「きっかけはほんの偶然だった。私が西暦換算で生誕5年目の宇宙を観測していた時、ビッグバン発生付近の空間に小さな“
「虚数時間?」
「正常な時の流れから逸脱した、存在しない時空間とでも思ってくれ。イメージ的には、この床が時間だとしたら、虚数時間とは床に空いた穴のようなものだ」
「ふむ」
「原始的な宇宙とはいえ、時間の概念は既に確立されている。私が虚数時間が存在する時空を精査したところ、一隻の宇宙船を発見した」
彼女が私の隣に移動して、テーブルの上を指差すと、透過スクリーンが浮かび上がる。
そこには真っ暗な画面の中心に、四角い形をした銀色の宇宙船が映しだされた。外観は傷一つなく、綺麗に磨き上げられているようだが灯は無く、周囲の闇と同化している。それに多分かなり大きいと思うのだが、周りに比較対象が無いのでサイズ感が分からない。
そんな私の心を読んだかのように、彼女は言った。
「この宇宙船の大きさは、お前が知る月とほぼ同じだ」
「そんなにデカいのか! ……ん? でもこれって宇宙が誕生して5年目の写真なんだよな? おかしくないか?」
「そうだ。まだ生命が発生していない原初の宇宙において、少なくとも20億年後にならなければ開発されない高度な文明の宇宙船が存在する事実を知り、私は時間軸全体の調査を行った。第二宇宙も第一宇宙と同じく、時の流れは過去から未来への一方通行だし、咲夜と違って私はタイムトラベラーの存在を許してないからな」
「へぇ?」
いわゆるオーパーツみたいなものか。
「だがどれだけ隈なく調査しても時間移動の痕跡は無く、宇宙が誕生した時から存在している事しか分からなかった。時の摂理に反する事態に興味を抱いた私は、宇宙船への対応を巡って未来視を行った」
未来視――つまり未来を見てから判断するって事か。やはり時の神は反則的だな。
「しかし未来視は機能しなかった。詳細は省くが、私が干渉した場合の未来が、まるで霧に覆われているかのように欠落していたんだ」
「未来の欠落?」
「私が“認識できない歴史”とでも言い換えればいいか。暦を西暦として、最初から最後までを24時間で例えた場合、午前3時~0時が消えた状態だったんだ」
「かなり消えてるんだな」
1日が3時間だったらどうなるんだろうか。あまり想像はできないが、きっと朝と夕方は無くなるんだろうな。
「宇宙船の歴史の全貌を観測しようにも、一度虚数時間を解除して、正常な時間軸に戻さなければならない。だが、そうなればなし崩し的に私の関知できない未来に突入することになる。再現性の無い歴史においては、一度決定した選択はやり直しが利かない為、私は慎重な判断を求められた」
「もし何もしなかったらどうなるんだ?」
「当時の観測結果では、100%の確率で永遠に虚数時間に在り続けると出たな」
「つまり何も起こらないって事か。というか、虚数時間に在り続けるってどういう状態なんだ? 存在しない時空間なんだろう?」
日本語的に矛盾しているように思えるんだが。
「言葉で説明するのは難しいが、イメージとしては外から見た咲夜の時間停止が近い。咲夜の世界では全てが停止するだろう? 言い換えれば
「なるほどな」
咲夜の世界を何度か体験した事があるから分かるけど、世界の全てが写真で切り取られたかのようにその瞬間で停止するからな。つくづくとんでもない能力だ。
「かなり迷ったけど、未曾有の事象に興味を抱いた私は、この宇宙船――通称“方舟”に接触することを決めた」
そう言って彼女が手を軽く叩くと、正面の画面が切り替わる。
そこには、アプト星のように区画整理された高層建築物が何処までも続く都市が映し出されていた。
「これは虚数時間を解除した直後の、宇宙船内部の中心街を見下ろした写真だ」
「街か……。その割には誰も居ないんだな」
見かけ上は立派だが、どこか寂しい印象を受けるのはなぜだろうか。
「方舟全体には、厳重な時間保護と綿密な時間停止処置が施されていたが、まあ私の手にかかればあってないようなものだ。難なく解除した私は、この方舟の中枢にある、唯一の人々が眠る部屋に転移した」
その言葉の直後、再び画面が切り替わる。
それなりに広い部屋の奥には、人が入れる大きさのカプセルが三つ並び、壁際におかれた巨大な機械に繋がれている。カプセルの表面はガラス張りになっていて、左から順に妹紅、輝夜、永琳が安らかな表情で眠っていた。
「!!」
「これが私と蓬莱人達との最初の出会いだった。私がコールドスリープを解除すると、装置の蓋が開き、程なくして彼女達――八意永琳、蓬莱山輝夜、藤原妹紅は起き上がった。彼女達は互いの再会を喜ぶとともに、私の姿に驚いていたよ」
