魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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 今回の話は

『第251話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 永琳の懸念』の続きですが、

『第229話 (2) タイムホールの影響⑧ 永遠亭の場合』直後の咲夜視点から始まります。


『第229話 (2) タイムホールの影響⑧ 永遠亭の場合』に至るまでのあらすじ

 西暦215X年10月1日午前8時25分、紅魔館上空に開いたタイムホールから落下した巨大な塔により重傷を負った美鈴。
 咲夜が彼女を連れて永遠亭に向かう最中、魔法の森や人里でも同じ現象が発生し、永遠亭も被害を受けていた。
 事態を重く見た輝夜は咲夜を誘いタイムホールの調査に乗り出した。

 このあらすじの詳細は『第226話 (2) タイムホールの影響⑤ 紅魔館の場合』~『第229話 (2) タイムホールの影響⑧ 永遠亭の場合』にて詳しく描写しています。


第252話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 甦る記憶

 ――西暦215X年10月1日午前8時45分――

 

 

 

 ――幻想郷、人里。迷いの竹林入り口付近上空――

 

 

 

 目の前には私が愛用する懐中時計。今の時刻は8時45分を回ったばかり。

 

「――えっ?」

 

 一瞬理解が追い付かなかった。どうして私は懐中時計を見ているの? 視線を外すと、更に困惑した。

 

「ここは……人里?」

 

 私の記憶が確かなら、幻想郷の至る所に開いた時間の境界を調査する為、蓬莱山輝夜と一緒に永遠亭を発ったばかりだった筈。それなのに、今の私は人里近くの空で、懐中時計を凝視する姿勢のまま静止していた。まるで時間を飛ばされたみたいだわ。

 その上不可解な事に、人里の様子も一変している。

 少し前に私が訪れた時は、空に開いた時間の境界から塔のような建物が大量に落下していて、妖夢達が里人の避難と守護を行っていた。

 それなのに、今は目立った混乱は起きてなくて、地面に突き刺さっていた塔のような建物は勿論、落下痕さえも綺麗さっぱり無くなっている。まるで初めからそんな事は無かったかのように。

 大通りでは、古びた歴史書を開きながら慧音と稗田阿音が演説を行い、周りには大勢の里人が集まっていた。近くには人里の長老と話し込む妹紅の姿もある。

 

(これは――あら?)

 

 更に人里の周辺を見渡せば、茜色に色付きはじめた森の中に、そこだけ切り取られたかのように荒涼とした砂漠地帯が広がっている事に気付く。私の記憶が間違いでなければ、あの辺りは確か魔法の森……だった筈よね? 何がどうなってるの?

 

「咲夜」

 

 不安げな声に振り向くと、蓬莱山輝夜が私を心配そうに見つめていた。彼女はいつの間にここに?

 

「今私達が置かれている状況について、把握出来ているかしら?」

「今の状況って――!?」

 

 言葉を交わした瞬間、身に覚えのない記憶が走馬灯のように甦り、眩暈が生じる。

 ああ、駄目。平衡感覚が乱れて、私の意識は真っ逆さまに――。

 

「咲夜!」

 

 切羽詰まった様子の蓬莱山輝夜が手を伸ばし、地上に落ちそうになった私を優しく支えてくれた。彼女に感謝しつつ、気を確かに持ちながら自分の記憶を反芻する。

 

 まずは私の記憶。

 今からおよそ20分程前、紅魔館の上空に開いた時間の境界から塔のような建物が落下して、美鈴は私達を守る為に重傷を負ってしまった。彼女を治療してもらう為に永遠亭に向かう道中、魔法の森や人里でも同じ現象を目撃し、異変を肌で感じる。永遠亭も例外ではなく、重傷の美鈴を永琳に任せて蓬莱山輝夜と共に異変の調査の為に出立した。

 

