第242~第250話(2)のside霊夢、第251話~第255話(2)のside咲夜とついた話の続きでもあります。
――side 紫(三人称一元視点)――
「――かり、ねえ、紫ってば!」
時間の力が僅かに流れ込み、通電したコンピューターのように意識が覚醒した紫の眼前には、自身を抱き起こしながら心配そうに顔を覗き込む一人の女性が映った。
(誰なの……?)
彼女に問いかけようとしたが、自らの意に反して声が出せず、起き上がる事もできなかった。紫はすぐさま能力を用いて現状把握に努める。
満開の桜、荒涼とした砂漠、紅葉の帳、雪化粧が広がる地帯を突っ切るように、地平線の果てまで続く一路。紫は時の回廊の時間軸上に倒れていたようで、足元には欠損した歯車模様の魔方陣が展開されている。
そして自身の状態を確認した所、自らの生命活動が完全に停止しており、人間で例えるなら仮死状態になっている事を認識する。
(今の私は肉体の時間が停まってしまっているのね。参ったわ、せめて時の概念が関わっていなければ、やりようがあったのだけれど……)
境界を操る程度の能力は、固体・液体・気体のみならず、自然界の法則や概念さえも操作できる非常に応用力の高い能力だが、数少ない例外なのが時の概念だ。
心の中で愚痴っていると、紫を抱き起こしている女性が口元に耳を近づけ、左胸に手を伸ばす。肉体の時間が停止している影響か、彼女に触れられても何も感じず、植物状態の人間はこんな感じなのかしら。と努めて冷静に思考する。
(それにしても、この女の子は誰なのかしら?)
紫に近い背丈の彼女の見た目は10代後半といったところだろうか。透き通るような黒髪に赤色の蝶リボンを着け、素朴で清廉な印象を与える彼女は、同姓の紫でさえも目を奪われる美貌だった。
服装は脇がざっくりと開いた紅白の巫女服を身に着けているが、サイズがあっていないのかヘソや引き締まったお腹が見えてしまっており、スカートは太ももまで見えてしまっている。さながら大人が子供の服を着ているようだ。
彼女の衿の中には陰陽玉の他、博麗と記された札が仕舞いこまれ、背中のリボンとスカートの間には幣が差さっていて、紫はそれらに見覚えがあった。
(彼女は博麗の関係者? ……まさか)
時の回廊という特殊な場所に現れた女性。そして149年前から行方不明になっている博麗の巫女。更に極めつけは。
「ど、どうしようマリサ……! 紫が、紫が死んじゃってるよぉ……!」
「なっ!? 間に合わなかったのか……?」
(マリサですって!? じゃあやっぱり――!)
ひょっこりと視界の外から顔を覗かせたマリサを見て、疑念が確信に変わった紫は、すぐさま境界を操る程度の能力を用い、自らの思考をテレパシーのように二人の少女に飛ばす。
『……もしかして、霊夢なの?』
「紫!?」
「この声は紫か? なんだよ霊夢、驚かせやがって」
驚愕する二人に紫は『今の私は身体の時間が止まっているから、勘違いするのも無理はないわね。この言葉も思考の境界を操作して、思念波を届けているのよ』と説明する。
「そうだったのね」
安堵の表情を浮かべる霊夢に対し、マリサは「思考の境界って、まさか私達の考えも聞こえているんじゃないだろうな?」と疑惑の目を向ける。
『人間も妖怪も、話す時はまず脳内で思考してから言葉を発する事で形にしているでしょう? 今の私は言葉を発するプロセスを省略しているだけに過ぎないわ』
「ふ~ん。ってことは今の紫は思考が駄々漏れなのか」
納得した様子でマリサは頷いた。
『ところで、貴女達は西暦200X年4月5日の霊夢とマリサで合っているのよね? その姿、一体何があったの? さっき咲夜と話していたわよね?』
「順を追って説明するわ。2021年2月21日にあんたと別れた後――」
霊夢が話し始めた時、何かを察したマリサが振り返りながら声を上げる。
「待て、霊夢。誰かがこっちに近づいてきているぜ」
「え?」
霊夢がマリサの指を差した方角を見ると、地平線の果てから高速で接近する二つの人影があった。霊夢は幣に手を伸ばし、マリサはポケットから八卦炉を取り出して警戒していたが、二人の姿が鮮明になる距離まで接近された所で警戒を解いた。
