今回の話の時系列は『第221話 (2) 魔理沙の記憶③ 余波』の続きです。
簡単なあらすじ (第206話(2)以降)
幻想郷存続の歴史改変の最中に出会った宇宙人の少女アンナの誘いを受けて、アプト星にやってきた魔理沙達。
観光を楽しんでいたが、時間移動の研究を行うリュンガルトに狙われて襲撃を受けてしまう。
追い詰められた魔理沙は、タイムジャンプを暴走させることで窮地を脱するが、その影響でタイムホールが開き、別の時空に追放されたリュンガルトと入れ替わるように紫達が降りてきた。
紫達が来た経緯については、『第222話 (2) タイムホールの影響①』~『第257話 (2) タイムホールの影響⑮ 女神咲夜の思惑』にて描写しています。
――side 魔理沙――
――紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時4分(協定世界時)――
「紫!?」
私はスキマから現れた幻想郷の賢者に目を疑った。彼女が何故この時代にいるんだ?
――いや、彼女だけじゃない。
妹紅に礼を言いながら離れるアリスも、遠慮なく写真を撮っている文も、要領を得ない様子で霊夢にまくし立てる杏子も、本来この時間には居ない筈だ。
「私達もいるわよ!」
「!」
頭上から降りかかる聞き馴染みの深い声に、まさかと思いながら顔を上げる。
異変解決時の雰囲気を纏う巫女服の霊夢、箒に乗った私、手を繋ぐ咲夜と輝夜が私のすぐ近くに降りてくる。紫の背後には扉が現れ、金髪の少女が姿を見せる。彼女は冠を被り、橙色の狩衣に緑色のスカートを履き、前掛けには北斗七星が描かれていた。
「お前が別の歴史から来た魔理沙だな。ふむ、見た目はマリサと同じなのか」
彼女とは直接の面識は無いが、紫から聞いたことがある。確か幻想郷の賢者の一人、摩多羅隠岐奈だったか。幻想郷の賢者が2人も現れるとは、一体何が起きているんだ?
「えっ!? 私?」
「貴女が未来の私ね? ……ふぅん。ちゃんと私は魔理沙との約束を守って仙人になったのね」
私の隣にいる霊夢は、たった今降りて来た霊夢に驚き。
「輝夜! お前、何しに来たんだ!?」
「落ち着きなさい妹紅。今日は魔理沙に用があるのよ」
咲夜の手を離した輝夜は、殺気立つ妹紅を宥めていて。
「よう、私」
「……まさか別の時間の私と顔を合わせる事になるとはな。変な気分だぜ」
二人の〝私”は微妙な表情で向かい合っている。
「えっと、にとりさん。皆さんとはお知り合いですか?」
「みんな私達と同じ幻想郷の住人だよ。一体何がどうなっているんだろう?」
アンナはにとりに訊ねていた。
「お前ら! どうしてここに?」
「それはね――」
私が問いかけると、今現れた巫女姿の霊夢が紫に目配せする。
「私達は貴女に協力するために時を越えて来たの。悪いけど時間が無いから、詳しい事は私が経験した記憶を直接貴女の脳内に送るわ。準備はいいわね?」
「あ、ああ」
有無を言わさない圧力を感じ、引き気味に頷くと、紫は手を伸ばして私の額にそっと触れる。次の瞬間、まるで洪水のように情景が流れ込む。
「ぐっ……これは……!」
魔法の森に開いたタイムホールから現れたリュンガルトの艦隊、やがて降り注ぐ超高層ビル。メビウスの輪に、未来の自分の思惑、そして時の回廊内で降りかかった異変……。紫が経験した数々の出来事が、まるでその場に立ち会ったかのように、記憶として定着する。
自分が自分で無くなるかのような奇妙な感覚。私がこれまで行った歴史改変に影響された人妖もこんな感覚だったのだろうか。
「魔理沙!?」
「おい、紫! お前何してるんだよ?」
悶える私を気遣う霊夢とマリサに紫は。
「落ち着きなさい、一時的に記憶が混乱しているだけよ」
更に紫は私と一緒に居る霊夢、マリサ、アリス、にとり、妹紅、アンナ、フィーネに向かって「貴女達にも記憶を送るわ。言いたいことがあるのは分かるけど、今は一分一秒を争う緊急事態なの。受け取りなさい」と言い放ち、次々と彼女達の額に触れていく。
皆――特に霊夢とマリサ――は何か言いたげだったが、紫の迫力に押されたのか、素直に受け入れていた。
時間にして1分ほどで、記憶の整理がつき、私は息を吐く。
