魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第236話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想 (終編)(2/2)紫と咲夜の決意

 ――西暦215X年9月23日午前0時――

 

 

 

 ――幻想郷、魔法の森跡地――

 

 

 

 西暦215X年9月23日午前0時。すっかりと夜の帳が下り、居待月が照らす魔法の森跡地。

 秋が深まり、色付いた紅葉によって幻想郷全体が鮮やかな赤に染まる季節において、この土地だけは今も全ての色が死んでいる。1世紀半に渡る時の流れは、在りし日の風景の記憶を風化するには充分だった。

 今や人も妖怪も立ち入らない死の大地において、この時だけは変化が生じていた。

 魔理沙(マリサ)の自宅跡地に、赤を基調にしたゴシック様式の円卓と四席の椅子が置かれており、紫・咲夜・パチュリーが着いていた。卓上にはすっかり冷めてしまった四人分の紅茶と洋菓子が用意されており、パチュリーの席には魔導書が積まれている。

 紫と咲夜は誰かを待つように周囲を見回し、パチュリーは深く腰掛けながら魔導書を読み耽っていたが、ふと咲夜が懐中時計に視線を落とす。

 

「午前0時。日付を跨ぎましたわ」

「タイムトラベラーの魔理沙は現れなかったのね」

 

 パチュリーは本から顔を上げ、ポツリと呟き。

 

「あの時の予想が当たってしまったなんて……」

 

 紫は暗い表情でため息を吐いた。

 一日千秋の思いで待ち続けていた彼女達にとって、昨日が魔理沙に会う最後のチャンスだったからだ。

 

「やはり2008年に〝彼女″が私の前に姿を見せた時から、こうなる運命は決まっていたのかしら」

「霊夢、マリサ、アリスも未だに消息不明のまま……。悲しい話ね」

 

『紫様……どうやら私はもう長くないみたいです。居なくなってしまった霊夢様達のことを、どうかよろしくお願いします……』

 

 紫の脳裏には、90年前の梅雨に最期まで霊夢達の身を案じながら亡くなった美咲の遺言が思い浮かんでいた。

 

「八雲紫、最後に時間の境界が開いた日時は?」

「私の知る限りでは、2052年8月3日の京都よ」

 

――彼女達も行方不明のままなのよね。

 

 紫の境界の中には、蓮子の帽子とメリーの日傘が今も仕舞い込まれている。

 

「もう105年も経っているのね」

「次に時間の境界が開いた時がタイムオーバー。私はこの時間から消失するわ」

「そこまで分かっていても、未来は変えられないのね……」

「それは違いますよ、パチュリー様」

 

 悲観するパチュリーを泰然と否定した咲夜は「むしろ魔理沙に会える絶好の機会と考えています。恐らく彼女はその先にいるでしょうから」

 

「咲夜……」

「お嬢様も私の考えに賛同してくださいました。悔いはありません」

「咲夜。再確認するけれど、運命の日は『西暦215X年10月1日』で正しいのよね?」

「ええ。そして『時間の境界の先が見通せるようになった時』、【時間軸の逆行】が始まるわ。その瞬間から私達の未来は閉ざされるのよ」

「改めて聞いてもとんでもない話ね……。私も可能な限り手を尽くしてみたけれど、止める術は見つけ出せなかったわ」

「八雲紫。貴女はどうするの?」

 

 咲夜の真剣な問いかけに、一瞬の沈黙が流れた後。

 

「私はギリギリまで霊夢と魔理沙(マリサ)を待つわ。それでも間に合わなかった時は、私自ら時間の境界の先に向かいます――」

 

 紫は決意を表明した。

 

 

 

 

――西暦215X年10月1日午前7時40分――

 

 

 

――幻想郷、魔法の森跡地上空――

 

 

 

 

 8日後の朝、太陽が昇り、夜の寒気が抜けて暖まり始めた頃。魔法の森跡地上空には紫と咲夜の姿があった。

 彼女達が睨む先には、空を切り裂くように時間の境界が開き、先を見通すことができない闇が広がっている。

 

