魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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大変遅くなってしまい申し訳ありませんでした。


第239話 (2) タイムホールの影響⑬ 終末の兆し 紫の行動

 ――西暦215X年10月1日午前8時51分――

 

 

 

 ――幻想郷、魔法の森跡地上空――

 

 

 

 

「――ということが149年前の4月12日に起こりました」

 

 意識が戻った紫のすぐ目の前には、古びた手帳を開き、当時の事件を読み上げる文の姿があった。

 

「聞いていますか、紫さん?」

「ええ。確かに“思い出した”わ」

 

 紫は記憶の混乱をおくびにも出さず、はっきりと頷いた。

 現在時刻は215X年10月1日午前8時51分23秒。彼女が心象世界で記憶の齟齬に整理をつけた時間は、実時間にして1分程の出来事だった。

 

「あぁ、懐かしいですねぇ。思い返せば、あの頃の幻想郷はとても活気に満ちていましたね」

「確かに、彼女には不思議な魅力があったな。私の前に立った時の事は今でも鮮明に覚えているよ」

「そういえば、隠岐奈さんの起こした四季異変は、霊夢さんが博麗の巫女として解決した最後の異変でしたね」

「うむ、あの頃は幻想郷の行く末が心配だったのでな。霊夢になら幻想郷を任せられると思ったんだが……残念な結果になってしまったな」

「そうですねぇ……。もし彼女が今の時代に生きていたら、幻想郷はもっと華やかだったかもしれません」

「最近はあの頃程異変が起こらなくなったからな」

 

 それからも文と隠岐奈は、霊夢が幻想郷に居た頃の思い出話に花を咲かせていたが、紫は会話の輪に加わらず、博麗の巫女について考えていた。

 

――今の歴史には霊夢はいない。ということは彼女は……。

 

 紫は、文と隠岐奈から少し離れた場所で仏頂面を浮かべている杏子に近づき、声を掛ける。

 

「ねえ、杏子」

「なんだよ?」

「貴女の母親、舞さんは――」

 

 言いかけた途端、杏子の態度は豹変し、「あぁ!? 今はその話は関係ないだろ! 憎き妖怪が亡き母の名を口にするな!」と激昂する。

 

「な、なんですか!?」

 

 文は驚愕を浮かべ、隠岐奈は冷めた様子で杏子と紫に視線を送り、紫は「……ごめんなさい」と短く謝罪を口にする。

 しかしこの短いやり取りの中で、紫は一つの確信を得ていた。

 

――この反応……。やっぱり、彼女の人格が変化した原因は母親にあるのね。

 

 β世界――すなわち現在の歴史の杏子は妖怪を憎悪しており、人々からの評判は良かったものの、妖怪達からの評判は最悪で、両者の関係にも溝が生まれつつあった。

 

 博麗神社には妖怪避けの結界を張り巡らせており、霊夢の時代のように妖怪達が集まる事も無くなっていた。もちろん紫とも、“幻想郷の管理者”と“博麗の巫女”として、必要最低限のコミュニケーションしか行わない事務的な関係でしかない。

 

 ところがα世界の記憶では、物腰柔らかく、誰にでも分け隔てなく接する気立ての良い少女で、人妖達からの評判も良好だった。“幻想郷の管理者”たる紫とも、幾度となくプライベートな話をする程度には友好関係を築いていた。

 

 そして歴代の博麗の巫女の指南役を務めてきた霊夢を非常に敬愛しており、霊夢もまた、杏子の事を特に目に掛けていた。

 

 ある日、博麗神社を訪れた紫は、杏子に何故霊夢の事を敬愛しているのかと訊ねた事があった。

 

 紫からしてみれば興味本位の質問だったが、杏子は目を輝かせながら、自分が霊夢に憧れるようになり、博麗の巫女を目指すきっかけとなった西暦2151年4月19日の出来事――とある山中で、妖怪に襲われていた母親を霊夢が颯爽と救出した話*1――について熱を込めて語り出し、その後も日が暮れるまで霊夢の魅力をひたすら捲し立てられた記憶が残っている。

