「あれは時計塔か?」
「ええ」
根拠は無いけれど、あの建物だけ何かが違う気がするのよね。
「霊夢の勘はよく当たるからな。よし、行くか!」
マリサは、背中にくっつけていた箒を魔法で右手に引き寄せて颯爽と跨り、後ろを指差しながら「乗ってけよ。私がひとっ飛びで連れて行くぜ?」と白い歯を見せる。
「ええ。じゃあお願いするわ」
二人で飛ぶよりマリサの箒の方が速いし。
私は手を繋いだまま彼女の後ろに跨ると、背中に軽く身体を押し付けてから腰に手を回す。マリサは森とキノコの匂いがするわね。
「お、おい。手を離していいのか?」
「こうやってくっついていれば問題ないでしょ。あんたの飛行は速いから、しっかりしがみつかないと振り落とされちゃうわ」
「ははっ、そうか」
何故かマリサは愉快そうに笑っているけど、私にとってはあまり笑い事じゃないのよね。
彼女が魔力を箒に込めると、ゆっくりと高度を上げていって、ある程度の高さで静止する。
「それじゃ行くぜ! 準備はいいか霊夢?」
「ええ!」
私がぎゅっとしがみつくと、マリサは箒を発進させて、星屑をまき散らしながら風を切って飛んで行く。
さっきまで私達が立っていた道路はあっという間に小さくなっていって、地上の桜の森は薄桃色になっていた。
「あんたまた速くなったんじゃない?」
「気付いたか? 最近魔力の効率を上げることに成功してな、より少ない魔力で速く飛べるようになったんだぜ」
「ふーん」
正直に言うと、飛び慣れている私でさえもちょっと怖くなっちゃうくらい速いけど、口にしたら絶対からかわれるから余裕のある態度を出している。
そしてどれくらいの時間が経ったのかな。ふとマリサが前を向いたまま呟く。
「おかしいな。なんか全然距離が縮まらないんだが」
「え?」
私は顔を上げてマリサの肩越しに時計塔を見ると、確かに出発前と大きさがあまり変わっていない。というか、本当に近づいてる?
後ろを振り返ってみても、道路との距離感が少し前に見た時と同じで、飛行中の今も離れているようには思えない。
「まさかあの時計塔も幻なのか?」
「マリサ、一旦止まって」
「おう」
マリサはその場で急停止した。
「どうするつもりだ?」
時の回廊は咲夜によって管理されている世界だし、常識では有り得ない事が起きているのは確実。可能性は幾つか考えられるけれど、さっきの桜地帯みたいな例もあるし、まずは一つずつ潰していきたいところね。
首から下げた咲夜の懐中時計を確認すると、短針はⅡ、長針はⅪを指していて、秒針は一定のリズムを刻んでいる。この時刻は全く当てにならないけれど、私にとっては“時計が正しく動き続けている”という事実こそが重要な意味を持つ。
「マリサ、私が合図を送るまで進み続けてちょうだい」
「ああ」
マリサが時計塔に向かって進む間、私が懐中時計を注視していると、秒針に大きな変化が起きていることに気付く。
なんと、Ⅻの位置から一定のリズムを刻んでいた秒針が、Ⅵの位置まで進んだ所でⅫの位置へ瞬間移動していたのよ。
最初は自分の目を疑ったけど、何度確認しても、同じ現象が繰り返されているわ。秒針が高速で進んだり、戻ったりするのではなくて、忽然とⅫの位置に移動しているのよね。
(これはもしかして……!)
「マリサ、マリサ」
「なんだ?」
「今度は私が止めるまで引き返してくれる?」
「? 構わないぜ」
マリサは減速しながらゆっくり旋回すると、時計塔に背を向け、道路目掛けて高度を下げながら飛んで行く。
10秒、20秒と経過する間、私は何度も後ろを振り返りながら距離感を確認していく。すると道路はどんどんと大きくなっていくのに対して、背後の時計塔は小さくなっていった。
咲夜の懐中時計を見ると、秒針は正しく時間を記録し続けていて、文字盤の上をぐるりと一周していた。
(ふーん、そういうこと……。中々面白い仕掛けじゃない)
今度は時計の動きと距離感が正常に働いたことで、私は一つの確信を得ていた。
「マリサ、ストップ」
「はいはい」
マリサは再び空中で静止する。
「今度は時計塔の方を向いて」
「おいおい、あっちに行ったりこっちに行ったり、さっきから何なんだぜ?」
「話は最後まで聞いて。次はあの時計塔に向かってマスタースパークを撃ってみて。私の予想が正しければ、途中で止まる筈よ」
「んー? まあいいけどさ」
マリサは首を傾げつつも、スカートのポケットから八卦炉を出すと、時計塔の屋上に照準を定める。
「恋符「マスタースパーク」!!」
虹色に輝く極太の光線は、空を一直線に突き進んでいくけれど、案の定ある程度進んだ所でピタリと止まってしまった。
次回投稿日は11月25日です