「あれでよかったのか?」
「何がだ?」
「いや……まあいい。霊夢との関係について私がとやかく言う事じゃないからな。だが私も霊夢も、お前の事を想っている事だけは忘れないでくれよ」
「あぁ。ありがとな、姉さん」
霊夢のみならず、もう一人の歴史の私とも、良い関係でありたいと思っている。
「!」
タイムトラベラーの私では、まだまだ恥ずかしくて言えなかった言葉を初めて口にすると、姉さんは目を丸くして驚いた後、笑顔を見せる。
「妹よ! やっと呼んでくれたな!」
「分かったから。そんなに抱き着くなって」
私はしばらく姉さんにもみくちゃにされていた。
――西暦215X年10月1日午後10時――
霊夢と別れてから4時間50分後、ご機嫌な姉さんと夕飯――キノコ料理――を済ませ、シャワーを浴びた私はリビングに設けられたソファーに座っていた。
(始めるか)
私がポケットから取り出したのは、改変前の歴史でアンナから借りた眼鏡型デバイス。返す機会が無いまま歴史改変してしまった為、俗に言う『借りパク』になってしまったが、現在の歴史では私に貸した事実そのものが無かった事になっているので、同じ型番のデバイスが二つ存在している。
さてこいつを使って何をするのかと言うと、紀元前38億9999万9999年8月20日のサイバーポリスに、リュンガルトの事について匿名で通報を行う。というのも、宇宙ネットワークに接続できるデバイスを入手するには、どうしても身分証明が必要になる。合法的な手段で手に入れようとすると、時間と手間が掛かる上に多くの痕跡を残す事になってしまうし、非合法な手段は論外だ。
幸いにも惑星探査員に支給される眼鏡型デバイスはこの時代において最高クラスのセキュリティなので、ハッキングや逆探知される可能性は限りなく低い。同じ型番のデバイスが使用された形跡を残すリスクを考慮しても、この方法が一番ベストだ。
私はテキストファイルを開き、日本語配列キーボードをホログラム化し、タイピングして文章を入力していく。
リュンガルトの本拠星の位置と、構成人員の名前と宇宙ネットワークに登録された識別番号*1、サイバーポリス内部のスパイの名前と識別番号の他、彼らが持つ軍事力や、悪事の証拠となる文面を、高速でタイピングしていく。
ちなみにこの情報は、時の回廊に記録された情報を引き出したもので、過去~未来の私が、情報収集を行ったものではない。例えるならば、攻略本を読みながらロールプレイングゲームを遊ぶようなものだ。情報を集める為に奔走する必要は無いし、私が未来を知っても私が行動を起こさなければ歴史は変わらない。本当に便利すぎる能力だ。
(うん、こんなもんだな)
入力を終えた私は、最後に推敲をしてからデータを保存する。後はサイバーポリスの通報受付窓口にこのテキストファイルを送信するだけだ。勿論このデバイスに時を越える能力は無いので、私自身がタイムトラベルする必要がある。
(にとりに頼むか)
万能適応装置を使い、宇宙ネットワーク範囲内にある惑星の監視の目が無い場所から送信してもいいのだが、それだけでは味気が無い。今後長い付き合いをする事を考えると、にとりの宇宙飛行機を利用した方がいいだろう。
(善は急げって言うし、早速出発するか)
私は立ちあがり、リビングの空いた場所に移動してタイムジャンプを行おうとした時、姉さんが階段から降りてきた。
「何やってんだ?」
「これからリュンガルトの歴史を変える為にタイムジャンプしようと思ってた所だ」
私が先程までやっていた事を説明すると、姉さんは興味を示す。
「面白そうだな! 私もついていっていいか?」
「構わないけど、すぐに終わるし、面白い事なんてないぞ?」
「いいからいいから! タイムトラベルなんて、滅多に出来るもんじゃないだろ?」
「分かった。じゃあ手を繋いでくれ」
姉さんは私の隣に立ち、言われた通りにする。
「今から行くのか? もう夜だぜ?」
「タイムトラベラーに時間は関係ないし、やるべき事はさっさと済ませた方がいいだろ?」
「そんなに生き急がなくてもいいと思うが……まあいいか」
