弾幕ごっこが始まってどれくらいの時間が経ったのだろう。
5分しか経っていないような気もするし、はたまた1時間以上戦っていたような気もする。長いような短いような勝負だったけれど、遂に決着の時が訪れた。
今の私とマリサは手を繋ぎながら時計塔の屋上に立っていて、すぐ目の前には息を切らした咲夜が片膝をついている。かくいう私も息が上がっていて体力の限界が近いけど、気力を振り絞って幣を彼女に突き出した。
「あんたのラストワード『時符「タイム・デストラクション」』は完全に破ったわ。まだやるの?」
しばらく睨み合いが続いた後、呼吸を整えた咲夜は、絞り出すようにポツリと呟く。
「……私の負けよ」
「よーし勝ったぜ!」
マリサは弾ける笑顔で拳を突き上げ、私も自然と口元が緩むのを感じた。
今回の弾幕ごっこを振り返ると、咲夜はとにかく手強くて、私達は終始劣勢だった。
時間操作を利用したナイフ投げと、タネのない手品を中心に戦ってくるのは幻想郷の咲夜と同じだったけど、こっちの咲夜は更に苛烈だった。
過去や未来の弾幕を現在の時間にずらしてきたり、一時的に別の時間の咲夜を同じ時間に呼び出して弾幕を撃ってくるものだから、初めの頃は翻弄されっぱなしで、碌に弾幕を撃てなかった。咲夜の懐中時計が使えたら良かったんだけど、そう都合よくはいかないものね。
それでもなんとか慣れてきて、攻撃に移っていったけれど、今度は彼女の未来視に苦しめられた。
例えば私が一手先を読んで上方向に弾幕を集中しても、彼女は二手先を視て下方向に瞬間移動するし、三手目で夢想封印の布石として弾幕をばら撒けば、四手目で私達の動きを封じるように高密度の弾幕を撃ってきて、五手目で夢想封印を使う隙を与えてくれない。
こんな事が何度も繰り返されて、最後まで私の弾幕は咲夜に届かなかった。
時間を止める相手と戦う場合、依姫のように“時間を止めても逃げられない状況に追い詰める”のが定石なんだけど、弾幕ごっこには“絶対に回避できない弾幕を撃ってはいけない”というルールがある。
依姫は、咲夜が投げたナイフを
でも私にはこの二神の神降ろしは無理だし、咲夜は未来視の力なのか、はたまたこの時の経験を思い出しているのか、袋小路に陥らないように立ち回っていて、何をやっても全然追い詰められなかった。
もはや私の頭の中を覗いてるんじゃないかってくらい作戦と戦術が全て看破されて、打つ手が無かったのに対し、咲夜の攻撃は舌を巻くほど的確だった。
マリサの動きを完全に読み切っていて、上下左右どこへ逃げても必ずその方角から無数のナイフが飛んでくるし、玉砕覚悟で接近すれば周囲に弾幕を集め、慌てて距離を取れば背後から弾幕の雨に襲われる。攪乱させようとしっちゃかめっちゃかに動き回った事もあったけど、惑うこと無く鋭い弾幕が飛んできて、効果が無かった。
過去と未来から予備動作無く訪れる、空を覆い尽くすほど激しい弾幕の嵐。避けられる隙間を一瞬で判断して移動しないと被弾する理不尽な状況が続いて、初めの内は軽口を叩いていたマリサも段々余裕が無くなり、遂には集中力を切らして反応が遅れてしまう。
もちろん咲夜がその隙を見逃すはずもなく、一瞬反応が遅れたマリサをナイフの檻で閉じ込める。詰みの状況に陥ったマリサは『しまった!』と声を上げたけど、時すでに遅く、ナイフの切っ先が全方位から押し寄せる。
ここで被弾したら負けると判断した私は、切り札「
『まず今分かっている事は、こっちの咲夜は完全な時間操作が出来る所ね。過去と未来の攻撃を現在の時間に合わせたり、未来を視る力がそれにあたるわ』
『私の行く先々に弾幕が飛んできたし、霊夢の弾幕も全然当たらなかったもんな』
『彼女は私達の行動によって起こる結果を見てから臨機応変に対応してくる。言ってみれば常に後出しじゃんけんをしているようなもの。あんたが行き当たりばったりで動き回っても、結果を知る彼女には通用しなかったでしょ?』
