「なにか思いついたの!?」
「ああ!」
身を乗り出して訊ねると、マリサは爽やかな笑顔で親指を立てる。
「なあ、咲夜。この宇宙で正しくタイムトラベルできるのは、〝もう1人の私”だけなんだよな?」
確認するように問いかけるマリサに、咲夜は静かに答える。
「正確には、タイムジャンプ魔法による時間移動ね」
「なら、この私に同じことができないわけがないよな?」
「!」
確かに、それができたら全ての問題が解決できる。だけど……。
「非現実的ね。タイムトラベラーの魔理沙は、時間移動の研究に自分の全てをなげうったけれど、それでも150年もの時間を費やしたわ。技術や経験は勿論のこと、時間移動に懸ける執念さえも遠く及ぼない貴女に、彼女を越えられるのかしら?」
これから元の時代に戻ってマリサが研究を始めたとして、メビウスの輪によって全てが戻ってしまう時刻はざっと149年後。もちろん、時間の保護が無い私達が時の回廊に長期間滞在できる訳無いし、人間の私は間違いなく寿命を迎えてしまう。
どう考えても間に合わない。
「お前の言う事はごもっともだ。だがな、それは0から1を生み出す場合の話だ。私は一度この身でタイムジャンプを経験している。模倣するのは比較的簡単だぜ」
まるで予め想定していたかのように自信満々に答えると、咲夜は押し黙り、じっとマリサを見つめている。あれ、もしかしていけそう?
「とりあえずマリサ、やってみて!」
「任せろ!」
快く答えたマリサは目を閉じると、聞き取れない程の高速詠唱を始める。
彼女の中からおびただしい魔力が湧き上がり、小さな三つの六芒星魔法陣がマリサを取り囲んで、グルグルと回りだす。頭上の五芒星の魔法陣からは黄金色の光の柱が降りてきて、マリサを包み込んでいた。
私は魔法について明るくないけど、なんかスゴいことをやっているのは肌で感じた。
(お願い。成功して!)
祈るような気持ちでマリサを見ていると、やがて目を見開き、左手を高々と上げて宣言する。
「――タイムジャンプ!」
魔法陣がマリサに吸収されると共に、周囲は眩い閃光に包まれる。咄嗟に目を瞑ると、私の意識が溶けていくような不思議な感覚の後、“彼女”の情景が次々と蘇る――
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『なあパチュリー。時間移動に関する魔道書というのはこの図書館にあるのか?』
『幾つか候補はあるけれど、一つ質問いいかしら?』
『なんだ?』
『時間移動に興味を持ったのは、やっぱり霊夢の事がきっかけなの?』
『ああ、そうだ。もしこの魔法が使えたのなら、あの日に戻って霊夢の死を回避するんだ。今まで塞ぎこんでいた私に見えた唯一の希望の光なんだ。――だから時間移動を私の研究対象にしたいんだ』
紅魔館の大図書館で、彼女はパチュリーに決意を語り――
『結論から言うと今のままでは時間移動魔法は絶対に完成しないわよ。前々から勧めていた事だけどね。これもいい機会だしそろそろ本物の魔法使いになりなさい。せいぜい七、八十年程度で塵に還ってしまう人間のままでは、実在するかどうか、完成するかもわからない魔法を発見する前に、死神のお迎えが来てしまうわ』
『決めたよ。パチュリー、私は魔法使いになるぜ』
種族としての魔法使いになると決めた彼女は――
『やった、ついに完成したぜ!』
薄暗く散らかった自室にて、長年の悲願を成し遂げた――
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(今の情景は――いえ、それよりもマリサはどうなったの?)
意識が現実に引き戻された私は、光が収まったことを確認してから目を開ける。
目の前に立っているマリサの頭上には、ローマ数字が刻まれた文字盤が浮かんでいて、足元には歯車模様の魔法陣が展開されている。ここまでは未来の魔理沙と同じなんだけど、違う部分が幾つもあった。
まず頭上に浮かんでいる文字盤なんだけど、針がなく、ⅫからⅤにかけて亀裂が走っていて、今にも割れてしまいそうな脆さがあった。
歯車模様の魔法陣も、未来の魔理沙と比べると、中心部分の歯車の数が少なくて噛み合ってないし、魔法陣の淵に接する歯車は欠けている。こうして観察している間にも、文字盤と魔法陣は時々消えていて、かなり不安定みたい。
あ、でも、さっきまで続いていたムズムズする感覚は綺麗さっぱり無くなっているし、成功……なのかな?
