西暦250X年5月27日――
「っと」
魔法が終了した私は、すぐに周囲の状況を確認する。
そこは先程までの地獄のような景色ではなく、空は青く、山や大地には緑が溢れ、鳥の囀りや自然の匂いがして、私のよく知るいつもの幻想郷が広がっていた。
「やっぱりこの景色の方が落ち着くなぁ」
というか、200X年から500年経っても全く風景が変わらないのも凄い気がする。
(まあ、いいや。さて、早速用事を済ませるか)
そう思って行動しようとした時、私の後ろから可憐な声がした。
「あ、あなた……!」
「ん?」
振り返ると、少し離れた所から霊夢や博麗杏子と同じ赤白の衣装を身に纏う一人の少女が、唖然とした表情で私を指さしていた。
彼女の年は10代前半くらい、霊夢と同じく黒髪黒目で、髪型は背中に掛かるくらいのストレート。頭に赤いリボンを付けて、おっとりとした雰囲気を出している清廉で可愛らしい女の子だ。
その衣装を見た私はすぐに今代の博麗の巫女と当たりを付けた。
(あ~そういえばここ博麗神社だったな。――てか、あの妖怪を無力化する結界なくなってるじゃん。良かった良かった)
そんな事を思っていると、彼女は私の近くに寄ってきた。
「い、今突然そこにパッと現れたよね!? どうやったの!?」
「……あー、まあ私の能力とでも思ってくれ」
説明が面倒くさいので私は曖昧にぼかすことにした。
「すご~い! ねえねえ、お名前はなんていうの?」
「霧雨魔理沙だ」
「わぁ素敵なお名前ね~! あたし博麗麗華っていうの! よろしくね!」
満面の笑みを浮かべながら手を差し出した彼女に、私は「あ、ああ。よろしくな」と気押しされながらも握手を交わした。
どうやら250X年の博麗の巫女は人懐っこい性格のようで、初対面の相手でも全く物怖じしていなかった。
「それにしても麗華って、なんだか霊夢に似てるな」
名前もそうだし、容姿も霊夢が髪を伸ばしたらこんな感じになるだろうなって印象を受ける。
まあサバサバした性格の霊夢とは対照的といってもいい所だが。
「そうなんです! あたしの麗華って名前はね、大昔に数々の偉業を成し遂げた偉大な巫女の霊夢様から頂いてるの!」
「そ、そうだったのか」
「今あたしが頭に付けてるこのリボンも、霊夢様が着けていたのと同じデザインなんですよ!」
「うんうん」
「それでねそれでね――!」
それからも一方的に捲し立てるように喋り続ける麗華。
私は適度に相槌を打ちながら聞いていたが、麗華の会話のペースは止まらず楽しそうに話していた。
自分で会話の口火を切っておいてなんだが、このままだといつまで経っても会話のペースを握れそうにない。
そう思った私は、彼女の言葉を遮るように言葉を発する。
「他にもですね――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。会話の途中に悪いが1つ麗華にお願いがあるんだ」
「はい、なんでしょう?」
笑顔一つ崩さず返事する麗華。
「スキマよ――ごほん」
いつもの癖でスキマ妖怪と呼び捨てにしそうになった所で、咳ばらいをする。
「八雲紫に用があるんだ。ここに呼ぶことはできないか?」
「はい、できますよ! 少し待っていてくださいね!」
麗華は神社の縁側に駆けていき、建屋の奥に向かって「紫さ~ん、お客様ですよー!」と呼びかけた。
すると奥から「はいはい、私に何か用かしら?」と八雲紫が現れ、私を見て「――って魔理沙じゃない! ええっ、どうしてここにいるのよ!?」と見てはいけないものを見てしまったかのような驚き方をしていた。
「あれ? もしかしてお知り合いなんですか?」
「ええ、彼女は霊夢の幼馴染でね、生前一番仲が良かったのよ」
麗華の疑問に八雲紫がそう答えると、麗華は目を輝かせて喜んだ。
「そうなんですか!? 魔理沙さん凄い人と友達だったんですね! ぜひぜひ霊夢様のエピソードを聞かせて下さい!」
「ああ、私の用が終わったら話してやるからちょっと待っててくれ」
そして私は、縁側に座る八雲紫に近づき、呆れながらに話しかける。
「――にしてもスキマ妖怪、なんで博麗神社にいるんだよ?」
