「さて、ここからは私が“霧雨魔理沙”と自認し、オリジナルのお前を救う目的に至った理由について話していくぜ」
いよいよ本題か。私は彼女をじっと見ながら言葉の続きを待った。
「蓬莱人達から話を聞いた私は、私と全く容姿が同じで、性格や口調さえも似てる“霧雨魔理沙”という少女に興味を持ち、第一宇宙の観測を試みたんだが、最初は失敗に終わった。知らない事柄を認識するのが不可能であるように、この時点での私の認識や力では、第一宇宙と第二宇宙を隔てる“無の時間”を時間の始まりと捉えていたからだ」
「じゃあどうしたんだ?」
「私は観測アプローチを変えた。第一宇宙からやってきた方舟に注目し、その歴史を遡って観測することで、間接的に第一宇宙の観測を試みた。虚数時間に封印されていたとはいえ、方舟は確かに“無の時間”を通って、第二宇宙にやってきた。ならば虚数時間の座標と方舟を記録し続ける事で、第二宇宙誕生5年目以前の時空間にて、虚数時間から正常な時間軸に出現する瞬間がある筈だと考えた。その仮説は見事に当たり、私は“無の時間”を飛び越えて、第一宇宙の観測に成功したのさ」
ううむ、要は何処にあるか分からない第一宇宙の場所を見つけるために、目印を付けたって事なのだろうか。説明を聞いてもいまいちよく分からんぞ。
「一度でも観測に成功すれば後はこちらのものだ。時の回廊から第一宇宙の時間法則を引き出し、宇宙の成り立ちと女神咲夜の存在を知った。それにより私の認識と時の神としての力が変化し、第二宇宙全体の宇宙改変が発生。私にとっては、この宇宙が誕生する前に宇宙が存在したことが当たり前になり、お前がいた宇宙を第一宇宙、私の宇宙を第二宇宙と定義付けたのもこの瞬間からだ」
「宇宙改変……」
いちいち大袈裟な言い方をするんだなと思ったが、彼女は至って真剣に話している。
「この宇宙改変により、第一宇宙の時間軸を認識できるようになったことで、先程話した未来視の全貌が明らかになった。そこで私は自分が“霧雨魔理沙”になる衝撃的な事実を知り、数ある分岐した可能性未来の中で、お前が真の意味での時間の超越者になる未来を知った。私は自らの運命を受け入れ、可能性未来の実現に向かって行動を開始した」
「あぁ」
色々と突っ込みたいところはあるが、ここは黙って話を聞いた方がいいだろう。ちゃんと全部説明するって言ってたわけだし。
「私は時の回廊を通じて、事前に妹紅から聞いていた時空の観測を行った。時刻は西暦293X年7月7日午後9時、場所は幻想郷の魔法の森に建つ霧雨邸だ」
正面の画面が切り替わると、月明かりに照らされる私の自宅とその周辺が映る。自宅は780年経っても変化してなかったが、周囲は雪が降り積もったかのように真っ白な更地となっている。非常に既視感のある光景だ。
玄関の前には私と妹紅の姿があるが、この時代の私はなんだか様子がおかしい。
まず表情に生気が無い。まるでこの世の全てに絶望しているかのようで、隣の妹紅が元気溌剌なだけに余計際立っている。
それに髪はボサボサだし、目の下には深いクマがあるし、帽子や服もヨレヨレで女らしさが微塵も感じられない。これでも私はお洒落に気を使っている方なのだが、そんなに余裕が無いのだろうか。
『久しぶりね魔理沙。例の研究の調子はどう?』
『全然駄目だな。こんな行事に縋り付きたくなるくらい、何の進展も無いよ』
画面の私は浮かない表情で扉の横に視線をやる。そこには彼女達よりも高く伸びた立派な竹が立てかけられていて、二枚の短冊が笹に結び付けられている。
【タイムトラベル研究が成功しますように。魔理沙】
【夢の中で慧音に会えますように。妹紅】
この願い事を見た私は、すぐに察してしまった。
(まさか、この歴史は私がタイムジャンプ魔法の開発に失敗した歴史なのか!? そんな、どうして?)
『そっか……。でもあんまり思いつめすぎないでね。今の貴女には死相が出てるわよ』
『大丈夫だ。この研究が完成するまでは死ぬつもりはないさ。……ありがとな、妹紅。ここまで竹を運んでくるのは大変だったろ?』
『このくらいお安い御用さ。誰かと七夕をやるなんて何十年ぶりかな』
『私も子供の時以来さ。……あぁ、あの頃は良かったな。未来に待ち受けることなんか知らずに、霊夢と馬鹿をやってさ』
画面の私は今にも泣きだしそうな表情で天の川を見上げている。……。
『魔理沙……』
妹紅が痛ましげに画面の私の横顔を見つめている。
『待っていてくれ霊夢。どれだけ時間が掛かっても、必ずお前を救ってみせる……!』
画面の私が星が散りばめられた空を見上げながら決意を表明した場面で、映像が停止した。この4か月後に幻想郷が滅ぶ事を考えると、非常に後味が悪い話だ。
「私がこの時空を観測した瞬間、この霧雨魔理沙の想いや記憶が流れ込んで、私自身の歴史改変が発生したんだ」
「!!」
「私や女神咲夜の観測はあくまで外側から世界を見るのであって、生命の思考を読むことはできない。最初は知らない記憶に困惑したが、すぐに受け入れて確信したんだ。私は名もなき時の神ではなく、“霧雨魔理沙”だったんだと」
「それが、お前が私になった理由なのか?」
「あぁ、そうだ。歴史改変に伴う認識の齟齬の発生は、同じ魂と意識を持つ生命体でなければ起こりえない。お前も見てきただろう?」
「……確かにな」
私は咲夜やレミリアやマリサを思い浮かべる。彼女達は私が歴史改変を行っても、改変前の記憶を持っていたし、マリサに至っては私の記憶や意識と混ざりあうような事も無かった。
「言うなれば私はお前の来世だ。私がお前の姿で誕生し、普通の魔法使い霧雨マリサではなく、“タイムトラベラーのお前”の記憶を受け継いだ事は決して偶然ではない。魂の繋がりがあったからだ。……あくまで憶測だがな」
だから私の事をオリジナルと呼んだのか。
(しかし輪廻転生か。阿求という前例があるし決して無い話ではないのだろうが、にわかには信じがたいな。映姫や幽々子に聞いたら答えてくれるのだろうか)
「そんなに信じられないならもう1つ根拠を示そう。今の私にはお前の心が全部読める」
何? そうなのか?
「ああ。私から見たお前は過去だからな。その時に何を考えていたのかを思い出せばいいだけさ」
理屈としては間違ってないが……。
「お前が私の未来を視た上で、何を話すかを決めているんじゃないのか?」
「なら先程のお前の心の声を一字一句読み上げよう。『しかし輪廻転生か。阿求という前例があるし決して無い話ではないのだろうが、にわかには信じがたいな。映姫や幽々子に聞いたら答えてくれるのだろうか』」
どうやら本当に私の心が読めるみたいだ。ならもう喋らなくてもいいか?
「それは困るぞ。“遠い昔”の記憶を思い出すのも楽じゃないんだ。私はさとり妖怪じゃないんだから、ちゃんと言葉にしてくれ」
「はいはい」