『改めて言われると反則的な能力だな。こうなったら未来を読む暇を与えないくらい攻撃しまくるか?』
『咲夜にその戦法は通用しないわ。彼女は時間を止めて、自分だけの時間を無限に作り出せるもの。結果を視てじっくり考えてから対処されるでしょうね』
『……あまりこんな事言いたくないんだが、勝つのは無理じゃないか? 未来を読まれたらどうしようもないじゃん。下手したら私達が負ける未来が見えたから、弾幕ごっこを引き受けた可能性だってあるぞ』
『諦めちゃ駄目。弾幕ごっこのルールをフル活用すれば勝機はあるわ』
『――なるほど。お前の言いたい事はなんとなく理解できたが、念のために考えを聞かせてくれ』
『あんたも知っての通り、弾幕ごっこには、【決闘は美しくなければならない】【絶対に回避できない弾幕を撃ってはいけない】【体力が尽きるか、全ての技が相手に攻略されると負け】というルールがあるわ。だから“咲夜よりも体力を残した上で、無傷で残りのスペルカードを攻略する”のよ。決闘の美しさについては、あんたが紙一重の所で避けまくってたから、私達が上回っているわ』
『やはりそうなるか。針の穴を通すような条件だが、勝つにはそれしかないな』
『ここからは攻守交替よ。私の本気を見せてあげるわ』
『ああ、頼んだぜ!』
そんなやり取りを交わした後、私達は箒から降りてマリサを背負い、準備が整った所で「夢想天生」が終わる。ちなみに、この間にも無意識的に弾幕を撃ち続けていたんだけど、やっぱり全然当たらなかったわね。
マリサは今までの鬱憤を晴らすかのように弾幕を沢山撃って、私は自分の経験と直感を活用しながら、時を越えて出現するナイフと弾幕から逃げ続ける。
ここから先は、私と咲夜どちらの体力が尽きるかの我慢勝負。こう見えても体力には自信あるし、咲夜は能力を惜しみなく使っているから、先に疲れてくるのは相手の筈――そんな事を考えながら避け続けていたけれど、弾幕の動きを観察していく内に妙案を思いつく。
それは咲夜の未来視と前述の弾幕ごっこのルールを逆手に取り、私の行動パターンを一定にすることで、未来の選択肢を狭めるというもの。
〝分かっていてもそうしなければいけない”という状況、言い換えるなら此方から〝最善手を誘導”することで、咲夜の弾幕が来る方向をある程度絞ることに成功し、避けるのが少し楽になった。
そうして時が経つにつれて、私の目論見は見事に的中する。
咲夜の顔に疲労の色が見え始め、時を止めない時間が増えてきて動きに精彩を欠く場面が多くなり、マリサの弾幕が少しずつ掠るようになっていく。
マリサも咲夜の異変を好機と捉えて、出し惜しみ無しの七色の弾幕を使って少しずつ追い詰めていく。このまま押し切れるかなと思っていたら、咲夜は右腕を掲げて、ラストワード「時符「タイム・デストラクション」」を宣言する。
これは私達の時間を壊して自分に有利な時間を作る反則的なスペルで、常に時間が加速している咲夜に対し、私達の身には時間の加速・減速・遡航・停止現象が不規則に起きたわ。
例を挙げると、マリサが八卦炉で狙いを定めようとしたら、腕が動かなくて弾幕が撃てなかったり、私が左に50㎝くらい移動しようと思ったら、急に身体の時間が遅くなって半分くらいしか動けなくて、弾幕に当たりそうになったりしたわね。
マリサは『なんだよこれ!? 身体が思うように動かないぜ!?』ってかなり混乱していたけど、私はすぐに特性を理解して、文字通りの意味での時間差に対応するために、神が宿るくらい集中する。
これはどういうことかと言われるとちょっと説明が難しいんだけど、私の意識が浮いて、私自身を背後から俯瞰しているような不思議な感覚になって、周りの動きが遅く見えるようになるの。
