今回の話は魔理沙の章『第VII話【第268話 (2) 】魔理沙の欠けた記憶 時間の超越者』の続きとなります。
魔理沙の章は第二宇宙での出来事なので、魔理沙が第二宇宙から第一宇宙に移動したため、第五章に戻りました。
魔理沙の章『第I話【第262話 (2) 】』から続く、サブタイトルに『魔理沙の欠けた記憶』と書かれた話は、『第213話 欠けた記憶』の最後で、女神咲夜が魔理沙に伝えている情報となります。
一方で今回の話からしばらく続く予定の、サブタイトルに『魔理沙が忘れた記憶』と書かれた話で起きた出来事については、魔理沙の意向により、女神咲夜が『第213話 欠けた記憶』の魔理沙に秘密にしている情報となります。
第269話 (2) 魔理沙が忘れた記憶 魔理沙の軌跡① 始点
――西暦????年??月??日―― 《始点》
――時の回廊――
未来の魔理沙から時の力を授かり、彼女が用意したユニバースポータルを通過して、私は時の回廊の始まりの塔に降り立った。
眼下には均等に振り分けられた四季の景色を突っ切るように、時間軸を可視化した道路が走っている。不可視の空間には、時間に紐づけられた宇宙の情報が記録されており、誰が、何時、何処で、何をしたか? 分子運動に至るまで瞬時に判明するようになっている。
なるほど、時の回廊とは時空間と三次元宇宙の叡智が集結する場所だったのか。改めて女神咲夜の偉大さと、時の回廊という常識を逸脱した次元に感服する。私はかなりちっぽけな存在だったんだな。
「魔理沙!」
私が感慨深げに時の回廊を肌で感じていると、霊夢が駆けよってきて、「良かった……無事だったのね。急に消えちゃったから心配していたのよ」と安堵の息を吐く。
「心配かけて済まなかったな、霊夢」
「貴女が居なくなってから大変だったのよ?」
「問題ない。事情は全て把握している」
私は霊夢の後に遅れて歩いてきた咲夜に視線を送り「咲夜も私の事については分かっているよな?」と確認すると、彼女は頷いた。
「ええ。それで、貴女の方針を聞かせて欲しいわ」
「少し考える時間が欲しい。それまでの間、悪いが霊夢に説明してくれないか?」
「全部話してもいいのね?」
「ああ」
霊夢には多大な迷惑を掛けてしまったし、それがせめてもの償いだ。
私は霊夢と咲夜の話を聞き流しながら、これから構築する歴史のシミュレーションを開始する。
私は世界を思うように造り替える力を持ったけれど、何でも思い通りに出来る訳ではない。矛盾しているように思われるかもしれないが、宇宙のあらゆる場所、色んな時間で起きる、会った事の無い誰かの“不幸”を全て解決することはできない。誰かが幸せになれば、誰かが不幸になるケースもあるのだ。
故に私は基本的に静観する。薄情だ、自分勝手だ、できるのにやらないのは罪だと非難されても構わない。だけど私がやれることには限界がある。神話で語られる
だから私は条件を絞り、優先順位を定めていく。私にとって大事な人である霊夢や、私の友達を守り、永遠に幻想郷を存続させる。そして可能な限り、多くの人々を助けていく。別に人間に恨みがある訳じゃないしな。
よし、その方向性で歴史を構築しよう。といっても、完全に新しく歴史を構築するのではなく、既存の歴史に手を加える形になるがな。
古代については、手を付ける必要がないだろう。きちんと猿からホモ・サピエンスに進化してもらわないと困るしな。
そうなると何処から歴史にメスを入れるか。私の見立てでは、幻想郷が成立するまでの歴史の流れに手を付ける必要はないと思っている。
幻想郷が何故成立したか? それは人類が文明を発展させた事で、神や妖怪を畏れなくなり、存在意義を失ったからだ。幻想郷を成立させることなく、妖怪達を生き残らせる為には、人類の発展を遅らせればいい。
やろうと思えば、後世で偉人と呼ばれる、人類の文明にブレイクスルーを起こした人々の発明・発見・研究・開発の妨害や存在の抹消を行えば、22世紀の時代においても、中世と変わらない文明に貶める事が可能だ。妖怪が大手を振って外を歩けるようになるだろう。
しかしこの方法は最悪だ。文明が発展しない事で、本来ならば救われた数多の人々が救われなくなるし、霊夢や私がこの世に誕生する確率が0%になる。というよりも、地球人類には星間文明まで発展してもらわなければ全滅の未来しか待っていない。
かつて私が体験した、人類が月の都によって宇宙開発が進展しなかった歴史――最初の歴史の延長線上の未来――では、西暦300X年時点で21世紀中盤レベルの文明しか発展していなかった。私はそれ以降の歴史を知る事なく、時間遡行して歴史改変を実行したが、実は35世紀に到達する前に深刻な資源不足と戦争で自滅するのだ。
更に地球史から見ても、過酷な歴史が待っている。
地球の温暖期と氷河期の到来、世界七大陸の合体と分離、地球規模の噴火や地震活動、巨大小惑星の衝突等、度重なる気候変動や天変地異が頻発し、西暦1億年頃には地球上において居住可能な面積が21世紀と比較して10%程度にまで落ち込み、西暦7億年代には海が枯れる。西暦10億年代には地球全体の平均気温が47度の灼熱の星と化し、生命の多様性が失われてしまう。
