話が一段落ついた所で、私は先程から気になっていた疑問をぶつける。
「それで、この歴史は何なんだ? 私には身に覚えがないぞ?」
「おっと、その説明がまだだったな。私が観測した歴史では、お前の生没年は西暦1993-2938年。西暦200X年7月21日の深夜に霊夢が亡くなった事を契機に、生涯を掛けて時間移動研究に取り組んでいたが、実を結ぶことはなく、幻想郷の崩壊後、魔法使いとしての存在を確立できずに死亡。となっていた」
画面には、自室の床に身体を折り曲げるようにして横向きに倒れこむ私の姿が映し出される。すぐ傍には研究机と椅子があり、机の上には魔導書が開かれたままとなっている。遺体の表情は苦し気で、右手が握りしめる万年筆を見る限り、タイムトラベル魔法の研究中に突然意識を失って倒れこみ、そのまま帰らぬ人となってしまったようだ。
部屋の中も惨い有様だ。ベッドと研究机と、部屋の扉からそれらに続く道以外は散らかり放題となっていて、埃が積もっている。ゴミ屋敷と言っても過言では無いくらいだ。流石の私でもここまで散らかる前に掃除するぞ。
しかも窓の外にはひび割れた大地が何処までも広がっていて、魔法の森はどこにもない。本当にここは幻想郷なのか……?
「お前も知っての通り、魔法使いという種族は魔力が枯渇すると死に至る。幻想郷が崩壊し、魔法の森が荒野になった影響は計り知れない」
「……」
魔力欠乏症に蝕まれ、身を削がれるような苦しみの中で、文字通り命を削って研究を続けていたわけか……。私も一歩間違えていればこうなっていたんだな……。
「しかし私が霧雨魔理沙の記憶を持った事で、今回の歴史に不審な点が浮かび上がった」
彼女は右手に一冊の魔導書を出現させると、私に手渡してきた。
「この歴史の魔理沙が最期の瞬間まで研究していた時間移動理論の写本だ。目を通してみるといい」
言われるがままに私は本を開き、1ページ目から素早く読み進めていくうちに異変に気付く。
なんと私が考案した旧タイムジャンプ――空間移動できない時間移動――と全く同じ内容が記されているのだ。しかも後半には私の知らない理論――精神だけの時間跳躍が記されていて、読む限りでは実現出来そうな雰囲気があるな。
「お前の予想はあってるぜ。この魔理沙はタイムリープ理論も完成させていたんだ」
「これは……どういうことなんだ?」
「『理論や方程式が完璧であっても時間移動だけは絶対に成功しない』」
「!!」
聞き覚えのある台詞に私は戦慄した。まさかこれは……。
「お前が察した通りだ。この歴史の魔理沙は、本来ならお前と全く同じタイミングでタイムジャンプが完成していたが、女神咲夜によってタイムトラベルを阻害されていたんだ」
タイムトラベルの阻害……。非常に思い当たる節があるな。ごく最近そんな話を聞いたことがある。
「私はこの理由を探るべく、彼女に察知されないように慎重に時間軸の調査を行った。巧妙に隠されていたが、時の回廊に記録された歴史改変の痕跡を発見した。それによって、この歴史は女神咲夜によって全てがリセットされた“最初の歴史”であることが判明した」
「……やっぱりか」
「この調査の過程で、元のお前がタイムトラベラーとして彼女に認められて、幾つもの歴史改変を行っていたことを知って驚いたぜ」
「歴史が初期化された理由は、メビウスの輪か?」
私が魔導書を閉じて机の上に置きながら訊ねると、彼女は頷いた。
「結論から言えばそうなる。この歴史改変が起きる直前の歴史においては、お前は時空A*1でタイムホールが発生した時、過去へのタイムジャンプと、魔力による収束の二つの手段を講じたがどちらも失敗に終わる。最初に開いたタイムホールに呑み込まれて消息不明となり、女神咲夜の判断で歴史の初期化が実行されたんだ」
「……!」
それはまさしく、私が元々実行しようとしていた方法と全く同じだった。ということは、本来の歴史ではタイムホールから霊夢や紫達は来なかったということか。
「この結果を知った私は、“私”を何とか助けたいと強く思った。私がかつて成し遂げられなかった悲願を果たした“理想の私”が、こんなつまらない結末で終わって良い筈が無い! と」
それが理由なのか。確かに私も逆の立場なら同じことをするだろうな。
