――西暦200X年8月4日――
それからはあっという間だった。
霊夢の葬儀が執り行われ、彼女に関わった多くの人妖が別れを悼み、幻想郷全体が喪に服していた。
それと並行して、八雲紫はすぐに次代の博麗の巫女を用意し、皆にお披露目をしていた。
事態が目まぐるしく変わっていく中、私は霊夢の葬式にも出席せず、魂が抜けたかのように部屋の片隅で膝を抱えて座り込んだまま、十五日前の自分の行動をずっと後悔しつづけていた。
(あの時私がもっと霊夢の事を気にかけていれば……! あの時霊夢の傍に付いていれば……!)
さらに霊夢との思い出も頭の中に駆け廻る。
(紅霧異変、春雪異変、永夜異変……、思い返せば色々な事があったなあ……。もうあの頃のような時間は戻ってこないんだな……)
いっそ私も霊夢の後を追って自殺しようか。そんな危うい考えが頭を掠めたとき、玄関からノックの音が聞こえて来た。
(私はここにはいないんだ。帰ってくれ……)
しかし、その気持ちに反し扉がガチャリと開く音がする。
「魔理沙ーいる~?」
声の主はアリスだった。
色んな部屋を探し回り、やがてアリスが私の姿を見つけた所で、此方に近づきしゃがみながら。
「ここにいたのね魔理沙」
「……」
「霊夢が亡くなってからもう二週間も経つのよ? いつまでもそんな風に塞ぎこんでないで、元気出して。ほら、お食事を持ってきたわ」
腕に抱えていたバスケットには、サンドイッチが入っていた。
霊夢が亡くなってからというもの、アリスは時々私の家を訪れてはこうして世話をしてくれている。しかし今の私には彼女の心遣いが苦しかった。
「……お前には私の気持ちなんか分からないよ。私が霊夢を殺したようなもんなんだ……」
「……どうしてそんな事を言うの?」
「…………」
困った表情のアリスに答えられないでいると、彼女は私の目を見ながら優しく問いかけた。
「ねえ何があったの? あの時からずっと口を閉ざしたままだし、魔理沙さえ良ければそろそろ教えて欲しいわ」
「――私は霊夢が亡くなる前日に霊夢と話したんだ。その時から霊夢の様子がおかしかった。なのに私は霊夢の事を気に掛けることもなく放置して帰ってきてしまったんだ。私が間接的に殺したようなものなんだ……」
「魔理沙……」
「もう私の事は放っておいてくれ! ……一人になりたいんだ」
私の心情を察してくれたのか、アリスの足音が遠ざかっていく。一人残った私は虚空を見つめたままぼんやりとしていた。
「私はこれからどうしたらいいんだろうな……。生き甲斐を失っちまったぜ……」
私と霊夢が出会ったのは幼少の頃だった。
霊夢はその頃から達観した性格で、人里で子供達の輪に馴染めなかったのを見かねて私が声を掛けたのが出会いのきっかけだった。
最初は霊夢も面倒くさそうにしていたが、毎日のように遊んで行く内に仲良くなり、すぐに友達になった。
だけど、それからすぐに霊夢は博麗の巫女に指名されて、人里から離れた博麗神社に住むようになり、遊ぶ機会が極端に減ってしまった。
私は霊夢に会うために必死で魔法の勉強をして、魔法使いとなった。それがきっかけで親から勘当されてしまったが、そんなことはどうでも良かった。
初めて私が神社に会いに行ったとき、霊夢はとても嬉しそうにしていて、その時の笑顔は今でもはっきりと脳裏に浮かぶ。
その後私は魔法の森にあった空き家を自分の住処にして魔法の研究をし、霊夢が考えた弾幕ごっこを知って以来、私はそれを研究して霊夢に勝つことを目標としてきた。
だけど霊夢は亡くなってしまった。
あの日以来心にぽっかりと大きな穴が開いてしまった私は、生きる気力や目標を失ってしまい、ひたすら時間を浪費する日々が続いている。
(霊夢……なんで死んじまったんだ)
さらにふとした拍子に後悔の念が襲ってきては、私を際限なく苦しめる。
(ああ、あの時の自分に言ってやりたい。霊夢の様子をちゃんと気にかけてやれ、と)
「魔理沙」
声のしたほうを向くと、部屋の入口にアリスが立っていた。
「――なんだよ、帰ったんじゃなかったのか?」
「今の魔理沙を放っておけないわよ。自分の顔を鏡で見てみた? ひどい顔してる」
「そんなの……」
言い淀む私に、アリスはさらに言葉を重ねる。
「こんな言い方は酷いかもしれないけどね、いくら後悔しても過去は変えられない。私達に出来るのは前を向いて生きていくことだけなのよ。だから魔理沙、元気出して」
その言葉に私は怒りを感じ、彼女を睨みつけながら言い放つ。
「前を向いて生きていけ、だ? そんな簡単に気持ちを切り替えられるか! 私があの時もっと霊夢を気にかけていればこんな事にはならなかったんだ! それなのに、それなのにっ……!」
しかしアリスは言い返すこともなく、さらに私を宥めるように言葉を続ける。
「でもね、後ろ暗い気持ちでいるのは良くないと思うの。私はね、魔理沙まで霊夢の後を追ってしまわないか心配なの」
「アリス……」
「もちろん私だって、もしも過去に戻れるのだとしたら霊夢の自殺を止めたいわよ。だけど実際にそんな事は不可能でしょ? だから忘れろ、とまでは言わないけれど、もっと前向きに生きて欲しいわ。それが霊夢への供養になると思うの」
(過去に戻る……? ――これだ!)
彼女の慰めの言葉の中に一つの光明を見つけた私は立ち上がった。
「それだ!」
「きゃっ、急にどうしたの?」
驚くアリスを意に介することなく玄関へと走り去り。
「ちょっと、どこへ行くのよ!?」
「パチュリーのところへ行ってくるぜ!」
アリスの言葉を背に、私は紅魔館へと飛び立っていった。