現在時刻は17時00分。
輝夜、杏子、にとり、アリス、文が自宅に帰って行き、最後に私とマリサで霊夢を見送ろうとした時、彼女は玄関先で立ち止まった。
「ねえ、魔理沙」
「どうした?」
「貴女、大丈夫なの?」
「……大丈夫、とは?」
本当は霊夢の言わんとすることは分かっている。だが私が知っているからと言って、彼女の話を遮って一方的に考えを述べるのは悪手だ。会話にならないし、相手も気分が悪くなる。さとり相手なら喜ばれるんだがな。
「時間の超越者になってから、貴女は変わってしまったわ。達観、諦観、超然……色々な表現が思いつくけど、まるで感情が抜け落ちてしまったかのように、淡々としているし、今も感情の動きが無いじゃない」
「……」
「魔理沙がどんな未来を視たのか私には分からないけど、貴女の抱えているものを私も背負いたい。今の魔理沙は、ある日突然何処かに消えてしまいそうな脆さがあるわ」
「霊夢……」
ああ、お前はやっぱり優しいな。こんな私を心配してくれるなんて。
「ありがとな霊夢。だけど心配する必要は無い。私はお前が幸せでいてくれればいいんだ」
「駄目よ魔理沙。私だけじゃなくて、貴女も幸せにならなきゃ」
「何を言っているんだ霊夢。私は宇宙の歴史を望むままに造り替える力を手にしたんだぞ。これ以上にないくらいに幸福なんだ――」
今の私には未来の不安も無く、適切な選択と最適な努力を行えば、必ず実を結んで結果として現れる。金、名声、権力も思うがままに掌握できる。これ以上何を望めばいいんだ?
「その割には全然幸せに見えないわ。それとも、私には言えない事なの?」
「無理なんかしてないぜ……と言っても、水掛け論になるだけだし、分かったよ、正直に答えるぜ。私が淡白に見えるのは、未来を知っているからに過ぎない。イメージ的には、何をするにも既視感が常にあるようなもんだ」
「そんな……」
「だけどな、これもお前の未来と、幻想郷を守るために必要な事なんだ。自ら望んだ事だから、気にしないでくれ」
「……魔理沙は、どうして私の為にそこまでしてくれるの?」
「…………」
遂にこの問いが来てしまったか。事前に視えてはいたが、霊夢との関係を考えると避けられない場面だ。
私が霊夢に執着する理由。過去の私は、霊夢の身に起きていた異変を見逃してしまった負い目と、大切な友人を助けたいという目的だった。しかし、思い返してみれば、絶対に理由はそれだけでは無い筈だ。
仮にもし自殺した人が霊夢では無くアリスだった場合、私は霊夢の時のように150年もの歳月を掛けてタイムジャンプを開発できるだろうか? 勿論、アリスも私の大事な友達だけど、率直に言って自信は無い。どこかでアリスの死を受け入れ、前を向いて歩いていたかもしれない。
だからきっと私は、霊夢に友人以上の感情を抱いている。でもその感情を上手く言葉にできない。恋愛感情とも違う気がする。私は霊夢が好きだけど、恋人や夫婦の関係になりたい訳じゃない。そういう自分が想像できないし、私は同性愛者では無いからだ。
だけど、もし霊夢から友人以上の関係性を求めてきたら、そういう関係になるのもやぶさかではないと思う私がいる。だからこそ私は、私の感情が分からない。
それに加えて可能性未来の観測と、未来視の力も、私の感情の答えを惑わせている。時間の超越者としての力を得た私には、未来の分岐する瞬間と、そこに至るまでの経緯が分かるし、その確率もパーセンテージで表示される。それは一個人の未来に対しても例外ではない。
私と霊夢の未来について、霊夢と良き友人でいる可能性は90%、恋仲に発展する可能性は9.9%、絶縁する可能性は0.1%。しかし私にとって、確率なんてあってないようなものだ。未来が分かるということは、即ち未来の分岐点と、そこに至るまでの因果まで理解できるということだから。
今回の場合なら、友人関係を維持する方法は簡単だ。今まで通りに霊夢と接すればいいし、彼女もそれを望んでいる。
そして恋愛関係に至る為には、私が友人関係を維持する未来において、どのような行動を取るか、あるいはどのタイミングで愛の告白を行うかも知っている。一番直近のポイントは、今ここで霊夢を抱きしめながら愛を囁けばいい。そうすれば霊夢から考える時間が欲しいと言われ、1週間後に返事を貰い、恋愛関係になれる。霊夢から告白してくる可能性については、私が友人関係を望む限り、現状では限りなく0に近い確率だが、その僅かな確率でさえも100%になる未来が視えている。
ちなみに霊夢に嫌われる未来については、考えたくもない。以前――と言っても、現在時間からは未来の話になるが――その可能性未来を視た時、私は口に出すのも憚られる程の絶望的な未来に、本気で死にたくなってしまったので、以来この可能性未来を視る事を禁止している。
それらの未来が視えてしまうが故に、私の行動が霊夢の意識や感情を操作しているのではないか? 私は霊夢から愛されたいと思って、振舞っているのではないか? という不安が拭えない。更に人間の感情を恋愛ゲームのような感覚で選択する思考になってしまっている私自身にも罪悪感を覚えている。
私が霊夢に執着する理由。この答えは、今より遥か未来の時代になっても出せていない。なので私は今日もこう返す。
「お前が大切な友達だからさ。霊夢には余計な心配を掛けたくない。霊夢は霊夢らしく、生きてくれればいいんだ」
様々な未来が視えるようになり、かつての私には戻れなくなってしまったけれど。私が私になった原動力、私がタイムトラベラーになった最初のきっかけ。この感情だけは決して嘘じゃない。
「……そっか。ありがとう」
私の複雑な感情を読み取ったかのように、霊夢は優しく微笑んだ。
「なーんか二人だけの世界に入ってるけど、私の存在を忘れてないか?」
「忘れてないわよ。なあに? もしかして拗ねてるの?」
「あほか」
「ふふっ、それじゃ私は帰るから、またね」
「ああ」
私とマリサは、ふわりと空を飛んで自宅に帰って行く霊夢の姿が見えなくなるまで見送っていた。