「咲夜と輝夜?」
「みたいだな」
並行飛行する咲夜と輝夜は速度を徐々に落とし、すっと霊夢とマリサの前に降り立つ。
「ようやく見つけたわ。貴女達は200X年4月5日の霊夢とマリサね?」
「ええ、そうよ。咲夜は何処の時間から来たの?」
「しかも輝夜も連れてな。それにその魔法、何があったんだ?」
咲夜と輝夜の足元には時計の文字盤を模した十層の魔法陣が展開されている。
上から順にアラビア数字、ローマ数字、バーインデックスの文字盤、オベリスクが刻まれた日時計、水時計、太陽系の公転周期まで分かる天文時計、十二支で時間区分を分ける和時計、原子時計、光格子時計、最下層には時の回廊のミニチュアと、紫でさえも知らないような古今東西の時計魔法陣が展開されていた。
それだけではなく、彼女達を包み込むように透明な膜が張り巡らされており、中から強い時間の力をひしひしと感じ取る。現在マリサが展開中の魔法陣の完成系であることは、魔法に疎い霊夢や紫でさえもすぐに理解できるものだった。
「私達は八雲紫達と同じ215X年10月1日から来たわ。途中でタイムトラベラーの魔理沙に会ってね、貴女達の事を頼まれたのよ」
「私は咲夜の付き添いってところかしね」
「!」
「なんですって!?」
『その話、詳しく聞かせて!』
タイムトラベラーの魔理沙――その名に霊夢とマリサは咲夜に詰め寄るように問いかけ、紫も食い入るように思念波を飛ばす。
咲夜は「落ち着いて。まずは彼女達を助けてからよ」と言って紫の前にしゃがみ込むと、力無くぶら下がる右手を優しく握る。時間の力と咲夜の温もりが右手越しに伝わり、死んでいた肉体の時間が動き出す。例えるなら、真冬日に湯が張った浴槽に入った時のような暖かさ。
『これは……!」
紫が声を出せるようになったところで、咲夜は右手を放す。紫はゆっくりと起き上がり、身体の感覚を確かめるかのように右手を何度も握る。どうやら後遺症は無いらしい。
「肉体の時間を動かしたわ。これで自由に動けるでしょう?」
「感謝しますわ」
思考の境界を戻した紫は、率直にお礼を述べる。咲夜は「気にしなくていいわよ」と答えた後、今度は倒れている3人の元に歩いていく。
まず咲夜は仰向けになって倒れている隠岐奈の元に向かい、紫と同じようにしゃがみ込んで彼女の右手を握る。直後肉体と精神の時間が止まっていた隠岐奈が動き出す。
「ここは……? 私は一体何が……」
「後で説明するわ」
咲夜は困惑した様子の隠岐奈の手を引いて起こすと、今度は石畳の上に転がる1個の卵の元へと歩いていく。モゾモゾと震える卵へ右手を伸ばし、人差し指で柔らかく触れる。次の瞬間、文は元の少女の姿に戻っていた。
「お、おお! 戻った、戻りましたよ! ありがとうございます咲夜さん!」
飛び上がらんばかりに喜ぶ文に、咲夜は「お礼は要らないわ」と返答した後、力無く横たわる老いた杏子の元へ行き、彼女の背中をそっと触る。瞬く間に杏子は10代の頃まで若返り、元の瑞々しさを取り戻す。
「わ、私……戻れたのね。あぁ、良かったぁ……」
起き上がった杏子は薄らと涙を浮かべながら、両手の平を見つめていた。
「凄いわね……」
霊夢がぽつりと漏らした言葉に、誰もが共感し、時の回廊は恐ろしい場所だと再認識していた。
「最後は貴女よ、霊夢」
咲夜が差し出した手を握ると、霊夢の身体はあっという間に縮み、元通りになる。
「やっぱ霊夢はその姿が似合うな」
「待たせたわね。さあ、情報交換しましょうか。現在の異変の解決の為に、そしてタイムトラベラーの魔理沙を助ける為にも、私達は情報を共有する必要があるわ」
「ええ、そうね」
「まずは私から話すわね」
この場に集まった8人の少女は円形に並び、代表して紫、咲夜、霊夢が経験した出来事を話し合う。彼女達の情報交換は西暦換算で約1時間近くに渡るもので、情報量の多さに各々が何度か聞き返しながらも、情報の共有が行われた。
「タイムホールに、メビウスの輪……ねぇ」
紫は難しい顔で唸っている。霊夢と咲夜のもたらした情報はあまりに衝撃的で、考えを纏めるのに時間を要する。
「タイムホールの有無で歴史改変が起きたんですねぇ。いやはや、非常に興味深い話です」