「姉さん、少しの間目を閉じててくれないか」
「あぁ」
姉さんが眼を閉じ、ぎゅっと手を握ってきたのを確認した所で、私はタイムジャンプを使用する。
「現在時刻は西暦215X年10月1日午後10時30分。今から西暦215X年10月2日午前10時の幻想郷玄武の沢、にとりの格納庫前にタイムジャンプする」
歯車と時計を模した12層の魔法陣が私の頭上と足元に展開され、私達はこの時空から消えていった。
――西暦215X年10月2日午前10時――
――幻想郷、玄武の沢、にとりの格納庫前――
タイムジャンプが終わり、つつがなく指定した時空に到着した事を確認した所で、私は口を開いた。
「終わったぞ」
「一瞬だったな。あぁ~太陽の光が眩しいぜ」
先程までは無かった暖かな日差しと、沢の音が辺り一帯に響いている。そんな自然に囲まれた土地に不釣り合いな、巨大格納庫が目の前に立っており、シャッターが開かれた先には、31世紀の技術が詰め込まれた宇宙飛行機の機首が見える。そこでにとりは此方に背を向けながら座って、宇宙飛行機の整備を行っていた。
「お~い、にとりー!」
「魔理沙?」
私が呼びかけると、にとりは作業の手を止めて私達の前に降りてきた。
「ようにとり」
「二人揃って珍しいね? 何か用?」
「これからリュンガルトを捕まえに行こうと思っててさ、宇宙飛行機を出してくれないか?」
「うん。ちょうど暇だったしいいよ」
にとりはハッチを開き、私達は宇宙飛行機に乗り込んでコックピットへと歩いていく。にとりが操縦席に座ると共に、私は副操縦席、姉さんは私の後ろの席に座った。
離陸の準備が終わるまでの間に、私はこれからやろうと思っている事を説明しておく。今回は本当に短い宇宙旅行になるからな。
「発進準備が出来たら教えてくれ。この場所から目的地に飛ぶ」
「りょーかい!」
やがて静かなエンジン音と共に、機体がほんの僅かに揺れた。
「魔理沙、準備OK!」
「おう」
私は宇宙飛行機全体を包み込むような意識でタイムジャンプを行使する。
「現在時刻はJST西暦215X年10月2日午前10時15分。タイムジャンプ発動。時刻はUTC紀元前38億9999万9999年8月20日午前0時、場所はファプタ銀河のレネアイノス星系にある星の空白地帯だ」
――紀元前38億9999万9999年8月20日午前0時(協定世界時)――
――ファプタ銀河、レネアイノス星系、星の空白地帯――
時空移動を抜けた先は、漆黒の宇宙。遠い場所から数多の星の光がキラキラと輝いているが、目視できる範囲内に惑星は無い。
「もう着いたのか?」
「ここは何処なの?」
「地球から約1億5000万光年離れた、ファプタ銀河のレネアイノス星系内にある星の空白地帯、宇宙ネットワークの最果てだ。名前の由来は約100光年の範囲内に惑星が無い事から言われている。まあ覚えなくてもいい情報だぜ」
私は眼鏡を掛けて、宇宙ネットワークに接続。仮想空間の中でもがらんどうなエリアから、サイバーポリスのサーバーにアクセスする。
「魔理沙って、いつの間にか機械に精通するようになったんだね?」
「文明の利器に疎いままではいられないからな」
それから通報受付窓口のあるページに飛び、翻訳に掛けたテキストファイルを添付して送信する。これでサイバーポリスは動くだろう。既に未来は見えているが、直接この目で確認だけはしておくか。
私は一度眼鏡を外して「終わったぜ。次は1週間後に飛ぶぞ」と言いつつ、西暦換算で1週間後の同じ場所、同じ時間に機体ごとタイムジャンプを行う。
再び眼鏡を装着した私は、翻訳機能を活用してニュースサイトに接続する。トップニュースに、リュンガルトが一斉摘発された事と、サイバーポリス内のスパイ摘発と腐敗が在った事を報じる記事を見つける。
リュンガルトのメンバーは全員逮捕されて、留置場に移送されたようだ。4か月後には裁判が開始されるだろう。彼らはタイムトラベル研究の為に、ハッキングや、違法な人体実験を繰り返していた。実行犯――特にレオン等は極刑は免れないだろう。
私は日本語訳された記事をホログラム化して、二人に見せながら言った。