「――事情は理解したぜ。どうやらとんでもない事になっちまってるようだな。本当に済まなかった」
私はこの時代に来た紫達に向かって頭を下げる。リュンガルトに追い詰められて必死だったとはいえ、もうちょっと考えて行動すべきだった。まさか私の時代にまで影響を及ぼしていたなんて……。
「謝罪は後よ、魔理沙。今は目の前の問題に集中してちょうだい」
「……そうだな」
紫の言う通りだ。
女神咲夜の話では、私に残された時間は23分しかなく、チャンスは一度きりだ。彼女が嘘を吐かないことはよく分かってるし、何もできなければ躊躇なく歴史の初期化を行うだろう。それだけはなんとしても避けなければならない。
「もちろん私達も協力するわよ。出来る事があれば、何でも言ってちょうだいね」
「ありがとな」
私が話している間に、紫から記憶の伝授を受けた霊夢達は、自己紹介も兼ねて今度の行動について話し合っていたが、すんなりと意見が一致したようだ。
アンナは時計を実体化させて、全員から見えるように宙に浮かべる。現在時刻は午前0時8分25秒。勿論暦は西暦だ。
「魔理沙。これからどうするつもりなの?」
「まずやるべきは、未来の私と同じ轍を踏まないようにする事だな」
「未来の魔理沙が何も言わないのは不自然極まりないわね。過去を変えたいのに、その成功率を下げてどうするのよ」
「未来の私の意図は知らんが、失敗の内容については予想できるぜ」
全員の注目を集めているのを感じつつ、言葉を続ける。
「私はタイムホールが開いた時、魔力を注ぎ込んで抑え込もうと思っていたんだが……恐らく失敗するんだろうな。人一人が通れるくらいのサイズならともかく、あそこまで規模が大きくなっちまったら、私の力では無理だ」
そもそもタイムホールが開くような事態にならないようにすべきだったが、今更そんな事を言っても仕方ない。
「この方法が駄目だった場合、タイムホール発生前の時間に遡って、タイムホールの発生そのものを防ぐ――今回のケースだと、リュンガルトが私の存在を知るきっかけになった、メイト通りのゲームセンターでの出来事を改変しようと考えていた。しかしメビウスの輪によって時間軸が断絶してるから、この方法も使えない。事前に知ることが出来て良かったぜ」
もし知らなかったら、私のタイムジャンプに問題が生じたと考えて、原因の究明に時間を取られていたことだろう。
「以上を踏まえた上で、私に考える時間をくれ。すぐには思いつかん」
「分かったわ」
「咲夜、時間を止めてくれないか」
言いながら自分の意識を切り替えて、時間停止中に活動できる身体にする。
「私は構わないけど、その用途での時間停止はお勧めしないわ。この世界の時を止めても、タイムホールがメビウスの輪に進行する時間までは止められないわ」
「……ああ、そうだったっけか。ならやめておくぜ」
紫の記憶の中には、紅魔館上空に開いたタイムホールが時間停止中にも活動を続けていた旨を話す咲夜の姿があった。恐らくこの次元とは違う時が流れてるんだろう。
納得した所で、私は思索に耽る。
(さて……どうしたもんかな……)
霊夢達は私が淡々と話しているように思っているかもしれないが、内心ではかなり焦っている。
まさか私が開いたタイムホールのせいで過去に戻れないなんて、想定外だった。伝家の宝刀とも言える時間遡航が使えないのは非常にまずい。
(タイムホールは、高次元世界たる時の回廊と、この世界を隔てる〝次元の壁”に開いた時空の歪み。私のタイムジャンプは、タイムホールが開かないように細心の注意を払って時の回廊に繋がる〝門”を開き、そこを移動して時間移動するものだ)
リュンガルトにアンチマジックフィールドを展開されて追い詰められた私は、タイムジャンプを敢えて暴走させることで〝門”を破壊した。目論見通り、この時空から脱出する手段は得られたが、代償は大きかった。遍く全ての人々が時の回廊を利用できるようになるばかりか、此方の世界の時間法則にまで歪みが生じている。
女神咲夜が怒るのも無理はない。霊夢達は私を擁護してくれたけど、自分がしでかしたことの大きさは理解している。
(そういえば、あの〝黒い紋様”はなんなんだろうな。今までスルーしてたけど、今度咲夜に会ったら問い詰めてみるか?)
