魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第276話 (2) 魔理沙が忘れた記憶 魔理沙の軌跡⑧ 初代博麗の巫女

  ――西暦215X年10月3日午後1時00分――

 

 

 ――幻想郷、魔理沙邸――

 

 

 翌日。身支度を整え、風呂敷包みを持って外出しようとした時、姉さんに背後から声を掛けられる。

 

「あれ? 何処に行くんだ?」

「ちょっと初代博麗の巫女に会いに行こうと思ってな。西暦1885年4月12日、午前11時5分に時間遡行するよ」

「なに!?」

 

 姉さんは私の前に回り込むと、「悪い事は言わないから止めとけ。あの巫女は妖怪を強く敵視してて、軽い気持ちで話しかけた私は散々な目にあったんだ」と引き留めてくる。

 

「心配し過ぎだよ。姉さんの場合は、ただ間が悪かっただけだ」

 

 タイムホールの所為で何処からともなく博麗神社に現れた訳だし、警戒されるのも仕方ない。

 

「でもなぁ……てか、そもそも何しに行くんだよ? 彼女とは接点無いだろ?」

「少しお礼を伝えに行くだけだ」

「お礼? もしかして、私が飛ばされた時の事か?」

「いいや、タイムホールが発生した時の歴史は彼女は覚えていないよ。私はただ、博麗の巫女という生き方を選んだ彼女に敬意を表したいだけだ」

「……お前の考えてる事は分からん。はぁ。止めても無駄か。気を付けて行って来いよ」

「あぁ。今日中には帰ってくるよ」

 

 呆れ顔の姉さんに見送られながら私は家を出る。

 さて、博麗神社に直行する前に色々な準備が必要だ。

 まずはお土産。彼女からの印象を良くする為に用意した方がいいのだが、この時代から持ち込んでしまうと違和感を抱かれてしまうので、彼女のいる時代で調達する必要がある。そうなると西暦1885年の人里で買い物しないといけないが、当時の人里ではこの魔女服は目立つから着替える必要があるし、272年前の現金も必要になる。タイムジャンプする前に、現在時間の人里で買い物していくか。

 早速人里に向かった私は、骨董品屋の中に入って、1銭硬貨6枚を2500円で購入する。現代では1円未満の価値しかないが、当時では100円くらいの価値があるので充分だ。

 次に呉服屋で桜柄の着物を購入して店内で着替え、履物屋でシンプルな下駄を買って履き替えてから髪を降ろす。こうすることで、私の五世の祖*1の霧雨理沙(りさ)とそっくりな姿になる。

 何故こんな回りくどい事をするのかと言うと、当時の人里は万に満たないくらいに人口が少なく、今よりも妖怪という脅威に対する結束力が強かった事もあり、妖怪が気軽に入れる土地では無いからだ。もしいつもの恰好で行ってしまえば、すぐによそ者が侵入した事がばれて警戒されてしまい、博麗の巫女や妖怪退治を生業にする人々がすっ飛んでくる。無用な混乱を避ける為にも、ご先祖様に化けた方がいいのだ。

 ちなみに私が着ていた魔女服と靴は、タイムジャンプで自宅に送っておいたので、荷物の心配は無い。

 

(よし、準備出来たな)

 

 風呂敷包み片手に人里を出立して、魔法の森の中に降り、周囲に人の気配が無い事を確認してから、私はタイムジャンプを宣言する。

 

「タイムジャンプ。時刻は西暦1885年4月12日午前11時5分。場所は幻想郷の人里、大通りの路地裏」 

 

 

 

 

 ――side マリサ――

 

 

 

 妹が玄関のドアを閉めて一人残された私は、ポツリと呟いた。

 

「やれやれ」

 

 彼女は本当に私なのか? どういう過程を経たらあの行動に繋がるのかマジで理解できんな。

 昨日もそうだ。リュンガルトを捕まえる為に、にとりと一緒に大昔に遡ったと思ったら、すぐに帰ってきて、挙句の果てには『未来が見えた』とか言って紅魔館に向かっちまった。