『どうやら無事に乗り越えられたみたいね。まさか五体満足で生きている事に感謝する日が来るなんて、長生きしてみるものだわ』
『貴女が私達を起こしたのね』
『お前……もしかして魔理沙か!?』
『魔理沙? 私が?』
その瞬間と思しき短い映像が目の前で流れる。コールドスリープから目覚めたばかりなのに、かなり元気そうだ。
「妹紅に理由を訊ねると、太古の昔に暮らしていた地球の幻想郷という場所にいた霧雨魔理沙にそっくりだと言う。その話に興味を持った私は、互いに情報交換を行うべく食堂に移動することになった」
場面が切り替わり、食堂のテーブルの前の椅子に向かい合うように座る魔理沙と、妹紅、永琳、輝夜が映し出される。
奥のキッチンではコック帽を被った少女達が料理を作り、出来上がった料理をウエイトレス達がテキパキとテーブルの上に並べていく。
この少女達は、皆同じ顔と同じ姿をしていて、彼女曰く“魂の無い機械人形”との事だが、言われなければ分からないくらい人間そっくりだ。全員黒髪の少女型なのは製作者の趣味なのだろうか。
「私は自己紹介をした後、彼女達の正体と素性について訊ねた。――この時点では、彼女達が何者なのか分からなかったからな。そして話を聞いていくうちに、私はこの宇宙が誕生する前の宇宙、即ち第一宇宙がかつて存在したことを知ったんだ」
「ここからは、彼女達が第二宇宙に流れ着くまでの話だ。関係ないように思えるかもしれないが、お前がここにいる理由と、私の目的にも繋がる話になる」
私は神妙な顔で頷いた。
「彼女達は西暦293X年11月11日に幻想郷が滅亡した後、月の都に移住した。そこは安住の地と――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。幻想郷が滅亡したって? なんでだ?」
その日付は私が不慮の事故で西暦300X年5月6日に飛んだ時、崩壊した幻想郷の半壊した博麗神社の縁側で、困憊しきった紫から聞いた時刻と一致する。
だがこの歴史は既に改変済みの過去で、現在は海が見える幻想郷になっているはずだ。まさかメビウスの輪に関連する歴史改変の影響なのか?
「まあ話は最後まで聞け。ちゃんと全部説明するから」
「あ、ああ……。いきなり話の腰を折って悪かったな」
「――彼女達にとって月の都は、多少の異変や騒動はあれど、第二の安住の地とも言える場所だった。しかし西暦10億6157年1月30日にそれも終わりを迎えた」
「急に大きく時間が飛んだな。何があったんだ?」
「太陽の膨張だ。太陽の寿命は約100億年。太陽の燃料となる水素が少なくなるにつれて、重力による圧縮と核融合による膨張する力のバランスが崩れて、膨張が始まる。それに伴い、太陽の光も強くなっていってな、約1億年に1%の割合で明るくなる。西暦10億年代にもなると、地球上から酸素が無くなり、海が全て蒸発してしまう。勿論全ての生命は絶滅する」
「……あまりにも先の未来過ぎて想像できんな」
「地球の長い歴史で見ると、生命が活動できる環境でいられる期間が遥かに短い。お前の主観時間から見て、生身の肉体で活動できる期間は約1億年が限界だ。第一宇宙に戻った時はそれを覚えておけよ」
「お、おう」
「さて、太陽の膨張は地球の衛星である月への影響も大きかった。月の都はこれまで小惑星の衝突や、近隣の星の超新星爆発の余波による衝撃が何度も起きてきたが、卓越した科学技術で防いできた。しかし太陽の膨張だけは対処のしようもなく、月の裏側全体のテラフォーミングを諦め、都全体をドームにする事で環境を整えていたが、それも限界に近付きつつあった」
そう言って彼女は新たな映像を表示する。
荒野のような月の大地の上に、透明な膜のようなものに覆われた月の都が建ち、それを見下ろすように赤色の星が宇宙空間に浮かんでいる。一瞬太陽かと錯覚したが、画面の右端には今よりも強く燃え盛る巨大な太陽が浮かんでいた。
「あの赤い星が西暦10億6157年の地球だ」
「……!」
かつての私が見た21世紀、22世紀、31世紀の地球は、青く美しい星だった。しかしこの時代の地球には、赤色と灰色しかない。海は枯れ果て、大地は燃え尽き、ここからでもはっきり見えるくらいクレーターだらけだ。
とても生命が活動できる環境ではないだろう。
「永琳達月の賢者は、故郷を捨てる決断をした。かつて穢れに覆われた地上を脱出した時のように、永琳達は宇宙船を建造し、新天地に向かって旅立っていった。……西暦10億6157年1月30日の出来事だ」