だけど私はメビウスの輪の解消に失敗してしまった……。第一宇宙に戻ったら同じ結末になりそうな気がするんだが。
「更にこれは時の神としての観点だが、時間旅行者霧雨魔理沙の未来が完全に閉じた事で、女神咲夜は失意のうちに時の回廊を閉じてしまった。それが波及してメビウスの輪程ではないが、硬直した時間軸になってしまった。観測者の視点で見るならば、過去が不変となり、未来を知る者がいなければ、運命と同じであり必然となる。しかしタイムトラベラーの存在は不確定要素の塊であり、時間軸に変革をもたらす。この試みは私の宇宙では失敗に終わったが、第一宇宙においては、今回の出来事さえなければ順風満帆のように見えた」
「……よく分からんな。私はただ目的に向かってがむしゃらに時間移動してきただけだし、そんな大きな視点で考えた事なんて無いぞ」
「お前がここにいる時点で、女神咲夜の試みは半分成功している。尤も、どこまで計算した上での行動なのかは分からんがな」
「???」
「……まあこの話は今は関係ない。さっきの続きに戻るぞ」
彼女は温くなった紅茶を一気飲みしつつ、少々強引に話題を変えた。
「私はお前を救うべく行動計画を立てたが、すぐさま“最初の歴史は改変できない”という大きな壁にぶつかった」
「? どういうことだ?」
「一つ例え話をしよう。お前が今日の朝食にご飯を食べたとする。しかし昼になってパンにすれば良かったと思い立ち、朝食前に時間を遡りパンにするように朝の自分に告げる。朝の自分が昼の自分のメッセージを受諾して、それを実行すれば歴史が変わる。これが一般的な歴史改変だ」
「そうだな」
今までの私も大体こんな感じで歴史を変えてきたわけだし。
「しかし女神咲夜が、この日の魔理沙の朝食はご飯でなければならないと考えていた場合、事情は大きく変わってくる。彼女は歴史を保護するために、あの手この手で、昼のお前が行う歴史改変の阻止を図る。この例だと、朝食を食べる前のお前に、昼から来たお前の言葉を聞くなと忠告するかもしれないし、最初から食糧庫に米しか食材が無かった、と歴史改変を行うかもしれない。はたまた時の回廊を封鎖して昼のお前の時間移動そのものを阻止するかもしれないし、最悪の場合昼のお前の存在を消すことだってあり得る」
「ふむ……」
実際にはたかだか食事の内容にここまで徹底的にやることは無いだろうが、説得力はあるな。
「“最初の歴史”もこれと同じだ。私と女神咲夜は力関係が同じであり、出身宇宙が異なる故に存在を消されるような事は無い。しかしどれだけ魔理沙のタイムトラベル研究が完成するように歴史改変を行ったとしても、女神咲夜は歴史を保護する為に全て元に戻すだろう。私が女神咲夜が干渉する前の過去を改変しようとすれば、彼女はそれよりも更に過去の時間に遡り、対策を講じる……といった具合にな」
「ん? それだといたちごっこじゃないか?」
「その通りだ。全知の存在が互いに行う歴史改変は千日手に陥る為、結果的に歴史改変が発生しない。だから“最初の歴史は改変できない”んだ」
「なるほどなぁ」
これまで私が霊夢の死を変えたり色々できたのも、女神咲夜に見逃されていたからという訳か。つくづく時の神とは出鱈目な存在だな。
「そこで私はやり方を変える事にした。要は女神咲夜の意向を汲み、互いに妥協できるラインを見極めながら歴史改変を行えばいいんだ。ならば、私が直接この手でお前が生存するように歴史改変を行うのではなく、過去のお前が、お前自身の判断で死亡しない歴史に辿り着けるように陰から誘導すればいい。この条件に合致するのがメビウスの輪が発生した歴史だった」
正面の画面が音もなく切り替わり、立体的な∞のマークが浮かび上がる。
「メビウスの輪は、私でも女神咲夜でもない第三者――即ちお前が創造した時空改変であり、女神咲夜が歴史改変を行わざるを得ない閉ざされた時間軸だ。それに加えて、“最初の歴史”にリセットされた時とは違い、この時点ではまだ霧雨魔理沙の時間移動が許可されている。正常な時間軸への干渉を試みても千日手に終わるだけだが、“リセットが決定されている時間軸”においては、付け入るスキがある」
彼女が∞のマークをなぞると、それは表と裏がねじれた一本の線に変化する。……いや、ねじれているのではなく、表と裏が同時に見えているのか?
