咲夜の話はまだまだ続く。
「さて、次はメビウスの輪の原因について説明するわね」
「ええ」
「メビウスの輪は自然発生したわけではなく、三つの段階を経て成立したの。まずはこれを見てちょうだい」
咲夜がテレビの画面をなぞると、外の世界が映しだされた。
澄み渡る空の下、升目のように整理された大きな街には、道路に沿って細長い銀色の超高層ビルが数え切れない程建ち並ぶ。空には箱のような形をした宇宙船が沢山浮かんでいて、遠くには太陽に照らされて翠玉色に輝く海が見える。
「何処だここ? 外の世界か?」
「ここは時刻A*1のプロッツェン銀河ネロン星系に属する、アプト星ゴルンのハイメノエス地区ラフターマンション屋上を中心に映した空撮映像よ」
咲夜は流麗に答えたけど、私にとっては耳慣れない言葉だったので、鍵括弧に表示された台詞を黙読する。えっと……うん。なんだか、途方もなく昔の別の星って事は分かるけど、言われてもさっぱり分からないわね。
「へぇ、宇宙人の文明も、案外地球と変わらないんだな」
「まさかとは思うけど、ここに未来の魔理沙がいるの?」
「ご明察。メビウスの輪が発生するきっかけとなる出来事は、この時空A*2から始まったわ」
咲夜は空からの映像を拡大していって、ラフターマンションの屋上にピントを合わせた所で停止する。
「ええっ!?」
「!」
そこに映っていた光景に私とマリサは驚きを隠せない。
だって広い屋上の中心に、二人の魔理沙と“私”、にとり、妹紅、赤髪と金髪の女の子が居て、銃を構えた二十人以上の男性に取り囲まれていたから。
しかも見慣れた恰好のマリサは苦しそうな顔で倒れていて、ポニーテールの魔理沙の足首にしがみついている。“私”は魔理沙達の周囲に結界を張っているけど、大きなヒビが入っていて今にも壊れてしまいそう。
これは明らかに只事では無いわね。
「わ、私と霊夢がいるぜ!? しかもなんかヤバい状況じゃないか!?」
「ねえ咲夜、一体何が起きてるの?」
私にはこんな経験は無いから、きっと未来の私なんだと思うけど、経緯がさっぱり分からない。
「この時点のタイムトラベラー魔理沙の主観に沿って説明していくわ」
そうして語り出した咲夜の話をかいつまむとこんな感じだった。
まずポニーテールの魔理沙がタイムトラベラーの魔理沙で、主観時間は西暦215X年10月1日の午前7時35分なんだって。
この魔理沙は、UTC紀元前39億年7月31日の地球でアンナ――赤髪の女の子ね――って子と知り合って、彼女の母星アプトに遊びに来て欲しいと誘われたらしい。
だけどにとりの宇宙飛行機で1億光年離れたアプト星に行くには燃料が足りなかったので、魔理沙は西暦300X年6月10日の月の都へ押しかけて、1ヶ月掛けて整備する。
そしていざ飛び立とうってなった時に、今度は西暦300X年7月10日の魔理沙に行く手を阻まれる。
彼女の目的は、過去の魔理沙――つまり西暦215X年10月1日の魔理沙にタイムジャンプを捨てさせて、幻想郷が存続する歴史に固定することだった。
アプト星に行くと時間移動をリュンガルトに感知されて、地球が破壊される歴史になってしまい、元の歴史に戻すのにかなり苦労するとのこと。
ちなみにリュンガルトは、UTC紀元前39億年前後のプロッツェン銀河で活動していた研究組織で、時間移動による時空の支配を目論む危険な集団らしいわ。
話を聞いた魔理沙は、考えた末にリュンガルトに感知されない方法で時間移動する事を決めたみたいなんだけど、この判断はどうなんだろう? よっぽど、アンナとかいう女の子に会いたかったのかしら。