かなり疲れるから普段の弾幕ごっこでは滅多に使わないんだけど、今回は絶対に負けられないし、私の勘ではここが一番の勝負所だと判断。
時間加速中の咲夜が繰り出す変幻自在な弾幕を、自分の行動時間と併せて一寸先まで見極めながら避けていく。もちろん、過去に飛ばされた時も考えて、「時符「タイム・デストラクション」」中に撃たれた全ての弾幕の弾道を頭に叩き込むのも忘れない。
マリサは『すげえ神業だ! 霊夢の目は後ろにもついてるのか!?』とか、咲夜は『信じられない……! 貴女本当に人間なの?』って驚いていたけど、この時の私は心技体全てを限界まで引き出していたから、弾幕を楽しむ余裕が全然無くてきつい時間だった。
あとちょっと制限時間が長かったら、集中力が切れて被弾してたわね。あぁ、疲れた。
私は回顧を終えて目の前の咲夜に視線を戻す。
(まさかこっちの咲夜に勝てるなんて、弾幕ごっこさまさまね)
もし本気の戦いだったら私達に勝ち目は無かったと思う。私が関知できない時間に移動されたらどうしようもないし。
ふと、弾幕ごっこ前の咲夜の言葉を思い出す。
『私は弾幕ごっこのルールに則って戦うことを、十六夜咲夜の名にかけてここに誓うわ』
(やっぱり、咲夜は自分が負ける未来を知っていたのかしら。でもそれなら、弾幕ごっこを受ける理由が無いわよね?)
じっと咲夜を見ながらそんな事を考えていると、マリサが口を開く。
「さあ、約束だぜ。さっきの質問に答えて貰おうか」
「しょうがないわね」
咲夜は立ち上がり、軽く咳払いをしてから語り始めた。
「ではまず霊夢の質問から答えましょう。1番目の質問『今の幻想郷には何が起きているの?』について。結論から言うと、【メビウスの輪の影響で、散発的なタイムホールが開いているだけ】。西暦2008年4月5日は時空循環点から離れているから、影響も極僅か。貴女達の主観時間で約五日程度で修復されるわ」
「……え?」
「2番目の質問、『この異変は未来の魔理沙と何か関係があるのかしら?』について、霊夢の推測は正解。今回の異変の元凶は彼女よ」
「!」
(そんな……!)
「最後にマリサの質問だけど、現時点――私と貴女達が会話している今この瞬間の歴史の結果では、アリス・マーガトロイドは生きているわ」
「……随分と含みのある言い回しだな?」
咲夜は捲し立てるように答えると、私達の隣に博麗神社が映る時間の境界を開いて、「以上よ。さあ、元の時間に戻りなさい」なんて催促するものだから、私は思わず「それは答えになっていないわ。ちゃんと説明しなさい!」と言葉を強めた。
咲夜の話は同じ日本語とは思えないくらいちんぷんかんぷんだし、未来の魔理沙が元凶なんて、一体どうして? 彼女は幻想郷が滅ぶ未来を変える為に、何度も時間移動を繰り返したのよ? 理解できないわ。
マリサも「咲夜。お前は事実を話しているのかもしれないが、私らには詭弁にしか聞こえないぜ。きちんと解説してくれないと納得できないぞ」と呆れていた。
「どうしても知りたいの? 今ならまだ『傍観者』でいられるわよ?」
「……どういう意味?」
「これから話すことは、貴女達の未来に大きな影響が及ぶのよ。観測された事象が覆り、高確率で自己同一性の矛盾を引き起こして、最悪の場合は存在の抹消に繋がるわ。それでも良いの?」
「当然よ。私は真実が知りたくてここまで来たんだから」
私は咲夜の目を見ながら即答した。未来の魔理沙が関わっているって聞いたら、尚更引き下がれない。例えどんな結果になっても覚悟はできてるつもり。
「霊夢の言う通りだぜ。私の未来は私が決める。お前に指図される謂れはないぜ」
マリサもまたふてぶてしい笑顔で答えていた。
「……そう」
咲夜は私とマリサの顔を交互に見た後、時間の境界を消した。
「貴女達の覚悟は受け取ったわ。二人とも、これを見てちょうだい」