 

――恐らく現在の歴史では、彼女の母親は誰にも助けられることなく6年前に帰らぬ人となったのね。さしづめ博麗の巫女になった動機も、妖怪への復讐……といったところかしら。

 

 β世界では、博麗の巫女としての適性が高いという理由で人格面に目をつぶって彼女を任命したが、時折もっと良い選択肢は無かったのかと自問自答することがあった。

 しかしα世界においては、杏子が博麗の巫女であることに何の疑いもなく、最善の選択をした自負があった。

 

――霊夢が時間の境界の調査に行った結果、約130年後に杏子の母親が死亡する。一見関係ないような出来事が巡り巡って一本の線で繋がるなんて、これがバタフライ効果(エフェクト)というものかしら。歴史改変の予測って、非常に難解だわ。魔理沙はこんな体験を何度もしてきたのね。

 

 もしかしたら霊夢だけではなく、マリサやアリスが居なくなった影響も出ているのかもしれないが、紫にそれを検証する時間と手段は無い。

 

――それにしても、どうして私だけα世界の歴史を思い出したのかしら……? 魔理沙の理論では、改変前の歴史は分岐点となる当事者でなければ知り得ないという話だったけれど、時間の境界は私以外の人妖にも大きな影響を与えているわ。

 

 そこまで考えて、紫はレミリアの言葉を思い出す。

 

『世界はもう間もなく終焉を迎える運命にある。唯一の希望は魔理沙よ』

『私達は世界の終焉にまた一歩前進した。〝希望″を求める猶予は殆ど残されていない』

 

――……そういえばレミリアも世界を跨いで意味深な言葉を残していたわね。彼女も何か知っているのかしら?

 

「それよりもスキマ妖怪。いつまで静観するつもりだ? 文屋の話が事実なら、149年前みたいな被害が出るかもしれないのに、このまま手をこまねいている場合じゃないだろ?」

 

 苛立ちを声色に乗せる杏子に、紫は思考を打ち切り、彼女に向き直る。

 

「先程も話したけれど、私は刻限まで霊夢達を待つつもりよ。どのみち時間の概念は私の手には負えないもの」

「刻限だと? どういう意味だ?」

「それは――」

 

 紫が更に掘り下げて説明しようとした時、突然、眩いばかりの光が彼女達を襲う。

 

「な、なに!?」

「み、皆さん! 時間の境界を見てください!」

 

 焦りを含んだ声で空を指差す文に、眩しさに顔を(しか)めながら全員が顔を上げる。やがて光が収まると――。

 

「時間の境界が……!」

 

 そこには未知なる文明の摩天楼が鳥瞰視点で映っていた。

 ほんの数秒前まで深淵の闇が広がっていた時間の境界の表面は、区画整理された広大な土地に、無機質な超高層建築物が道路に沿って果てしなく並び立つ光景に様変わりしていた。

 紫から見て南側には波静かな状態のエメラルドグリーンの海が見切れており、南西方向にある港には都市部から伸びた道路が海へと繋がっていて、鉄道のような乗り物が次々と海中へと飛び込んでいる。

 北西方向には、天を貫く細長いタワーを中心に、幾多の超高層ビルで形成された大都市が広がっており、北東の空には数多の宇宙船が飛び交っている。

 

「これは一体……なんだ……?」

「外の世界の景色……でしょうか?」

「いいや、私の知る限り外の世界にこんな都市はないぞ。そもそも人間が一人もいないとはどういうことだ?」

 

 唖然とする文と隠岐奈だったが、紫は顔色一つ変えず、スキマから取り出した咲夜の懐中時計を握りしめる。

 

――とうとう始まってしまったのね。これも歴史の必然……。

 

 その時、時間の境界の中央で僅かに動いた金色の点に気づく。

 

――金色? ――まさか!

