「私の勝ちね」
「……ああ、私の負けだぜ」
「霊夢様、マリサさん。お疲れ様です」
撃墜されて座り込む姉さんは、霊夢を見上げながら悔しそうにしていたが、千絵の視線に気付いて立ち上がる。
「と、まあ弾幕ごっこはこんな感じだ」
「美しいわね……!」
千絵は感心したように声を上げていた。今回の霊夢と姉さんの弾幕ごっこは、勝負と言うよりは演舞のように、見る者全てを魅せるようなスペルカードが用いられ、最後は示し合わせたように互いの切り札となるスペルカードを使用して決着がついた。
青空を七色の弾幕で埋め尽くす様は、花火のように美しい。
「スペルカードルールは幻想郷全体に浸透していて、妖怪のみならず、少し力のある人間同士でもこのルールで決着を付けることが多い。だから千絵の時代よりは、人間が生きやすくなっているんだ」
「よく妖怪達がこのルールに従うわね?」
「妖怪達にとっても都合がいいからな」
スペルカードルール導入の大きなきっかけとなったのは、霊夢の先代の巫女(霊夢の母さん)が解決した吸血鬼異変による所が大きい。外の世界の吸血鬼達により、幻想郷が侵攻されたこの異変では、霊夢の先代の巫女(霊夢の母さん)のみならず幻想郷在住の妖怪達も戦場に立ったのだが、博麗大結界制定により、人間達を自由に襲えなくなった事で弱体化しており、苦戦を強いられた。
最終的に大妖怪達が解決したものの、この事件の後に危機感を覚えた妖怪達は、新たなルールを求めるようになり、それがスペルカードルールとなった。
妖怪達にとっては力を誇示できるし、人間達にとっても命の危険は無く――と言っても弾幕の当たり所が悪ければ死ぬ可能性があるが――、どちらにとっても都合が良い。
その事を解説すると、千絵は「妖怪が弱体化するなんて俄かには信じがたいけれど……、理屈としてはあり得そうね」と呟いた。
「そしてもう1つ。博麗の巫女制度に反対する妖怪達の殆どが、お前によって退治された事も大きいな。未来のお前が頑張ってくれたから、今の幻想郷があるんだ」
「……!」
具体的な日時と場所は言えないのでふんわりとした言い方にはなってしまうが、感謝の気持ちが伝わっていると信じたいところだ。
「私から伝えたい話は以上だ。すぐにでも元の時代に送り届けよう。だがもしも考えが変わってこの時代に興味が湧いたのなら、人里を案内するぜ。お前に会わせたい人もいるしな」
生前の千絵を知る数少ない友人が今も人里に住んでいる。彼女と会う事で、千絵にとっても良い刺激になるだろう。
私が提案すると、千絵は私と姉さんや霊夢の顔を見て少し考えてから、杏子に訊ねた。
「ねえ、あんたはどうして妖怪と一緒にいるの? 彼女達の実力が分かるでしょう? 恐ろしくないの?」
「ここにいる皆さんが人々に害を及ぼさない事は、私だけではなく、私の先代の先代の……とにかくずっと前の博麗の巫女様から見てきましたし、妖怪という種族の違いだけで差別はしません。何より私は、霊夢様から博麗の巫女の心得と妖怪退治の技を教わりました。私にとっては、第二の母親のようなものです」
「な、なんだかくすぐったいわね」
真っすぐに答えた杏子に霊夢が照れる一方で、千絵は眉をひそめていた。博麗の巫女が妖怪と親密である事に懸念を抱いているようだが、同時に彼女の言葉を重く受け止めていた。
「いいわ。あんたの誘いに乗ってあげる。霧雨魔理沙、案内してくれるかしら?」
「ああ、任せてくれ」
そうして私と千絵は石段を下りて行った。
幻想郷の東端に位置する博麗神社は、人里からそれなりに距離が離れており、空を飛べばそんなに時間が掛からないが、徒歩で向かうとなると、鬱蒼とした森の中を通って行かなければならない。
私はこの時間を利用して、先程説明しそこねた私自身の事や霊夢と姉さんとの関係について簡単に話していく。霊夢と杏子がいくらか心を開いてくれた事もあって、千絵は私の話に耳を傾けていた。
「ふぅん。あんたは霊夢を救う為に、人間を辞めてタイムトラベラーになったのね」