「未来の魔理沙は解決策を持ってきたわけではないのね。残念だわ」
「時間の境界……もとい、タイムホールの修正か。はてさて、どうしたものか」
「ややこしい話になってきたぜ」
「一旦情報を整理した方が良いかもしれないわね」
「ねえ、八雲紫」
呼ぶ声に振り向くと、杏子が神妙な表情で立っていた。
「私の中には今二つの記憶があるの。一つは母を殺した妖怪を憎み、復讐の為に博麗の巫女となった私。片や、元博麗の巫女の博麗霊夢に母親を助けて貰い、彼女に憧れて博麗の巫女となり、妖怪達と適切な距離感を保ちながら穏やかに過ごして来た私。――教えて八雲紫。どちらが本当の私なの?」
杏子の記憶について紫は心当たりがあった。前者はメビウスの輪が成立した現在の歴史β、後者はタイムホールが発生した歴史αの事を指しているのだと。
『これは……。私と……霊夢様……? 私は、私は……? うう、痛いよぉ……』
恐らく霊夢達とすれ違った直後に、改変前の記憶を思い出したのだろうと推測した紫は、慎重に口を開いた。
「私は――いえ、私達は歪んでしまった歴史を修正する為にここに集まっているわ。貴女が信じたいと思う方を選びなさい」
「……」
紫の言葉に眉間に皺をよせながら悩んでいた杏子は、やがて、ふっと憑き物が落ちたような晴れやかな顔になった。
「私は霊夢様と生きた歴史を望みます。八雲紫さん、今まで貴女にきつい態度を取り続けて申し訳ありませんでした」
杏子は紫に向かって深々と頭を下げる。そこに今までのような敵愾心は無く、誰にでも人当たりの良い歴史αの杏子の姿があった。杏子は続けて、霊夢に向かいあい、彼女の手を握る。
「霊夢様、私、頑張りますね! 必ず貴女の期待に応えて見せますから!」
霊夢は面くらったような表情で、「……ごめんなさい。今の私は貴女の事を全く知らないのよ」
「あ! そ、そうでしたね。馴れ馴れしくてすみません」手を離し罰が悪そうにしている杏子に霊夢は柔和な笑みを浮かべ、「今の私は貴女と同じ博麗の巫女よ。お互いに頑張りましょうね」
「はい!」
「ふむふむ、博麗の巫女、時代を越えて異変解決に向かう――。普段ならこれだけで一面記事を飾れそうですねぇ」
霊夢と杏子の会話を聞いていた文は、メモを取りながら呟いていた。
彼女達の話し合いはまだまだ続く。
「一旦状況を整理しましょう」
紫の一声で、全員の注目が彼女に集まる。
「まず前提として、私達の目的は幻想郷に発生したタイムホール異変の解決と、タイムトラベラー魔理沙の救出。その為に、タイムホールが発生した時空A*1の二分後に飛んで魔理沙と協力する。ここまでは良いわね?」
「待て紫。話の腰を折るようで悪いが、私達が動く必要はあるのか?」
「どういう意味かしら隠岐奈。貴女はタイムホールを放置してもいいの?」
「そうではない。私が言いたいのは、タイムトラベラーの魔理沙を助ける必要があるのか。という点だ。事情がどうあれ、今回の事態を引き起こしたのは彼女だそうじゃないか。何故我々が尻拭いをしなければならない?」
「……」
「それに時の神とやらの話では、メビウスの輪が続くようであれば、彼女自身が事態を解決させるのだろう? 静観するのも手ではないか?」
「何を言ってるのよ隠岐奈! 時の神の咲夜が動いたら、魔理沙が居ない歴史に修正されてしまうのよ?」
「そうだぜ! お前はもう1人の〝私”が死んでもいいのか!?」
霊夢とマリサの文句に、隠岐奈は「私は客観的に意見を述べているだけだ」と冷ややかに答える。続けて反論しかけた霊夢を紫は手で制し、口を開く。
「隠岐奈。魔理沙の救出は私情だけではなく、私達の利益にも繋がるのよ」
「ほう? 聞かせてくれ、紫」
「魔理沙の歴史改変が全て無くなるということは即ち、ここにいる霊夢、マリサ、咲夜が人間のまま亡くなるわ。それだけではなくて、幻想郷も西暦293X年11月11日に博麗大結界が崩壊して滅亡するわ」
「魔理沙が話した未来の出来事って奴か。仮に事実だとして、未来を知っているのなら、今から結界の管理をより厳格にすればいい話ではないのか?」