今はすっかり消え去ってしまっていて、あの力を全く感じない。あの時は無我夢中だったし、どうやって出したのかさえ分からない。
ふと意識を外にやると、この場にいる全員の少女達がじっと私を見ていることに気付く。
ちなみにこの場には私を含めて霊夢、マリサ、にとり、咲夜、輝夜、紫、隠岐奈、文、杏子、アンナ、フィーネ、2008年の霊夢とマリサとアリス、西暦300X年の妹紅の計16人いる。
これだけの人数が集まれば、誰かしら雑談しててもおかしくないのだが、私の耳には些細な環境音――カメラのシャッターを切る音くらい――しか聞こえない。きっと私の集中を削がないように配慮してくれているのだろう。なんとしてもその思いに応えなければならない。
(一旦状況を整理しよう)
現在の歴史はメビウスの輪という宇宙規模の時間のループが発生していて、原因は私がついさっき開けたタイムホールだ。これが時間軸を侵食して、正常な時の流れを断絶させてしまった。
私に与えられた機会は一度で、今日の午前0時30分までにタイムホールを修復できなければ、女神咲夜の手によって歴史の初期化が起きる。そうなればタイムトラベラーとしての私は消滅し、そればかりか霊夢は夢を操る妖怪に殺され、咲夜は人のまま逝き、幻想郷も293X年に滅亡する。
更に同じ歴史の繰り返しを防ぐべく女神咲夜が時の回廊を封鎖する為、
(こうして考えるとかなり厳しい状況だな……)
今までみたいにとりあえずやってみるという作戦は通用しない。慎重に判断しないと……。
(未来の私は咲夜と輝夜が鍵になると言ってたな……。まずはそこから考えてみるか)
「なあ咲夜、輝夜。お前らの能力について再確認したい。教えてくれないか?」
私は二人の能力についてちゃんと知っているが、もしかしたらタイムホールの影響で能力が変化しているかもしれない。そう思っての質問だった。
「私の能力は時間を操る程度の能力。私の気力が続く限り、時間の加速・減速・停止が出来るわ。一定範囲内の空間の操作も可能よ」
「私の能力は永遠と須臾を操る程度の能力よ。永遠とは不変。永遠の魔法を掛けられた対象は、成長も老化も無くその瞬間の状態が維持されるわ。そして須臾とは極僅かな時間。誰もが持っている認識できない時間を私の時間として扱える能力よ。参考になったかしら?」
「ああ。サンキュー」
快く説明してくれた咲夜と輝夜に礼を述べる。
二人の能力は私の認識通りで、タイムホールによる歴史改変の影響は無いようだ。前提が間違っていない事を確認した所で、私は更に考える。
(さて、咲夜と輝夜の能力が鍵になるかもしれないと未来の私は言ったらしいが、どう扱えばいいんだ?)
咲夜の能力は過去に干渉できないし、輝夜の能力も今の局面では使いどころがよく分からない。
紫の話では、メビウスの輪の終点に到達した時、自分の時間を永遠にする事で世界の逆行現象に抗ったとのことだが、時間の保護という観点から見れば私でも同じ事が出来る。
そもそもタイムホールに対し二人の能力は効果が無かった。じゃなかったら、わざわざ私の所に来なくても自力で解決できていたことだろう。
(未来の私が〝失敗”の理由を語らなかった事と何か関係があるのか?)
今回の歴史改変は絶対にやり直せないのに、未来を伝えないのはタイムトラベラーとしてのアドバンテージを自ら捨て去っている。
しかも私に直接会いに来るのではなく、200X年7月20日に時間遡航――この場合は時間加速か?――した咲夜と輝夜に伝言を残している。勿論、咲夜と輝夜を助けるという理由もあるだろうが、何故こんな回りくどいやり方をしたのか?