「これで歴史改変が確認できた。もう彼らが表舞台に出てくることはないぜ」
「へぇ~、こうなるんだね」
「改変前の歴史ではあれだけ苦労させられたのに、こんなにあっさり終わっちゃうなんてな」
にとりは感心していたけど、姉さんは苦笑していた。
「それじゃ元の時間に戻るぜ」
「えっ、もう戻るのか!? まだ10分くらいしか経ってないじゃないか!」
「目的は果たしたからな。だから言ったろ? すぐに終わるって。もう事前に準備は済ませていたからな」
「まあ何事も無く終わって良かったじゃん? それよりもアンナとフィーネには会わなくていいの? せめて一言だけでも連絡入れたら?」
「彼女達に罪は無いが、私が関わった事で、リュンガルトとの因果が生まれてしまった。もうこの時代に行くのは勘弁だな」
アプト星で過ごした時間は悪くないものだったが、もうあの頃には戻れない。この歴史では、彼女達とは完全に決別することになる。
私は証拠隠滅の為に、現在時空から1億年前のレネアイノス星系にあるブラックホールに座標を設定し、アンナの眼鏡型デバイスを飛ばす。これで私に辿り着く手掛かりは完全に無くなった。
「これからにとりの格納庫の中に直接戻るぜ。動かないように注意してくれよ」
「オッケー」
「現在時刻はUTC紀元前38億9999万9999年8月27日午前0時10分。タイムジャンプ発動。時刻はJST西暦215X年10月2日午前10時20分、場所は日本の幻想郷玄武の沢、にとりの格納庫の中だ」
――西暦215X年10月2日午前10時20分――
――幻想郷、玄武の沢、にとりの格納庫前――
つつがなく元の時空の5分後に帰った私達は、にとりが駐機した後、宇宙飛行機から降りて格納庫の前まで歩いていく。
「本当に寸分の狂いなく戻ったね。びっくりだよ」
「にとり、協力してくれてありがとうな」
「このくらいなら別にいいよ。私もリュンガルトにはムカついていたからね」
「もし私の助けが必要な事があれば言ってくれ」
「うん! ありがとね」
「な~んか、時間移動した気がしないぜ。これからどうしようかなぁ」
「私は宇宙飛行機の整備に戻るね~」
つまらなそうに呟く姉さんを横目に、にとりは格納庫の中に戻っていった。
「さて私は――」
その時、私の未来視が強制的に発動した。
――――――――――(虚構の未来。確率不定の操作された運命)――
紅魔館の応接室にて、真紅のソファーに座って足を組むレミリア。テーブルの上には淹れたての紅茶が入ったティーカップと、カットされたチョコレートケーキの皿が置かれている。
時系列は何時だろうか? 断定は出来ないが、窓の外に霧の湖が見えている事から、そう遠くない未来だろう。
『この未来が視えているわね魔理沙? 咲夜から聞いている筈だけど、一度私の元に会いに来なさい。後悔はさせないわよ?』
この応接室には彼女以外誰もいないが、確信を持って向かい側のソファー――私がこの映像を見ている視点に語り掛けている。その言葉を最後に、未来視が強制的に切断された――。
――――――――――
(……へぇ)
今の未来視は、レミリアの運命を操作する程度の能力によって作り出された架空の未来だ。私の知る未来視ではこんな場面は存在しないし、分岐する可能性も無い。しかし私は大いに興味を惹かれた。
レミリアの能力については、未だに全貌が分かっていない。先程のように、彼女自身が導き出した運命を私の未来に挟みこめたその事実に驚いている。わざわざ未来から語り掛けてくるとは、よほど大事な話なのか、それとも私への牽制なのか。あるいは……?
(面白い。行ってみるか)
こんなにワクワクする感情は久しぶりだな。レミリアが敷いた運命のレールに乗ってみるのも悪くはないだろう。
「姉さん、私は紅魔館に行ってくる」
「お? なら私も行こうかな」
「いや、悪いけど一人で行かせてくれ。レミリアと大事な話があるんだ。そういう未来が視えたからな」
「む、そうか。じゃあ霊夢の所にでも行ってくるかな」
私は姉さんに別れを告げて、紅魔館へと飛んでいった。