魔理沙は、西暦300X年7月10日の魔理沙の協力を得てタイムジャンプ魔法を改良した後、同日の妹紅と西暦215X年10月1日のにとり、マリサ、〝私”と一緒にアプト星へ遊びに行く。
余談だけど、この時代の“私”は、華扇の元で修行を積んで仙人になっているみたいで、天人になる日も近いみたい。思いがけない形で未来を知っちゃったけど、魔理沙と再会する約束をちゃんと果たせたみたいで良かったわ。
閑話休題。アプトは宇宙ネットワークという、複数の銀河に渡って張り巡らされた
彼女達は初めのうちは楽しく観光していたみたいだけど、魔理沙がVRゲーム中に本物の魔法を使った事で異常が起きちゃって、サイバーポリスという自警団みたいな組織の人間が来てしまう。この時にフィーネって名前の金髪の女性が登場ね。
個人情報を隠して接続していることもあって、かなり怪しまれたけど、やむなく事情を話したことでフィーネの誤解は解けたみたい。だけど彼女の上官レオンの命令で、アプト星の滞在中は行動を共にすることに。
実はこの上官がリュンガルトのスパイで、魔理沙達はアンナの自宅マンションに招待された所をリュンガルトの武装集団に襲撃されちゃうんだけど、妹紅が機転を利かせて撃退したみたい。流石ね。
彼らの襲撃を不自然に思った魔理沙は、タイムジャンプを試みたけど何故だか不発に終わってしまう。原因を考える間もなく、魔理沙達は部屋から脱出して屋上に逃げ込んだけれど、そこには既にリュンガルトの本隊が待ち構えていて、あっという間に包囲されてしまった。
更にリュンガルトの司令官レオンから、時の回廊に繋がる〝道”と、アンチマジックフィールドという周囲のマナを奪い取る兵器でタイムジャンプを無効化されたことを知る。マリサが倒れてしまったのは、アンチマジックフィールドの影響なんだって。
窮地に立たされて心が折れかけたけど、皆の励ましで立ち直って、“私”とマリサの協力の元に、自分の全てを賭けた一か八かの大勝負に出る。そしてその結果、時空Aの状況に至ったみたい。
う~ん、なんだか随分と複雑な経緯なのね。結局、西暦300X年7月10日の魔理沙が懸念していた事態に陥ってしまったのが残念だわ。
「彼女はリュンガルトによって固定された時空間と、アンチマジックフィールドを突破する為に、無意識の内に〝潜在的な力”を引き出して強引にタイムジャンプを唱えたの」
「潜在的な力? 魔法じゃないのか?」
「着眼点は決して間違いではなかったけれど、結果的にメビウスの輪という破滅の引き金を引いてしまったわ」
マリサの疑問に答えずに咲夜が画面を指差すと、止まっていた映像が動き出す。
皆驚いた顔で一斉に空を向いて、画面の中の“私”が『な、なによあれ……!』と驚いた表情で空を指差し、カメラが上を向いた所でまた停止する。広大な青空の真ん中には、街を覆い尽くさんばかりの大きな裂け目がぽっかりと開いていて、私はこの光景に見覚えがあった。
「これって時間の境界じゃない?」
「だな。しかもこの規模は相当デカいぞ。博麗神社の何十倍だ?」
「貴女達が時間の境界と呼ぶ現象の正体は【タイムホール】。時の回廊と三次元世界を隔てる次元の壁に発生した時空の穴で、メビウスの輪の兆候よ」
「タイムホール……!」
(紫の見立てはあながち間違いではなかったのね)
「それが空くとどうなるんだ?」
「時空間の基準が不安定になって、魔理沙のタイムジャンプが無くても、誰でも自由に時の回廊へ入れるようになるわ」
「それって、かなりまずくないか? 時の回廊って、あらゆる時空に繋がっているんだろ?」