考えられる理由は三つある。
(まず一つ目の理由は、未来の私が致命的な失敗を犯してしまった為に、私に内容を伝える事を躊躇った可能性だ。例えば、れ、霊夢が死んでしまったとか……)
自分で思い立って、霊夢が亡くなったあの日がフラッシュバックして、胸が張り裂けそうな程に苦しくなる。堪らず霊夢を見ると、2008年から来た霊夢と現在の霊夢が隣り合うように立っていて、私の視線に不思議そうな顔を浮かべていた。
(……いや、この可能性はないだろう。万が一にもそんな事が起きたら、尚更未来をはっきりと伝える筈だ)
私が誰かに遠慮するような性格じゃないことは私自身が良く知ってるし、どれだけ時間が経とうとも、私が私の原点を否定するような行動はとらないだろう。
私は首を振った後霊夢から視線を外した。
(二つ目の理由は、何らかの事情で私に未来を伝える事が出来なかった可能性だ)
世の中にはある特定の言葉を口にしたり、文章にすることに制約を掛ける魔法・呪いがある。しかし、私がそんなものに引っかかるだろうか?
人間だった頃ならともかく、種族としての魔法使いになった今では考えにくい。
それにもし万が一その類の術を掛けられたとしても、私がパチュリーに解呪を頼らないとは思えない。まず有り得ないと思うが、念の為に確認をとってみよう。
「咲夜、輝夜。お前達が会った〝未来の私”に、何か違和感は無かったか?」
「違和感?」
「〝未来の私”が失敗の理由を話さなかったのは、何者かの魔法や呪いで言葉を奪われた可能性を考えてな。私は紫越しの伝聞調の記憶でしか見ていないから、直接会ったお前達がどう感じたかを知りたいんだ」
何気ない質問だったが、二人は僅かに目を見開き、互いに目配せをする。
なんだ? と思ってる間にも通じ合ったのか、輝夜は咲夜に頷いた後、私に向き直った。
「安心なさい、その可能性は無いわ。〝彼女”は間違いなく正常で、自らの意思に則って行動しているわよ」
「やっぱりそうだよな」
咲夜が何か考え込んでいるのが少し気になるが、黙っているってことは大したことじゃないんだろう。
(そして最後の理由は、何らかの事情でこの時間に遡らず、私に未来を教えない方が良いと判断した可能性だ)
二つ目の理由と似て非なる部分は、未来の私が何らかの意図を持っている点だ。
例えば今の私が失敗の内容を知る事で、今と未来の私にとって不利益が生じる場合だ。具体例は……特に思いつかないが。
(仮にこの理由だった場合、未来の私は何を考えている?)
未来の私が隠したのは、全ての未来ではなく、〝失敗の内容”――より正確には、今日の午前0時~0時30分の限定された時間のみ。これが何を意味しているのか?
(女神咲夜も言及を避けていたらしいな……。これは偶然か?)
