〝時間を戻す”――その発想に至ったきっかけは、紫の記憶にあった咲夜の言葉だった。
『私は輝夜の永遠になる能力を利用して、自分の“状態”を永遠にすることで、時間軸の逆行に対抗したの』
もしこれと同じ事が〝時間”という概念に適用出来れば、なんとかなるかもしれない。未来の私の目論みとも一致するし、可能性はある。
「咲夜、ちょっと手を貸してくれ。試したいことがあるんだ」
「ええ」
咲夜が差し出した右手を握る。
「変な違和感を覚えるかもしれないが、我慢してくれ」
私は咲夜の内側にある時の力を意識して、引き出せないか試みる。私のタイムジャンプも、咲夜の能力も本質的には近しい部分があるし、今の覚醒した私ならできるかもしれない。
魔力操作の要領で試してみた所、魔力とも違う力が私の方に流れ込んでくるのを感じた。――これはいけそうだ。
私は周囲の状況を確認する。
タイムホール同士のスキマから見える空を見上げれば、圧迫感を感じる程に灼熱の星が接近している。青かった空は真っ赤に燃え上がり、至る所で爆発が発生している。
地上に目を向ければ、辛うじてタイムホールの被害を免れていた超高層建築物は飴細工のように溶け落ちていく。街は爆撃にあったかのように焼け落ちており、四方八方を見渡しても無傷の建物はこのマンションしか残っていない。
「うわぁ……」
眼前に広がる地獄のような光景に、皆絶句してしまっている。一歩でも霊夢の結界と紫の境界の外に出たら即死するだろう。最早一刻の猶予も無い。
咲夜にお礼を伝えて手を離し、全員に向き直る。
「皆、待たせたな! 作戦が決まったぜ!」
大声を上げると、全員が一斉に私を見た。
「これから私は〝時間”を紀元前38億9999万9999年8月18日午後5時まで戻して、リュンガルトに捕捉されない歴史にリセットする。その為に咲夜、輝夜、紫、霊夢、杏子、二人の〝私”とアリスの力が必要だ」
名前が上がった紫と咲夜と輝夜は、やっと私の出番が来たと言わんばかりに笑みを浮かべていたが、それ以外の少女達は目を丸くしていた。
「え? でも、メビウスの輪のせいで、今日の午前0時以前には遡れないんじゃないの?」
「メビウスの輪を突破する方法を思いついたのか?」
「いいや違う。私は〝時間を遡る”のではなく〝時間を巻き戻す”んだ」
「なるほど……さっきの実験はそういう事だったの。考えたわね」
「ふふ、やっぱり貴女は面白いわ」
咲夜と輝夜は理解したようだが、大多数の少女達は疑問を浮かべているようで、紫がそれを代弁するかのように訊ねる。
「もう少し詳しく説明してちょうだい」
「私のタイムジャンプは、対象となる人や物を指定して時間を移動するものだ。普段は私自身を対象にしているが、今回は対象を〝世界”に広げる。それから私のタイムジャンプに咲夜の時間操作能力を掛け合わせて、指定した時刻まで世界の時間――メビウスの輪が発生する以前の世界まで時間を巻き戻すんだ」
「つまり私達が時間移動するのでは無くて、私達の時間はそのままに世界全体の時間を動かすのかしら?」
「ああ、そうだ。今まで私が行ってきた歴史改変に照らし合わせるならば、〝午前0時に起きたタイムホール発生の歴史を、発生しなかった歴史に改変する”のではなく、〝午前0時にタイムホールが発生してから現在に至るまでの歴史を無かった事にして、最初からタイムホールが発生しなかった世界にリセットする”」
「1から2にするのではなく、0にするのね」
「へぇ……!」
「とんでもないな」
「……そんな事できるの?」
「出来るかどうかじゃなく、やらなきゃいけないんだ。確定した未来によって滞った現在を覆すには、 既存の枠にとらわれない行動を取る必要がある」
私達のいる世界と、女神咲夜が住む