「ええ。タイムホールは主観時間と客観時間の相違を産み、時の法則を乱す危険な事象よ」
実際に私とマリサはおよそ12年後にタイムスリップしている。たまたま博麗神社に繋がっていたから良かったけど、もし知らない時間と場所に迷い込んでいたら、どうなっていたんだろう。
「本来、魔理沙が操るタイムジャンプは、時の回廊への“道”を開き、対象と時空座標を指定して移動することで望む時空に跳躍する魔法。だけど追い詰められた彼女は、調整を誤って時の回廊へ至る“道幅”を間違えた――いえ、“破壊”したわ」
「!」
「この時に彼女が破壊した時空点は2箇所。この時空と、時空B――
「魔法の森だと!?」
「しかも、魔理沙の主観から見て5分後の時間なのね」
「見てなさい」
咲夜に促されてテレビ画面に注目すると、再び映像が動き出して、屋上の魔理沙達に視点が変わる。
『なにかの穴のようにも見えますし、裂け目のようにも見えますね?』
『ふむ、ワープの際に生じる空間の歪みや、ブラックホールとも違うようですが……』
『う~ん、どっかで見た事があるような気がするんだよね。どこだっけなぁ』
未来の“私”を含めた全員がタイムホールに気を取られていると、いち早く立ち直った魔理沙が周りに向かって『皆、私の身体に捕まってくれ!』と鬼気迫る表情で叫ぶ。
『え?』
『いいから早く! 別の時空に飛ばされるぞ!』
『!』
魔理沙はここから見てる私でさえも怖く感じるくらいの迫力で、未来の私達は一斉に彼女に手を触れる。その直後、魔理沙達を取り囲んでいたリュンガルトの集団と宇宙船が音もなく浮かび上がっていって、タイムホールに吸い込まれていく。
『おのれ霧雨魔理沙っ! まさか巨大なタイムホールによる時空連続体の破壊とは、とんでもないことをしてくれたな! この借りは必ず返す! 覚えていろ!』
レオンの捨て台詞を最後に、リュンガルトの人間と宇宙船は消失した。
「うわぁ、なんだかとんでもない事になってるな」
「この時空のような広範囲のタイムホールが開くと、〝時空の相転移現象”が発生するのよ」
「なにそれ?」
「堤防が決壊すると低地で洪水が発生するように、時の回廊が三次元世界を侵食することで強力な時空の歪みが生じるの。結果として、タイムホール周辺の時空の消失が起きて、あらゆる物質と生命が時の回廊に転移するわ」
咲夜が透明なテレビの画面をなぞると、時の回廊の中に映像が切り替わる。
先程転移した100を越えるリュンガルトの宇宙船団が、石畳の道路の上をなぞるように一方向に飛ぶ様子を映していた。
「時の回廊に侵入した物質と生命は、本来なら永遠に時間を見失うことになるのだけれど、魔理沙が時空Aと時空Bにタイムホールを開けた事で、疑似的な時空の通路を生み出したわ」
「ってことは、こいつらは149年後の幻想郷に向かっているのか?」
「〝時間に流されている”という表現が近いわね」
映像には、順調に飛んでいるように思えたリュンガルトの宇宙船が、次々と飛行能力を失って墜落したり、爆発したりする様が映し出されている。さっきアリスと一緒に流れていた宇宙船の残骸は、彼らのだったのね。
「これは……何が起きているんだぜ?」
「時空の相転移現象と時間震――定義付けられた時間が揺れる現象――の影響で、彼らの宇宙船に異常が起きたのよ」
「ふむ……」
固唾を飲んで見守っていると、一隻だけ残った一番大きな宇宙船が、石畳の道路の上に開いたタイムホールに呑み込まれて消えていく。
「もしかして、あのタイムホールが時空Bに繋がっているの?」