考えられるのは、未来の私が女神咲夜から何らかの情報を貰っている可能性。タイムホールがメビウスの輪に変化するなんて私は知らなかったし、たった一度の試行回数の中、何のヒントも無く真相に辿り着けるとは思えない。
女神咲夜と未来の私が協力していると仮定した場合、失敗の内容を敢えて隠しているのは、〝内容を知ること”が、タイムホールの修復の致命的なエラーに繋がる可能性さえ出てくる。
……なんて、ここまであれこれと考えても、結局は仮定と憶測ばかりで決定的な答えが出ない。これまで未来の私の考えが分からない事はあっても、意図については何となく予想できていた。だけど今回のように全く理解できないなんて初めてだ。まるで別人みたいだぜ。
(う~ん情報が欠けてるな。私が言うのもなんだけど、確定的な情報でも無い限り、あまり未来の私の話は当てにならんからな……。一旦保留にして、別の視点から見るか)
私は手持ち無沙汰にしているアンナとフィーネに話しかける。
「アンナとフィーネに質問がある。この星の科学技術でタイムホールを塞げるか?」
「すみません。あたしは専門外なのでよく分かりません。ですが、恐らく難しいのではないかと思います」
「何故そう言いきれるんだ?」
「つい先程、宇宙ネットワーク内で政府の発表がありました。要約しますと、突発的に発生した空間の歪みの調査の為に、この一帯を立ち入り禁止にするとのことです。もし対処手段があるのならばこんな発表はしません」
「なるほどな」
「詳細はフィーネが知っているかもしれませんが、守秘義務があるので難しいかもしれません」
私は思い悩んでいるような顔のフィーネに訊ねる。
「フィーネ。何か知っているのなら教えてくれないか?」
「……そうですね。緊急事態のようですし、私が知りうる全ての情報をお伝えします。くれぐれも他言無用でお願いしますね」
そう前置きして彼女は語り出す。
「先程アンナが話した〝空間の歪みの調査”は、タイムホールが開いた瞬間から宇宙航空局が実施しているのですが、現状では全く進展が無く、対応しあぐねています。何故ならこの一帯の時空間の歪みが観測史上最大値を計測している為、航空機による接近と
「凄い……! サイボーグなんだね」
「私の機械化率はそこまで高くないのですが……まあいいです」
驚いているにとりをさりげなく訂正しつつ、フィーネは話を続ける。
「ここからが重要な話です。貴女達がタイムホールと呼ぶ空間の歪みが更に拡大するようであれば、アプト政府はレッドコール――最上級の非常事態宣言を発令する予定なのですが、時間の問題でしょう。八雲さんの記憶データにあった〝魔法の森”と呼ばれる場所に開いたタイムホールから、この星の建物が落下していましたから」
「やはり、あの建物はこの時空から来ていたのね……!」
「レッドコールは、国家の存亡や、惑星崩壊の危機が差し迫った時に発令されます。アプト星在住のCRF接続可能器官・CRF対応デバイスを所持する全ての人は、私やアンナのような一部の職業を除いて、政府権限で宇宙ネットワークに強制避難させられます。解除されるまで現実世界に戻れません」
「マジか! それはまずいな。アンナ、一旦これは返すよ」
私はポケットにしまっていたアンナの眼鏡を渡す。タイムホールの修復について何の取っ掛かりも得てない現状では、高確率で起こりうることだろう。
宇宙ネットワーク内で魔法を使ったら、またリュンガルトのような騒ぎが起こるとも限らないし、そもそも使えない可能性だってある。何もできずにタイムアップを迎える事だけはごめんだ。
「私も返すわ」
私と同じことを思ったのか、霊夢達も次々とアンナに眼鏡を返していく。
「現在、サイバーポリス全職員の身辺調査と並行して、今回の事件の捜査が行われています。サイバーポリスは〝空間の歪み”が収束し次第、霧雨さんを重要参考人として事情聴取する方針です。ですが私個人の意見としては貴女を信じています。どうか頑張ってください」
「ああ」
私は頷いて、再び思考に入る。
懇切丁寧に説明してくれたフィーネには申し訳ないが、殆どの言葉の意味が分からなかった。勿論翻訳機の故障ではない。恐らくこの星の体制と、彼女の所属する自警団の内情について話していたのであろう。
しかしそれでも有益な情報はあった。それは『この一帯の時空間の歪みが観測史上最大の値を計測している』という点だ。
タイムホールを通ってやって来た紫達が普通に空を飛んでた時点で、時空の相転移現象――時空間の歪みが大きい場所で起こる転移現象。私がタイムホールを開いた時に、リュンガルトがこの時空から弾き飛ばされたのがそうだ。――は収まったと思っていたのだが、どうやら違ったみたいだ。
(考えてみればそうか。このタイムホールはメビウスの輪になるんだもんな)
大きな時空間の歪みは、この時空のみならず他の時空に連鎖的に広がる。
そして私のタイムジャンプは、安定した時空間で無ければ失敗する可能性が高まる。例えるならば嵐の中で空を飛ぶようなものだ。正常な時空間に飛ばされるだけならいいが、時空の狭間に落ちてしまえば、二度と抜け出せなくなるだろう。