それでも地下シェルターや肉体の機械化、電子化で生き残る事が可能だが、西暦50億年代には、膨張した太陽によって地球は太陽に呑み込まれて物理的に消滅する。この頃には太陽系は完全に崩壊してしまうのだ。
地球がまだ快適な環境である間に、人類は地球を脱出する必要があるが、まあ外の世界については私が何も干渉しなくても勝手になんとかするから放置で構わない。
問題は幻想郷の移転問題だが、この件についても解決の目途は立っている。詳しい方法はその時代になった時に明かすぜ。星が滅び、あらゆる原子が運動を停止する宇宙の終末の時代についても対策はある。“最初の歴史”の宇宙の終末で、永琳達が方舟を運用していた時と同じ方法を使えばいいだけだ。
西暦215X年9月30日までの歴史は大きく弄る必要はないだろう。そのままで上手く事が運んでたし、普通のタイムトラベラーだった頃の私の行動についても、特に変える事は無い。無駄な行動は多いが、誰も不幸になっていない選択だからな。
ちなみに、幻想郷の内部で起きる問題や異変については、私は関与するつもりはない。基本的に博麗の巫女や、その時代の人妖・妖怪の賢者らが自力で解決するからだ。
問題が起きた際に、内容と結果を全て知っている私が関わって、最短最速で解決したとしてもあまり意味は無いし、余計な歴史の分岐が増えるだけで、歴史のコントロールが難しくなってしまう。
これまでの幻想郷に纏わる歴史改変や、上述したような天変地異、幻想郷外の環境の変化等、幻想郷内に住む人妖達の努力だけではどうにもならない理不尽な結末を迎えそうな時に、私が干渉する予定だ。
次に霊夢の歴史についてだが……、生死に関わる重大な分岐点は、過去に私が行った西暦200X年7月20日~21日の歴史改変で潰したので、概ね問題は無いだろう。これからも霊夢とは良い関係を築いていけばいいだけだ。
それを踏まえて、歴史改変を実行する時刻は西暦215X年10月1日以降だな。
(まあざっくりと、こんな感じでいいか)
ここで大事なのが、あくまで大まかな歴史の流れを作っておくだけに留める事だ。
あまり事細かなスケジュールを組んでしまうと、人々の行動を縛りつけることになり、世界がディストピアと化してしまう。幻想郷という閉鎖的な環境が既にディストピアの側面が強いのを理解しているからこそ、完全なディストピアを構成しないように心がけなければならない。歴史が致命的な方向に向かいそうになった時に、逐一修正すればいいだろう。
考えを纏めた私は、霊夢と咲夜の話が終わるのを待った。
「――以上よ」
「そんなことがあったのね……。魔理沙は本当にそれでよかったの?」
「あぁ。これ以上不幸を増やすわけにはいかないからな」
時間の超越者になったおかげで、上述したような先を見た判断が下せる。女神咲夜や、第二宇宙の魔理沙と同じ視点に立ったのだ。
「方針は定まったのかしら?」
「決まったぜ」
私は霊夢と咲夜を見渡しながら考えを伝える。
「とりあえずメビウスの輪の修正は確定だ。それから西暦215X年10月1日午前7時以降の私の行動を変えて、アプト星へ向かった歴史を変更する。所謂“ドタキャン”をやることで、幼い紫を助けた歴史と、タイムジャンプを改良する因果を残す必要があるからな。それまでの時間の私は、タイムトラベラーだった時と同じ振る舞いをするから、咲夜も一字一句同じように対応してくれ」
「了解したわ。リュンガルトはどうするのかしら」
「彼らは存在を消した方が良い害悪だが、きちんと現地の法の裁きを受けてもらうことにした。私の方からサイバーポリスに匿名で通報しておく」
「貴女がそう言うのなら任せるわ」
「今回の件が片付いた後は、霊夢の不慮の死の回避と幻想郷の安定・存続、なるべく大勢の種の保存を優先事項として歴史を構築していく。それで構わないな?」
「異論は無いわ。分かってるとは思うけど、『ルール』は守るのよ?」
「ああ」
「ねえ魔理沙」
私達の会話を聞いていた霊夢が、ここで初めて口を開く。
「未来でまた私が死ぬような出来事が起きてしまうの?」
「今の所は大丈夫だ。霊夢は私が必ず守るから、安心してくれ」
私にとって、霊夢は人生を懸けて助けたいと思った大切な人だ。霊夢には絶対に幸せになってほしいと思っている。
「それは嬉しいけど、私以外の人も助けてあげて。私だけ生き残る、なんて未来は嫌よ?」
「あぁ、そうだな」
全てを救う事が出来ないからこそ、せめて私の身の回りの人々だけでも救いたい。幸いな事に、私の身近な妖怪達に歴史改変を行わなければならないほど、切迫した危機はない。
「それじゃ、始めるぜ」
私は始まりの塔の淵に移動して、一度深呼吸をする。これからやるのは時間軸全体の巻き戻し。前回は失敗してしまったが、今の私なら出来るはずだ。
意を決して両手を掲げて念じると、時刻A*1と時刻B*2に開いたタイムホールがみるみるうちに塞がっていき、元の空間に戻っていった。
(ふぅ)
かなりあっけないと思うかもしれないけど、まあこんなもんだ。
両手を降ろした私は、霊夢と咲夜に別れを告げる。
「それじゃ、私は西暦215X年10月1日午前7時に主観を移動して、その後の行動を変える。また後でな、霊夢、咲夜」
「ええ」
「貴女の行動を見せてもらうわ」
魔理沙が移動した主観時刻は、『第188話 魔理沙の選択』の180行目に記された時刻です。
次の話はここから始まります。