「未来の私も同じ事を思いついたけれど、次に起きたのは外の世界の軍隊による幻想郷の侵略だったわ。魔理沙は度重なるタイムトラベルの結果、月の都が人類の文明を抑えつけている事に原因があると突き止め、西暦200X年の月の都に説得に向かい、外の世界の人類の宇宙進出を認めさせたそうよ」
「200X年……。ふむ、かつてソ連のソユーズ計画や、アメリカのアポロ計画を悉く妨害してきた月の住人達が、一転して宇宙開発に寛容になった時期と一致するな。そのすぐ後国際宇宙ステーションが完成し、人類の宇宙開発は飛躍的に躍進した……。となると真実の可能性が高いか」
「魔理沙の重要性について理解してもらえたかしら? 彼女無くして、幻想郷は成り立たないのよ」
「お前がそこまで断言するとは珍しいな。まあいいだろう」
隠岐奈は納得したように頷いた。
「話を戻すわね。時空Aは地球から約1億光年離れた距離にある地球型惑星――地球と同じ環境の惑星で、宇宙ネットワークという銀河全体に張り巡らされた仮想世界の中心星。この時代における最高水準の文明らしいわ」
「約39億年前の文明ですか。私達の常識から考えると、あまり大したこと無さそうですが……」
「その認識は誤りだな射命丸文。咲夜の話から推察するに、恒星間航行を成し遂げ、異星人との交流がある時点で、私達の時代の外の世界よりも高度な文明を築いている事は間違いない」
「はぁ、なるほど」
隠岐奈の説明に、文はあまりピンときていない様子ながらも、メモを取っていく。
「時空Aにはタイムトラベラーの魔理沙だけではなく、215X年10月1日の霊夢、マリサ、にとり、300X年7月10日の妹紅、現地人のアンナ、フィーネがいるわ。
「未来の私達がいながら解決できなかったのよね」
「なんだか不安になってくるぜ」
「ふふ、未来の妹紅と会うの楽しみだわ」
「おい輝夜、妹紅と喧嘩するなよ?」
「分かってるわよマリサ」
「女神咲夜に設けられた機会は1度。目的を達成するための制限時間は、時空Aから数えて30分だけど、私達はその二分後に到着するから28分ね。この限られた条件下において、タイムトラベラーの魔理沙が解決できなければ、一巻の終わりよ」
「八雲紫。その条件に、“タイムトラベラーの魔理沙は時空Aから時間移動してはならず、彼女とその周囲の人物の保護を最優先で行う”も追加よ」
咲夜の発言に注目が集まる。
「根拠を聞かせて貰えるかしら? 咲夜」
「私は未来の魔理沙が語った〝時空Aのタイムトラベラーの魔理沙の主観”について考えていたわ。そもそも、何故未来の魔理沙は私達を送り込むことにしたのかしら?」
「『時刻A*2には存在し得ない十六夜咲夜と蓬莱山輝夜を送り込む事で、彼女の行動の選択肢を増やし、閉塞された未来を打破する可能性を与える』でしたっけ」
「ええ。けれど、いくら私と輝夜が時間に纏わる能力を持っているといっても、時間移動に関する知識、技術、経験は魔理沙の方が上よ。私達に頼るよりも、〝失敗の内容”を知っている本人が直接時空Aに遡った方が遥かに成功率が高いですし、一緒に時空Aに同行しないのも不自然だわ」
「言われてみればそうね」
「そして未来の魔理沙は、〝失敗の内容”を頑なに話さなかったわ。この事から推察するに、彼女が時空Aに遡らない理由は〝失敗した内容”に起因し、〝タイムトラベラーの魔理沙”が同一時空に二人以上存在する事が不都合と考えられるわ」
「……つまり、どういうことなんだぜ?」
「時空Aの魔理沙は、未来を必要以上に知ってはならないのよ。彼女の主観的な時間が時空Aに留まり続けることが、事件解決の鍵になる。時の神の〝私”、そして未来の魔理沙が私達に提示した情報が欠落していることが根拠よ」
「なるほどね。魔理沙の保護については、どんな根拠があるのかしら?」
「単純な理屈よ。歴史αの215X年10月1日に、紅魔館を含む幻想郷の各地でタイムホールが開いて、時空Aの建物が次々と落下したでしょう? あれだけの巨大建築物が土地を離れるということは、その時空では常識では考えられない天変地異が発生していると考えるべきだわ」
「理解したわ」
咲夜の説明に異論を唱える者はいなかった。
次の話はもうしばらくお待ちください。
お待たせして申し訳ありません。