(まずはタイムジャンプを使えるようにしないとな)
未だに良案は思いつかないが、前提が崩れ去ってしまっては話にならない。周囲の時空の歪みを把握して、それを計算に入れた上でタイムジャンプが成功するように変更しなければ。
今までやったことは無いけど、やるしかない。その矢先だった。
時刻は午前0時15分。周辺の空に次々とタイムホールが開き、水玉模様のように大量発生したかと思えば、地鳴りが起きる。
「!」
「な、何!?」
新たに開いたタイムホールの真下に建っていた超高層マンションが地面を離れ、タイムホールに向かって次々と吸い寄せられていく。舗装された道路、巨大な橋、細長い線路、飛行中の宇宙船……、まるでこの星の全てを奪い去るかのように。
すぐさま警報が鳴り響いた。
『
事前に宇宙ネットワークに繋がるメガネを返していたので私達には何も影響は無かったが、恐らくアプト中の人々が宇宙ネットワークに転移させられているのだろう。
「遂に発令されましたか……」
「ま、街が……」
「いやはや、凄い光景ですねぇ。被写体に困りませんよ」
唖然とするフィーネとアンナ。文はカメラを構えて、シャッターを切りまくっている。霊夢と紫は鋭い目つきで眺めていた。
周囲の超高層マンションと、剥がされたアスファルトの道路が宙を舞い、ピンボールのように空中で衝突して瓦礫が弾け飛び、連鎖する。平穏だった空は危険地帯と化していた。
遠くのマグラス海では莫大な海水が竜巻のように巻き上げられている。空中都市ニツイトスを構成する宇宙船は、噴射口から火を噴きながら離れようとしているが、時空の歪みからは逃れられないようでジリジリと高度を上げていく。あの街がタイムホールに呑まれるのも時間の問題だろう。
「まるで世界の終わりね」
「この建物が幻想郷に落ちてくるのね……」
「ね、ねえ魔理沙。ここは大丈夫なの? 私達も避難した方が……」
不安げに訊ねてきたアリスに、「私の力でこのマンションと私達の周囲の時空間を固定してるから大丈夫だ」と答える。現に、この付近で無傷な建物はもうここしか残っていない。
「なあ、あの建物こっちに落ちてこないだろうな……?」
「私達が結界を張るわ。こっちに集まってちょうだい」
「霊夢様。私もお手伝いします!」
妹紅の懸念に、二人の霊夢と杏子が、集まった私達を護るようにドーム型の結界を展開する。〝博麗”の少女が三人集まったことで、強度は申し分なく、私の全力の魔法でも破れるか怪しいくらいだ。
続いて何かが崩壊するような音が耳に入り、甲高い悲鳴が響く。咄嗟に振り向くと、アンナが首都の方角を見ながら叫んでいた。
「ああっ! トルセンド塔が――!」
見ると、宇宙まで続く高い白銀の塔が真ん中辺りでぽっきりと折れていた。――いや、断面部分にタイムホールが開いていたから、きっと呑み込まれたのだろう。
「まさかそんな……! トルセンド塔が崩落するなんて、有り得ない!」
「そんなに凄い塔なのか?」
過去マリサの疑問に答えたのは、アンナだった。
「詳しく説明すると長くなりますが、アプトの環境構築と、宇宙ネットワークの根幹をなす重要な塔です。地震や津波のみならず、宇宙船や隕石の衝突にも耐えられる素材で作られているのですが……」
「?」
「私達の尺度に当てはめるなら、博麗大結界みたいなものかしらね」
いまいち分かっていない様子のマリサを紫がフォローする。
「魔理沙、時間はあまり残されてないわよ」
「ああ」
新たなタイムホールの出現。それはこの世界がメビウスの輪に近づきつつある証だ。ぐずぐずしてはいられない。
「紫! お前の能力で私の潜在能力を引き出すことはできるか?」
私の提案は、所謂『火事場の馬鹿力』を意図的に作り出す方法。
時空の歪みが強くなった現状では、私の処理能力が及ばない可能性がある。そこで人が誰しも無意識に掛けている脳内の制限を解除して能力の向上を図る。あわよくば打開策に繋がるような新たな発見が得られるかもしれない。
「出来るけど、身体への負担が大きいわ。最悪の場合死ぬ可能性だってあるのよ?」
「構わん。やってくれ」
もとよりここでなんとかできなければ死の運命が待っているんだ。今更躊躇う理由も無いだろう。
「分かったわ。苦しくなったらいつでも言いなさいよ?」
紫は私の目の前まで近づくと、そっと指先を頭につける。
次の瞬間、動悸が激しくなり、身体の内側からマグマのような熱量が迸るのを感じた。私から離れていく紫の動作が遅く感じ、大気の質感・匂い等、普段は気にしないものまで感じてしまう。これが『火事場の馬鹿力』って奴なのか。
(確かに負担が大きいな。さっさと始めよう)
この一帯の時空の歪みは、例えるならば大きな渦潮のように荒々しいものだ。感覚を研ぎ澄ませ、時空の歪みの規模と強さを把握しつつ適応できるようにタイムジャンプの魔法式を再構築していくと、あることに気付く。
(これは……なんだ?)