 帰ってきたらどんな話をしたのか聞いても、いまいち理解できんし。まるでスキマ妖怪を相手にしているかのような胡散臭ささえも感じたぜ。取り敢えず、時間移動する時はなるべく私にも教えて欲しい事と、必ず帰ってきて欲しい事を伝えておいた。なんか勝手に居なくなりそうで困るし。

 妹も『分かった。他人に伝えても歴史に大きな影響が無い時間移動なら事前に伝える事にするぜ』と言ってたし、きっと今回の時間移動は本当にお礼を伝えに行くだけなんだろうな。

 彼女が変わってしまったのは、間違いなく時間の超越者になった影響だろう。タイムトラベラーだった頃の妹はまだ同一人物として親近感が湧いたし、言動にも理解できるものがあったが、今の彼女は完全に私の姿をした別人だ。同じ場所にいる筈なのに、私と彼女では視点が全然違う。だからといって彼女を突き放すつもりは無い。どれだけ変わってしまっても、彼女は霧雨魔理沙だしな。

 でも悪い事ばかりではない。なんせ、やっと私を姉さんと呼ぶようになったからな! 私を慕っているのは確かだろう。

 

「それにしても、全然帰ってこないな」

 

 その場で10分くらい待ってみたが、私の前に現れる気配はない。ってことは時間がかかりそうだな。タイムトラベラーに言うのもおかしな話だが。

 

「じゃあ私も出かけるかな!」

 

 午前中は最近見つけた新種のキノコの研究をしていたが、ずっと家にいるのも疲れるし。行先は~、まあ適当に決めればいっか!

 私は身だしなみチェックしてから外に出て、玄関に立てかけてあった箒に跨る。今日は人里にでも行こうかな。

 鼻歌混じりで飛んでいると、その途中で飛行中の霊夢を見つけた! 私は彼女に声を掛けながら近づいていく。

 

「よぉ霊夢!」

「あら、マリサじゃない。何処か出かけるの?」

「特には決めてないぜ。霊夢は?」

「博麗神社に行こうと思っていたのよ。マリサも来る?」

「おお、いいな! 私も行くぜ!」

 

 私は方向転換して、霊夢と並んで東の方角に飛んでいく。

 霊夢が博麗の巫女を辞めて仙人になってから今日に至るまで、その時代の博麗の巫女を気にかけていて、定期的に妖怪退治や異変の解決の仕方なんかを指導している。特に今代の博麗の巫女である杏子は、霊夢を慕っていることもあって個人的な交友もあるし、友達のような関係性だな。

 霊夢が博麗神社ではなく、人里の外れの一軒家に住んでいるのも、その時代の博麗の巫女の自立を促す為らしいが、別にそんなこと気にしなくてもいいと思うけどな。

 ちなみに私は、霊夢が博麗の巫女だった頃に比べると、博麗神社に行く頻度は落ちたけど、杏子とは仲良くやっている。彼女は歴代の博麗の巫女の中でも妖怪への抵抗感が全く無いし、霊夢とも仲が良い事もあって、打ち解けるのがかなり早かったぜ。

 

「ねえマリサ。あんたの妹はどうしたの?」

「なんか初代博麗の巫女に敬意を表しに行くって、1885年4月12日の博麗神社に行ったぜ」

「敬意を表する? 何よそれ?」

「私も分からん。お前は初代博麗の巫女について何か知らないのか?」

 

 霊夢もかつて博麗の巫女だったし、代々伝わる伝承とか無いのかと思って聞いたんだが、霊夢は少し考えてから首を振る。

 

「ん~何も知らないわ。あんたに言われるまで興味も持たなかったし」

「ははっ、お前らしいな」

「でもね、もしかしたら博麗神社の蔵に初代博麗の巫女を記録した書物が残されているかもしれないわ。気になるなら調べてみたらいいんじゃない?」

「おぉ、それは名案だな!」

「……言っておくけど、ちゃんと杏子に許可取りなさいよ?」

「分かってるって!」

 