 かたやもう一人の“私”の記憶。

 2008年4月5日、霊夢とマリサは博麗神社に開いた時間の境界の調査中に行方不明になってしまう。二人を追ったアリスまでもが帰らなかった。その1週間後、今度は魔法の森上空に開いた時間の境界によって魔法の森が消滅。パチュリー様の命で調査に来た“私”の前に、未来の“私”と輝夜が現れる。

 彼女達からもたらされた情報を頭に留めつつ、八雲紫と協力関係を結び、2021年2月21日に一時帰還した霊夢とマリサに“私”の考えを伝える。以来タイムトラベラーの魔理沙を捜索するも、終ぞ発見には至らず、考慮の末に未来をなぞる行動を決意した。

 

 私と“私”。行動原理が違っていても本質は同じで、私は自然に“私”を受け入れていた。

 例えるなら、コーヒーとミルクが混じり合ってカフェオレになったような感覚。私は間違いなく十六夜咲夜よ。

 

「流れてきた記憶に少し驚いただけ。もう大丈夫よ。ありがとう、輝夜」

 

 輝夜にお礼を伝えて、私はそっと離れる。

 

「その様子だと、改変前の歴史を思い出したみたいね?」

「ええ。はっきりと思い出したわ。貴女もそうなのでしょう?」

「私は魔理沙の歴史改変の影響を受けないの。だから私はどこまでいっても私なのよ」

 

 自然体で語る彼女に混乱は見られない。

 

「それなら情報交換の必要は無さそうね。早速だけど、私を永遠にしてもらえるかしら」

「ええ」

 

 輝夜は優しく微笑みながら、そっとたおやかな腕を伸ばし、白魚のような指で私の右手をなぞる。

 

「ふふ、終わったわよ。今の貴女は“永遠”の存在になったわ」

 

“永遠”という状態に少し身構えていたけれど、予想以上にあっさりとしたもので、特に変な感覚はなかった。

 

「本当に“永遠”になったの?」

「言葉で説明するよりも、実際に体験した方が早いでしょう。日傘を閉じてごらんなさい。今の貴女は太陽も克服しているわ」

「!」

 

 輝夜は穏やかに告げているけれど、私はおのずから顔がこわばるのを感じた。

 150年前のあの日、お嬢様に眷属にしていただいてから、太陽は天敵になった。日の下に少しでも肌を晒せば、皮膚と肉が焼けて激痛が走り、それが続けば身体が発火して、終いには燃え尽きて灰になってしまう。彼女の発言は、吸血鬼の私にとっては存在否定に等しい意味合いを持つ。

 勿論彼女にそんな意図がない事は理解しているし、自分で悩み抜いた末に下した決断なので、お嬢様には感謝してもしきれないわ。

 

(どうしましょうか……待って。確か私の記憶では、未来の“私”は、日中でも日傘を差さずに活動していたわね)

 

 若干迷った末に恐る恐る人差し指の先を日傘の外に出してみると、肉が焼ける事も無く、至って正常な人差し指がそこにあった。いえ、それどころか何も感じない……?

 そんな私の心を読んだかのように、輝夜は解説する。

 

「永遠とは即ち不変。そこに成長も衰退も無く、“一瞬の今”が永遠に続くわ。より具体的に言うなら、今の貴女は私が永遠の魔法を掛けた瞬間――西暦215X年10月1日午前8時48分の状態で固定されているのよ」

「……なるほどね」

 

 その時の私は日傘を差していたから、太陽の下でも活動できるのでしょう。

 納得しつつ、私は日傘を畳んだ。こうして日差しを全身に浴びるのはいつ以来かしらね。まあ何も感じないのだけれど。

 

「では行きましょうか」

 

 輝夜は頷き、私達は魔法の森跡地上空へ飛んで行く。

 

「今回の歴史改変の原因は時間の境界と見て間違いないでしょうね」

 

 輝夜はタブレット端末に目を落とす。

 