私のすぐ後ろに、私と同じくらいの小さな時間の空白があった。例えるなら流れる川の真ん中に開いた穴のようで、タイムホールによって生じた時空の歪みに影響されていないのだ。
私は一回だけ振り返ってみるが、屋上の手すりが見えるだけだった。まあこの場の誰も何も言ってないし、薄々分かっていた事だけれども。
(この〝空白”はなんだ?)
私の研ぎ澄まされた感覚は正常な時空間では無いと告げている。
どれだけ意識を集中させても、
(〝時間の空白”ではなく、私が関知できない時空間なのか? まさか……女神咲夜がいるのか?)
なんとなく時の回廊の雰囲気に似ているし、この荒れ狂う時間の歪みの中で、〝人一人分程の安定した時間の空白”が自然発生する確率を考慮すると、彼女が降りてきていると考えるのが自然だ。
姿が見えないのは、にとりみたいに光学迷彩かなんかを使ってるんだろう。
(仮に女神咲夜がこの場にいるとして、目的はなんだ?)
彼女が意味の無い行動を取るとは思えない。彼女は時の神であり観測者だと言っていたし、目的は観測だろう。
ならば、この場合の観測対象はなんだ? ――いや、考えるまでもなく私だな。今回の事件を起こしたのは私なのだから。
それを踏まえた上で、何故彼女がここにいるのか? 私は何度か見た事があるが、女神咲夜の観測は万能だ。時の回廊に居ながら、指定した時刻と場所の映像を誰にも気づかれずにいつでも見る事ができるのだから。プライバシーなんてあったもんじゃない。
わざわざこんな危険地帯に降りて来なくても、安全圏から高みの見物を決め込んでいればいいじゃないか。普段使ってる観測方法に何か欠点があるのか、もしくはここに降りて来ることに意味があるのか。
(いや、待てよ?)
発想を変えよう。もし、女神咲夜がここに来ざるを得ない状況なのだとしたら? 例えば、時の回廊からでは観測できない不測の事態が起きる、もしくは起きたのだとしたら。
(もしそうなら、話が変わってくるな)
思い返してみれば今回の作戦は不審な点が多かった。女神咲夜も未来の私も、ここにいる私に未来を変えさせたい筈なのに、肝心の未来を一部隠蔽するなんて矛盾してる。
しかしその矛盾こそが、女神咲夜と未来の私が求めている要だとしたら?
