前回の話で文字数が100万文字を越えました。
ここまで読んでくださった皆様には感謝しかありません。ありがとうございます。
追記 一部文章を消し忘れていました。申し訳ございません。
――西暦2052年8月3日午前10時45分――
――日本、京都、
西暦2052年8月3日午前10時45分。うだるような暑い日の事、時間の境界を発端にした騒動は外の世界でも起こっていた。
日本の首都・京都、
駅前のスクランブル交差点は、往年の旧都渋谷駅前に匹敵する利用者を誇り、駅周辺に建ち並ぶ商業ビルや、近郊のベッドタウンに続いている。
台風一過の今日は天候に恵まれ、土曜日ということもあり、大勢の買い物客や観光客で賑わっていたが、平穏な日常は何の前触れもなく壊れた。
現在のスクランブル交差点の中心には、45階建ての超高層ビルがアスファルトを貫いて深々と突き刺さっており、現場は騒然。
現場は警察によって封鎖され、平静を取り戻しつつある人々の避難誘導と超高層ビルの調査を行っている。消防は怪我人の確認に務めており、彼らの情報を聞く限りでは、死傷者は出ていないようだ。
15分前に落下した超高層ビルは
上空の時間の境界近辺には、警察と報道機関のヘリコプターが複数飛行している。地上波・衛星・インターネット放送等のマスメディアは報道特別番組を編成して大々的に報じており、様々なSNSでもこの話題で持ち切りになっている。
そんな騒動をスクランブル交差点に面する商業ビルの屋上から見下ろす一人の少女がいた。
肩口で切り揃えられた茶色の髪と瞳。白いリボンが巻かれた黒い帽子を被り、白いシャツに赤色のネクタイを結び、黒いロングスカートを履いている。左手には旧型のスマホ――網膜投影型デバイスでは無い――を握り、地上の状況とニュースサイトを交互に眺めながら情報収集を行っている様子。
足元には大手家電量販店のロゴが印刷された紙袋が置かれており、少女が抱えるには大きすぎる箱が入っていた。
見る者に快活な印象を与える少女の名前は『
「地上は大変なことになっているわねぇ」
スマホをポケットに仕舞い、誰も居ない屋上で一人憂いていた時、金属が擦れるような音と共に屋上の扉が開く。
新たに姿を見せた少女は、肩まで伸びた金色の髪と瞳にフリルの付いた白い帽子を被り、リボンの付いた薄紫色のワンピースを身に着けている。右手には旧型のスマホを持ち、左手にはフリルの付いた日傘を差していた。
紫によく似た少女の名前は『マエリベリー・ハーン』。愛称はメリー。京都大学で相対性精神学を専攻しており、蓮子と同じ秘封俱楽部に所属している。
この時代の秘封俱楽部は、宇佐見菫子が活動していた頃と異なり、宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンの両名で構成されている。彼女達は主に寺社仏閣や心霊スポットを巡り、張り巡らされた結界を捜し出して暴く活動をしている。
メリーは道案内アプリから目を離して辺りを見回した後、手すりの近くに立つ蓮子の姿を見つけて駆け寄って行く。
「遅いわよメリー」
足音を聞いて振り返った蓮子の一言。メリーは隣に立ち止まって日陰に迎え入れると、地上を見下ろしながら答える。
「駅前で急に『妙案を思いついたわ! 位置情報を送るからまた後で合流しましょう!』と言い残して一人突っ走ったのはどこの誰かしら?」
「ごめんごめん」
「避難する人々の波を掻き分けながら非常階段を昇ってきたのよ。これでも早い方だと思わない?」
超高層ビルの落下により、
「それで蓮子、私をこんな場所に呼びつけた理由は何?」
メリーが蓮子の顔を見ながら訊ねると。
「愚問ねメリー」
彼女は勝気な表情で空に開いた時間の境界を指差す。
「秘封俱楽部の目的は境界を暴いて秘密を解き明かすこと。私達の活動に休日は無いのよ」
「だと思ったわ。今日は買い物のつもりだったけど、予定変更ね」