「ああ。だから霊夢をあまり責めないでくれ。元々人間として生を終えるつもりだった彼女に、私が一緒に長い時間を生きて欲しいとお願いしたんだ」
「そう。貴女達ってとっても仲が良いのね。なんだか羨ましいわ」
「お前にも、いずれ友人が出来るさ」
「そうだといいのだけれど」
やがて森を抜けると、視界が広がり田んぼ道に出てくる。
「見えて来たぜ。あれが人里だぜ」
「ふーん」
黄金色の稲穂が揺れる田んぼに囲まれた集落は、この幻想郷で最も人口が多く、人口密度が高い場所だ。
「ん~。ここが22世紀の人里なのね?」
田んぼ道を歩いていき、入口から人里の中に入ったが、千絵の反応はかなり薄い。というのも、千絵の時代から比べても、今の時代の人里はあまり代わり映えがしないからだ。
例えば外の世界の都市の場合、明治時代の東京と現代の東京は一目で分かるくらいに変化している。人口や建物の種類・数もさることながら、かつて使用されていた電波塔や、宇宙駅等のシンボリックな建造物が多く建っているからだ。
しかし幻想郷の文明レベルは明治時代初期頃で止まっているので、ぱっと見では実感しにくい。
勿論変更点は数多くある。当時よりも人口は数倍になったし、それに合わせて人里の面積は約2倍になり、民家や店舗も増加している。里の外の耕作地も広がっているし、当時には無かった守矢神社に繋がるロープウェイや、命蓮寺等の建物も増えてはいるのだが。
「未来になっても、あまり変わってなくてびっくりね。東京みたいになっているのかと思っていたわ」
「妖怪にとって人間達の技術の進歩はあまり望ましい事では無いからな。幻想郷が創られるきっかけとなった訳だからな」
正確には高度な文明が妖怪を脅かすのではない。人々が高度な文明を築くと妖怪を畏れなくなり、存在意義の崩壊に繋がってしまう事がいけないのだ。現に畜生界は、20世紀末期の外の世界レベルの文明がある訳だしな。
極端な話、極まった科学は大抵の事ができる。魔法使いのように魔法を使うことだってできるし、神様のような自然の力の操作だって可能だ。人類は寿命による死を乗り越え、疑似的な不老不死さえも実現させてしまう。幻想郷はそんな科学技術に駆逐されてしまう人外達の最後の楽園なのである。
「それにしても、知らない人ばかりね」
「まあ272年経ってるからな。ここにいるのは、皆お前の知り合いの子孫だよ」
「でしょうね。でも、何喰わぬ顔で妖怪が混ざっているのはいいのかしら?」
千絵が指差した先には、道の端で三度笠と背負い籠を身に着け、薬を移動販売している鈴仙がいた。彼女の周りには薬を買いに来た人々が集まっていて、鈴仙はその対応に追われている。
「彼女は妖怪だが薬師だ。人里の近くに迷いの竹林があるだろ? その奥に永遠亭っていう病院があってな。彼女はそこから薬を売りに来てるんだ」
「へぇ。あの竹林に人が住んでいたのね」
「お前の時代だとまだ引きこもっているからな。彼女達が表に出るようになったのは2005年の事だ」
「あぁ、そう。ところで私に会わせたい人って誰よ?」
「ついてきてくれ」
それから歩き出し、鈴仙の横を通過して私達は商店街に差し掛かる。
食料品から日用雑貨まで、様々な店が立ち並び、多くの人々が買いものをしている。
「全体的に物の値段が高いわね。1個100円のお饅頭とか、大富豪でもないと買えないじゃない」
「いや、物価はお前の時代と変わってないぞ。今の時代は貨幣のインフレーションが起きて銭と厘の単位が廃止されているんだ」
「ということは、もしかして今の時代でお金を稼いで元の時代に帰ったら、大金持ちになれるのかしら?」
「残念だがこの時代のお金をそっくりそのまま持って行っても使えないぞ」
「なんだ、つまらないわね」
ウインドウショッピングをしながらそんな話をしていると、花屋の前で季節の花を吟味している幽香の姿があった。
幽香は私達に気付くと、長年来の友人のように声を掛けてきた。