「不完全ね。時間保護効果の再現には成功しているけど、肝心要の時間指定と空間座標の固定化に失敗しているわ」
「それってまずい事なの?」
「三次元世界で使ったらどの時空に跳ぶか分からないわ。運が良ければ、地球かそれに近い環境の星に転移できるけど、その確率は無きに等しいわ」
「ううむ、やっぱり見よう見まねだとこれが限界か」
咲夜の厳しい指摘にマリサはうなだれているけど、たった一回でここまで再現できているんだから凄いことだと思う。
「充分よ。時間の保護さえあれば魔理沙の元へ行けるし、紫達にだって追いつけるわ」
「そうだな! 咲夜も、これなら文句ないだろ?」
咲夜の言いまわし的に、時の回廊の中を移動するだけなら問題はないはず。今の私達には、色んな意味で時間が必要な訳だし。
「…………」
咲夜は考え込む素振りを見せた後、静かに口を開いた。
「最後に一つ聞かせてもらえる?」
「なんだ?」
「貴女達は本当に未来を変えられると思っているの?」
「もちろんよ。やる前から諦めていたら、何も始まらないわ」
「霊夢の言う通りだぜ!」
私とマリサは即答した。
何事もやってみなければ分からないし、私は私の気持ちを曲げたくない。こっちに来た時から既に心は決まっている。
魔理沙だって、絶望的な未来を何度も引っくり返してきたんだから!
「それに、お前がさっき話した内容の中に二つ未来を変えるヒントがあるぜ」
ビシッと指を差したマリサに、咲夜は眉をひそめながら「……どういう意味かしら?」
「一つ目はメビウスの輪について説明した時だ。お前はメビウスの輪化が第二段階に移行した原因について、『時刻A*1の魔理沙は失敗するのでしょうね』と言ったな?」
「そうね」
「その後アリスの行方について私が訊ねた時、お前は『歴史βのアリスは、現時点での歴史では時空A*2まで流される可能性が非常に高いのよ』と答えた」
「ええ。それがどうしたの?」
「今までずっと断定形で話していたお前が、この二つだけは推量形で話した。ここに未来を変えるヒントがある。違うか?」
マリサの指摘に咲夜は目を見張る。
「……よく気づいたわね。その二点については、〝結果”は確定しているのだけれど、〝過程”についてはまだ不確定なのよ」
「結果だけが先に決まっているなんて、そんなこと有り得るの?」
未来の魔理沙と目の前にいる咲夜が、運命を否定してると思うんだけど。
「可能性の収束とでもいいましょうか。時と場合によっては、どんな行動を取っても必ず同じ結果に行きつく瞬間があるのよ。先程説明した〝メビウスの輪の成立という歴史が確定する瞬間”となる時刻E*3がそれに当たるわ」
「ちょっと待て。その理屈だと、私達はもう既に手遅れってことになるのか?」
「さて、それはどうかしらね。時の回廊に現れる〝結果”と、歴史の当事者たる人物の言動によって確定した“結果”には細かな差異があるの。ましてやタイムトラベラーともなると、“結果”の意味合いが違ってくるわ。タイムトラベラーによる歴史改変が発生した時、〝観測者”は情報の齟齬を減らす為に、主観的な〝観測”をする必要があるのよ」
それって何が違うのかしら? どっちも同じ結果じゃないの? マリサも「……意味が分からん」って首を傾げてるし。
「もっと広い視野を持ちなさい。時間軸に囚われているようでは、望む“結果”に辿り着けないわよ」
「!」
「――そういうことか!」
(なるほどね)
現時点では何をやっても駄目だけど、今よりもずっと前ならチャンスがある――多分咲夜はそう言いたいんだと思う。
「……お喋りが過ぎたわね」
咲夜は僅かな笑みを浮かべながら、「貴女達の覚悟は受け取ったわ。時間遡航を特別に許可します」と私達に向かって右手を伸ばす。
すると、視界の片隅に小さく『AD2008/04/05 11:10:00』の英数字が浮かび上がるようになった。これは……今の時間かしら?