「さっき永琳は次元扉――時間の境界は、現在の次元と高次元世界を繋ぐ扉と話していたけれど、ここには更に詳細が書かれているわ」

「聞かせてもらえるかしら」

「今の私達に関係がありそうな部分だけ抜粋するわね。『時間の境界は、1銀河単位に匹敵するエネルギーを凝縮し、次元の境界面に向けて放出することで開かれる。この時、次元固定化装置によって最適化しなければ、時間経過と共に不安定化し、私達の次元を崩壊に導く為細心の注意を必要とする。なお、異なる時間軸に時間の境界が開いていた場合、強大な時空変動によって互いの時間の情報が混在する可能性がある』と指摘されているわ」

「…………もしかして、改変前の歴史で建物が落下したのもその影響なのかしら」

「十中八九間違いないわね」

 

 なんだか思った以上に壮大な話になっているわね。ここまでくると最早幻想郷だけの問題では済まされないわ。

 

「タイムトラベラーの魔理沙は、歴史改変が起きた場合、その当事者及び密接に関係する人物に記憶が引き継がれる。と話していたけれど、今回の異変は私と輝夜に関係する事柄なのかしら?」

 

 輝夜は少し考える素振りを見せた後、首を振る。

 

「……分からないわね。時間の境界の先にある文明は月の都ではないし、思い当たる節は無いわ。貴女は?」

「私も同じよ」

 

 私の記憶は、2001年3月5日、記憶喪失の状態で幻想郷を彷徨っていた所を、お嬢様に見出してくださったあの日までしか遡れない。

 それから156年余り、外の世界と関わる事は数える程しかなく、常にお嬢様に献身してきた。

 何か重要な情報を見落としているかもしれないけれど、いくら思いを巡らせても心当たりがないのよね。

 

「改変前の歴史と改変後の歴史を比較すれば、何か見えてくるかもしれないわ」

「そうね」

「仮に改変前の歴史をα、現在の歴史をβと区別しましょう。αとβの相違点は、時間の境界の出現時空や頻度、霊夢とマリサの行動、魔法の森の有無……枚挙にいとまがないけれど、決定的な事柄はタイムトラベラーの魔理沙の行方ね」

 

 歴史βでは、西暦215X年9月22日にタイムトラベラーの魔理沙が現れていない。βで妹紅がタイムトラベラーの魔理沙を知らなかったのも、その影響なのでしょう。

 

「どうして彼女はこの歴史から消えてしまったのかしら」

 

 私の知る限り、彼女の交友関係に軋轢が生じた様子は無く、特に霊夢とは昵懇の仲だった。彼女自身も幻想郷での生活に前向きでしたし、霊夢達との約束を破ってまで姿を消す動機が無いわ。

 その事を伝えると、輝夜は顎に人差し指を当てる仕草で僅かばかり沈黙した後、「もしかしたら、私達の前提が間違っているのかもしれないわね」と口にした。

「どういうこと?」

「未知の時空に繋がる時間の境界という特性から、タイムトラベラーの魔理沙に見当をつけていたけれど、彼女以外にも時間に纏わる能力を持った存在がいるかもしれないわ。もしその存在によって、“タイムトラベラーの魔理沙が西暦215X年9月22日に現れない歴史”であるβに改変されたとしたら?」

「……その理由を尋ねてもいいかしら?」

「時間の境界が出現した時空点よ。βの永琳の証言によれば、約1億年以上前には既に出現していた。βでは少なくともこの時点から歴史改変が起きているわ」

「αでは違うの?」

「αの永琳は今日初めて時間の境界を知ったそうよ。八雲家の猫ちゃんからの情報で興味を抱いて、探査機を放ったのだけれど、失敗に終わってしまったわ。貴女も見ていたでしょう?」

「やっぱり、あれがそうだったのね」

 

 私は永琳の一射を思いだす。彼女が永遠亭の屋根から放った矢は、風を切り裂くように飛翔して時間の境界の中に消えていった。

 