「そうよ。彼らは時空Bが魔理沙の故郷と知って、幻想郷を破壊しようとしたけれど、同日午前8時19分に八雲紫の手で未然に防がれたわ」
咲夜がまた画面をなぞると、魔法の森の上空に映像が切り替わった。
先程の宇宙船はぽっきりと折れて、爆炎を上げながら巨大なスキマに落ちている。人里方面の空には、小さなスキマに腰かけながら冷たい目で見下ろす紫がいた。
「すごいな、真っ二つじゃないか」
「あんなに怒った紫、初めて見たかも」
画面の左隅には文がいて、紫のスキマに向かってカメラを構えている。どうやら149年経っても、彼女の在り方は変わっていないみたいね。
スキマの真下には面積が半分くらい枯れた魔法の森があって、
う~ん、なにか違和感があるわね……。正体を探っていると、マリサが何かに気づいたように「ん!? 咲夜、アリスの家を拡大してくれ!」と指さす。
咲夜が小さく指を開くような仕草をすると、映像が拡大されていって、私も異常に気付く。
「やっぱり! アリスが倒れているぜ!」
彼女は窓際にうつ伏せに倒れていて、ピクリともしていない。
「まさかリュンガルトにやられちまったのか!?」
「心配だわ。無事だと良いんだけど……」
「彼女はリュンガルトのアンチマジックフィールドの影響で一時的に気を失っているだけよ。彼らは消えたから、すぐに回復するわ」
咲夜の言葉通りアリスはすぐに起き上がって、部屋の奥に歩いて行った。
「あぁ、良かったぜ。私達も早く現代のアリスを見つけないとな」
(!)
マリサの言葉で、私は先程抱いた違和感の正体を突き止める。
「変ね。咲夜の話だと、時刻B*3でもアリスは消息不明だった筈よ。魔法の森だって、タイムホールが開いてからずっと砂になったままらしいし、矛盾しているわ」
「む、確かにそうだな。魔法の森が枯れかかってるのは、アンチマジックフィールドの影響だろうし、私が行った215X年に限りなく近いんじゃないか?」
咲夜は他にも、私とマリサが時刻B時点でも消息不明のままだとも話していた。彼女が嘘を吐くとは到底思えない。
「良い所に気付いたわね。今貴女達が見ているのは、メビウスの輪が成立する前の歴史なのよ」
「どういう事?」
「これから説明するわ」
咲夜は画面の映像を先程の時の回廊に戻す。
「この時点では、時間軸が続いているのが分かるかしら?」
「言われてみればそうね」
道路を塞ぐ程の大きなタイムホールはあるけれど、道はまだまだ先に続いているし、外側には春夏秋冬の景色が広がっている。
「貴女達が通過したような小さなタイムホールは、その殆どが時間軸の修正力が働いて自然修復されるのよ」
「あれで小規模なのか」
「だけど、時空の相転移現象が発生する規模のタイムホールは、修復する速度よりも速く時間軸を侵食する。時が経てば、時間軸は完全に分断されるわ」
「……もしかして、それがメビウスの輪なの?」
「ええ。そうなってしまう前に適切な対処を行わないといけないのだけれど、今の状況に鑑みると、時刻Aの魔理沙は失敗するのでしょうね」
「そんな――!」
画面には、時空Bに繋がるタイムホールの淵にヒビが入って、裂け目がどんどん広がっていく様子が映し出されている。すぐ近くには小さなタイムホールが重なり合うように幾つも開いて、石畳の道路の上が穴だらけになっていた。
「時間軸の浸食が進んだことで、メビウスの輪化は第二段階へ移行し、三次元世界にも大きな影響を与えたわ」
咲夜が指を弾くと、私達が見ていたテレビが右に移動して、新たなテレビ画面が私達の目の前に出現。大きな画面が9分割されて、左上から順に紅魔館、白玉楼、永遠亭、博麗神社、魔法の森、人里、妖怪の山、太陽の畑、命蓮寺が映っている。