 そんな話をしながら私と霊夢は博麗神社に到着し、縁側の前に降り立っていく。境内は掃除が行き届いていて、葉っぱ一つ落ちていないが、相も変わらず閑古鳥が鳴いているな。

 霊夢の頃と違って、殆どの妖怪達はここじゃなくて霊夢の家を訪れるようになったから、やっていけているのか少々不安だぜ。

 

「杏子ー! いるー!?」

「はーい!」

 

 霊夢が呼びかけると、元気のよい返事が響き、奥から杏子が駆け足でこっちにやってきた。

 

「いらっしゃいませ霊夢様、マリサさん! すぐにお茶菓子をお出ししますね!」

「ありがとね」

「サンキュー」

 

 再度奥に引っ込んでいく杏子をよそに、私達は靴を脱いで上がり込み、縁側に面した和室のちゃぶ台の前に座る。この部屋も昔から変わらないな。

 

「お待たせしました~」

「ありがとな」 

 

 お盆を持った杏子から日本茶とどら焼きを受け取る。

 

「美味しいわ」

「えへへ、ありがとうございます」

 

 霊夢に褒められてご機嫌の杏子に、私は訊ねる。

 

「なあ杏子。初代博麗の巫女について調べてるんだが、何か知らないか?」

「初代博麗の巫女ですか。ごめんなさい。私は博麗千絵(ちえ)という名前しか知らないです」

 

 杏子は続けて「ですが、過去の博麗の巫女についての資料が蔵にあった気がします。取って来るので少し待っていてくださいねっ!」

 

「おぉ、悪いな」

 

 杏子は静かに立ち上がり、奥に引っ込んでいった。その後ろ姿を見送りながら、私はどら焼きを齧る。

 

「探す手間が省けてラッキーだぜ」

「案外あんたに荒らされたくなかっただけじゃないの?」

「うるせー」

 

 茶化す霊夢に苦情を言いつつ、どら焼きと日本茶を味わっていると、10分くらいしてから古びた一冊の和本を持った杏子が戻って来た。

 私はお礼を伝えて、ページを破かないように慎重に系譜図のページを開く。一番下の博麗杏子から、ツリーのように複雑になっている図を遡っていくと、初代博麗の巫女、博麗千絵の項目を見つける。

 

「え~となになに? 『初代博麗の巫女、博麗千絵。第零季三月二十五日に博麗の巫女に就任。第十九季八月五日に博麗の巫女を勇退する』……ってこれだけかよ?」

 

 第零季が西暦1885年だから第十九季は西暦1904年だな。

 彼女の似顔絵、半生、功績といった情報は一切残されていない。というか、以降の系譜図も代々の博麗の巫女の名前しか書かれていないじゃないか。

 

「ねえマリサ。あんたがタイムホールによって飛ばされた日って、かなり近くなかった?」

「あぁ。この年の4月10日だ。ってことは、幻想郷が結界で隔絶されたばかりの黎明期だったんだな」

 

 なんかやけに殺気立ってたのと関係あるのだろうか? 弾幕ごっこが無い時代の幻想郷ってまるで想像がつかんな。

 

「う~ん、情報が足りんな」

「妹が帰って来た時に聞いたらいいじゃない。その方が手っ取り早いわ」

「それだとつまらんだろ。どうせならあいつを驚かせてやりたいんだぜ」

「変な意地張ってるわねぇ」

「あの、一つ提案があるのですが、紫さんに訊ねてみるのはどうでしょうか?」

「それはいい案だな!」

「では呼びますね♪」

 

 杏子は部屋のタンスの一番上の引き出しを開けて、式神に霊力を込める。あれは紫に直接繋がっている呼び出し用の式神だっけか。

 彼女が再び引き出しに仕舞うと、私の隣にスキマが開き、紫が上半身を乗り出すようにして現れる。

 

「ごきげんよう。あら、今日は霊夢とマリサもいるのね」

「よう」

「杏子、私に何の用かしら? 手短に頼むわね」

「紫さん。実はマリサさんが訊きたいことがあるそうです」

「マリサが? ……何よ?」

 

 私の名前を出した途端に訝しげな視線を送ってくるとは、失礼な奴だな。

 