「永琳の見立てでは、永遠亭に開いた時間の境界は、外の世界よりも高度な文明の太陽系外惑星に繋がっているそうよ。かつての月人のように、時間移動の研究を完成させていてもおかしくないわ。もし未知の異星人が、いつかどこかでタイムトラベラーの魔理沙の存在を知って、彼女を抹消すべく幻想郷に時間の境界を開いたとしたら?」

「……現時点では判断材料が少ないですし、何とも言えませんわ」

 

 かなり論理が飛躍している仮説だと思うのだけれど、悪魔の証明と見切ることができないのは、タイムトラベラーが時系列に縛られない特殊な存在だからなのよね。

 通常の時間軸に生きる私達と違って、タイムトラベラーは時間の制約は無く、私達の主観が当てにならない。仮にタイムトラベラーが時間跳躍した先で1年過ごしたとしても、時間跳躍前と同じ時間に帰ってきてしまえば、私達に時間のずれを認識する事はできないからだ。

 私達の預かり知らない、“過去”や“未来”に何らかの因縁が起きていてもおかしくない。

 

「それに、貴女が2008年4月12日に出会った未来の“私達”はどうなったのかしら。彼女達が歴史の修正に成功したなら、私達が時間遡航する必要性は無くなるでしょう? もし“2008年4月12日の十六夜咲夜が、215X年10月1日午前9時から遡って来た私達と出会う”出来事がβにおける予定調和だとしたら、因果は閉じてしまっている。私達の行動は徒労に終わる可能性が高いわ」

「それは――」

 

 現在の歴史がαに戻っていない以上、私達がこれから時間遡航しても、歴史改変は必ず失敗する運命にある事を過去が証明している――輝夜はそう言いたいのでしょう。歴史改変が成功したのならば、今の私達はいませんからね。

 私もその可能性に思い至らなかった訳ではない。

 私が輝夜の力を利用した時間遡航を決断した理由は、150年前の魔理沙に会うという目的に限れば、何時に飛ばされるか保障のない時の回廊を移動するより確実だと判断したからだ。恐らく未来の“私”も同じ考えに至った筈。

 八雲紫には予め私の計画を伝えていて、彼女は世界の外側、私は世界の内側から魔理沙達を捜索する予定となっている。立場や思想は違っても、魔理沙達を想う気持ちは変わらない。

 

「――貴女の仮説は否定出来ないけれど、選択肢は無いの。もしかしたら今の私達が過去の私と交錯した後に、歴史が変わる可能性だってある。ここで諦めてしまったら、全ての可能性が閉ざされてしまうわ」

 

 迷いが無いと言えば嘘になるけれど、このまま手をこまねいていたら時間軸の逆行に巻き込まれるだけ。それだけは絶対に避けたいわ。

 

「……ふふ、意地が悪い事を言ってごめんなさいね。所詮時間に縛られている私達には、立証しようがないことですもの。今は私達に出来る事をしましょうか」

「ええ」

 

 結局どれだけ考えても結論は出なかった。全てを知るのは、それこそ“彼女()”くらいのものでしょうね。“彼女()”は今の状況でも静観に徹するつもりなのかしら。

 もやもやした気持ちを抱きながらも、私達は目的地に到着する。すかさず時刻を確認した。

 

「時間軸の逆行まであと1分よ」

「なんとか間に合ったみたいね」

「ええ」

「それにしても、私達の時間を永遠にすることで時間軸の逆行に対抗するなんて、よく考えたわね」

「未来の“私”の案よ。私ではないわ」

 

 私は未来の情報に基づいて行動している。そうなると、最初にこの案を考案したのは何時の私なのか。

 卵が先か鶏が先か。考えれば考える程分からなくなる。やはり因果の輪が閉じてしまっているのかもしれない。

 

(でも私のやる事は変わらないわ)

 

 あの日以降何が起きたのか。未来が変化しなかったのは何故なのか。どうして霊夢達は帰って来ないのか。私は知らなければならない。

 魔法の森跡地上空の中心では、八雲紫を囲むように文、摩多羅隠岐奈、博麗杏子が集まり、何かを話し込んでいる。八雲紫は覚悟を決めたみたいね。

 