「時刻はJST西暦215X年10月1日午前8時25分。場所は幻想郷よ」
全然音が聞こえ無いし、各地の状況を一斉に映しているから全てを完璧に把握できてないけど、共通点をすぐに見つけた。
それは、タイムホールが開いた空から次々と落下する建物に、各勢力の有力者達が対応に当たっているという所。
特に紅魔館と魔法の森がすさまじい。
前者はタイムホールから滝のように降り注ぐ翠玉色の雨をパチュリーが魔法で押し返し、一緒に落ちてきた巨大な街をレミリアがスピア・ザ・グングニルで貫いていて、後者は束になって落下する超高層マンションを、紫が広範囲にスキマを開いて呑み込んでいる。
「おいおい、なんか大変なことになってないか!?」
「何が起きてるの?」
「時刻Aの15分後――時刻C*4にアプト星の各地域に大規模なタイムホールが開いたことで、時空の相転移現象が発生したの。こっちの画面を見てちょうだい」
またまた新しいテレビが目の前に割り込むように現れると、これまた同じように9分割されたアプト星の映像が映っている。
見ず知らずの星なので土地勘がさっぱり分からないけど、さっきの幻想郷と同じようにこれらの地域の上空にタイムホールが開いていて、街や大地を破壊し尽くしている。
画面の真ん中では硬そうな岩盤に建っている超高層ビルが根こそぎ浮かび上がり、画面の左上では、翠玉色の海水と一緒に数々の建物が巻き上げられている。まさか紅魔館に降り注いでいる大量の水はここから……?
時の回廊を映している右のテレビに視線を動かすと、時刻Cの映像で見た物が無数に開いたタイムホールに向かって飛び込んでいた。
「大惨事ね……」
あまりにも衝撃的な光景に、開いた口が塞がらない。この星にどれだけの被害が出ているのか、想像したくもないわ。
そんな心の声が顔に出ていたのか、咲夜は安心させるように「時空の相転移現象が発生する寸前に、アプト星の住民は全員宇宙ネットワークに避難したから、人的被害は無かったわ」
「不幸中の幸いね」
「仮想世界ってすごいんだな」
「時刻Cのタイムホールは、時刻D――JST西暦215X年10月1日午前8時25分――の地球に大きな影響を与えたわ。貴女達がイメージしやすいように幻想郷を映したけれど、実際は外の世界の様々な場所にもタイムホールは開いているのよ」
外の世界……。菫子の子孫も影響を受けているのかしら。
「それで、この後はどうなるんだ?」
「残念ながら時空の相転移現象は収束することなく、メビウスの輪は第三段階に至ったわ。右の画面を見てちょうだい」
彼女の指示に従って視線を動かすと、時刻Cから転移してきた色んな物でごちゃごちゃになった石畳の道路の上で、空間に罅が入っていた時空Bのタイムホールが、周囲を呑み込んでいく映像が映る。
時刻Cの物や、時刻D上に開いた無数のタイムホールは勿論のこと、石畳の道路は途切れて、桜、砂漠、紅葉、雪地帯は暗闇に呑み込まれ、砂の城ように儚く消えていく。遂には果てが見えないくらいタイムホールが大きくなって、時の回廊を完全に分断してしまった。
「タイムトラベラー魔理沙が一番最初に開けた時空Aと時空Bのタイムホールは、最終的に時刻Aから時刻Bで時間軸を完全に分断して、メビウスの輪になったわ」
「なるほどね」
「メビウスの輪が成立すると、時間軸の状態が不安定になって、ありとあらゆる時空点に無数のタイムホールが発生するわ。貴女達が通過したタイムホールもその一つよ」
「ふむ……」