「私はメビウスの輪が発生中の歴史にて、密かに時の回廊にアクセスし、この時点での彼女が認識できない未来分岐――第二宇宙の私が第一宇宙の時空Aに存在する“私”へ接触し、時間の超越者に至る未来と、それを満たす条件についての情報を残した。こんな具合にな」
正面の画面が切り替わり、次のような文章が表示された。
『確率不明の不確定要素⇒西暦2008年4月5日の博麗霊夢、霧雨マリサ。西暦215X年10月1日の十六夜咲夜、蓬莱山輝夜、八雲紫』
『彼女達を含めた場合、時間旅行者霧雨魔理沙の可能性未来は以下の通り』
『タイムホールが開いた後、時間旅行者霧雨魔理沙が??????%』
『内訳としては、タイムホール????、?????、??????により???となる。この時??????が?????、??????。あるいは前述の歴史予測と同じ過程を繰り返す可能性が??%』
『この条件において、時間旅行者霧雨魔理沙が????する確率は??%です』
『タイムホールが???過程で、?????、?????、???、???』
『??????、時間旅行者霧雨魔理沙の存在は確認されません。 、 、 』
『 だ。ぜ 』
『 』
『上述の内容の判明には、不確定要素の強い歴史に分岐する必要があります。条件は以下の通りです』
『前提①⇒時空A+5分以内に西暦2008年4月5日の博麗霊夢、霧雨マリサ。西暦215X年10月1日の十六夜咲夜、蓬莱山輝夜、八雲紫が存在し、時間旅行者霧雨魔理沙に協力する意思が有る事』
『前提②⇒時間旅行者霧雨魔理沙が、タイムホール発生からメビウスの輪成立までの未来に無知である事』
『観測条件⇒上記の前提を満たした上で、不確定要素が成立した歴史の未来と主観同期を行っていない現在この情報を読んでいる十六夜咲夜が、当該時空の時間旅行者霧雨魔理沙に対し、直接的な主観観測を行う事。これは過去や未来においても同義です』
『備考⇒観測機会は過去・現在・未来の全てにおいて一度限りであり、同条件で歴史の再構築を行っても再現されることはありません。また、これらの前提条件を全て満たしても、この歴史に分岐する保証はありません。時間旅行者霧雨魔理沙の主体的行動如何によって、全てが決定されます』
随分と堅苦しい文章だな。それに前半部分の大半が欠けてしまっている。
「敢えて真実を隠蔽することで、タイムトラベラー魔理沙の失敗が100%確定しているメビウスの輪内において、絶対的な確率を越えた未知なる可能性未来への道筋を作った。案の定、女神咲夜の興味を引くには充分だったよ」
「ん? そんなことやっても未来視ですぐばれるんじゃないのか?」
「いや、この時点での女神咲夜は第一宇宙内の全ての情報を知ることができるが、第二宇宙の事は知覚不能であり、観測もできない。かつての私のように、“知らない事柄を認識するのは不可能”だからだ」
「ほぉ」
つまり今の段階では、時の神の私だけが一方的に第一宇宙と第二宇宙の事を知っている事になるのか。
「そこから先はお前も知っての通りだ。女神咲夜は時の回廊で西暦2008年4月5日の霊夢とマリサ、西暦215X年10月1日の紫達を存在の消失から助け、西暦200X年7月20日の博麗神社で、時間逆行した咲夜と輝夜をお前に成りすまして救出し、時空Aのお前の元に送り届けた」
「そういうことだったのか――って、咲夜と輝夜が会った未来の私って、咲夜だったのかよ!? あいつそんなこともできたのか!」
「西暦215X年10月1日のパチュリーに事情を説明して、変身魔法でお前に化けてたんだぜ」