「それはもちろんこの子が心配だからよ。もし悪い男や妖怪達に襲われたりしたら大変でしょ? だからよく顔を出しているのよ」
「お前なあ……さすがに過保護すぎやしないか?」
とんでもない理由に私はますます呆れてしままったが、紫はあっけらかんと「少し過保護なくらいがちょうど良いのよ」と答えた。
「それより魔理沙、私に何の用? 当の昔に亡くなった筈の貴女が何故生きているのか、理由も添えてほしいわ」
「簡単に言うと、私は215X年に時間を自由に行き来できる魔法を開発してな、お前から見ると私は過去の人間なんだ」
そう答えると、紫は目を丸くする。
「へえ……つまり今の貴女は時間旅行者だと言いたいのね? そして貴女は私の知る霧雨魔理沙ではない、と」
「ああその通り。そしてこの時間に来た理由は一つ。とある人物からお前に伝言を預かっているからだ」
「伝言? 誰からよ?」
「未来のお前からだ」
私がそう言うと彼女はポカーンとしていた。
「未来の私? 何言ってるの貴女」
「本当の事だ。私は500年後の300X年5月6日から来た。そして未来のお前に『A-10とNH-43の部分を修復するように』と伝えるよう頼まれたんだ」
「どうして私が独自に振り分けた幻想郷の結界識別コードを貴女が知っているのよ?」
軽く驚いた感じの八雲紫に私はこう答える。
「だから言ってるだろ? 500年後のお前に伝言を頼まれたって。この言葉通り一度見てきたほうがいいぜ。未来のお前はそれを切実に望んでいた」
一心不乱に頼み込むあの時の紫の姿は、今も鮮明に焼き付いている。
「……」
私の言葉に彼女は少し考えた後こう答えた。
「――まあ確認するだけなら何もないでしょうし、いいでしょう。貴女の言葉に乗ってあげます」
あくまで上から目線の彼女は、傍で黙って話を聞いていた麗華に「麗華、私はちょっと結界の様子を見てくるわね」と言い残してスキマを開く。
「はい、いってらっしゃいませ」
八雲紫はスキマの中へと消えて行き、後に残されたのは私と麗華だけとなった。
「さて、どうなるかだな」
「……あの! それで霊夢様のエピソード聞かせてもらえませんか?」
「おお、いいぜ。何から聞きたいんだ?」
「お任せします!」
「分かった。そうだな、まずはこれから話すか――」
私は縁側に座り、八雲紫が戻ってくるまで霊夢の思い出話をしていた。
「~って事があってな。あの時はめっちゃ大騒ぎだったんだぜ」
「あはは、そうなんですか。霊夢様ってとっても面白い方だったんですね」
「ただいま~」
「あ! お帰りなさい。紫さん」
麗華とお喋りを楽しみ、そろそろ日が沈みそうな時間になった時、八雲紫が戻って来た。
「魔理沙、あなたの言葉嘘じゃなかったのね。調べてみたら確かに結界の綻びが見つかったんだもの。もちろんすぐに直しておいたけど、普段の私では気づけないくらい小さな綻びだったわ」
「そうかそうか、それは良かったぜ」
(これで500年後の惨劇を避けることができたのだろうか。確認しに行く必要があるな)
「ところで、この綻びを放置していた未来はどうなっていたの?」
「幻想郷が崩壊してたぜ。こんな綺麗な風景は跡形もなくなっていたし、この神社も倒壊寸前だった」
「……それ本当? あの程度でそんな大げさな事になるとは思えないのだけれど」
八雲紫は私の言葉をあまり信じていないようだった。
「ま、信じるも信じないも勝手さ。――さて、それじゃ私はそろそろ行くことにするぜ」
そう言って立ち上がると、麗華は名残惜しそうに。
「魔理沙さんもう行ってしまうんですか?」
「いつかまた遊びに来るよ。お前と話しているのは楽しかったぜ」
「はい、待ってます! ぜひまた来てくださいね!」
麗華は笑みを浮かべ、八雲紫が続いて口を開く。
「魔理沙、次はどの時間に向かうつもりなの?」
「500年後の様子を見ておこうと思ってな。幻想郷が無事なのを見届けたら私は元の時間に帰るさ」
「……そう。なら500年後に再びこの場所で会いましょう。魔理沙」
「ああ。それじゃあな」
私は八雲紫の言葉を背に、再び500年後の5月6日へと跳んで行った。