――西暦300X年5月6日――
時間移動が完了した時、私は宙にいた。
「んなっ!?」
そして驚く間もなく、重力に従って落ちていく。
私は咄嗟に空を飛ぼうとしたが、何故だか浮遊魔法が発動せず、いつものように浮かび上がることができない。
というよりか、周囲の様子も大きく変貌している。
幻想郷特有の超自然的な神秘性は消え失せ、雄大な自然は何やら機械的な町並みに変貌していた。
すぐ真横には全面ガラス張りの高層ビルが建っていて、それと同じような建物が遥か先まで建ち並んでいる。
まるで昔紫から伝え聞いた外の世界の都市のようだが、今は悠長に観察している暇はない。
石で舗装された道路の中央を走る自動車と、路肩を歩く人々。それらが豆粒のように小さく見える事から推測するに、地上数百メートルの高さから落下しているからだ。
「クソッ!」
何故こんな高い所から落ちているのか? そもそもここはどこなのか? などと考えている余裕はない。
今は一刻も早くこの状況を何とかしないといけない。
旧都に住み着く鬼ならいざ知らず、魔法使いの私がこの高さから地上に叩きつけられたら、確実にミンチになってしまう。
私は腰に下げた八卦炉を掴み、地表目がけて宣言する。
「マスタースパーク!」
私の切り札の反動で落下速度を緩めようとするものの、それは全開の時の極太の光線とは程遠く、窓の隙間から差し込む光のようにか細いもので、地表まで届かずに掻き消えてしまう。
とどのつまり、魔力が圧倒的に足りていなかった。
「くっううっ!」
私は必死にマスパを出し続け、何とか落下速度を緩めようとする。
だがその速度は依然として風を切るように疾く、生存ラインには到底届かない。
(まずい――まずい!)
どんどんと地上が近づいているにも関わらず、状況が好転しない事に私は大いに焦っていた。
しかし魔法もパラシュートも無く、開かれた窓すらない今、これ以上の最善手が思い浮かばない。
時間旅行者の私が時間が欲しい、やり直したいと切に願うのは、なんという皮肉だろうか。
結局殆ど減速できないまま、地上にかなり近づいてしまい、デッドラインは間近に迫っていた。
(ああ――私も今度こそ終わりなのかもしれないな。ならば!)
「おまえらどけええええ!」
せめて他の人達に迷惑を掛けないようにと、私は地上を歩く通行人たちに大声で叫んだ。
「ん?」
「なんだなんだ?」
通行人達が立ち止まり一斉に上を見上げると、パニック状態になり叫んだ。
「うわああああ! 飛び降りだああああああ!!」
「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」
「キャアアアアアアア!」
中年男性、青年、若い女性など、性別も年齢も違う通行人達は落下地点から逃げて行き、近くには誰もいなくなった。
(これでいい……。気休めにもならないだろうけど、一応頭だけは守っておこう)
最早蚊取り線香のように弱くなってしまったマスパを放ちつつ、死の覚悟を決めていたその時だった。
一人の少女が真横の高層ビルから現れ、私の真下、落下予測地点で立ち止まった。
(!)
「そこの嬢ちゃん上だ上! 危ないぞ! 早く逃げろー!」
退避した中年男性がその少女に向けて必死に呼びかけていたが、彼女はそれを無視して私を見上げる。
そして少女は腕を手前に真っ直ぐに伸ばしたまま、私との距離を測るように少しずつ移動し、やがてすぐ真下に立ち止まる。
それはまさしく、落ちてくる私を受け止めようとしているような……。
「無茶だ嬢ちゃん! 死ぬぞ!」
「私の事はいい! はやく逃げろ!!」
中年男性に続いて私もそう呼びかけたが、少女はその体勢を維持したまま私をじっと睨みつけている。
(あ――)
地上が目前に迫り、私は反射的に目を閉じる。
直後、柔らかい感触と強い衝撃が襲い、意識が吹き飛んだ。
――トマトが潰れた時のようなグチャリとした嫌な音と共に。