魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第II話【第263話 (2) 】魔理沙の欠けた記憶 魔理沙と魔理沙

「はっ、霊夢の次は私の偽物かよ」

 

 つくづくこの空間の創造主は私の神経を逆撫でする。必ず見つけ出してぶっ飛ばしてやるぜ。

 

「もういいから消えろ。同じ手はもう食わないぜ」

 

 私は八卦炉を偽物の私に向かって構えるが、あいつは臆することなく言い放つ。

 

「おいおい、お前を助けてやったのはこの私なのにそれはないんじゃないか? お前は時の力を制御しきれずに、“生まれる前”まで巻き戻る所だったんだぞ?」

「……? お前がこの空間に私を拉致したのか?」

「う~ん、やはり時の力の暴走で記憶喪失……いや、記憶のロールバックが起きてるのか。おい“私”よ。“今日”は西暦何年の何月何日か分かるか?」

「は? なんでそんなことを聞くんだ?」

「お前が答えるのなら私も応じてやってもいいぞ」

 

 現状では分からない事が多すぎるし、ここは話を合わせた方がいいだろう。

 

「……西暦200X年7月20日だろ?」

 

 私がベッドで寝たのが7月19日だから、数日間眠ってたとかじゃない限り正しい筈だ。

 しかし偽物の私は大きくため息を吐く。

 

「やれやれ、よりにもよって全ての始まりの日まで戻ってしまうとは。これも運命なのか。――いや、この場合、確立した自我がある年月日で留まった事を喜ぶべきだろうな。つくづくお前は時間に愛されているな?」

 

 かと思えば今度は私を見ながらニヤニヤしている。こいつ情緒不安定すぎないか?

 

「何を訳の分からない事を言っているんだ!」

「そうだな。今のお前には全く分からないだろうな。“今晩”霊夢が自殺することも、西暦293X年に幻想郷が滅亡することも」

「霊夢の自殺? 幻想郷の滅亡? そんなこと有り得ないだろ」

「“私”もその日まではそう思ってたさ。しかし現実は余りにも残酷だった。霊夢の死を認められなかったお前は、時間移動に救いを求めたんだ」

「時間移動だと?」

「ああ。霊夢の自殺を契機に、お前は自分の全てを投げうって時間移動の研究を行い、150年の歳月を費やして時間移動魔法――タイムジャンプを完成させた。お前は霊夢を救い、レミリアを救い、幻想郷を救い、霊夢とマリサの運命までも変えてみせた。今のお前がここにいるのも、全てタイムジャンプが大きく関わっている」

 

 時間移動? そんなフィクションの中でしか起こりえない大魔法を私が?

 

「信じられないって顔をしてるな。だが事実だ」

「……仮にそうだと仮定して、お前は未来の“私”だとでも言いたいのか?」

「まあそんな認識で構わない。今のお前は事故によってタイムトラベラーを志す日まで記憶が巻き戻っている。仮に今のお前を時の回廊に帰したとしても、無限ループを嫌って“彼女”は初期化を実行するだろう。私としては、ここに漂着する直前のお前の主観的未来記憶を取り戻して欲しいところなのだが……」

「未来記憶も何も、私は私だ。意味不明な事言うなよ」

「ま、だろうな。私がお前の立場だとしても同じ事を言うだろう。やはり言葉で解決するのは無理だったか。やれやれ」

 

 偽物の私は肩をすくめている。なんか段々とこいつに腹が立ってきたな。

 

「そもそもここは何処で、お前は何者なんだよ。勝手に人の姿を模しやがって。私を元の場所に帰してもらおうか」

 

 偽物の私と話している内に、こいつが偽霊夢のような虚像ではなく、自らの意思を持って話す存在であることに気付いた。ひょっとしたら、この謎空間の創造主なのかもしれない。

 

「今のお前に答えたところで意味が無いし、知る必要も無い。そろそろ茶番は終わりにするぜ」

 

 瞬間、偽物の私の雰囲気が変化する。

 直観的に悪寒が走った私は、すぐさまマスタースパークを撃ち込もうと八卦炉に魔力を込めたのだが、霧散してしまった。すぐさま右手を見ると、八卦炉が消えていた。

 

「あっ!」

 