「遂に出現したわね」

「そうね」

 

 一言だけ答えた咲夜は、覚悟を決めた表情でメイド服の中から懐中時計を手に取る。

 

「行くの?」

「ええ。八雲紫、万が一の為に貴女にも預けるわ」

「! 有難く使わせてもらうわ」

 

 意図を察した紫は、丁重に懐中時計を受け取る。その右手からは、自らの能力でも解析できない〝力″が伝わる。

 

――これが彼女の力なのかしら。なんとも不思議な感じね。

 

「と言っても、あの三人が未だに帰ってこない時点で、只の気休めでしょうけど」

 

 紫は境界を弄り、懐に懐中時計を仕舞い込んだ。

 そして咲夜は新たな懐中時計を持ち、竜頭に手を掛ける。

 

「咲夜。貴女の幸運を祈ります」

「貴女もね。また再会できる日を楽しみにしているわ」

 

 次の瞬間、咲夜は紫の前から姿を消していた。

 

 

 

 

 ――午前7時55分―― 

 

 

 

 咲夜と別れた後、境界に腰かけながらじっと観察をしていた時、博麗神社の方角から人影が接近しているのに気づく。

 伝統的な紅白衣装に身を包み、お祓い棒を持った目付きの悪い少女。彼女の名は博麗杏子。この時代の博麗の巫女だ。

 

――博麗の巫女が動いたわね。厄介なことになったわ。

 

 彼女は一直線に紫の元に詰め寄り、開口一番怒号を発する。

 

「おい、スキマ妖怪!」

「……何かしら?」

「空の裂け目はお前の仕業か?」

「いいえ」

 

 肩にお祓い棒を担ぎ、眉間に皺を寄せる杏子に、紫は時間の境界について現時点で分かっている事を簡潔に伝えた。

 

「時間の境界……そういえば先代から聞かされたことがあるな。6代前の博麗霊夢という巫女が解決に向かったが、行方不明になったままだと」

「ええ。私はあの頃からずっと彼女達の帰還を待ち続けているのよ」

「それだけ時間があったのに、解決の目途は立っていないのか?」

「……」

 

 紫が沈黙をもって答えると、杏子は「ちっ、面倒だな」と苦虫を嚙み潰した表情で舌打ちした。

 その時、彼女達の間に突風が吹き、文が風の中から姿を現す。

 

「おやおや、紫さんではありませんか。貴女が異変に率先して出てくるなんて珍しいですね」

「予見されていた出来事への対処は私の役目よ」

「ほうほう。それはつまり、あの大穴の正体をご存知なのですか?」

 

 彼女がメモを取りながら取材をしていると、杏子が不機嫌そうに口を挟む。

 

「おい、文屋。異変の解決の邪魔になるからどっか行けよ」

 

 文は眉をピクリとさせながらも、営業スマイルを貼り付けながら答える。

 

「まあまあ、そう邪険にしなくてもいいじゃないですか。私は博麗の巫女の邪魔にならないように、後ろから見ていますから」

「それが迷惑なんだよ! お前が書く三文以下の偏向記事は非常に目に余る。博麗神社と私の風評は悪くなる一方だ!」

「おや、私は基本的にありのままの出来事を書くようにしていますよ? 単刀直入に言って、あなたが無能なのが悪いのでは?」

「なんだと? 二度とペンを持てないようにしてやろうか?」

「はっ、人間風情があまり天狗を舐めないことね!」

 

 杏子がお祓い棒を向け、文が葉団扇を出して臨戦態勢に入った時、紫が間に入る。

 

「二人とも喧嘩は止めなさい! 今は言い争っている場合ではないでしょ!」

「あやや、すみません」

「ちっ」

 

 文は葉団扇を懐に仕舞い、杏子は舌打ちしながらそっぽを向く。文は彼女に流し目を送りつつ紫の隣に移動すると、そっと耳打ちする。

 