「その大多数は短時間で修復されるけれど、発生した時空点に少なくない爪痕を残し、歴史改変を引き起こすわ。西暦2008年4月10日のアリスの失踪と、二日後に起きた魔法の森の消滅、どれもタイムホールが深く関わっているでしょ?」
「そういうこと……!」
「暫定的にメビウスの輪成立前の歴史をα、成立後の歴史をβと命名するなら、今までの説明と映像は全て歴史α内の出来事で、幻想郷の〝私”が語った未来は歴史β内の出来事なのよ」
時間のループだけじゃなくて、歴史改変まで起きているなんて。う~ん、頭がこんがらがりそうだわ。
「そして歴史βのアリスは、現時点での歴史では時空Aまで流される可能性が非常に高いのよ」
「なるほどな。時空Aには〝未来の私達”がいるから大丈夫か」
マリサが安堵したのも束の間「……待てよ? もしかして時刻Aにいた未来の〝私”と霊夢は、歴史αの私達なのか?」
「そうよ。メビウスの輪の成立に加えて、貴女達が未来の情報を得た事で、彼女達とは存在が一致しなくなったわ」
「それって、いわゆるタイムパラドックスって奴か?」
ふと、先程の咲夜の言葉が脳裏に浮かぶ。
『これから話すことは、貴女達の未来に大きな影響が及ぶのよ。観測された事象が覆り、高確率で自己同一性の矛盾を引き起こして、最悪の場合は存在の抹消に繋がるわ』
「現時点ではそうなるけど、いずれタイムパラドックスは消滅するわ」
「どういうことだ?」
「タイムパラドックスは、時間の流動性が確立されている世界で起きる現象なの。だけどメビウスの輪が第四段階――最終段階に移行すると、時間の流動性が消滅して、過去・現在・未来という概念が無くなるわ」
「それって、例えば10年前の私と10年後の私が同じ時間に現れるようになったりするの?」
「出現するのではなくて、全てが等しくなるのよ。そこに主観的な時間は存在しないわ」
「うーん?」
「……いまいち想像がつかないな」
「無理もないわ。貴女達は時間に縛られた世界の生命ですもの」
よく分からないけど、時間の経過が無くなるということかしら? もしそうなったら、世の中がきっと大混乱になるのでしょうね。
「ここまでの話を纏めると、メビウスの輪は時刻A*5から時刻B*6の期間を永遠に繰り返す事象で、歴史αからβへの改変を引き起こしたわ。全ての原因はタイムトラベラーの魔理沙が時空A*7と時空B*8上空にタイムホールを開いた事で、この状態が続けば、貴女達の宇宙から時間の概念が消滅するの」
「これは一筋縄では行かない問題だな」
「幻想郷どころか宇宙規模の異変だもんね。どうしたらいいのかしら」
今までみたいに異変の黒幕を倒して終わりだったら楽だったのに。
「咲夜、お前の力で元通りにできないのか?」
「できるわよ」
「えっ?」
私は考えを途中で打ち切って、あっけからんと答えた咲夜の顔を凝視する。
「じゃあなんで直さないんだよ?」
「そうよ! あんたは時の神様なんでしょ? こういう時ぐらいちゃんと働きなさいよ」
「私の力で事態を解決すれば、私と魔理沙だけではなく、貴女達にとっても望まない結果になるわよ?」
「……どういう意味よ」
「今回の異変は、魔理沙がタイムジャンプを暴走させたことで起きたわ。私が介入すれば、元凶となった彼女と異変を誘発させたリュンガルトを歴史から抹消するわ」
「なんだと!?」
「!」
抹消――その冷酷な言葉にぞくりと背筋が凍り付く。
「それって……」私は隣のマリサをちらりと見ながら「
「霧雨魔理沙という人間がいなくなるわけでは無いわ。ただ、〝タイムトラベラーとしての歴史を歩んできた霧雨魔理沙”が完全に消えて、最初の歴史に戻るだけよ」
「!!!!」
最初の歴史ってまさか……!