その口調とは裏腹に、メリーはまんざらでもなさそうな様子だった。
彼女は日傘越しに目を細めながら時間の境界を見上げる。その金色の瞳には境界を見る能力が備わっており、これまでの二人の活動の根幹を成している。
「何か見えそう?」
「やっぱり駄目ね。どれだけ目を凝らしても、霧がかかったみたいにぼやけて焦点が定まらないわ。蓮子は何か感じないの?」
「私の〝眼″はあくまで星と月を見る事で現在時刻と現在地が分かるだけ。メリーに見えないモノが私に見えるわけないじゃない」
『そもそも今は昼間だしね』と蓮子は肩を竦め。
「でも悲観することはないわ。実は今回の境界について、大体の見当が付いているのよ」
「……本当に?」
「順を追って説明するわ。まず今回の境界の性質について。今まで私達が触れてきた境界とは決定的な違いがあるの。何か分かる?」
メリーは少し考えた後、口を開く。
「私の〝眼″が無くても大勢の人々に見えていることかしら」
「その通り。更に補足すると、これまでの境界は漏れなく寺社仏閣に存在していたけど、今回はパワースポットとは無縁な科学都市の中心に開いたわ。この事実は何を意味すると思う?」
「……オカルトや超常現象ではなく、自然現象だと言いたいの? こんなの前代未聞だわ」
「そうでしょうね。あの境界は、まだ人類が解明できていない物理法則が〝現象″になったのよ」
「どうしてそう言い切れるの?」
「一つ目の根拠は落ちてきた物よ」
蓮子はスクランブル交差点の中心に突き刺さったままの超高層ビルを指差し、メリーの視線も其方に移る。二人の目線の先には、もぬけの殻となった12階のフロアがあった。
「あれだけの質量の物体を動かすには、風力なら最低でも秒速150m以上。時速に換算すると540㎞。卯酉東海道線並の風速になるわ」
「凄まじい強風ね。想像できないわ」
「もちろんこんな風速は地球上で観測されたことは無いわ。よって風の線は消える。反重力フィールドを用いた方法も考えられるけど、人間や小型宇宙船程度ならともかく、超高層ビル程の質量・範囲ともなると現代の技術では無理ね」
蓮子は更に持論を語っていく。
「二つ目の根拠は、〝超高層ビルが落ちて来た″という事実よ」
「? 一つ目と何が違うの?」
「一般的に高層建築物は、地価が高く、限られた土地に巨大な収容力を求める時に建てられるわ。すなわち人口密集地域――都市部に繋がっていることになるでしょ?」
「そうね」
「ところが! 世界中のニュースサイトを巡っても、京都以外の地域で超高層ビルの消失や境界の発生を報道するマスコミは無かったわ。もちろん、個人の〝呟き″もね。現代の情報化社会において、事件からもうすぐ20分も経つのに、ニュースになってないなんておかしいと思わない?」
この時代の機械翻訳は21世紀序盤に比べて飛躍的に向上している為、通訳という職業は廃れている。
「ならあのビルはどこから来たのかしら?」
「そこなのよ! 私は別の時空からこの時間に流れ着いてきたという説を提唱するわ!」
「……え?」
突飛な発言にメリーは唖然とした様子だったが、蓮子は構わず話を続けていく。
「もちろんちゃんとした根拠はあるわ。メリー。以前話した菫子お婆ちゃんの事、覚えてる?」
「ええ。神奈川在住の蓮子の大叔母さんで、超能力者。そして秘封俱楽部の初代会長でしょ?」
「そうそう。ついさっき菫子お婆ちゃんから電話が掛かってきてね、44年前に同じ現象を目撃したらしいの! その時に撮った写真も送られてきたわ」
蓮子が見せたスマホの画面には、魔法の森の上空をくりぬく深淵の穴が開き、無数の木々と損壊した建物が宙に舞っている瞬間が収められた画像が表示されていた。
「これは……まるで竜巻のようだわ」
「付けられた名前は“時間の境界″。開いていた時間は5分くらいだったらしいけど、その短い間に森が跡形もなく消滅したらしいわ」
