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幻想郷、人里――
霧雨魔理沙が博麗神社で博麗杏子に襲われる事件が発生したその頃、永遠亭を出た黒髪の女性は迷いの竹林を抜けて人里に降りて来ていた。
目的は一つ。何者かによる過去改変の影響を探ること。
「竹林の中は相変わらず鬱蒼と茂ってて変わった様子はなかったし、人里に何かあるのかしら?」
22世紀にも関わらず、江戸時代のような木造長屋の住宅が立ち並ぶ街を彼女は一人歩いていく。
注意深く辺りを見回す彼女は、その端麗な容姿と相まって通行人から注目を集めていたが、彼女はそれを全く意に介さず町を歩き回っていた。
そんな挙動不審な彼女を、人里に入って来た時からじっと観察していた一人の女性がいた。
その女性は青みがかった銀髪が特徴的で、彼女はしばらく経っても、その不審な動作を止める気配のない黒髪の女性を見かねて近づいて行った。
「……おい、そこで何をしているんだ?」
銀髪の女性に声を掛けられた黒髪の女性は歩みを止めて振り返った。
「あら、貴女は確か寺子屋の……」
黒髪の女性は銀髪の女性を値踏みするような視線で見つめた後、困り顔で口を開いた。
「ええと……どちら様でしたっけ?」
「……上白沢慧音だ。何度か会ってるだろう」
憮然としながら、銀髪の女性は名乗りを挙げた。
「ああー! そうそう、確かそんな名前だったわね。ごめんなさい、私ったらうっかり度忘れしちゃった」
自己紹介された黒髪の女性は、手をポンと叩きながら軽く謝罪した。
「……はあ、もういいよ。それで、永遠亭のお姫様が人里に降りて来るなんて珍しいな。何の用だ?」
上白沢慧音は少し呆れつつ、皮肉交じりに用件を尋ねた。
「そう警戒しなくても良いじゃない。ただの散歩よ。別に何かをしようってわけじゃないわ」
「でもね、家を一軒一軒ジロジロと見て回りながら歩くあなたの行動は、客観的に見てもかなり怪しいけど? それをただの散歩と言い張るのは無理があると思うんだが」
「うーん。それなら一つ、慧音先生にお訊ねさせてもらおうかしら」
「……なんだ?」
「私はね、〝修正された過去″を探しているのよ。何か思い当たる節はないかしら?」
「何だと!?」
「うふふ、その反応からして【歴史を食べる能力】を持つ貴女といえど、気が付かなかったようね」
驚嘆している上白沢慧音の反応を見て、黒髪の女性は僅かながら優越感に浸っていた。
「いつだ!? いつ何時歴史が変わったんだ!?」
「どの年代の過去が変わったのかは分からないけど、〝歴史が変化した瞬間″は私の体感だと二日前と今日の2回ね。特に二日前の方が、〝揺れ″が大きかったわよ」
「そんなことがあったなんて……全然気が付かなかった……!」
悔しい表情の上白沢慧音に、黒髪の女性は言う。
「〝有り得たかもしれない可能性の世界″の話ですし、それが変化してしまった以上、貴女の能力は及ばないかもしれないわね」
「む、でも満月の時ならば分かるかもしれないだろう。決めつけないでくれ」
「ああ、そういえば貴女はその時が全力を出せるのでしたね。これは失礼を」
「あややや、これはこれは珍しい組み合わせですねぇ」
二人が口喧嘩を始めそうな時、それを遮るように頭上から快活な女性の声が響く。
両者が会話を中断して空を見上げると、そこには小脇に大量の紙束を抱える射命丸文の姿。彼女がすっと両者の隣に降り立った所で、黒髪の女性が話しかける。
「貴女は確か新聞屋の……ええと、射命丸さんでしたっけ?」
「あやや! まさか永遠亭のお姫様に名前を覚えていただいていたなんて、感激です!」
「ふふ、貴女の記事はいつも楽しく拝読させてもらっているわ」
「そう言って頂けるのは貴女だけですよ~。最近はもう購読者が増えなくて大変なんですよー」
「あらあら、苦労しているのねえ」
そんな会話の横で、上白沢慧音は「……私の名前は覚えていなかった癖に、なんでこんな奴の名前は知ってるんだ……」と、二人の耳に入らない程度の声量で失意混じりに呟いていた。
「ところで射命丸さんは何故ここに?」
「ああ、そうでした。号外ですよー! ついさっき急いで書き上げたばかりなので新鮮な情報です! さあさあ、見て行ってください!」
半ば押し付けるような形で、射命丸文は上白沢慧音と黒髪の女性に号外紙を手渡した。
A2サイズの両面印刷された号外紙の一面には、至近距離から撮られた仏頂面をした霧雨魔理沙の全身写真が載っており、隣に大きく『怪奇! かつて幻想郷に数々の旋風を巻き起こしたお騒がせ魔女が復活!?』との見出しが躍り、その下には本文が続いていた。
その一面の見出しと写真だけを見た上白沢慧音は、不思議そうに呟いた。
「これ――魔理沙の写真じゃないか! それも若い頃の! 確か彼女は205X年に亡くなった筈だし、何かの間違いではないのか?」
上白沢慧音は100年前に人里で行われた葬式に参列しており、その時の記憶は今もはっきりと残っていた。
「いやいや、確かに見たんですよー! この写真が何よりの証拠です!」
「……合成写真じゃないのか?」
「失礼な! 私は清く正しい射命丸ですよ!? 今まで記事を捏造した事なんてないですよ!」
「……余計信じられないな」
「そんなぁー!」
「そうよ! きっとこれだわ!」
「「!」」
新聞を熟読しながら考え込んでいた黒髪の女性が突然大声をあげた事に二人は驚き、会話が止まる。
「ねえ射命丸さん。彼女の居所について何か知らないかしら?」
「あいにく逃げられてしまったので現在地は分かりませんが、昔住んでいた場所なら知ってますよ。……その代わりと言っては何ですが、永遠亭の内部事情を少ーし教えて貰えませんかね?」
「構わないわよ。ふふ、交渉成立ね」
そうして黒髪の女性は射命丸文に何かを耳打ちし、彼女は「ほうほう」と頷きながら手帳にメモを取っていった。
「……こんなもので宜しいかしら?」
「ええ。貴重なネタの提供ありがとうございます! 後日記事にさせてもらいますよ! では約束通り魔理沙さんの住居を教えます。場所は――」
射命丸文は黒髪の女性に住所となる目印を丁寧に教えた後、自分の手帳の一ページを破りメモ書きを手渡した。
「わざわざありがとう」
「いえいえ、このくらいどうって事ないですよ。それでは私は号外紙を配りにいかなければいけないので、ここで失礼しますね!」
射命丸文は翼を広げて空に飛んで行き、それを見送った後に慧音が尋ねる。
「今から行くのか?」
「話を聞く限りだと、ここから結構遠いみたいだしまた明日にするわ。夕ご飯の時間までに帰らないと永琳に怒られちゃうのよ」
空の頂点で輝く太陽が徐々に傾き始め、もうすぐ夕暮時になりそうな時間となっていた。
「はは、そうか。明日行くのならば私にも声を掛けてくれ。魔理沙が今更現れたのも気になるし、お前の話が事実なら幻想郷の歴史家として放っておけん」
「別に構わないけど、寺子屋の仕事は大丈夫なの?」
「明日はちょうどお休みだからな、何をしようか考えていた所だったんだ」
「あらそうだったの」
そして二人は詳細な時間と待ち合わせ場所を取り決めた後、黒髪の女性は上白沢慧音と別れて永遠亭に飛んで行った。