「なんか妹が敬意を表するとかの理由でさ、少し前に西暦1885年4月12日午前11時5分の初代博麗の巫女に会いに行ったんだが、私は彼女について何も知らなくてな。調べてたんだ」

「ええっ!! タイムトラベルしたの!?」

 

 甚く驚いた様子の紫はスキマから完全に姿を現した後、食い気味に、「それだけ!? 他に何も言ってなかったの!?」と訊ねてきたので、私は昼前のやり取りと、ついさっきまでの霊夢と杏子との話の流れを伝えていく。

 

「――と、いう訳だ。多分タイムホールやメビウスの輪のようなヤバい歴史改変じゃないと思うぜ」

「……なるほどね。あぁ、良かった。意図は理解できるけれど、せめて一言事前に教えて欲しかったわ」

 

 紫は私達の会話の間に杏子が持ってきたお茶を飲み、溜息を吐いた。

 

「なんか困る事でもあるのか?」

「魔理沙が跳んだ時代は真の意味で幻想郷が成立した年でね、今よりも妖怪が血気盛んで、博麗の巫女制度に反対する連中が連日のように襲撃事件を起こしていたのよ。一歩間違えれば命を落としていたかもしれないわ」

「そんな殺伐とした時代があったのか。俄かには信じがたいな」

 

 時折異変こそ起きるものの、今の幻想郷は平和そのものだ。

 

「紫さん。初代博麗の巫女とは、どんな人物だったのでしょうか?」

「初代博麗の巫女、博麗千絵(はくれいちえ)は、私が外の世界の東京から招聘した陰陽師なのよ。当時の外の世界は科学技術の急速な発展によって、妖怪の存在が危ぶまれる時代でね、幻想郷を結界で覆って保護する必要があったのだけれど、それを構築できる強大な力を持つ人間は幻想郷内に居なかったわ」

「外の世界から来てたんですか!」

「よく紫の招待を受けたな?」

「彼女の家――土御門家は、歴代の政権に仕える陰陽師の家系だったのだけれど、元号が変わって明治政府による陰陽道の禁止令が発布された事で、存続の危機にあったのよ。その時に彼女と出会ったわ」

「なるほどな」

「彼女は私の思想に共感して、人間と妖怪が共存する未来を夢見た同志だったわ。当時弱い立場だった人間を守護し、強力な妖怪を次々と退治してね、人々からは絶大な支持を得ていたわ。博麗の巫女を娘に譲ってからも、後進の育成に励み、最期の時まで幻想郷の未来の為に尽くしてくれたわ。博麗の巫女制度の定着と、幻想郷が現在の体制に移行する際の黎明期を乗り越えられたのは、間違いなく彼女の功績よ」

「ほぉ~そうだったのか」

「千絵さんが、今の幻想郷の礎を築いたんですねぇ」

「なんだか大変そうだわ」

「あら、他人事のように言っているけど、霊夢にも関係あるわよ? 貴女は彼女の来孫(らいそん)なのだから」

「らいそん?」

「5代後の子孫って事よ」

「えっ、そうなの!?」

「貴女の代まで、博麗の巫女は世襲制だったからね。初代博麗の巫女の血統は、それだけ強力な素質を秘めていたのよ」

「知らなかったわ……!」

 

 霊夢は驚きを隠せていないようだが、私は妙に納得していた。霊夢の異様な強さは昔から知っているからな。

 

「あぁ、懐かしいわ。彼女に今の平和な幻想郷を見せてあげたかったわねぇ……」

 

 紫は無人の境内を見つめながら、遠い過去を懐かしむように呟いている。ふと壁掛け時計を見あげると、時刻は午後2時15分を指していた。

 

 

 

 ―― side 魔理沙 ――

 

 

 

 ――西暦1885年4月12日午前11時5分――

 

 

 ――幻想郷、人里――

 

 

 

 西暦1885年4月12日午前11時5分。春の訪れを感じさせる陽気の晴れた日の事。時の回廊から人里の路地裏に転移した私は、表通りに出た後、和菓子屋に向かって歩いていく。

 今日は日曜日ともあって、平屋建ての民家やお店が立ち並ぶ通りは、多くの人々で賑わっていて、皆思い思いの時間を楽しんでいる。いつの時代も人の営みは変わらないな。

 