 少し離れた場所に瞬間移動していた偽物の私の手には、私の八卦炉とスペルカードがある。更に自分の足元に違和感を覚えて視線を落とすと、幻の博麗神社に上がり込んだ時に脱いだはずの靴を履いていた。

 誰にも悟られる事なく、一瞬の内に状況が変化する手品のような仕組みに、私は既視感があった。

 

「咲夜の時間停止……」

「ご明察。久々にあいつと同じ技を使ってみたが、案外癖になるな」

「どうしてお前が……! まさか――」

「先に言っとくが私は咲夜じゃない。あいつならもっとお洒落な演出をするからな」

 

 淡々と話しながら背後に瞬間移動――恐らく時間を止めて移動したのだろう――した偽物の私は、私から奪ったスペルカードと八卦炉をポケットに戻した。すぐに反撃しようと思ったが、金縛りにあったかのように身体が動かない。

 

「くっ……! 私に何をした!?」

「また攻撃されたら敵わんからな。身体の時間を止めさせてもらったぜ」

 

 偽物の私は得意げな声色で私の後頭部を掴む。時間停止ってそんな芸当もできるのかよ……!

 

「今のままじゃ堂々巡りだからな。お前の肉体と記憶の時間を復元する。全ての話はそれからだ」

 

 瞬間、私の脳内に形容しがたい情報の奔流が押し寄せる。私の意識は波に浚われて消えていった。

 

 

 

「――!」

 

 意識を取り戻した時、知らない天井が目に入った。

 

「ここは……?」

 

 どうやら私は布団に寝かされているようだ。私は生きているのか?

 

「あら、目を覚ましたのね」

「!」

 

 声の主は白衣を着た永琳だった。彼女は私の布団の隣に正座して、用箋ばさみに挟まれた紙に何かを書き込んでいる。

 

「なんでお前が? 私は確かタイムホールに……」

「意識を失っていた貴女を診てほしいと頼まれたのよ。いいから安静にしてなさい」

 

 永琳は手を止めることなく私を真剣に観察している。私はただ布団の上で仰向けに寝ているだけなのだが、彼女の眼には何が見えているのだろうか。

 私は部屋の中を見回してみる。

 右手を見れば閉じられた障子から光が漏れ出していて、反対側には水彩画の竹が描かれた襖があり、小さなタンスと行燈が部屋の隅に置かれている。欄間には竹の彫刻が施されており、床の間には松の木の盆栽が飾られている。ざっと見た感じ5畳くらいか。

 この内装で永琳がいるってことは、ここは永遠亭の病室なのだろう。私を運び込んでくれた人に感謝しないと。

 タイムホールに呑み込まれて意識を失った時には死を覚悟したのだが、自分の感覚的には至って健康に思える。流石は永琳だな。

 

(私は元の時代に帰って来たのか?)

 

 あの状況から時空指定無しに帰還する確率は如何ほどのものなのか。具体的な数値は分からないが天文学的な確率だろう。

 

(霊夢達はどうなったんだろうか。無事だといいんだが……)

 

 それに朧げだけど、私の中からタイムホールが発生した時、私と手を繋いでいた二人のマリサと咲夜、アリスも消えたような気がする。

 

「なあ永琳。ここに運び込まれたのは私だけなのか?」 

「ええ」

「周りには誰も居なかったのか?」

「そう聞いているわ」

「そうか……」

 

 どうやら別々の時空にはぐれてしまったらしい。

 永琳の許可が出たらまずは彼女達を捜さないといけないし、置いてけぼりにしてしまった紫達を助ける為にもさっきの時空に戻らないといけない。あとメビウスの輪もまだ残っているよな。問題は山積みだ。

 

「魔理沙、今日の年月日は分かる?」手を止めて私に訊ねる永琳。

「えっと……」

 

 部屋の中を再度見回してみたがカレンダーは無く、それどころか時計さえも存在しない。仕方なく脳内時計に意識を向けたのだが……。

 

『Error!! 現在の時刻を定義できません』

 

(なに……?)

 

 月の都に向かう宇宙飛行機に搭乗中に覚醒して以来、どんな場所でも正確な時刻を叩き出してきたし、時間の概念が無い時の回廊でさえもクエスチョンマークが並んでいた。こんな表記は見たことが無い。タイムリバースの副作用でおかしくなっちまったのか?