 

 紫は自らの視力の境界を弄って双眼鏡並に強化すると、金色の点が動いた超高層マンションの屋上にピントを合わせる。

 流れるような金色の髪を後ろで束ね、白のフリルネックのブラウスに黒いジャンパースカートを履いた少女が空を見上げており、紫にとっては懐かしくも愛おしい顔に思わず息を呑んだ。

 

――ああ、やっぱり、魔理沙……!

 

 長年一日千秋の思いで待ち焦がれていた少女を見つけ、紫は気持ちの昂ぶりを感じていた。

 彼女の周囲には、見慣れた格好のマリサ、にとり、妹紅の他、桜色のブラウスとフレアスカートに身を包んだ霊夢や、白いワンピースを身に纏う赤髪の少女、群青色の制服姿の金髪ショートの女性もいた。

 

――霊夢に……魔理沙が二人? ああ、恐らくこっちがタイムトラベラーでは無い方のマリサね。二人とも無事で良かったわ。

 

――いえ、待って。確かα世界でも霊夢とマリサの行方が分からなくなっていたわ。その時アリスは、二人が魔理沙と一緒に39億年前のアプト星に出掛けた可能性を指摘していたわね。だとすると、あの二人はα世界の215X年10月1日の霊夢とマリサなのであって、β世界の2021年2月21日に時間の境界の調査に向かった霊夢とマリサではないのかしら? ……服装が違うからその可能性が高いわね。う~んややこしいわ……。

 

 思い悩む紫に隠岐奈が声を掛ける。

 

「なあ紫、さっきから黙り込んでいるが、お前はこの現象について何か知っているのか?」

 

 隠岐奈の問いかけに、紫は皆の視線を感じつつ口を開く。

 

「8日前、咲夜はこう話していたわ。『時間の境界の先が見通せるようになった時、時間軸の逆行が始まるわ。その瞬間から私達の未来は閉ざされるのよ』と」

「時間軸の逆行……? なんだそれは?」

「咲夜の話では、“ある一定の瞬間”を越えた時、時間の流れが逆転する。すなわち、世界の時間は過去に巻き戻されて、未来が訪れなくなるらしいのよ」

「ふむ……その“ある一定の瞬間”とは、今のことか?」

「ええ。時間軸の逆行が始まってしまうと、私達も過去に巻き戻ってしまう。そうなってしまう前に、私は時間の境界を通り抜けるのよ」

「……よく意味が分からんな」

 

 難しい顔で首を振る隠岐奈に、紫は「私も完全に理解している訳じゃないわ。何せそれを体験したのは咲夜と輝夜だから」

 

「その二人は確か時間に纏わる能力を持っていたな。何か関係あるのか?」

「分からないけれど、少なくとも私の推測は当たっていたわ。タイムトラベラーの魔理沙はあの先にいるもの」

「それは本当ですか紫さん!?」

 

 魔理沙という単語にメモを取っていた文が食いつくと、紫はスキマの中から双眼鏡を出し、彼女に放り投げる。難なくキャッチした文は、双眼鏡を目に当てて時間の境界を見上げた。

 

「時間の境界の中心を走る片側八車線の道路と、海へ続く片側一車線道路の交差点の角に建つ超高層マンションの屋上にいるわ」

「どれどれ……見つけました! おおっ、確かに魔理沙さんがいらっしゃいますね。それに霊夢さんと……二人目のマリサさん!? あっ! にとりと妹紅さんまで! これはこれは……!」

 

 一人興奮した様子の文を横目に、紫は隠岐奈に向かって言葉を続ける。

 

「それにね、時間の境界の出現によって既にこの世界の歴史は改変されているわ。霊夢も、魔理沙(マリサ)も、アリスも、本来の歴史ではこの時間に居たのよ」

「……一体なんの話だ?」

「残念ながら口頭で説明する時間は無いわ。私の能力を受け入れてくれるのなら、すぐに済むけど?」

 

 互いの記憶と精神の境界を弄る事による一方的な記憶の転写を提案した紫に対し、隠岐奈は一瞬考える素振りを見せた後、首を振る。

 