「あら、理沙ちゃんじゃない?」

 

 知らないお婆さんに声を掛けられた私は、瞬時に過去視を行った後、ワントーン高い声で対処する。

 

「こんにちは、梅子おばあちゃん。お散歩ですか?」

「えぇ、今日は暖かくて気持ちがいいからねぇ。理沙ちゃんは、お花見じゃなかったのかい?」

「ちょっと家に忘れ物をしてしまって、取りに戻っていたんです。お父様とお母様が待っているので、すぐに戻らないといけなくて」

「あらあら、引き止めちゃってごめんなさいねぇ」

「こちらこそごめんなさい。それでは失礼しますね」

 

 深々とお辞儀をしてからお婆さんと別れる。しばらく歩いていき、お婆さんの姿が見えなくなっているのを確認した後、霧雨理沙の真似が上手くいった事にふぅと息を吐く。時の回廊から引き出した情報によると、あのお婆さんは、霧雨家の隣に住んでいて、理沙が幼い頃から何かとお世話になっている人だ。ちゃんと細かい部分まで事前に視ておかないといけないな。

 私が再び歩き出すと緑で覆われた土手と川が見えてきた。川沿いには満開の桜並木。桜吹雪が空を舞い、花見を楽しむ人々と遊びまわる子供達の姿があった。みんなでワイワイ花見をするなら最高のロケーションだな。

 やはりこの時間を選んで正解だった。元の時間の季節は秋だからな。

 そんなことを思いながら歩いていると、対岸の桜の木の下でシートを敷き、花見をしている家族が目に留まり足が止まる。優しそうな父と母と話しながら、上等な桜柄の着物を身に着けた私にそっくりな金髪の少女がおにぎりを頬張っていた。

 あの家族は私のご先祖様――私から見ると六世の祖と五世の祖になる――で、私に似た少女こそが霧雨理沙だ。彼女は商人としての才覚を発揮し、将来婿を迎えて霧雨道具店を開店する事になるんだよな。

 少し未来視を行った末に、私はそっとしておくことにした。変に霧雨家に関わる事で歴史が変わってマリサが産まれなくなったら困るし。心の中でご先祖様達の前途を祝しつつ、私は離れていった。

 それからもこの時代の人里の雰囲気を味わいつつ歩いていくと、目的の和菓子屋が見えてきたので行列に並ぶ。現代まで伝わるこの和菓子屋は、この時代から既に人気で、二十分程並んでようやく私の番が来た。私は饅頭12個を注文し、出来立てを箱に包んでもらってから風呂敷に包む。価格も6銭と、西暦215X年の基準から見ると驚きの安さだ。これは余談だが、西暦215X年の外の世界で、同じ原料を使用した商品を買おうと思ったら、幻想郷の100万倍の値段がする。地球産の遺伝子組み換えされてない100%天然の原材料はそれだけ貴重なのだ。

 さて、後は博麗神社に向かうだけだな。空を飛んだり、門から外に出ることもできないので、面倒だけどここに来た時と同じ場所からタイムジャンプで博麗神社に行く必要がある。

 再び来た道を戻って路地裏に向かう最中、興味深い歴史が見えたので少し回り道をして稗田家の屋敷がある通りに向かって歩いていく。

 稗田邸の屋敷の正門前で、見知った顔の銀髪の少女が花飾りを付けた紫髪の少女と話していた。前者は慧音で後者は稗田阿弥(ひえだのあや)だな。この時代の慧音は幻想郷に来てからそれほど時間が経っておらず、稗田阿弥は八代目御阿礼の子――阿求の先代の転生体だ。外見が阿求と阿音によく似ているのがその証拠だ。

 私は通行人を装って聞き耳を立てる。

 

「稗田さん。結果はどうでしたか?」

「上白沢さん。稗田家は貴女への支援を決定しました」

「本当ですか!?」

「はい。貴女は半妖ではありますが、熱意は間違いなく本物です。寺子屋の創設について、人里の有力者達に反対する者はいないでしょう。難色を示す博麗の巫女については、私からも説得してみます」