だとすると今回の歴史改変は、生半可なやり方では間違いなく失敗する。きっとタイムホールの修復だけでは解決しない。私が取るべき行動はなんだ? 必ず紫の記憶にヒントがある筈だ。
……というか、何かさっきよりも暑くないか? 天を仰ぐと、タイムホールとタイムホールの隙間に空いた空から降り注ぐ太陽光が強くなっている気がする。
周囲には陽炎がゆらゆらと立ち昇って、遠くには蜃気楼がのぼっている。
「ねえ、マリサ。なんかさっきよりも気温が上がってない?」
「アリスもそう感じたか。まるで真夏みたいだぜ」
「参ったな。これを脱いだら下着が見えちゃうし……」
「私、暑いの駄目なんだよ~」
「あぁ、そうか。お前河童だもんな」
「文、こっちにも風をよこしなさいよ」
「仕方がありませんねぇ。少しだけですよ?」
ざわざわと騒ぎだした頃、ずっと黙っていたフィーネが深刻な面持ちで口を開いた。
「非常にまずい事になりました」
「何があったの?」
「先程のトルセンド塔崩落の影響で、ラケノ――現在我々の頭上で輝いている人工太陽が制御を失い、衛星軌道上から外れました。宇宙航空局の計算では、4分38秒後の午前0時26分に我々がいるエリアに衝突します」
「ええっ!?」
「太陽って……!」
「この暑さはその影響か」
「おいおい、そんなものが落ちてきたら流石にヤバくないか?」
「私達の知る太陽と同じ構成の星なのだとしたら、巨大な火の玉が落ちてくるのと同じ。想像を絶する大災害になるでしょうね」
「もしそうなったら、蓬莱人以外は確実に死ぬわね」
「ちょっと管理が甘くない? これだけ文明が発展した星なら、バックアップくらいありそうなものだけど」
「にとりさんの仰ることはごもっともです。しかし報告によると、環境局側からの操作を受け付けませんでした。恐らくラケノは強力な時空の歪みであるタイムホールに囚われてしまったのでしょう」
ここにもタイムホールの影響が出たのか……。なんというか、溜息しか出ない。
「紫、お前の能力でなんとかできるか?」
「試してみたけれど、タイムホールに囚われているから太陽の衝突は回避できないわ。今は私達の周囲の環境と空間の境界を弄って、現在の環境を固定したわ。仮に太陽の衝突でこの星が崩壊したとしても、私達は耐えられる筈よ」
「あんたの能力って本当に器用ねえ」
「ふむ、確かに私達のいる場所だけ環境が安定しています。八雲さんのような能力者が住む幻想郷というのは、一体どんな魔境なのでしょうか。気になりますね」
「ねえ、魔理沙! まだなの? もう時間が無いわよ!?」
「分かってる!」
時刻は午前0時23分。本格的に時間が無くなってきたし、そろそろ決断しなければならない。私は今まで以上に頭をフルに働かせて考察する。
過去は不変、現在は流動、未来は可変。それがこの世界の絶対的な摂理だ。
タイムトラベラーは摂理を越えた存在だが、未来が過去と現在の上に成り立っている法則は覆せない。よって私は過去・現在からアプローチを掛けなければいけないが、現在を変える方法は違う気がする。
先述したようにタイムホールを修復するだけで済むのならば、女神咲夜と未来の私が失敗の内容を隠すような事はしない。失敗から学べることは多いし、私は今までそうやって未来を改変してきた。
それにもう無理だ。私がうじうじと考えている間に、アプト星崩壊の危機が迫っている。きっと未来の私が経験した歴史よりも、状況は悪化してるだろう。
あの二人の言葉に私は非常に悩まされているのだから。
(――そうだよ。そもそも女神咲夜がこんなに密接に関わってくる事自体が異例なんだ)
彼女は私にアドバイスすることはあっても、直接未来を決定づけるような方法はとってこなかった。ところが、今回は霊夢達がこの時空に来るように誘導している。
当然、女神咲夜に悪意は無いだろう。じゃなかったら、私に歴史改変の猶予を与える事はしない。
(やはり、過去に行くしかないな)
しかし現状ではメビウスの輪によって過去に遡れない。私が今滞在している時刻では、まだメビウスの輪が存在していないが、未来ではタイムホールがメビウスの輪に変化する事が確定しているからだ。
でもよくよく考えてみたらおかしな話だ。未来が確定しているならば、過去と現在も確定していることになり、歴史改変の余地がない事になる。それでも未来の私なら足掻くだろうが、女神咲夜が結果が分かりきっている歴史に干渉するとは思えない。
過去に遡れない原因が未来にある。〝現在”が〝未来”によって定められている。完全に逆転した因果を覆すには、此方も因果を覆す行動を取るしかない。即ち、〝現在”から〝過去”を変えるしかないのだ。
その為には何をすればいいか――? 現在から過去に干渉するには――? 自分の脳内リソース全てを使って、思考を加速させていく。
1分か、5分か、1時間か……。熟考に熟考を重ねた末に、遂に天啓が降りてきた。
――