「霊夢の想像通り、貴女は西暦200X年7月21日の未明に亡くなるわ」
「っ!」
私は悪夢に苦しめられたあの夜を思い出す。あの時は未来の魔理沙が助けてくれたけど、それが無かったら私は……。
「そしてマリサ――つまり貴女は最初の歴史をなぞるように、時間移動の研究を始めるけれど、私は歴史のループを防ぐ為に、時の回廊を封鎖するわ。私が再構築した歴史では、タイムトラベラー魔理沙は生まれないのよ」
「そんな……!」
魔理沙が今まで積み重ねてきた事柄が全て否定されるなんて、こんなの、あまりにも悲しい結末じゃない……!
「咲夜! もう1人の〝私”はわざとやった訳じゃないんだ。いくらなんでも厳しすぎないか!?」
「彼女は時間軸の破壊という最大の罪を犯したのよ? 魔理沙以外の存在なら、タイムホールが開いた瞬間に歴史から抹消しているわ」
「!!」
「ねえ、リュンガルトの歴史だけを変えることはできないの!? あんただって、本当はそんなことしたくないんでしょ!?」
「現時点では無理ね。彼女を免罪にするだけの判断材料が足りないわ。時間を司る神として、時の秩序をこれ以上私情で捻じ曲げるわけにはいかないの」
「……!」
「せめて彼女が自力で時間軸を修復できれば、情状酌量の余地ありとみなして厳重注意で済ませようと思っていたのだけれど、結果は御覧の通り。残念ながら結末は変わりそうに無いわね」
「くっ……!」
憂いた表情で静かに話しているけれど、私には分かる。咲夜は本気だ。異変で諏訪子と神奈子に初めて相対した時に感じた重苦しい雰囲気が、今の咲夜にはある。
「こうなったら私達も魔理沙の元に行くわよ! この事実を伝えて未来を変えなきゃ!」
「ああ、そうだな!」
自分が死ぬかもしれないという怖さはもちろんあるけど、それ以上に私は魔理沙がいなくなっちゃうのが嫌だった。
私は魔理沙に会いたい。会っていろんな話をして、いろんなことをしたい。あの1日だけじゃ全然足りないわ! 今度は私が魔理沙を助けてみせる!
決意を新たに踵を返して石畳の道路に戻ろうとした私達を、咲夜は「待ちなさい! ことはそう簡単には行かないわよ!」と呼び止める。
「なによ、止めるの!?」
「また弾幕ごっこでもやるか?」
私は幣を抜いて突き出し、マリサは八卦炉の照準を咲夜に合わせて臨戦態勢に入る。まだ体力が回復しきっていないけど、ここで引くわけにはいかないわ!
「そうではないわ」
咲夜は私の気勢をそぐように首を振ると、おもむろに指を弾く。次の瞬間には、私達は石畳の道路の上に立っていた。
この位置からはメビウスの輪が分からないけど、咲夜の遥か後ろには始まりの時計塔が見えている。一瞬でかなりの距離を移動したみたい。
「貴女達に見せたいものがあるの。後ろを振り返ってごらんなさい」
咲夜に促されて、私とマリサは示し合わせるようにして後ろに振り返る。遥か前方に広がるメビウスの輪を背に、それなりに速い速度でこっちに飛んでくる四人の姿があって……!?
「えっ、紫!? どうしてここに?」
「それに文と隠岐奈もいるじゃないか。あっちの少女は博麗の巫女みたいだが……美咲じゃないのか?」
前列には、羽を広げて両腕を手前に曲げた体勢の文、不機嫌そうに腕を組む私と同じ服を着た黒髪の女の子、自然な姿勢の隠岐奈が並んでいて、少し後ろを紫が飛んでいる。皆目を丸くして驚いていた。
思いもよらない事態に唖然としながら紫を見ていると、彼女は意を決したようにすれ違いざまに叫ぶ。
「霊夢! 私は魔理沙の元に向かうわ! 其方は任せたわよ!」
「え!? ちょっと、どういう事なのよー!?」
真意を問い質す前に、紫達はあっという間に私達のそばを通過して見えなくなってしまった。