、頭の片隅に置いておくことにしましょう」

 

 話が一段落ついたところで、次はマリサが口を開く。

 

「今度は私から質問させてくれ。どうしてアリスが時の回廊にいたんだ?」

「アリスは2008年4月10日に、貴女達の後を追って時間の境界に入っていったわ。私は止めたんだけど、行方不明になった貴女達を連れ戻すって言って譲らなかったのよ。それ以来、幻想郷には帰ってきていないの」

「そっか……アリスには心配を掛けさせちゃったな」

「更にその二日後、時間の境界は魔法の森に開いたわ――」

 

 紫は西暦2008年4月12日の出来事を語っていった。

 

「……なるほどね」

「時間の境界にそんな作用があったとはな……。家ごと今までの研究成果が全て吹っ飛んじまったのは残念だが、香霖と成子が無事で良かったぜ」

 

 霊夢は深刻そうに呟き、マリサは半笑いを浮かべていた。

 

「ところで咲夜。あんたが観測した――――って本当なの?」

「にわかには信じがたい話だぜ。お前じゃなかったら笑い飛ばしてる所だ」

「でも事実なのよ」

「時計見せてくれない?」

「ええ、どうぞ」

 

 咲夜は身に着けている懐中時計を霊夢の目の前に差し出す。

 文字盤の短針はI。長針はⅧを指し、秒針は一定のリズムを刻みながら時計回りに進んでいた。

 

「……別に何も変わらないじゃない?」

「つーか――――なんて事があったのなら、今の歴史が変わってないとおかしくないか?」

「それは私達の主観が時の流れに沿って未来に進み続けているからよ。私が気づけたのは偶然なのか、それとも〝彼女″のメッセージなのか……」

「難しい話ね……」

「ま、答えはもう1人の〝私″のみぞ知るってことだろうな」

「その事だけどね。実は――」

 

 咲夜は西暦201X年6月6~7日に白玉楼で経験した出来事を簡潔に語る。

 

「へぇ、そんな約束をしていたのか」

「結局肩透かしに終わったけどね。マリサ、本当に215X年9月22日にタイムトラベラーの魔理沙は現れるのよね?」

「正確には正午の魔法の森だな。私はこの目で136年後の世界を見てきたし、間違いないぜ――と言いたいところだが、魔法の森が丸ごと消えちまった今、断言できないな」

「理由を訊ねてもよろしいかしら?」

「私が跳んだ時は魔法の森や私の家も健在だったし、霊夢とアリスも一緒にいたんだ。もちろん、お前と紫もな」

 

 マリサは二人の顔を見回した後、更に言葉を続ける。

 

「そしてもう1人の〝私″は時間の境界について欠片も口にしなかったし、隠しているような素振りも無かった。不確定な未来において確定していた結果がこれだけ変化したのなら、紫の推測通り、歴史が変わってる可能性が高い」

「……難儀な話ね」

「マリサ、未来の魔理沙に確実に会う手段はもうないのかしら?」

「会えるとしたら、可能性はただ一つ」

 

 紫の質問に、マリサは不気味に開いた時間の境界を見上げる。既にその大きさは当初の半分にまで縮小していた。

 

「時の回廊……」

「ああ。タイムトラベラーを確実に捕まえるとしたら、ここしかないぜ」

「本気……なのね。またこの時間に――いえ、私達と再会できる保証はないのよ?」

「その程度のことに怯む私じゃないぜ。どのみちアリスを助けようと思ってたところだったしな」

「勿論私も行くわよ。未来の魔理沙が関わっている可能性が高いなら、尚さらこの異変は放ってはおけないわ」

「マリサ……霊夢……」

 

 既に決意を強く固めている二人の顔を見て、紫は引き留める言葉を失った。

 一方美咲は悲愴に満ちた表情で霊夢に詰め寄っていく。

 

「お待ちください霊夢様! 今は私が博麗の巫女です。異変の解決は私が行きます!」

「美咲。貴女は幻想郷を守ってちょうだい。これは貴女にしか出来ない事なのよ」

「ですが――」

「私は貴女がいるから、安心して行けるのよ。……大丈夫。どんなことが有っても、私達は必ず在るべき時間に帰るわ」

 

 霊夢は彼女の目をじっと見つめながら断言する。

 根拠はまるでないのに、自身に満ち溢れたその言葉は、強い説得力を与えるもので。

 

「……ずるいですね、霊夢様は」

 

 美咲は涙を流しながら霊夢を見上げ。

 

「……約束ですからね!」

「ええ」

 

 彼女の懐からそっと離れた。

 

「霊夢、貴女にこれを貸すわ」

 

 咲夜は身に着けていた懐中時計を霊夢に渡した。

 

「この時計には私の力が込められているわ。時の回廊が神の〝私″が創った次元なら、きっと何かの力になる筈よ」

「助かるけどいいの? 能力が使えなくなるんじゃない?」

「大丈夫よ。ほら、この通り」

 

 咲夜が指を弾いた次の瞬間には、右手に同じ懐中時計を持っていた。

 

「……なるほどね。そういうことなら有難く使わせてもらうわ」

「よし、行こうぜ霊夢! 今度こそ異変解決だ!」

「ええ!」

 

 霊夢は地面から足が離れ、マリサは箒に跨り、手を繋ぎながら同じ速度で時の回廊に飛び上がっていく。

 

「霊夢様ー! マリサさーん! 頑張ってくださいねー!」

 

 涙を拭い、精一杯の笑顔で応援する美咲を背に、二人は時間の境界に飛び込んでいく。

 やがて完全に姿が見えなくなったところで、見計らったかのように時間の境界が閉じる。博麗神社には再び雪が舞い落ちた。

 

「……また行ってしまいましたね」

「美咲、貴女は辛くないの?」

「本音を言うと寂しいです。けれど霊夢様の信念を妨げるようなことは私にはできません。あの方には、心に決めた人がいるんですから」

 

 美咲は空を見上げたまま、自身の心情を吐露していた。

 そして隠岐奈は自身の領域――後戸(うしろど)の国――へ繋がる扉を開く。

 

「今日は非常に興味深い話を聞けた。紫、十六夜咲夜。私は12年前に『幻想郷の存続どころか、世界の在り方すら揺るがす〝彼女″の所業は看過できん』と話したが、気が変わった。私は霊夢とマリサ、そしてお前達を信じることにしよう」

「隠岐奈……!」

「くれぐれも判断を誤るなよ。では、またな」

 

 そう言い残して彼女は扉の中に入っていき、やがて扉は消滅した。




終編に続きます
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