「誠にありがとうございます!」

 

 稗田阿弥に慧音は深々と頭を下げていた。

 まだ妖怪への風当たりが強い時代において、半妖の慧音は偏見に負けずに人間側に立ち、人々から信頼されるように実績を積んでいた。それが実を結び、遂に彼女の夢の一つが叶った事になる。今では人里に当たり前に存在する寺子屋がこの頃に出来たんだよな。

 折角だし、私からも一言言っておこう。

 

「すみません、お二方のお話が聞こえてしまいました。上白沢さん、遂に師範になるのですね! おめでとうございます!」

「貴女は霧雨さんの……! ありがとう!」

「いつ頃開校する予定なのでしょうか?」

「土地と建物については、既に準備が出来ているから、次の長老会議が開催される時に許可が下りてからだな」

「まあ、もうすぐではありませんか!」

「霧雨さん、ここで聞いた話は内密にお願いしますね。まだ正式に決定していませんから」

「ふふ、承知していますよ稗田さん。その時になったら、改めてお祝い致しますね♪」

 

 幻想郷の歴史の1ページに立ち会った事に少しの満足感を覚えつつ、盛り上がる慧音と、笑顔の稗田阿弥の元を去っていく。記憶力の良い二人――特に稗田阿弥は、阿求や阿音と同じ『一度見た物を忘れない程度の能力』を持っている――にはっきり顔を見られてしまっているが、私が霧雨魔理沙ではなく、霧雨理沙と勘違いしてくれるから問題は無い。

 慣れない口調と声に疲労感を覚えつつも、つつがなく路地裏に戻った私は、出発から30分後の西暦215X年10月1日午後1時30分の自宅に立ち寄り、着物と下駄を脱いでいつもの魔女服を身に纏い、髪を縛り上げる。もうあの時間の人里に行く用事は無いからな。

 私は風呂敷を持ち、改めて西暦1885年4月12日午後1時の博麗神社に向かってタイムジャンプしていった。

 

 

 

 ――西暦1885年4月12日午後1時―― 

 

 

 

 ――幻想郷、博麗神社――

 

 

 

 博麗神社へ続く石段の中腹に降り立った私は、風呂敷包み片手に黙々と登っていく。

 石段を登り切った先には、新築の鳥居と博麗神社が出迎える。舗装されたばかりの参道には灯篭が並び、無人の境内に生える満開の桜の木から、桜の花びらが風に吹かれて舞っていた。ここは人気が無いし、落ち着いて花見が出来る絶好の穴場だな。

 しばらく桜に見とれていた私は、やがて拝殿に向かって歩いていく。敵意や警戒心を出さず、散歩するように。すると参道の途中で博麗神社の玄関が開き、声を掛けられる。

 

「待ちなさい!」

 

 現れたのは、梅柄のかんざしで黒髪を纏め上げた巫女服の少女。どことなく霊夢の面影があるこの少女の名前は博麗千絵。霊夢の直系のご先祖様で、五世の祖にあたる人だ。

 彼女は右手に幣を持ち、左手に陰陽玉を携えながら警戒した様子で私の前まで歩いてきた。

 

「貴女は霧雨家の理沙さん……? いえ、この感覚は人間じゃないわね? 人に化ける妖怪が博麗神社に何の用かしら?」

 

 一目見ただけで私の魔力を感じ取ったか。人里では全くばれなかったんだが、流石は初代博麗の巫女だ。

 

「お前に会いに来たんだぜ」

「はぁ、またなのね。人里の人間に化けて白昼堂々襲撃するなんて、いい度胸しているじゃない」

「おっと落ち着け。私はお前と争うつもりはないし、そもそもこれが私の素の姿だぜ」

 

 私は風呂敷包みを地面に置き、両手を上げて降参のポーズを見せる。

 少し解説すると、この時間の幻想郷は、まだ弾幕ごっこルールが無く、人間と妖怪の生存競争が行われていた時代だ。

 今から18日前の西暦1885年3月25日に博麗大結界が創設され、幻想郷の掟として博麗の巫女を殺してはならないというルールが新たに追加されたばかりで、反発する妖怪達が徒党を組んで博麗の巫女を立て続けに襲撃する事件が発生している。彼女がピリピリしているのも、その影響だろう。一つ前のメビウスの輪が完成した歴史において、一昨日の博麗神社に漂着した姉さんも、そのせいで退治されかけた訳だし。