時の回廊は過去も現在も未来も存在しない時間軸だと言う。恐らくその時間法則がこの世界を侵食した事で、現在が未来によって確定するという奇妙な現象が起きてしまったのだろう。
未来の私が失敗したのは必然だ。私のタイムジャンプでは時の回廊を移動する事しかできないし、そもそも時の回廊の時間軸を考慮に入れてなかったのだから。
しかし発想を変えれば、二つの異なる時間軸が絡み合った今なら、この世界からでも時の回廊の時間軸に干渉できる可能性がある。その為には時間の概念を操作できる咲夜と輝夜が必要不可欠だ。
これが熟考した末に下した結論。唯一の懸念点も先程の実験で問題ない事が判明したし、間違いなくこれはいける。
「時間の巻き戻しが起きた場合、私以外の全てが戻される。人々の記憶・行動・肉体時間のみならず、物質の性質・運動も含めた全てだ。輝夜は私以外の全員に永遠の魔法を掛けて、時間の巻き戻しの影響を受けないようにしてくれ」
「ふふ、分かったわ」
輝夜は心底愉快そうに一人一人に永遠の魔法をかけていく。あんなに上機嫌な輝夜は初めて見たかもしれない。
「この魔法には莫大な魔力が必要だ。二人の〝私”とアリスについては、私に魔力を提供してもらいたい」
「おう!」
「協力は惜しまないわ」
「霊夢と杏子と紫は、引き続き結界と境界の維持を頼むぜ」
「任せなさい」
「全力で頑張ります!」
「それから――」
言いながら私は素早く振り返り、〝空白の時間”の腕がありそうな所に向かって腕を伸ばす。逃げられてしまう前に捕まえる目論見は見事に的中し、柔らかくて細長いものを掴む。
「お前にも協力して貰うぜ?」
「……!」
目の前の空間を見据えながら言いきると、僅かな間を置いた後、光をバチバチと火花のように出しながら女神咲夜が姿を現す。やはり光学迷彩で隠れていたようだ。
「えっ!? 〝私”?」
「これは驚いたわね。まさか貴女がここに来るなんて」
「咲夜が人間だった頃の姿、久々に見たわ。懐かしいわねぇ」
「もしかして、時間の女神様かしら?」
「だろうね」
背後から驚きの声がちらほらと上がるが、女神咲夜は固く口を閉ざしたままだ。その瞳は困惑に揺れていて、私に発見された事が想定外だと物語っている。
「お前の存在に気付いたのはついさっきだ。何故ここに居るのか知らんが、私にとっては好都合だ。力を貸してもらうぜ」
「…………」
「ああもちろん、お前が積極的に関与したがらないのも理解はできる。だけどな、今の私はこの状況を打開しようと必死なんだ。使えるものはなんだって使わせてもらうからな」
「……」
一方的に捲し立てると、女神咲夜は考え込むように黙り込んでいる。何故一言も喋らないのか気になるが、私の手を振り払う気配も無かった。
「魔理沙、こっちは終わったわよ」
「サンキュー輝夜。それじゃ早速始めるぜ。咲夜、私の右手を握ってくれるか? 二人の〝私”とアリスは左手を頼む」
「ええ」
咲夜は女神咲夜の隣に移動し、彼女をちらりと見ながらも私の右手を優しく握る。同時にアリスと二人の〝私”も、私の左手に手を重ね、暖かな魔力が伝わってくる。
私は魔法使い達の魔力と、咲夜の時の力を引き出しながら新たな魔法式を即興で構築していく。ぶっつけ本番になるが実験する時間は無い。だけど成功する自信はある。
魔法式が完成に近づくにつれて、私を中心に反転した時計魔法陣が展開されて、空間を侵食していく。
「おおっ!」
「なんて魔力なの……!」
「ははっ、こんな魔法ありかよ!」
興奮した様子の二人の〝私”とアリス。
これから行うのは時間移動ではなく、時間の巻き戻し。名づけるならこうだろう。
「タイムリバース発動! 時刻は紀元前38億9999万9999年8月18日の午後5時!」