「……いいや、止めておこう。お前の事を信用していない訳ではないが、精神に干渉されるのは好まないのでな」

「でしょうね。私はもう行くわ。隠岐奈、杏子、幻想郷をお願いね」

「気を付けろよ紫。絶対に帰ってこい」

「……」

 

 身を案じる隠岐奈と、腕を組みながら無言で睨む杏子に別れを告げる紫。

 一方文は双眼鏡をおろし、「ううむ、あの先に霊夢さん達がいるなんて凄く気になりますが、先に咲夜さんから事情を伺うべきでしょう」と呟くと、時間の境界に向かいかけていた紫を呼び止める。

 

「待ってください紫さん! 咲夜さんは今何処にいますか?」

 

 紫は双眼鏡を受け取りながら答えた。

 

「1時間ほど前に永遠亭に向かったわ」

「ありがとうございます! 紫さん、頑張ってください!」

 

 一礼して飛び去ろうとした文だったが、すぐに表情が変わる。

 

「あれ? おかしいですね」

 

 文は羽毛が抜ける程懸命に翼をはためかせているが、前に進むことなく、羽音だけが響いていた。

 何事かと思い紫が視線を向けていると、間もなくその羽ばたきすらも止まり、両腕を手前に曲げた姿勢のまま絶望に顔が染まる。

 

「そんな……身体が動きません」

 

 更に彼女から抜け落ちた羽は足元近くの空中で固まっており、風が吹いてもぴくりとも動かず、彫刻のように固まっていた。

 

「!!」

「馬鹿な! 能力が無効化されているだと……!」

 

 やがてすぐに杏子は腕を組んだ姿勢のまま、隠岐奈は自然体の姿勢で目を見開いた。

 

 紫も自分の状態を確認すると、身体は自由に動くものの、能力に制限がかかっていることに気づく。空間に干渉できず、まるで出入口のない密室に閉じ込められたかのように、境界を開くことが出来なかったのだ。

 

 もちろん普段の彼女ならば、密閉された空間だろうが、はたまた壁の中だろうが、“スキマ”を創り出して出入りすることが容易であり、未熟だった幼少時代を除いて、能力に制限がかかったことは一度も無かった。

 

「一体何が起きている……?」

「ほんのついさっきまで、こんなことありませんでしたよ……!?」

 

 困惑を隠せない様子の隠岐奈と文に対し、紫は冷静に思考する。

 

――文はともかく、私と隠岐奈の能力は概念や法則すらも塗り替える。それが効かないとなると……まさか時間の力なの!?

 

 一つの仮説を導き出したその時だった。

 現在時刻は午前9時。時間の境界から突如として時計の鐘の音が鳴り響き、大気を震わせる。

 

「なっ……! 今度は一体何ですか!?」

 

 何処までも続く青空に亀裂が走り、次の瞬間には空全てが時間の境界と一体化。更に彼女達は、まるで見えざる意志に操られているかのように、時間の境界に引き寄せられていく。

 

「空が消えた……!」

「それに私達何だか時間の境界に近づいてませんか!?」

「お、おい、スキマ妖怪! 話と違うじゃないか!」

 

 目まぐるしく変わる状況に文と杏子は慌てふためいていたが、紫の心は落ち着いていた。

 ふと手元の懐中時計に視線を落とすと、短針はⅨ、長針と秒針はⅫの状態でピタリと静止していた。

 

――どうやら逃げられないみたいね。でも構わないわ。私はもう覚悟ができているもの。

 

「こうなってしまった以上、貴女達も時間を飛び越える覚悟を決めなさい」

 

 紫は時間の境界を睨みつけながら、やがて訪れる時をじっと待ち続けた。

 

「確かに紫さんの仰る通りですね。魔理沙さんという先駆者がいるんですから、きっと私達だって出来るはずです」

「……そうだな。無事に目的地に辿り着く事を祈るばかりだ」

「はぁ。魔理沙とかいう女に会ったら一言言ってやらないと気が済まんな」

 

 思い思いの決意を胸に、四人の少女は時間の境界へ消えていった。

*1
この出来事は第4章第130話にて詳しく描写しています。

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