マリサにも同じ事が起きているみたいで、「いったい何をしたんだ?」と戸惑っていた。
「いったい何をしたんだ?」
「先の見えない時間の旅の助けになるように、貴女達が今いる時間軸上の時刻を可視化したわ」
「うーん、意味があるのか?」
「それに、ずっと見えてるのも鬱陶しいわね」
「意識を外せば消えるわよ」
試しに咲夜の言う通りにやってみると、周囲の景色に溶けこむように見えなくなっていって、また見たいなと思ったら浮かび上がった。うん、これなら文句ないわね。
マリサは背中の箒を掴むと、文字盤と魔法陣を保ったまま箒に跨って、「よし、それじゃ行こうぜ霊夢!」と私の手を引っ張る。
「ちょっと待って、マリサ」
「なんだよ?」
不思議そうな顔をしているマリサを横に、私はずっと気になっていた疑問を咲夜にぶつける。
「ねえ、咲夜。肝心な所を聞いていなかったわ。未来の魔理沙が失敗した内容について、詳しく教えて」
「〝答えられない”わ」
「答えられない……か」
さっきの話を聞くと、この答えにも裏があるように感じるのは気のせいかな。
「失敗の中身が分からないんじゃ、かなりハードになるな」
「でもやるしかないわ」
咲夜から聞いた未来の情報を知ってもらうだけでも、今が変わるきっかけになる筈。そう信じたいところね。
「霊夢、マリサ。メビウスの輪が第四段階に至ったら、問答無用で宇宙の再構築を行うわ。それまでに歴史を変えてみなさい」
「……分かったわ」
私はマリサの箒の後ろに乗り込んだけど、すぐに倒れそうになっちゃったので、慌てて背中にピッタリとくっついた。身体が大きくなると、バランスを取るのが難しいわね。
「よーし、じゃあ今度こそ行くぜ!」
「ええ!」
「貴女達の成功を祈っているわ」
咲夜の見送りを背に、マリサは星屑をまき散らしながら箒を急加速させて、過去に向かって飛び立っていった。
咲夜と別れた私達は、時の回廊をなぞるように一直線に飛び続けている。
マリサのタイムジャンプは見た目とは裏腹にかなり安定していて、身体がムズムズしたり、動かなくなったりするような感覚も無くて順調そのもの。時の回廊に漂っていた障害物も、今のところ見当たらない。
回廊の外の四季景色は目まぐるしく通り過ぎていて、かなりの速さで飛んでいると思うんだけど、地平線の果てまで似たような景色が続いているから、本当に前に進んでいるのか不安になる。
でも、砂漠地帯の遥か遠くに建っている始まりの時計塔の見え方が少しずつ変わっているし、時間軸上の数字もぐんぐん減っているから、さっきみたいな同じ時間の繰り返しは起きて無い筈。
「今は1800年を過ぎたところか。まだまだ先は長いな」
「もっとスピード出せないの?」
「無茶言うなよ。まだタイムジャンプの維持に慣れてないんだ。これでも結構ギリギリなんだぜ?」
今は1分間に100年くらいのペースで時間を遡っている。これが速いのか遅いのかは分からないけど、私達は着実に過去に向かっている事だけは確か。
何事もなく18世紀、17世紀を通り過ぎて、16世紀に差し掛かった頃だった。マリサが何かに気づいたように前を指差しながら声を上げる。
「お、おい霊夢! あれって、紫じゃないか!?」
「え!?」
マリサの頭越しに目を凝らして前を見ると、紫が道路の真ん中にうつ伏せで倒れていた。すぐ近くには隠岐奈と杏子も同じように倒れていて、ピクリとも動かない。
「紫ーー!」
「飛ばすぜ!」
マリサは速度を上げて最短距離で飛んでいき、紫の元に辿り着いた所で私は箒から飛び降りる。
「紫! ねえ、紫ってば!」
紫の身体を起こして必死に呼びかけたけど、全然返事がなくて、まるで死体のように目を見開いたまま動かない。嫌な予感がして口元に耳を近づけたら息をしてなくて、左胸に手を当てたら、心臓が完全に止まっていた……。
「ど、どうしようマリサ……! 紫が、紫が死んじゃってるよぉ……!」
「なっ!? 間に合わなかったのか……?」
震える声で告げると、マリサは愕然とした様子で紫に視線を落とした。
どうしよう。
どうしよう。
紫が居なくなったら、私は――
絶望に打ちひしがれていたその時――
『……もしかして、霊夢なの?』
私の頭の中に紫の声が響いた――
今回の話でside霊夢の話は終了となります。
『第242話 (2) タイムホールの影響⑫ side 霊夢 時の回廊の調査』から続いたside 霊夢の話は、
『第240話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(前編)』
『第241話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(中編)』と同じ時系列で起きており、
『第256話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(後編)』に繋がる話でした。