「あら、貴女が噂の魔理沙ね。霊夢は一緒ではないのかしら?」
「霊夢なら博麗神社にいるよ。幽香はここで何をしてるんだ?」
「ここの主人から新作のお花が入荷したと聞いてね。買いに来たのよ」
ここで幽香は初めて千絵を見る。千絵は大妖怪が話しかけてきたことで完全に警戒モードに入っていたが、幽香は涼しい顔を崩さない。
「ところで魔理沙。彼女は何者かしら?」
「彼女は初代博麗の巫女の博麗千絵だ。ちょっと1885年から連れて来たんだ」
「あらあらあら?」
幽香は獲物を見つけた狩人のような獰猛な笑みを浮かべる。
「ふふ、まさかこんな場所で初代博麗の巫女と再会するなんて。今日は幸運な日かもしれないわ」
「……私はあんたとは直接会ったことが無い筈よ」
「それはそうでしょうね。私と貴女が出会うのはもう少し先の時代ですもの」
幽香は生前の彼女とのじゃれあいを思い出しているようで、あふれ出す妖気に危険を察した周囲の人々は静かに離れていき、二人の間で一触即発の展開になりつつあるが。
「風見さん。ご注文の花束ですよ」
「あら、ありがとう」
花屋の店員から花束を受け取ると、幽香は妖気を霧散させて、千絵に背中を向ける。
「貴女と過ごした時間は、退屈では無かったわよ」
そう言い残して、幽香は立ち去って行った。
「……いったい何なのよ」
詳細な時代は省くが、きっかけとしては千絵がうっかり幽香の活動範囲に入った事で戦闘に突入し、決着が付かずに千絵が撤退する事件が発生する。それ以来二人は何度か戦闘を行ったが、決定打が無く引き分けている。
「まあ気にするな。未来になったら分かる」
「気にするなって言われてもねぇ。まあ良いわ」
それから私達が向かったのは、慧音の寺子屋だ。ちょうど今日の授業が全て終わったようで、鞄を背負った小学校低学年の子供達が続々と帰宅している。慧音は玄関先に立ち、子供達を見守っていた。
「慧音先生、さよなら~!」
「気を付けて帰るんだぞー!」
慧音は子供達に笑顔で手を振っていて、それを見た千絵は「上白沢慧音。やっぱり半妖は長生きなのね」と呟いた。そして慧音も私達に気付いたようで。
「おや、魔理沙じゃないか」
「よう慧音。相変わらず精が出るな」
「天職だからな。子供達の為ならいくらでも頑張れるさ」快活に答えた慧音は隣の千絵に視線が向かい「ところでそちらの女性は? 霊夢に似ているが、まさかお前のように、また霊夢の親戚が増えたのか?」
「当たらずと雖も遠からずだな。彼女は初代博麗の巫女、博麗千絵だ」
「なんだって!? どうして若い頃の彼女が――」と言いかけたところで、私の顔を見た慧音は「そうか。貴女が連れて来たのか」とひとりで納得していた。
「ちょうど彼女に今の人里を案内していてな、彼女との交友関係があったお前の元に連れて来たんだ」
「なるほどな。しかし、まさかまた千絵さんと再会できるとは思わなかったな」
「貴女は私を覚えているのか?」
「当然だ。私は貴女の事を友人だと思っているし、数多くの問題を解決してきた。忘れてしまったのか?」
「言い忘れていたが慧音。彼女は西暦1885年4月12日の午後1時から連れて来たんだ。だからなるべく彼女の未来については伏せておいてくれ」
「ふむ……、幻想郷が結界に覆われて間もない頃じゃないか。そうなると、まだ彼女とは出会ったばかりの頃か」
慧音は更に言葉を続ける。
「千絵さん。私は貴女に感謝している。貴女には数え切れない程に人里を救ってもらった。貴女の働きには感謝してもしきれない。私が今も教鞭をとっているのも、貴女の助力があったからだ」
「……私はあんたにそこまで感謝される覚えは無いわよ? 私が知らない未来の事を言われても、困るわ」
「そうか。それはすまなかった。……未来を話せないのは、もどかしいな」
慧音は残念そうにしている。一方で千絵は慧音の背後に建つ寺子屋に興味を抱いたようだ。
「上白沢慧音。寺子屋の中を見てもいいかしら?」
「ああ。好きなだけ見学していってくれ」