 千絵は私の額に霊力を込めた幣を突き付けてしばらくの間殺気を飛ばしていたが、戦意が無い事が伝わり、幣を引っ込めて警戒を解いた。

 

「……確かに、嘘は吐いていないようね」

「理解してくれて何よりだぜ」

 

 私は風呂敷包みを拾い上げると、風呂敷を解いていき、少し前に人里で買った饅頭が詰まった箱を開けてから差し出す。

 

「良かったら食べてくれ」

「えっ!?」

 

 好物を見て一瞬だけ興味を惹かれた彼女だったが、すぐに険しい顔になり、「い、要らないわよ! 妖怪が差し出した食べ物なんて食べれるわけないでしょ!?」と突っぱねる。

 

「そうか、美味いのになぁ」

 

 明確に拒絶されたが、私は特に気にすることも無く再び包んでいく。

 

「どうしてあんたがあの和菓子屋の箱を持っているのよ!?」

「普通に人里に行って行列に並んで買ってきただけだぜ? お前が喜ぶだろうと思ってな」

 

 何でもない事のように答えると、彼女は大きなため息を吐いた。

 

「……はぁ。妖怪が人里に入り込むなんて大問題だわ」

「言っとくけど、私は普通に買い物をしただけだぜ? 幻想郷の管理者がここに来ていないのがその証拠だ」

「口だけは回るのね? そろそろ用件を聞かせなさい」

「言っただろう? 私はお前に会いに来たんだ。幻想郷の初代博麗の巫女、博麗千絵。星が消える時代まで連綿と続く博麗一族の祖となった人間に興味が湧いてな。一目見ようとここまで来たんだぜ」

「博麗一族の祖? 私はまだ独り身で、見合いすらしていないわよ」

「今のお前には分からないだろうが、私はお前に感謝しているんだぜ。お前の決断のおかげで幻想郷は今も存続して、大切な友人とも出会えた。ありがとうな」

「……あんたと私は初対面の筈よ。何を言っているのかしら?」

 

 千絵は目に見えて困惑している。

 

「見知らぬ妖怪のつまらない戯言だと思ってくれて構わないぜ。時間を取らせて悪かったな」

 

 用件を済ませた私は踵を返して、石段へと歩いていく。

 

「待ちなさい! あんた程の大妖怪をみすみす逃がすわけにはいかないわ!」

 

 千絵は瞬く間に回り込み、並の妖怪なら気絶しそうな殺気を放ちながら「あんたの名前と住処を教えなさい。霧雨家と何か関係はあるのかしら?」と幣を突き付けるが、私は臆することなく答えた。

 

「私は名無しの権兵衛だ。住所はここには無い」

「ふざけているの?」

「大真面目だ。私は生涯で一度も人間を襲った事が無いし、博麗の巫女と敵対する気もないぜ」

「口では何とでも言えるのよねぇ? 後ろめたいことが無いのなら、正直に打ち明けた方が身の為よ? 見た目が可愛い女の子だとしても、容赦はしないわ!」

 

 私の発言は真っ赤な嘘だと思われてしまい、更に厳しい視線を向けられる。

 このままでは博麗千絵と一戦交えることになる。心情的に戦いたくないし、初代博麗の巫女は霊夢に匹敵する強さだから、真正面から戦えば勝ち目は無い。

 今回の時間移動に関しては、歴史を左右するような重大な意味は無く、只の自己満足に過ぎない。この行動を無かった事にするのは簡単だが、まだ挽回する未来は視えている。さてどうするべきだろうか?

*1
曾祖母の祖母






魔理沙が選んだ行動は?

  • 正体を明かして千絵を元の時間に連れていく
  • 捕まる前に元の時間に帰る
  • 時間遡行そのものを無かった事にする
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