「恐ろしいわね……。ということは、あの境界は2008年に繋がっているの?」
「いいえ。詳しい場所は教えてくれなかったんだけど、菫子お婆ちゃんが滞在していた里には高層建築物は建っていなかったらしいの。だからあの超高層ビルは誰も知らない時空から飛んできたのよ!」
「そんなことがあるのね……!」
静かに驚いた様子のメリーをよそに、蓮子は更に言葉を繋げる。
「言ってみれば、時間の境界の正体は莫大なエキゾチック物質*1によって非常に安定したワームホール*2の出入口。アインシュタインが提唱した相対性理論やホーキングが提唱した時間順序保護仮説*3を越えた、まだ人類が到達しえない領域への扉が私達の前に現れたのよ!? こんなチャンスを逃す手はないわ!」
蓮子は子供のように目を輝かせていた。
「それにメリーが見た〝夢″が、夢だったのか現実の出来事なのか、白黒はっきりするわ。メリーも気になるでしょ?」
「……私は現実だと思っているけど、これもいい機会ね」
これまでメリーは境界を通して、いつかどこかの光景を目の当たりにしていた。
太古の日本の神話、黄泉の国、異世界を思わせる掴みどころのない風景。夢の中では2000年代の幻想郷らしき場所を訪れ、蓮子と共に
能力を用いて境界を調べることはすなわち、性質が〝紫″に近づくことにも繋がるのだが、メリーはその事実に気づかない。
「理屈は分かったけれど、あんな高い所にどうやって行くつもりなの? 鳥船遺跡の時と同じ手は使えないわよ?」
「よくぞ聞いてくれたわ! ふっふっふ、見て驚きなさい!」
蓮子は不敵な笑みを浮かべながら足元の紙袋に手を伸ばすと、マチを掴みながらすっと高さを下げる。
折り畳まれた紙袋から黒色の大きな箱が現れ、パッケージには円盤型の機械の写真が大々的に載っていた。
「なによこれ?」
「見ての通り有人ドローンよ。1階の家電量販店で買ってきたわ。これに捕まって時間の境界に飛び込むのよ!」
「……本気なの?」
「本当は映画みたいに、ガルウィングドアの飛行車に乗って颯爽とタイムトラベルしたかったんだけど、そんな余裕は無かったのよ。――もちろん、2人乗りできる機体だから安心していいわよ」
蓮子は箱を開き、メリーと協力して本体を取り出すと、取扱説明書を読みながら初期設定を行っていく。
「ふむふむ、なるほど」
蓮子は帽子を脱いでドローンの底部にくっついたヘッドギアを被り、脳波のインストールを行っている。
この製品は
とある日本企業が、『落ちこぼれの小学生を22世紀のネコ型ロボットが助ける』ストーリーの国民的漫画に登場する飛行道具を参考にして開発した。
「それにしても、よく有人ドローンなんて買えたわね。確か結構な値段がした筈だけど……」
「ふっふっふ、世の中には分割払いという便利な支払方法があるのよ。未知の探究の為なら、もやし中心の食生活も辞さない覚悟だわ!」
「そ、そうなの……」
メリーは空笑いを浮かべていた。
「ええと、こうして……よし! オッケー!」
やがて設定を済ませた蓮子が立ちあがり、そっと手を放すと、ドローンが静かに浮かび上がり、彼女の頭の高さで静止する。
「私はどうすればいいのかしら?」
「ドローンの縁にグリップあるでしょ? メリーはここに捕まってくれる?」
「随分と不安定なのね。私あまり握力ないのよ」
「重力場を操作する仕組みだから問題ないわ」
「ならいいけど……うーん、こんなことならズボンを履いてくればよかったわ」
「スカートの中が見られないように、ちゃんと足にピッタリへばりつく設定にしてあるから大丈夫よ」
「それなら安心ね♪」
パッと顔を輝かせたメリーは日傘をフェンスに立てかけると、蓮子の背後に回り込み、両手でグリップを掴む。
「メリー、その位置だと背中が反重力フィールドから出ちゃうわ。もうちょっとくっついて」
「え、ええ」
メリーは遠慮しつつも一歩前に踏み出し、彼女の背中に密着した。