 

「どうしたの? ――ああ、貴女がタイムトラベラーなのは理解しているわ。今の貴女が主観的に認識している時間でいいわよ」

「西暦215X年10月1日だ」

「貴女が意識を失う前に滞在していた時間と場所は?」

「時間は紀元前38億9999万9999年8月18日午前0時20分で、場所はプロッツェン銀河のネロン星系内にあるアプト星の首都ゴルン、ハイメノエス地区に建つラフターマンションの屋上だ」

 

 永琳は私の答えに納得したように頷いて、再び手を動かしていく。

 彼女が私の事を知っているってことは、まさかメビウスの輪から抜け出せたのか? なんか成功したような感触は無いんだが……。

 そんなことを考えていると、襖がガラリと開いて“私”が現れた。

 

「!?」

 

 私が驚く間にも、彼女はずかずかとこちらに向かって歩いてきて、永琳の隣に立ち止まる。

 

「そいつの容体はどうだ?」

 

 永琳はもう一人の“私”の登場に動じることなく、用箋ばさみを渡しながら説明を始めた。

 

「これが検査結果よ。全身の隅々まで隈なく検査したけれど、彼女の身体や精神に異常は無かったわ。口にした時刻と場所も、貴女の指定通りよ」

「助かるぜ。忙しい中、わざわざ足を運んでくれてありがとな」

「ふふ、お互い様よ。私も懐かしい気持ちになれたわ」

 

 永琳は立ち上がって私を見ながら「貴女はもう大丈夫よ。そろそろ私は行くわ。魔理沙、久々に会えて嬉しかったわ。幻想郷で過ごす時間を大切にね」と言い残し、颯爽と病室を後にした。

 私は起き上がり、目の前の“私”に問いかける。

 

「お前が私を運び込んだのか?」

「ああ。お前を見つけた時は大変だったんだぜ?」

 

 そう言って語りだす“私”の話によると、ここに漂着した時の私は西暦200X年7月20日時点まで記憶の巻き戻りが起きていたらしい。霊夢の自殺前日まで戻っていたとは……何というか言葉が出ない。

 

「お前が死ぬ寸前に救い上げたとはいえ、時の力の暴走の影響で、肉体と精神の時間をお前の主観時間と一致させた時に後遺症が出る恐れがあったからな。念の為に永琳に診察を依頼したんだ」

「!」

 

 まさかあの声は……目の前の“私”だったのか? それに肉体と精神の時間の操作なんて可能なのか?

 

「なあ、お前はどのくらい未来の私なんだ? それに今は何時なんだ?」

 

 西暦300X年の私もタイムジャンプを改良して、時間だけでなく空間まで好きな場所を指定できるようにしていたが、目の前の私はそれより遥かに高度な事をやってのけている。どんな原理なのかまるで想像が付かないし、魔法使いとしては至高の領域に達している。

 

「そうだな。お前には全ての真実を教えてやろう。私についてきてくれ」

 

 目の前の私の後に続いて部屋を出る。行燈と金色の襖が並んだ廊下には人の気配が無く、静まり返っている。もしかして今は誰も居ないのか?

 やがて玄関に辿り着き、靴を履いて引き戸を開けて外に出る。枯山水の庭園や、天まで伸びる竹林を見ながら門まで歩いていく。そして門の外に出ると、目の前の私が指を弾く。

 次の瞬間、永遠亭と竹林が一瞬の内に高空と草原に変化した。

 

「なっ!?」

「よく再現出来ていただろう? 永琳の協力の元に創造した渾身の一作だ。――ああ、安心してくれ。さっきの永琳は紛れもなく本人だ」

 

 平然と言い放つ“私”に、私は戸惑いを隠せない。俄かには信じがたいことだが、実際に私達の周りには果てしない草原が広がっていて、永遠亭や迷いの竹林は影も形も無い。

 更に彼女は私に向き直ると、とんでもない事を言いだした。

 

「結論から言おう。ここは第二宇宙の全ての時空に繋がる“魔理沙の世界”。そして私は第二宇宙の時間を司る神、霧雨魔理沙。私の目的は時間旅行者霧雨魔理沙(オリジナル)の“私”の復活だ」


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