「……時間ね」 

 

 時計の針がⅫを指した瞬間、時間の境界が空全体に広がり、眩い光と共に見た事のない大都市が投影。大気は震え、世界の終わりを告げるかのように鐘の音が響き渡る。

 少し遅れて私が能力で時間を止めた時と同じ感覚が襲い、輝夜のタブレット端末が表示する時刻はA.D.215X10/01 09:00:00で停止。懐中時計の針も止まっている。

 

「本当に時間が止まっているのね……! 興味深い現象だわ。それにあの都市……月の都と同等かそれ以上の文明を持っているようね」

 

 タブレット端末の情報と空を交互に見比べる輝夜は、少し声が上擦っていた。

 遠くに見える八雲紫達は為す術もなく時間の境界に吸い込まれ、この時空から姿を消す。周囲の時空の歪みも強くなっているようで、空が段々と近くなり、押し潰されるかのような圧迫感を覚える。

 ああ、もう時間軸の崩壊は近いのね。

 

「いよいよ始まるわ。輝夜、心の準備はできているかしら?」

 

 私が手を差し出すと、輝夜は「もちろんよ咲夜」と握り返す。

 149年間待ちに待ったこの瞬間。私は必ず歴史を、未来を変えて見せる――。決意を胸に時間軸の逆行を待った。

 

 

 

 ――西暦215X年10月1日午前9時(暫定値)――

 

 

 

 ――幻想郷、紅魔館屋上――

 

 

 

 暫定時刻西暦215X年10月1日午前9時。

 魔法の森跡地上空では、十六夜咲夜と蓬莱山輝夜が時間遡航に備え、地上では古明地こいしが魔理沙邸跡地に座り込み、空を見上げながら時間旅行者霧雨魔理沙の帰還を待ち望んでいた。

 一方その頃、紅魔館の屋上では、パラソル付きガーデンテーブルの前に座り、紅茶と洋菓子を楽しむスカーレット姉妹と読書に勤しむパチュリー・ノーレッジの姿があった。

 

「う~ん、やっぱり咲夜の作るお菓子が一番美味しいわね。早く帰ってこないかなぁ……」

 

 フランドール・スカーレットは、妖精メイド手製のマフィンを頬張りながら寂し気に呟いた。

 現在、紅魔館のみならず地球全体がタイムホールに覆い尽くされており、境界面には時刻A*1のアプト星の様子が鏡のように映し出されている。

 

「…………」

 

 タイムホールからひっきりなしに鳴り続ける時の鐘に、読書中のパチュリー・ノーレッジは顔を(しか)めていたが、レミリア・スカーレットは紅茶を味わいながら、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ふふ、遂に始まったわね」

「随分とご機嫌なのね」パチュリー・ノーレッジは読書を中断し、仏頂面で「今の状況が分かっているのかしら?」と訊ねる。

 

 彼女達は十六夜咲夜の予言を確認すべく2時間前からこの場に集まり、現在に至るまでパチュリー・ノーレッジが放った鳥型の使い魔を通じて、幻想郷の様子を観測していた。

 そこから導き出された結果は、十六夜咲夜の予言通り、この世界に未来は無いという事実だった。

 

「あら。だって世界が終わる瞬間を体験できるのよ? こんな機会は二度と訪れないわ」

「貴女の思考は理解できないわ」

「149年前の4月12日、咲夜が私に未来をもたらした時からこの運命は視えていたのよ。この私が運命に弄ばれるなんて、皮肉な話だわ」

 

 自嘲する親友の姿に不安を覚えたパチュリー・ノーレッジは、読みかけの本をテーブルの上に置き、身を乗り出すようにして尋ねる。

 

「このままで良いのレミィ?」

 

 レミリア・スカーレットは、紅茶を一口含みながら答えた。

 