「暑苦しいわね……」
「ワームホールを抜けるまでの辛抱よ。準備はいい?」
「ええ。そういえば蓮子ってドローン免許持っているの?」
「持ってないけど大丈夫よ。こうみえても、ゲーセンのシューティングゲームでハイスコアを叩きだしたことがあるんだから!」
「不安だわ……」
「さあ、行くわよ!」
「やっぱり怖い!」
メリーはぎゅっと目を瞑りながらも、ふわりと足が離れ、二人が捕まるドローンはゆっくりとビルの屋上を離れていく。肌で風を感じたメリーは恐る恐る目を開き、ホッと息を吐く。
「無事に飛んで良かったわ。風が気持ちいいわね」
「順調順調!」
都会を見下ろしながら時間の境界目掛けて飛んでいた時だった。
彼女達の頭上、時間の境界の表面に新たな超高層ビルが出現。数える間もなく落下の態勢に入り、蓮子とメリーの表情は強張る。
「嘘、二棟目!?」
「蓮子!」
報道機関のヘリコプターは一斉にその場から離れ、地上では遠巻きに空を見上げていた人々から悲鳴が上がる。一方、警察のヘリコプターは落下予測点ギリギリまで彼女達に接近し、壮年の男性警官が拡声器を用いて呼びかける。
『そこの二人組! 直ちに離れなさい! 押し潰されるぞ!』
「ど、どうするの蓮子!?」
「メリー、ちょっと激しく動くわよ。しっかり捕まってて!」
「きゃああ!」
緩やかに上昇していたドローンは、トンボのように水平に移動し、迫りくる超高層ビルを紙一重のところで回避。
「ふう、間一髪ね」
超高層ビルは地上のビル群の壁面を大きく削り取りながら、駅前の幹線道路に墜落。激しい轟音と地震が生じ、砂煙が立ち込めている。
「下の人達は大丈夫かしら……」
「見た感じもう避難が済んだエリアみたいだし、巻き込まれた人は居ないでしょ。それより、また落ちてくる前に行くわよ!」
蓮子は時間の境界を見上げると、ドローンを加速させ、自転車並の速度で時間の境界に飛んで行く。
『待ちなさい!』
警察のヘリコプターも後を追いかけるが、彼女達が突入した瞬間、時間の境界は跡形もなく消滅。
『なっ……!?』
予想外の事態に、警察のヘリコプターは彼女達が消えた空域をしばらくの間右往左往していた。
やがて誰も居なくなった屋上に境界が開き、紫が現れる。
「まさか建物が落ちてくるなんてね」
彼女は蓮子とメリーが置いていった帽子と日傘を拾い上げると、時間の境界が存在した空を見上げながら呟く。
「あの子達も随分と無茶をするわね。若い頃の菫子そっくりだわ」
時刻は午前10時30分。遠く離れた幻想郷から巨大な境界の発生を能力で察知した紫は、現場に急行。自らの生み出した境界の中で、
そんな折、31年前に聞いた霊夢の話が頭をよぎり、もしかしたらと思いながら蓮子とメリーの姿を捜した所、駅前広場で呆然と立ち尽くす二人を発見。予感が確信に変わった紫は、彼女達を中心に影ながら動向を見守っていた。
「時の回廊で霊夢が見た私そっくりの女性と茶髪の女性って、やっぱりこの時間の彼女達だったのね。2032年生まれの二人を2021年に既に知っていたなんて、妙な話だわ」
彼女達のことは、秘封俱楽部として活動する前から目を付けていた為、驚きは少なかった。しかしそれと同時に、時間移動が世界にもたらす影響力の強さを実感していた。
遠くの空からはサイレンが聞こえ、埋め尽くす程の警察と陸上自衛隊のヘリコプター部隊が接近している。
「前回は12年、今回は31年。どんどん周期が広がってるわね。次の出現は100年くらい先になりそうだわ。美咲が亡くなる前に解決してくれるといいのだけれど……」
紫は憂いた表情で、未だ帰らぬ霊夢とマリサの身を案じつつ、京都を後にした。
後日、紫が外の世界の報道を確認したところ、建物や道路に多数の被害が生じたものの、死傷者は0人。行方不明者として彼女達の顔写真と実名が報じられていた。
日本政府は
終編(2/2)は3月中の投稿を目指します。