side 魔理沙
西暦????年?月?日――
「ん……」
少しして時間移動が終わったのを感じ取った私は、恐る恐る目を開ける。
あの恐ろしい巫女の姿は無く、目の前には博麗神社が建っている。
(良かった。時間移動は成功したらしいが……、ここは何時だ?)
本当はすぐに元の時間に帰っても良かったのだが、せっかく来たのでこの時間の情報を集めよう。
そう思って何気なく後ろに振り返ると、衝撃的な光景が広がっていた。
「な……なんだよこれは!?」
私の好きだった青く澄んだ空は、夕焼けよりも真っ赤に燃え上がり、緑豊かだった山や平地に広がる森は全て枯れ果て、明らかに体に悪そうな紫色の瘴気がそこら中に充満していた。
ここから遠くに見える霧の湖は完全に干上がっており、魚の死骸が湖底に散乱している。ほとりに建っていた筈の紅魔館は瓦礫の山になっていて、崩れた時計台だけが寂しく残されていた。
さらに人里があった方角を見てみると、鉄筋がむき出しになった高層ビル群が建ち並び、到底人が住んでいるようには見えない。
まるで世界の終わりのようなひどい有様に、思わず「ここは……地獄なのか?」と呟いてしまった。
「うぇっ、しかもなんだこの匂い。ゴホッゲホッ」
おまけに腐った油のような不愉快な匂いも立ちこめており、それを意識した途端に咳が出てしまった。私は口元を抑えつつ、改めて博麗神社に注意を向けてみる。
ついさっきは一瞬しか見ていなかったので気づかなかったけれど、よくよく観察してみれば此方も酷い有様だった。
崩れ落ちた瓦屋根、ドア枠から外れて傾いているボロボロの障子、深い亀裂が走りいつ崩れてもおかしくない支柱……。
参道の石畳も粉々に砕け、鳥居は真っ二つに割れた状態で倒されていた。
「これが……博麗神社なのか」
一瞬並行世界を疑ったが、こんなひどい有様であっても、私がよく見知った博麗神社であることに間違いはなく、ここが別の世界である事は否定された。
「まさか本当にここは幻想郷だと言うのか……?」
一体この時代では何があったのだろうか。
私は博麗の巫女に話を聞こうと思い、神社の縁側に駆けて行くと、そこには博麗の巫女ではなく八雲紫が座っていた。
この壊れた世界で顔見知りに会えたことに安堵する反面、彼女もまた、私の記憶とはかけ離れた姿となっていた。
透き通るような金色の髪はボサボサに乱れ、ハリとツヤがあった端正な顔はやつれてしまっていて、艶やかなドレスは擦り切れている。さながら彼女の精神状態を反映しているかのように。
更にこうして観察していても、瞬きもろくにせずにただただぼんやりと真っ直ぐを見つめているだけで、何を考えているのかすらも分からない。
とても声を掛けにくい雰囲気ではあったが、それでも私はお構いなく傍に駆け寄った。
「おいスキマ妖怪! これは一体何があったんだ!」
私の声に彼女が顔を上げると、哀愁溢れる表情で呟いた。
「……うふふ、まさか遠い遠い昔の人間が目の前に現れるなんてね。こんな幻覚が見えてしまうなんて、いよいよ私も死期が近づいているのかしら……」
「しっかりしろ! 私は今ちゃんとここに居るぞ!」
だが彼女は「フフフフフ、こんなに私を呼びかけてくるなんて、まるで本当にそこに居るみたい。そんなことある筈ないのにね……」と澱んだ眼で虚空を見つめたまま呟くばかり。
(ダメだ……、完全に壊れている……)
私はひとまず彼女の異常については後回しにして、とりあえずこの状況について訊ねることにする。
「……なあ紫、どうしてこんなひどい有様になったんだ?」
もしかしたら話が通じないかもしれないと思いながらの質問だったが、彼女は悲しげな表情を浮かべながら答えてくれた。
「うふふ、見ての通りよ。幻想郷は壊れちゃった。妖怪も、人も、あらゆる生物は全て死に絶えて、後に残されたのは私だけ。アハハハハハッ、惨めでしょう?」
「なん……だって?」
いつも飄々とした態度の八雲紫が狂ったように笑っている事に、私は何かおぞましいものを感じたが、そんな事よりも気になる言葉が。
(妖怪も人も全て死に絶えた……だって!? そんな、あり得ないだろ)
幻想郷に住む妖怪たちは皆名うての実力者ばかりだ、そんな彼女たちが一人残らず逝ってしまうなんて全く想像が出来ない。
「……今は〝いつ″なんだ?」
「ふん、可笑しなことを聞くのね。今日は5月6日、立夏よ。暦上では田植えや種まきが始まり、草木が芽吹き始める時期なのだけれど、もはやここには何も残っていないわ。アハハハハ」
「いやいやいや、そうだけどそうじゃない!」
確かに今の幻想郷には草木の一本すら残っていなさそうだが、それは期待していた答えではない。
「今は西暦〝何年″なのか教えてくれ!」
「? 今年は幻想郷第122A季、西暦に直すと300X年になるわね」
「300X年だって!? なんてこった……!」
紫の言葉に、私はハンマーで頭を殴られたかのような強い衝撃を感じていた。
(とんでもない時間に来ちまったな。まさかここが850年後の未来だったとは……)
夢も希望もないこの惨状に、もはや何も言葉が出ない。