「パチェ、私は咲夜と魔理沙を信じている。その為の布石も打っておいた。今は滅びゆく刹那を楽しもうではないか」

「布石って、八雲紫に伝えたあの言葉かしら?」

 

 時間を少し遡る事、今日の午前8時38分。タイムホールの発生状況の調査で紅魔館を訪れた八雲藍に、レミリア・スカーレットは言付けをしていた。

 

『八雲紫に伝えなさい。『私達は世界の終焉にまた一歩前進した。〝希望″を求める猶予は殆ど残されていない』――と』

 

「そんな大袈裟なものではないさ。あの言葉は彼女の背中をほんの少し押してあげただけ」

「じゃあ何よ?」

「私が咲夜の行動を許可した事、もっと言えば世界の分岐前に見えた運命――と言っても伝わらんか。すぐに分かる時がくるわ」

「そう」

 

 レミリア・スカーレットがティーカップを静かに置き、パチュリー・ノーレッジがティーカップに手を伸ばしかけたその時、世界は一変する。

 屋上の扉を開き、配膳ワゴンを押していた妖精メイドはその場で固まり、庭園を飛ぶ小鳥は羽を大きく広げたまま静止。門にいた紅美鈴は、門柱に寄りかかりながら空を見上げる姿勢のまま微動だにせず、大図書館で図書整理中だった小悪魔は、積み上げた本を抱えて歩く体勢のまま動く気配は無い。

 タイムホールからひっきりなしに鳴り続けていた時の鐘は止み、辺りに静寂が訪れる。

 彼女のティーカップはソーサーに張り付いたまま持ち上げる事ができず、開かれた本は糊付けされたかのようにページがくっついていた。

 

「これは――」

 

 異変に気付いたパチュリー・ノーレッジがポツリと漏らした驚嘆の声は、波紋のように広がり、山彦のように反響。慌てて口を抑える。

 

「あれ?」

 

 フランドール・スカーレットが食べていたマフィンは、スポンジが石のように固まり、歯が立たなくなっていた。

 

「…………」

 

 レミリア・スカーレットは、背もたれに身体を深く預けながら、真剣な表情で空を見上げている。タイムホールの境界面が僅かに揺れた事を見逃さなかった。

 

「遂に時間軸の逆行とやらが始まるのかしら……」

「それにしては様子がおかしくない? お姉様は何か知らないの?」

 

 度重なる異常に困惑が広がる中、彼女達の死角からハイヒールの足音と共に馴染み深い声が響く。

 

「お騒がせして申し訳ございません。私が時間を停止しております」

「貴女は……!」

「えっ!? ど、どうなってるの?」

 

 現れた少女に視線を向けたパチュリー・ノーレッジとフランドール・スカーレットは驚愕し、レミリア・スカーレットは静かに目を細める。

 

「皆様、お久しぶりでございます」

 

 美しい所作で一礼する少女――“人間”十六夜咲夜は、旧友に再会した時のような笑みを浮かべていた。

*1
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時。







※以下補足説明


 今回の話の流れとしては

『第251話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 永琳の懸念』
『第229話 (2) タイムホールの影響⑧ 永遠亭の場合』終了時に、時刻E(JST西暦215X年10月1日午前8時45分)になり、メビウスの輪が成立する歴史が確定化したことで、


『第233話 (2) タイムホールの影響⑪ 紫の断片的な回想(中編)』
『第234話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想(後編)』
『第236話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想 (終編)(2/2)紫と咲夜の決意』
『第251話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 永琳の懸念』で描写した咲夜(メビウスの輪が成立した改変後の歴史β)に

『第226話 (2) タイムホールの影響⑤ 紅魔館の場合』~『第229話 (2) タイムホールの影響⑧ 永遠亭の場合』で描写した咲夜(メビウスの輪が成立する前の改変前歴史α)の記憶が蘇り、今回の話で二つの歴史の咲夜が統合されました。


 ちなみに今回の話は『第239話 (2) タイムホールの影響⑬ 終末の兆し 紫の行動』と同じ時系列です。
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