遥か遠い未来ではそんなことになるのか……。う~ん、何とかしたいところだけど、天体活動の影響ばかりは流石にどうしようもないな。
「永琳達は地球型の惑星――地球に似た環境の星だ――かつ、月のような浄土に近い星を見つけて移住を行い、再び環境的・人為的な問題が起きては、別の星への移住を繰り返していった。しかし途方も無い年月が流れ、宇宙の寿命が近づくにつれ、地球型の惑星は無くなっていった。末期には方舟を建造し、星の死に巻き込まれそうな難民の救出や動植物のDNA採取、遺された文明の記録保存を行いながら宇宙を漂流していたそうだ」
(なるほどな。だから“方舟”なのか)
「宇宙の死ってのはなんだ? いまいち想像ができないんだが」
「宇宙の死とは、ビッグバンと共に拡大していった宇宙が収縮することだ。宇宙の末期はエネルギーが枯渇する為、新たな星が誕生しなくなり、天体活動も起こらなくなる。勿論分子の運動も止まって光も消える。収縮した先に待っているのは永遠の無であり、死に等しい」
風船のようなものだろうか。空気を入れ続ければある一定の大きさまで膨らむが、空気が抜ければ小さくなっていく。破裂するよりかはマシなのだろうが……。
「彼女達は収縮する宇宙から逃れるように、宇宙の始まりに向かって航行していたようだが、それもついに終わりを迎え、宇宙の死に巻き込まれようとしていた。……かつての同胞達も含め、寿命ある生命が全て死を迎えた時代の事だ」
彼女が敢えて具体的な時刻を言わなかったのは私への優しさなのだろうか。
「そんな時に、彼女達の目の前に女神咲夜が現れた」
再度画面が切り替わり、宇宙船の一室が映し出される。小さな部屋の真ん中には質素な机と人数分の椅子が置かれ、女神咲夜と向かい合うように蓬莱人の少女達が並んでいる。
『改めまして自己紹介を。私は十六夜咲夜。時間を司る神ですわ』
『“神”ねえ……この時代にそんな存在が生きているとは思えんが』
『そうかしら。彼女は船内のセキュリティに見つかることなく、私達の前に突然現れたわ。時間の神様なら、まだ信仰があった時代から来てもおかしくないでしょう?』
懐疑的な妹紅と話す輝夜。一方永琳は咲夜を観察するように見ていた。
『ねえ、貴女とはどこかで会った事がないかしら?』
『ふふ、遠い昔に人間の“私”がお世話になったわね。西暦2004年、幻想郷、永い永い月の夜……と言えば分かるかしら』
『『『!』』』
女神咲夜が断片的なキーワードを呟くと、永琳達は驚きの表情を見せる。
『幻想郷……幻想郷! あぁ、その言葉を聞いたのはいつ以来かしら』
『そうか……。お前、あの時吸血鬼と一緒にいた従者か』
『貴女の正体って、時の神様だったのね』
過去を懐かしむように少女達はしばしの間語らった。
『で、咲夜の目的はなんだ? わざわざ昔話をする為に来たわけじゃないんだろう?』
『私は貴女達に一つの提案を持って来たわ』
『なんだ? とうとう私達を殺してくれるのか?』
『残念ながらそれは出来ません。貴女達も薄々気づいているでしょうが、この宇宙はあと1か月で滅びを迎えるわ』
『でしょうね。ここ――年、私達以外の生命を観測していないもの』
『宇宙が死を迎えた時、この宇宙に存在する全てが無に帰します。ですが蓬莱人は宇宙が滅びても“無の世界”で生き続けるわ。これが何を意味するかお分かりかしら?』
『『『……』』』
永琳達は暗い顔で黙り込む。私は当事者ではないので想像しか出来ないが、考えるだけでも恐ろしい結末である事は理解できる。
『だけど、私は貴女達を助けられるかもしれないわ』
「女神咲夜の提案とは、方舟の時間を凍結して“虚数時間”に封印することで、宇宙の死に伴う“無の世界”をやり過ごすというもので、彼女達にとってはかなり魅力的だった」
「無の世界とはなんだ?」
「第一宇宙が滅亡し、第二宇宙が誕生するまでの期間の事だ。“時間の概念が存在しない時間”を便宜的に“無の時間”と呼称している」
「なるほど、ややこしいな」
「かくして、彼女達は女神咲夜の提案を了承して眠りについた。永遠に等しいほど長い“無の時間”を経て次の宇宙が誕生した時に、私のような存在が解除してくれることを期待してな。実際目論見通り、彼女達は私と出会い、“無の時間”を意識的に体験する事も無かったそうだ」
……なんというか、すごい壮大な話だな。
「私は話を聞かせてもらったお礼に、彼女達が住める星が誕生する時空まで送り届けた後、少し先の未来まで教えて別れたんだ。それ以来、彼女達とは友好的な関係を築いているよ」