「紫さん。どうして彼女を博麗の巫女にしたんですか? 歴代の巫女と比べて、妖怪に対しての風当たりが強すぎますよ」

「多少人格が破綻していても、彼女が博麗の巫女という役割に適任だったからよ。それに貴女にも多少の非はあると思うけれど?」

「アハハ、これは手厳しいですね」

 

 続いて紫は杏子に向かって強い口調で告げる。

 

「杏子、貴女が妖怪嫌いな事は充分承知しています。けれど感情に任せて行動するのは愚の骨頂よ」

「はいはい、分かったわよ。この異変が解決するまでの間だけ協力するわ」

 

 かくして紫と杏子は協力体制を結び、彼女の敵愾心はなりを潜めた。

 

「それで紫さん。話を戻しますが、あの大穴について何かご存知ですか?」

「時間の境界よ」

「時間の境界――! では、あの向こう側は過去か未来に繋がっているのですか!?」

「…………否定はしないわ」

「なんということでしょう! ひょっとしたら文々。新聞始まって以来の大スクープかもしれません!」

 

 文は興奮した様子でメモを取る事に夢中になっており、紫の冷めた視線に気づかない。

 

「一体何故時間の境界が開いたのでしょうか? 原因に心当たりはありませんか?」

「……さあ、知らないわ」

「そうですか。うーん……」

 

 万年筆を顎に当てながら考え込んでいた文は、何かを閃いたかのように手をポンと叩く。

 

「紫さん、私に名案があります。 ほんの少しだけ待っていてください! 強力な助っ人を連れて来ますから!」

 

 文は風よりも速く妖怪の山に向かって飛び去ると、3分もしないうちに椛を連れて戻って来た。

 

「お待たせしました!」

「ちょっと文さん。いきなりなんですか? 私まだ仕事があるんですけど?」

 

 文は露骨に迷惑そうにしている椛の両肩を掴み、「椛、あの穴は時間の境界と言って、今とは別の時空に繋がっているらしいの。あの向こう側を、貴女の【千里先まで見通す程度の能力】で見れる?」と目を合わせながら熱弁を振るう。

「はぁ……よく分かりませんが、一応やってみます」

 

 その勢いに気圧された椛は数m前に進み、瞬き一つせずにじっとタイムホールを見上げる。

 

「どう?」

 

 この場の全員の注目が椛に集まる中、やがて振り返り、小さく首を振った。

 

「真っ暗で何も見えませんね」

「う~ん、残念ね」

「単純な視覚情報では感知できない領域なのかしら」

「では私は仕事に戻りますから」

 

 椛は妖怪の山に帰って行った。

 

「どうするんだスキマ妖怪?」

「しばらく静観するわ。杏子、くれぐれも時間の境界に向かわないように」

 

 

――午前8時25分――

 

 

 

「紫」

 

 時間の境界を観察していた紫の背中に扉が出現し、隠岐奈が登場する。

 

「お帰りなさい。外の世界はどう?」

「お前の予測通り、世界6大陸の各地に時間の境界が無数に出現している。現時点では105年前の京都のような事態には至っていないようだが、予断を許さない状態に変わりはない」

「そう……。こちらも藍に幻想郷の様子を調べさせているわ」

 

 平然と答える紫に違和感を覚えたのか、隠岐奈は「紫、お前は何を考えている?」と問い質す。

 

「私は時が来たら向こう側に行くつもりよ。その時は幻想郷をお願いね」

「……ああ」

 

 決然と言い放つ意図を汲み取った隠岐奈は、静かに頷いた。

 

 

 

――午前8時44分――

 

 

 

 既に1時間が経過したが、魔法の森跡地上空には依然として時間の境界が開いていた。

 何も起こらないまま、ただ時間だけが過ぎていった時、紫は身体に違和感を覚える。

 

――あら? これは……

 

 原因を突き止めた紫は、熱が籠る懐中時計に手を伸ばし――。




この続きは『第231話 (2) タイムホールの影響⑩ 変化した世界』で描写しています。

次話は4月第二週の投稿を目指します。
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