パチュリーが加担するとはなんというか意外だな。どんな交渉をしたのか気になる所だ。
「そしてお前は時空Aで彼女達から未来を知り、魔法使い達から魔力を譲り受け、咲夜と輝夜の能力に加えて女神咲夜からも時の力を引き出し、世界の時間を丸ごと逆転させるという荒業に打って出た」
「ああ。だが私は結局失敗しちまったんだよな……」
皆私の為に危険を冒して時空Aまでやって来たのに、期待を裏切る結果になってしまった。こんな結果になってしまって面目次第も無い。
「そんなに落ち込むことはない。私の観測結果では、私が介入したとしても、この時点のお前は失敗する結果に収束していた」
「……何?」
「今回は女神咲夜の主観をお前と同じ時間に縛った上で、彼女自身を時の回廊から引きずり出して時間軸全体の監視の目を逸らした隙に、お前を第二宇宙に連れてくることが最大の目的だったからな。……まあお前が死ぬ寸前まで時の力を行使して、記憶が巻き戻ったのには少々焦ったが、ここまで全て私の想定通りだ」
「なっ……、なんだよそれっ……!」
私は一生懸命頑張っていたのに、実は失敗が織り込み済みだったなんて釈然しない。というか怒りさえ湧いてくる。
「お前は何がしたいんだよ!? 結局何をやっても失敗する結果だったんなら、私や過去の霊夢達がやった事は無駄だったのか? 私はいったいどうすれば良かったんだよ!?」
同じ顔じゃなかったらはっ倒しているかもしれないくらい、私はムカついている。
「落ち着け。お前の行動にもちゃんと意味はある」
「何を――」
「失敗は成功の基って言うだろ? 咲夜や輝夜の力に触れ、女神咲夜の時の力の一端を利用して世界の時間を僅かでも巻き戻した経験は、必ず活きてくる。お前にはその“失敗”を敢えてさせたんだ。全ては真の意味での時間の超越者になる為にな」
「!?」
「魔理沙。ここ第二宇宙で私の力を利用してタイムトラベラーの先を行く存在――過去・現在・未来を超越した時間の超越者になれ。時間を移動するのではなく、時間を作り替える事で、メビウスの輪を解消する。これこそが私の最終目的だぜ」
ちなみに本文中に登場する二重かぎ括弧内の、空白やクエスチョンマークが無い全文は以下のようになります。
『確率不明の不確定要素⇒西暦2008年4月5日の博麗霊夢、霧雨マリサ。西暦215X年10月1日の十六夜咲夜、蓬莱山輝夜、八雲紫』
『彼女達を含めた場合、時間旅行者霧雨魔理沙の可能性未来は以下の通り』
『タイムホールが開いた後、時間旅行者霧雨魔理沙が彼女達の協力を仰ぐ確率は100%』
『内訳としては、タイムホールを抑える為に時間旅行者霧雨魔理沙が、十六夜咲夜と蓬莱山輝夜の時の力、女神咲夜の時の力により未熟な時間操作者となる。この時タイムジャンプがタイムリバースに変化し、メビウスの輪の解消を試みます。あるいは前述の歴史予測と同じ過程を繰り返す可能性が1%』
『この条件において、時間旅行者霧雨魔理沙が失敗する確率は100%です』
『タイムホールがメビウスの輪に変化する過程で、時間旅行者霧雨魔理沙は程度の差はあれど力の制御に失敗し、自らの内側から発生させたタイムホールによって呑み込まれますが、次元と時空間の狭間において第二宇宙の女神魔理沙によって、救出されます』
『指定時間に到達後、時間旅行者霧雨魔理沙の存在は確認されません。第二宇宙の女神魔理沙と接触し、時間旅行者霧雨魔理沙の帰還交渉と、第二宇宙の時間法則に対応できるように第一宇宙の更新を行ってください』
『ちなみにこれを書いたのは私だ。ぜんぜん分からないのは仕様だぜ』
『時の回廊が導き出す未来が全てでは無いって事を、知ってくれたら嬉しいぜ』